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ビデオゲーム史:これまでのまとめ1

 これまで「ビデオゲーム史シリーズ」の記事を21回分,書いてきました。今回は,これらをいったん年表にまとめてみます。


ビデオゲーム史簡易年表(1958–1981)

 以下は,これまで紹介してきた作品とゲーム機を年表形式でまとめたものです。『 』が作品で,『 』が付いていないものがゲーム機です。

1958 『テニス・フォー・ツー』
1962 『スペースウォー!』
1968 ブラウンボックス
1971 『コンピュータースペース』
1972 オデッセイ
   『ポン』
1974 『スピードレース』
1975 ホームポン
   『スピードレースデラックス』
   テレビテニス
1976 『デスレース』
   『ブレイクアウト』
   『ナイトドライバー』
   チャンネルF
1977 『サーカス』
   アタリ2600
1978 『スペースインベーダー』
   『ジービー』
1979 『ギャラクシアン』
1980 『パックマン』
1981 『ギャラガ』

 ホームポンとテレビテニスは,ひとつのゲームしかプレイできないゲーム機なので,ひとつの作品とみなして『 』で括ってもよいかもしれませんが,ここではゲーム機であることを重視して,このように表記しています。


これまでを俯瞰して何がいえるか

 紹介していない作品は多くありますが,ビデオゲーム史上で重要だと思われるものだけを取り上げています。年号だけを見ると,年号間の間隔がだんだんと狭くなっていくのがわかります。1974年から1981年までの8年間はすべての年の項目がありますが,1958年から1973年までの16年間はまばらにしかありません。時代をさかのぼればさかのぼるほど,項目が少なくなっていくことがわかります。

 端的にいえば,1970年代以前は取り上げるべきものが少なく,ビデオゲーム作品が盛んに作られるようになるのは,1970年代からということになります。ゲーム研究の教科書のまとめ方を見てもわかるように,1970年代をひとつの時代と捉えるのが一般的になっています。

 ビデオゲームは技術の発展とともに進化してきたといえます。ビデオゲーム史を技術の歴史として捉える視点は,国内外の文献や資料でしばしば見られるものです。技術が向上すると,当然のことながら,実現できることが増えていきます。もうひとつの主要な視点は,面白さを生み出すアイデアの歴史だと思われます。エポックメイキングな作品というものは,総じて面白いしくみをもっています。初期のビデオゲームの歴史は,限られた技術(環境)のなかで面白さを創出するアイデアの歴史と換言してもよいかもしれません。

 また,『スペースインベーダー』(1978年) 以降は,日本のメーカーがその後につながる優れたキャラクターを生み出していることがわかります。『パックマン』(1980年) も同様に,日本を代表するキャラクターになっています。この後も有名なキャラクターが現れることになりますが,国産のゲームの強みが早くも発揮され始めていることがわかります。


 以上,ビデオゲーム史シリーズのこれまでのまとめでした。次回以降は,再び個別の作品とゲーム機について見ていきたいと思います。

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