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【ストロベリー狂詩曲/修正版】08.抱きしめたくなる思い⑥

部屋の入口で姉貴は両腕を組み、ガラの悪い態度をとって舌打ちをする。

「色気も糞もない曲ね」

「ショパンに対して下品だぞ」

「あんたの演奏がよっぽど下品よ!」

痛い所を突かれたオレはぐうの音も出ない。

「可哀相な弟のために、今日はお姉様が店を手伝うわ。友達と遊びにでも行って来なさいな」

姉貴は犬を追い払うように、シッシッと言いながら手を動かす。

「気安く誘えるかよ。クラスメイトは仲間であって、友達とは意味が異なるんだぜ」

「この際、友達でも仲間でもどうだっていいわ。語り合えれば、見えてくるものがあるかもよ?」

「へっ。何が何でも追い出したいんだろ」


 ~♪


ピアノの上に置いてあるスマホから、メールの着信を知らせる素朴な愛らしい曲が流れた。バッハ作曲『メヌエット、ト長調』。指定メロディだが、登録した相手を覚えていない。


「音楽の神様の、

言、
う、
と、
お、

りっ」


メールの差出人が誰かもわかっていないのに姉貴は友達だと決め付け、ルンルン気分で部屋から出て行った。やれやれ。

「!!?」

スマホに手を伸ばしてメールボックスを開けた途端、差出人の名前を見たオレは画面を二度見した。

(神様はいる!!!いた!!!)

家族の不在時間を狙い、相手に家へ来れるか確認をすべく、パパパッと返信を打つ。

送信し終えた直後、誰も見ていないのに高揚を抑え、真剣な顔を上に傾けて、はあ、と大きな息を吐き出す。

 ~♪

返信の早さに一瞬ビクッとするも、快諾の文面を見た瞬間から、オレの気持ちは子犬に振り回されるショパンと同化していたと思う。

動揺するな、動揺するなと、そわそわする脳に暗示をかけながら、適度に散らかったリビングを片付けた。





約束の午前十一時。喫茶店が忙しさを増す時間帯に、家族には内緒で、その子を初めて家に上げる。
カーキー色が大人っぽいニットのワンピースに黒のレギンス。
髪型はポニーテール。

うなじ、鎖骨、くっきりした体のラインに弱い男は多いと聞く。同感だ。


「今日は突然連絡してごめんね」


メールの差出人は水無月チサカ。用件は知らない。「今日は忙しい?話がある」とだけ記されていた。
自室に招くのは怪しまれると思い、家庭的な雰囲気で誤魔化そうという魂胆でリビングへ案内する。

「適当に座って」

冷蔵庫から飲み物を出す。透明のグラスに注ぎ、雲の形をした白いラグの上に座っている彼女へ差し出した。
味はみかん。丸い甘さのパッションフルーツの果汁が混ざっていて酸味は少なめ、アルコール度数はゼロ。子どもからお年寄りまで飲めるジュース感覚の甘酒だ。うちの親が製造者である中野酒造のファンで、年に数回スムージーが恋しくなり、大量に買っている。


◆つづく◆

今回登場したバッハ作曲『メヌエット、ト長調』。ひょっとしたら、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

それと
文中の『中野酒造』は、愛知県にある中埜酒造さんのパロディ名です。甘酒スムージーのみかん味とバナナ味、今は売っていないのかな?どちらを飲んだか覚えていませんが、甘酒と思えないほど飲みやすくて美味しかった記憶のみ残っています。

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ありがとうございます(深礼)
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アグリキュルター【農業の人】// 2020年春に詩家アーティストデビュー / 元Webライター

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恋愛小説。学生たちと大人の甘く切ない恋模様と成長の過程を、時々クラシックを絡めながら綴ります。連載中。

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