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脚本『母の色をまとう』2

祖母と母と娘、三世代がともに過ごす一夜の物語。(第二話)

〇人物一覧表

篠原 奈央(29)(14)…ネイリスト
篠原 芳子(60)(45)…主婦 奈央の母
水谷 けさ代(85)…芳子の母



〇篠原家・表(夜)
住宅街にある、一戸建て住宅。
外灯は付いておらず、部屋の灯りだけが外に漏れている。

〇篠原家・居間~玄関(夜)
篠原雅邦(66)、ソファーでテレビのバラエティー番組を見ている。
芳子の声「ただいまー」
芳子、大きな荷物を持って入って来る。
雅邦「……」
芳子「今日、奈央が来たのよ。見舞いでもないけど、虫の知らせなのか」
雅邦「……」
芳子「まあ、元気にしてたわ……私、夜は食べて来たから」
雅邦、テレビを消し黙って去っていく。
芳子、雅邦が去った後、再びテレビをつけてチャンネルを変える。
キッチンの冷蔵庫からリンゴを出して、切ろうとした芳子、一度手を止め、玄関を見に行く。
ちょうど玄関から雅邦が出て行く。
芳子「……」
芳子、居間に戻り、リンゴの皮をむきながらテレビを見ている。

〇同・洗面所(夜)
洗濯をしている芳子、欠伸をする。
玄関から音がして、雅邦が廊下を歩いていく。
芳子「(ため息)……」
芳子、一瞥するが、作業を続ける。
バン、と大きな音がする。
廊下を覗いた芳子、寝室のドアが閉まるのを見る。
芳子、気にせず作業を続ける。

〇水谷家・けさ代の寝室(夜)
奈央、ベッドに座るけさ代の手を洗面器のお湯で温めている。
奈央「私、家族ってあの二人しか知らないの」
けさ代、寝間着姿で呆然とした様子。
奈央「結婚したくないのは、将来あの二人みたいになるって思うからじゃないかな」
けさ代「そう」
奈央、けさ代の手をタオルで拭く。
奈央「……大丈夫? やっぱり寝る?」
けさ代「嫌な夢を見るから、まだ眠りたくないの」
奈央「じゃあなんか、楽しい話しながらやる?」
けさ代「老いぼれに楽しいことなんてないわ」
奈央「えー、おばあちゃん、毎日散歩して、俳句教室も行ってたじゃん。楽しかったでしょ?」
けさ代「その時はね」
奈央「なら、あるよ」
奈央、けさ代の爪にヤスリをかける。
奈央「おじいちゃんがいた頃は良かった?」
けさ代「あの人がいてもねえ。別に楽しくはないわよ」
奈央「そうなの?」
けさ代「私の人生の中で良い思い出は、一正さんといた時だけだったわ」
奈央「え……まさか初恋」
けさ代「そう。うちに養女に入る前にね、学生寮で手伝いしてたのよ。そこの学生さん」
奈央「へえー」
けさ代「あの人と一緒に居たら、今頃こんな病気になってないはずだわ」
奈央「意外……おじいちゃんと、仲良かったと思ってたから」
けさ代「結婚は別よ。一正さんと結婚しても、だめだったでしょうね」
奈央「結婚したら恋愛と違う?」
けさ代「……さあ」
奈央「おばあちゃん、急に調子悪くなったのって、一正さんが原因?……もしかして、亡くなった、とかさ」
けさ代「一正さんはね、結核で亡くなられたたの。23歳の時」
奈央「……そっか。ごめん」
奈央、爪ヤスリの作業を終える。
奈央「どう? つるつるになりました?」
けさ代「ええ、ええ。ご苦労様です」
奈央「色、選んで」
けさ代「……じゃあ、これ」
けさ代、深紅のマニキュアを手に取る。 
奈央「あ、セーターとお揃いだ」
けさ代「おかしい?」
奈央「(接客風に)お客様、すっごくお似合いだと思います。はい、手出して」
奈央、マニキュアをけさ代の指に塗っていく。
奈央「うわ、めっちゃ可愛いじゃん。おじいちゃんに見せたいな」
けさ代「……」
奈央「あー……お洒落は、誰かに見せるためじゃないもんね」
けさ代「……そうね」
奈央「あ、おばあちゃん。今気づいたけど、乾くまで寝れないよ」
けさ代「あら。ちょうどいいわ。まだ眠れないの」
奈央「そっか、どんな夢だったら見たい?」
けさ代「去年の年末、紅白を見に行く夢」
奈央「今年じゃないの」
けさ代「今年はね、もういいの」
奈央「……じゃあ、来年、応募してみる?」
けさ代、首を振る。
奈央「……そっか」

〇同・居間
眉間にしわを寄せてスマホを見る敏夫。
敏夫「ここならどうだ?」
敏夫、ソファーに座るけさ代に寿司屋のホームページを見せる。
けさ代、派手な服装と化粧をしている。
けさ代「そこも一度だけあるわ」
敏夫「……覚えてないだろ。そんな一回来ただけの人」
けさ代「そうでもないのよ」
芳子、ちゃぶ台でお茶を飲んでいる。
芳子「もう家でいいんじゃない?」
敏夫「そうやって手間を惜しむから、2週間家にこもってた、なんてことになるんだろ。病院以外も外に出てもらわないと」
芳子「……」
奈央、スマホで調べている。
奈央「あ。ここは?」
奈央、うどん屋のホームページをけさ代に見せる。
奈央「昨年オープンだって。新しいところ」
けさ代「ここなら良いと思うわ」
奈央「うん、綺麗でゆっくり出来そうだよ」
敏夫、立ち上がり、
敏夫「じゃ、行くか」
奈央「今日康子おばさんは? いいの?」
敏夫「……身体が重いって」
芳子「あの人は来ないのよ、こういうのは」
奈央「……なんで?」
芳子「ストレスになるからだって」
奈央「へえ……」

〇うどん屋・店内
奈央、芳子、けさ代、敏夫が座っている。奈央がお品書きを見て、
奈央「ね、これなんかどう? 季節の天ぷら盛り合わせセット」
けさ代「任せるわ」
芳子「食べきれなかったら困るでしょ、どうせ何か文句付けるんだから」
けさ代「……小言ばっかり」
奈央「残したら私食べるよ」
店員が来て、
奈央「すみません」
店員「はい、ただいま……あら、けさ代さんじゃないですか」
けさ代「はい?」
店員「あらあ、お元気そうで。ありがとうございます。こちらでも心機一転頑張りますので。また御贔屓にしてくださいね」
奈央「(やってしまった、と)……」
けさ代「ええ、ぜひ」
店員「ご注文は……」
よそ行きの愛想笑いをするけさ代。
☓    ☓    ☓
麺を勢いよく啜る敏夫。
けさ代は、ざるうどんを山盛りに残して、おかずにも手をつけず箸を置く。
けさ代「結構でした」
奈央「……あんまり、だった?」
けさ代「味はまあまあよ」
奈央「そっか……私、残ったの貰おうか」
芳子「……(大声で)何が気に食わないの!」
敏夫「おい、そういう言い方がストレスになって……」
客や店員ら、何事かと注目している。
芳子「煮物だって手をつけてないでしょ。食べてみたら食べられるかもしれないんだから、食べてみなさいよ」
芳子、身を乗り出してけさ代に迫る。
けさ代「(動かず)……」
奈央「……」

〇(回想)篠原家・居間(夜)
食卓で、奈央(14)、箸を置く。
ご飯と、おかずのひじきには、ほとんど手をつけていない。
奈央「ごめん、食欲無くて……」
奈央が立ち上がろうとするのを止める、芳子(45)。
芳子「きちんと食べなさい、だらしない残し方して」
奈央「でも、今日ちょっと」
芳子「何、熱でもあるの?」
奈央「いや、そうじゃないけど」
芳子「ひじき、手をつけてないじゃない。食べもしないで残すなんて。作った方の気持ちも考えなさい!」
奈央「……すみません」
奈央、ひじきを小口で食べ始める。

〇水谷家・けさ代の寝室
外出着のまま、けさ代、ベッドに横になっている。
ドアがノックされる。
けさ代「……」
奈央の声「どう? おばあちゃん」
けさ代「……」
恐る恐る、ドアが開く。
奈央、お茶を持ってくる。
奈央「疲れたよね……ここ、置くね」
テーブルにお茶を置き、ベッドの横に座る奈央。
奈央「着替える? お化粧も落とそうか?」
けさ代「……」
奈央「だるい?」
けさ代「……疲れた」
奈央「そうだよね。うん、全然このまま寝てていいよ。ゆっくりしてて」
けさ代「はい……」
奈央「邪魔してごめんね」
奈央、部屋を出て行く。

〇同・廊下
薄暗い廊下で、スマホを見ている奈央。
チャット画面、「関侑李」から「大丈夫?」
「連絡ほしいんだけど」と、何件も来ている。
奈央、「おばあちゃんの調子が悪くて」と打ち、消そうとするが、画面が固まる。何度も削除ボタンを押していると、間違えて送信ボタンを押してしまう。
奈央「あ」
侑李からすぐに、「大変だね。有給取ってて良かった。こっちのことは気にしないで、手伝えることあったら……」と、長文が来る。
奈央、「ごめん、ありがとう」と打つ。
奈央「……」
「みく」のチャット画面を開くと、「旅行行かなかったの?」「どういうこと?」と、何件も来ている。
最後に、「まさかプロポーズもハラスメントとか思ってる?」と。
奈央「……」
スマホをポケットに入れ、歩き出す。

〇同・ダイニングキッチン
芳子、カレーを作っている。
奈央、入って来て、
奈央「寝てた」
芳子「……そう。ちょっと放っておいていいわ」
奈央「……」
芳子「ちょっとどいて」
芳子、奈央を避けて冷蔵庫を開け、人参を取り出し、切り始める。
奈央、それを隣で見ながら、
奈央「さっきの、流石に酷くなかった?」
芳子「何が」
奈央「うどん屋さんで。人に会いたくないって言ってたのに、知ってる人に会って動揺してたわけじゃん。食欲なくなっても仕方ないし、あそこで、ああいう言い方は……」
芳子「(ため息)私が悪いって?」
奈央「だって……」
芳子、水で戻したひじきを炒め始める。
奈央、ひじきを見ている。
芳子「本人が入院したくないって、この家から出たくないって言うからでしょ」
奈央「そうなんだけど。嫌なことがあった後とか、食欲なくなるでしょ。そういう時に、ゆっくりでいいよって言ってあげられないの?」
芳子「言えないよ。あの人が一番嫌がるじゃないの、ゆっくりとか、マイペースとか」
奈央「でも、今は」
芳子「あんた、人の事心配してる場合? 彼氏には、謝ったの?」
奈央「関係ないでしょ」
芳子「結婚するなら、お母さんも無関係って訳には」
奈央「しないから」
芳子「今どきの子は皆そうみたいね。結婚しないとか、子ども欲しくないとか。隣の若いご夫婦も子どもはお金かかるから、僕たちには贅沢です、二人で十分楽しいんです、とか言って……」
奈央「まあ私もお金もないけど……」
芳子「お金だってね、そりゃ今の子は大変だけど、覚悟次第で」
奈央「だって、お母さんみたいになりたくないもん」
芳子「……」
奈央「お母さんみたいに、人の言いなりになってお世話ばっかりしたり、お世話して自分の言いなりにしようとしたり。挙句お父さんとだって、何年喋ってないの?」
芳子、無表情で、ひじきを炒めている。
芳子「……お父さんは定年して気が滅入ってるのよ」
奈央「結婚しないのは、お母さんとお父さんみたいな夫婦には絶対なりたくないから」
芳子「……」
奈央「それに、もし子どもができたら……お母さんみたいに子どもに勉強ばっかりさせて、友達と遊ばせてあげなくなるかもしれない。学校に行ってもいじめられるかもしれないし……自分の子どもがそんな思いしたら、可哀想だもん」
芳子、答えず、ひじきを煮ている。
奈央「なんか言ってよ」
芳子「……」
玄関のチャイムが鳴る。
奈央「私が出る」

(続く)

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