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1週間だけ、家が焼鳥屋になる話


先月、私の家が1週間だけ、焼鳥屋になった。

窓という窓から、もくもくと煙が立ち上がる家。隣近所に「火事?」と思われないか、ちょっと心配なくらい。でも大丈夫。みんな、笑ってる。

このご時世、あまり集まっちゃダメだけど、そのときばかりは、少し人が集った。ひとりの友達の、健やかな明日のために。できうる限りの、感染対策をして。


もうすぐ4月。学生たちの新学期がはじまる。
そんな春、もう一度、私の家を焼鳥屋にできたらいいな、と思っている。

今日は、そんな話を書きます。


・・・


私は今、奈良の一軒家に住んでいる。そして、その家を地元の10〜20代に開放するという、ふしぎな暮らし方をしている。(詳細は以下参照)

おととしまでは、この家でよく「食事会」を開いていた。リビングの床が見えないくらい、ぎゅうぎゅう詰めになって。鍋をつっついたり、よくわからない料理を作ったり。

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だけど、コロナ禍になってからは、そういう機会はなくなった。



2020年、春。

最初の緊急事態宣言が出たとき、開放している家を閉めた。でも本心では、すごく悩んでいた。

家から出かけないと、健やかでいられない人がいる。もっと言えば、家にいるほうが、危険な人もいる。SNSやニュースを見て、より一層、その気持ちは高まっていった。

施設や店だと、閉じなきゃなんない。図書館も飲食店もやってない。でも、私の家は、あくまで個人の「家」。賛否両論あるけれど、閉め続けなくても、いいかもしれない。

「遊びに来てね」は、もちろん言わない。けれど、何かがあったときには遠慮なく駆け込める場所でありたい。感染対策が健やかに生きるためなら、この場所でご飯を食べるのも、健やかに生きるための、ひとつかもしれない。

そんな気持ちで、「何かあったら訪ねてください」という具合にした。

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・・・

2020年、5月末。

緊急事態宣言が解除され、少しずつ世界が「必要なときは出かける」に移っていったある日。

家に来ていた大学生の青年「L君」が、ノースフェイスの黒いリュックから、ごそごそとパソコンを取り出しながら、言った。

「あの…ここでオンライン授業受けていいですか」
もちろんいいよ、と答えた。私も、仕事をすることにした。


1時間半後、イヤホンを外すL君。
「終わったー」
「おつかれ。かしこなった?」
「いやーなんか緊張して、頭に入ってこなくて」
当時の自分を思い出した。オンラインじゃなかったけど、私もほとんど、授業の内容は頭に入ってこなかったな。

「グループワークもオンラインなんやな」
「はい。先生が適当に、4人に分けたりして」
「ふーん。え、でも会ったことないんやんな?」
「そうなんですよ。だから緊張してうまく発言できんくて…リアルやったら参加した感あるんですけど、オンラインやと、喋れんかったらほんまに蚊帳の外というか…まあ、これ自体に慣れてないってのもあるんですけど……」

L君は、お茶を飲んでから、小さい声で言った。

「あと、友達ができないんですよねえ…」

L君は、大学1回生。4月から大学がはじまったけど、全てオンライン授業。先生とも、学生とも、まだ一度も会ってない。授業中はもちろん、ゼミのグループLINEでも、発言が苦手だ、と。

「やっぱり、いっぱい喋って、明るくて面白い人に、みんな集まっていく。僕はそんな、面白いことも言えないし、特技もないし……オンラインだと、いわゆる『コミュ障』になっちゃって……難しいですね」

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2020年、夏。

少しずつ世界が、「必要なときは出かける」から、「気をつけながら、出かける」に移っていったある日。


「来週から、リアルの授業始まるんですよ」
うきうき半分、不安半分な口調で、L君が言った。

「うわー、ついにみんなに会えるんや」
「実はあれから、ちょっとだけ喋れる人ができて。LINEも、たまに発言してて。インスタもね、がんばって投稿してるんです。だから、会うのめちゃくちゃ楽しみです!」

聞けば、同じゼミの学生たちは、インスタグラムをやっていて。それを機に、L君も、登録だけして放置だったそれを、ちょっとずつ更新するようになった、と。すると、相手の投稿内容や、自分の投稿に「♡」がつく反応から、好き好みがわかったりして、グループLINEでもオンライン授業でも、少し喋れるようになってきた、らしい。


けれど。



秋のある日。
L君から「今日、そっちでご飯食べたいんですけど、いいですか?」と連絡が来た。ちょうど他にも来てる人がいて、夜ご飯つくってたので、「手ぶらで来てー。一緒に食べよう」と誘った。

おなかいっぱいで、みんなでぼーっとしてるとき、インスタグラムを眺めながら、L君が言った。


「どうやったら、本当の友達、できますかね」


リアルな授業がはじまった今。どうやら、仲が深まった人達同士は、ご飯を食べに行ったり、遊びに出かけたりしてるらしい。L君のスマホ画面には、楽しそうな大学生の写真。ハロウィン中のUSJ、みんなでポーズをしてる。

「学校で喋ったり、昼飯食ったり、いつも一緒に行動するメンバーなんですけど……僕だけ、誘われてなかったんですよね」

励まし方がわからなかったし、励ますのがいいのかもわからなかった。友達のなり方も、「本当の友達」の定義も、私とL君は違うから、アドバイスするのも、違うなと思った。

「ちょっと…えーと……とりあえず……私の大学んときの写真見る? 結構ギャルやってん」やばい、全然そういう空気ちゃうわ、と、言ったことを瞬時に後悔したけれど、「えっ、マジっすか! めっちゃ見たい」とL君が言った。「俺も見たい」「わたしも」と、周りにいた人も言った。

「わー!」「ギャルや!」
「こういう時代もあったのよ…」
「写ってる人達、今も仲良いんですか?」
「良いけど、卒業してから会ってないなあ。私以外の3人は、たまに会ってるっぽいけど」

「さみしくないですか?」とL君が聞いた。

「うん。私はさみしくない。これ、大学2回生んときの写真なんやけど、4回生んときには、また別のグループで遊んでて。まあでも、その人達とも今は、年に1回、会うか会わないか。本当に今でも会ってて『仲良し!』って言えるのは、中学んときからの友達の子と、社会人なってから親しくなった人の、2人くらいかな」

「そうか…これからですかね…」とL君が言った。「これからやけど、L君がつらいのは、今つらいことやもんな」と、聞いてた人が言った。

「…USJ、今からみんなで行く?」
「いいっすね!でも、それはちょっと違うんですよ」
「めっちゃ言うやん!笑 わかっとるわい。笑」


みんなと笑いながら話したけれど、L君はその後も、いろんなことがうまくいかなかった。年末から年明けにかけて、いろんな、ほんとにいろんなことが重なった。この表現に留める。

うまくいかないこと自体は、悪いことではない。けれどL君は、とにかくダメージを受け続け、ものすごく落ち込んだ。

繰り返しになるけれど、こういうとき私は、どうやって励ましていいかわからない。励ますのがいいのかも、わからない。冬の寒さも厳しい頃、彼はしばらく、来なかった。


まもなく、L君……ではない、他のよく来る人達から、連絡が来た。

「あの、相談なんですけど」
「庭で、焼鳥を焼きたいんです」
「集まっても、いいですか」

「集まってもいいですか」という言葉は、たぶん、今一番、言えない言葉。しかも、こんな寒いのに、庭で、とにかく焼鳥をしたがるみんな。その理由は、こうだった。

みんなでご飯を食べたい。でも、感染対策はしっかりしたい。調理になるべく素手を使わず、火もしっかり通せて、一人ひとりの食べ物が接触せず、それぞれ離れて食べることができ、さらに、換気が整った環境で……この条件が整う、彼らなりの答えが、「庭で焼鳥をする」だったらしい。そして、もう一言添えられていた。

「L君を、誘いたいです」

・・・


当日。いつもより無口なL君と、何人かの人が集まった。が、準備してると、残念なことに、ぽつぽつ雨が降ってきた。予報では「くもり」だったのに。L君、余計に無口になった。

「風邪ひいたらあかんし、とりあえず家の中、入ろ」

お茶を淹れながら、何を優先したらいいか、悩んだ。検温、手洗い、消毒、マスク、換気。気をつけてる。けれど、生きてる限り、何があるかわからない。でも、今目の前で、元気のない人がいる。それを励ましたいと集まった人がいる。それは、はっきりとわかっている。決めた。

「家の中でやろう。広いし、部屋はいっぱいあるから分かれてもいいし。窓という窓、全開で、やろう」

カセットコンロや七輪など、いろんな道具を駆使して、みんなで黙々と焼鳥を焼きまくる。換気はもちろん、酸欠も怖いし、窓もドアもほんっとに全開で。寒いのでみんな、コートをぐるぐる着こんだまんまで。

手洗いや消毒はもちろん念入りに。火傷も怖いから手袋も配布。マスク、煙たさ防げていい感じだった。煙が目に沁みるという人には、DIYの時に使う透明ゴーグルを貸した。

不思議な格好と距離感で、焼鳥を焼き、ほおばる光景がシュールで、みんな変なテンションになっていった。「なんやこの状況」と、みんな笑った。


ちなみに、窓からの煙に「火事?」と思われないよう、隣近所には一応、声をかけた。「あの、今から焼鳥やります。匂いとか煙、出るかもです。すみません!」そんな声かけしたの、はじめてだった。けど、隣近所のおばちゃん達は、「あらいいわね!」「雨で洗濯物も出してないから、大丈夫よ」と、微笑んでくれた。



服、髪、カーペット、カーテン。家中どんどん、焼鳥の匂いに包まれた。大変だけど、大丈夫。今ここでL君が笑っている。

あまり集まっちゃダメだけど、そのときばかりは、少し人が集った。大変な時期だけど、大丈夫。今ここにL君が生きている。



みんなで食べる焼鳥は、
ものすごくおいしかった。
ただ、買い出し、ちょっとし過ぎた。
焼鳥、結構な量、余った。

冷凍庫が焼鳥で埋まり、結果、私の家では1週間ほど、焼鳥がちょくちょく出た。ってか、それでなくても、私の家は1週間ほど、焼鳥屋の匂いだった。焼肉屋に着ていった服がしばらく焼肉臭になる、あれの家全体版、持続度強、みたいな感じ。

こうして、私の家は、
1週間だけ、焼鳥屋になった。

・・・


L君は最近、焼鳥屋(私の家)で出会った人達と、たまに遊んでいるらしい。L君のインスタには、それっぽい様子が、よく投稿されている。

とはいえ、「大学の友達」とは、また違うだろうし、彼が学校生活の中で友達をつくりたいという気持ちは、まだまだあるだろうなと思う。でも、心が詰んだときに相談できる友達は、できたのかもな、と思う。


もうすぐ4月。
学生たちの新学期がはじまる。
L君は、晴れて2回生になる。

「新しい授業、はじまるんやなあ」
「そうですね」
「新しい出会い、あるかもやなあ」
「そうですね!」

L君は、うきうき半分、不安半分の口調で、「友達できたら、ここに連れてきますね」と言った。私は、そのときはまた、この家を焼鳥屋にしたい、と思った。晴れれば庭で。雨の日でも、窓という窓全開で。別に、焼鳥屋じゃなくても、たこ焼屋でもクレープ屋でも、何でもいい。L君の友達が好きな食べ物を、みんなで作って、食べたいなと思う。

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このnoteへの「スキ」や、みんなのnoteが、医療現場への寄付になります

このnoteは、「資生堂 Hand in Hand Project」と開催する「#この春やりたいこと」投稿コンテストの参考作品として、依頼いただき、書きました。

このnoteへのスキ数や「#つづけよう手守り習慣」での投稿数に応じ、資生堂さんより1件あたり10円が、医療現場のサポートのために寄付されます。

ハッシュタグにある「手守り」というのは、手洗いや消毒に加えて、ハンドケアまでを行うことです。いつも以上にお仕事を頑張ったり、何度も手洗いや消毒をすることで、すっかりくたくたになってるみんなの手。感染予防の意味だけでなく、その手をやさしくいたわることも含めて「手守り」。そして、それを習慣にするための声掛けや取り組みを、医療現場のサポートにつなげるというのが、この「資生堂 Hand in Hand Project」です。

「コロナ禍だから、絶対人に会っちゃダメ!出かけちゃダメ!」ではなく、感染対策をしっかりしながら、親しい人や場所と過ごす時間も大切にできたら、それがいちばん健やかでいいなあ、と思っています。



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