CCÉ Japan(アイルランド音楽家協会 日本支部)
フラー(Fleadh)って何?その歴史と役割
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フラー(Fleadh)って何?その歴史と役割

CCÉ Japan(アイルランド音楽家協会 日本支部)

フラーの正式名称は“Fleadh Cheoil na hÉireann(フラー・ヒョール・ナ・ヘーレン)"、「アイルランドの音楽の祭典」という意味です。日本支部で行われているフラーの予選も兼ねたフェーレ・トーキョー(Féile Tokyo)のFéileや、ゲーリック・リーグ主催のFeisも「お祭り」という意味。アイルランド人ってお祭り好きなのね、と思われるかもしれません。ただし、通常はアイルランドで「フラー」といえばただのお祭りではなく、Comhaltas Ceoltóirí Éireann(コールタス・キョールトーリ・エーレン、以下CCÉ)によって年1回開催される世界最大のアイルランド伝統音楽の祭典を表します。

2018年フラーが開催されたDroghedaの街の様子

第1回目のフラーが開催されたのは1951年。場所はCo. Westmeath(ウェストミース)のMullingar(マリンガー)でした。2022年フラーの開催地でもあります。
1950年代の当時、アイルランド伝統音楽は衰退の危機にありました。アイルランド人は自分たちの音楽が大好きで、いつも演奏しているみたいな印象をお持ちの方がいらっしゃるかもしれませんが、実はそうでもありません。アイルランドの中でもいわゆるインテリ層、上層階級の多くはクラシック音楽やバレエといったハイカルチャーと比べて伝統音楽を下にみていました。1897年から開催されているFeis Ceoilという由緒正しい音楽コンペティションでは、伝統音楽の奏法で演奏するときちん音楽を学んでいないと批判されたそうです。また、労働者階級を中心とする一般大衆も伝統音楽にはあまり興味を持っていませんでした。特にダブリンに住む都会っ子たちは伝統音楽に触れる機会があまりなく、エンターテインメントとして位置づけされていなかったようです。
この状況に危機感を抱いたのが、ダブリンのパイパーズクラブ(Na Píobairí Uilleann)という音楽団体です。パイパーとは、アイルランド生まれの伝統的な楽器であるイーリアン・パイプスの奏者のこと。当然ながら、この楽器を演奏するミュージシャンの集まりなのですが、伝統音楽全体の苦境を危惧して「アイルランド中のミュージシャンやダンサーが集まれる年1回のお祭り」と「イーリアン・パイプスにかぎらずあらゆる楽器で伝統音楽を演奏する人たちのための団体」を実現するために話し合いを重ねました。

こうして1951年5月にMullingarで開催された第1回フラーには数百人程度が集まりました。アイルランド語の振興を目的として設立されたゲーリック・リーグ(Conradh na Gaeilge)主催のFeis Lar na hEireannと呼ばれるお祭りと共同で、コンサート、ケーリー、そしてコンペティション(以下コンペ)が行われました。フラーの開催地は年によって異なります。大きな転機を迎えたのが1956年のCo. Clare(クレア)のEnnis(エニス)で開催されたフラーだといわれます。アイルランド西部のクレアは伝統音楽がとても盛んな地域です。この地で開催されたフラーには、地元の有名なミュージシャンやダンサー、ケーリーバンドがコンペにも参加し、フラーを盛り上げました。また、フラーの正式プログラム以外にストリートバスキング、パブでのセッションが多くの観光客を惹きつけました。お祭り的な要素がぐっと増して、アイルランドの伝統音楽を身近に感じることができるようになったのです。また、「子どもも大人も、アマチュアもプロも、コンペに出場していいんだ」という気軽に参加する雰囲気が作り上げられました。


さて、パイパーズクラブのもうひとつの課題だった、ミュージシャンたちの団体づくりの件は、第1回フラーの翌年の1952年に実現しました。実行委員が中心となってCCÉが設立されたのです。CCÉは国内の支部を徐々に拡大し、フラーのコンペに参加したい!というミュージシャンやダンサーも急増。1960年代には参加者数拡大に伴い地方予選を勝ち抜いた人だけが、フラーのコンペ本選(全国大会という意味でオール・アイルランドと呼ばれたりします)の舞台に立てることになりました。音楽やダンスを実践しないけどフラーを楽しむだけの観光客もどんどん増えていきました。これは街の財政にとっても嬉しいことですよね。1965年のフラーの様子をみてみましょう。

皆さん楽しそうで、パブのギネスの売り上げもうなぎ上りでしょうね。ミュージシャンやダンサーの中には「コンペで採点されることで音楽やダンスが画一的になって地域性が失われるからよくない」という人もいるかもしれません。でもフラーはコンペだけでなく、音楽やダンスを学べるスクールがあったり、人気アーティストのコンサートがあったり、そして街の至るところで音楽やダンスが自由に披露されたりと「楽しんじゃえ」モードなので、「人との交流を楽しみたいからコンペに参加するので普段の演奏とは違うものと割り切っている」というミュージシャンやダンサーたちも少なくないみたいです。伝統文化とはカクカクシカジカであるべき感が強い日本と違って、レイドバックした環境で伝統音楽やダンスを楽しむアイルランドらしいですね。

現在ではフラーは7月下旬から8月上旬のバンクホリデー(休日)をはさんだ1週間ほどの期間に行われています。開催地は持ち回りで、2〜3年連続して主催します。2019年のアイルランド東部Drogheda(ドロヘダ)でのフラーには70万人が集まり、4,000万ユーロ(50億円程度)の収益を上げました。Droghedaの人口は4万人なので約18倍の人が押しかけ、サッカーJ1の1チームあたりの平均営業収益1年分を上回るような儲けがあったことになります。すごい!

フラーでのOverseas Concert、日本代表の舞台

さて、少しコンペのシステム的なお話をしましょう。現在、アイルランドではCounty Fleadh→Provincial Fleadhを勝ち抜くとフラーに出場できます。CCÉの支部は国外にも広がっています。英国ではregional Fleadh→national (all Britain) Fleadh、米国だとMid-AtlanticまたはMidwest Fleadhの予選通過がフラー出場の条件ですが、その他の国は通常ビデオ審査を経てフラーに参加となります。ただし、日本支部は2016年からフェーレ・トーキョー(上記のアイルランド、英国、米国以外ではフラーという名称は使えないことになっています)がフラーの地方大会と同じ扱いとなり、フェーレ・トーキョー→フラーのルートが実現しました。このため、本部から正式にコンペの審査ができるという資格を与えられている審査員が来日して行われています。
フラーには年齢別カテゴリーと楽器別カテゴリーがあります。またソロ以外にデュエット、トリオ、グループ、ケーリーバンドという構成があります。楽器演奏以外に歌、リルティング、アイルランド語、作詞・作曲、ストーリーテリング、ダンス(シャン・ノース、セットダンス、ケーリーダンス)というカテゴリーがあります。詳しくはCCÉジャパンのホームページを参照してくだい。例えばソロのフィドル(成人)などの場合、4種類の指定された音楽の種類(リール、ジグ、ポルカ、ホーンパイプなど)の曲を演奏するなどが要求されます。

コンペの中でも特に盛り上がるのが通常は最終日に行われるケーリーバンド・コンペティションです。ケーリーバンドというのはケーリーというダンサー(主にセットダンス)が生演奏で踊るダンスパーティーで演奏するミュージシャンのグループのこと。このコンペではダンサーはいないのですが、ミュージシャンのグループがメリハリをつけたノリの良いダンス音楽の大迫力演奏を競います。観戦チケットがすぐに売り切れてしまうので、前売り購入必須のプログラムです。近年、連続優勝して大躍進したShandrum Céilí Band(シャンドラム・ケーリーバンド)のフラー優勝直後の演奏を聞いてみてください。

祝い🎉だ!シャンパン🍾だ!感たっぷりのノリノリ演奏ですね。音楽やダンス、楽しさ(アイルランド語でcraicといいます)満載のフラーですが、最後に真面目な話をすると「伝統音楽のフォーマットを次世代に伝える」ことも目的のひとつです。優勝することよりも、競い合うことで音楽やダンスを極め、アイルランドの伝統を継承するため、そして世代を超えて人的交流を深めるためにフラーは開催されています。かつて衰退の危機にあった伝統文化をすべての人が楽しめるように次世代に引き継ぐことが大きな役割のひとつなのです。

※2022年7月23日(土)開催の日本アイルランド協会文化研究会例会の発表内容をまとめたものです。


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アイルランド伝統音楽の継承・普及活動を行っている世界最大の国際的非営利団体です.