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第277号(2024年8月26日) ウクライナのクルスク侵攻と鍵を握る米国の出方


【今週のニュース】日米韓安保協力は「東方におけるNATOのクローン」

ノルドストリーム2爆破事件をめぐる続報

 ロシアと欧州をつなぐ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」が2022年9月に爆破された件について、ウクライナ人の男に対して逮捕状が出されていたことが明らかになった。問題の男はポーランド在住で、ドイツ当局が逮捕状を出したものの、ポーランド当局が身柄を拘束する前にポーランドを出国した。その後の行方については報じられていないが、ドイツのマスコミは名前や居所を知っているらしく、電話で本人から関与を否定されたという。

 一方、『ウォール・ストリートジャーナル(WSJ)』は事件の内幕をかなり詳細に語っている。同紙によると、ノルドストリーム2の爆破計画は少数の軍高官やビジネスマンたちが酒場で捻り出したアイデアであり、一時はゼレンシキー大統領の承認を得たが、のちに計画を察知したオランダの情報機関がCIAに警告を出すと、政治レベルでは中止命令が出た。
 これに対して当時のウクライナ軍総司令官であったザルジニー大将は計画を強硬に推し進めた。ゼレンシキーは破壊工作チームを引き返させるように命じたが、ザルジニーは一度派遣されたチームとは連絡が取れなくなるので中止は不可能であると主張し、結局は爆破に至った。これがWSJの描く事件の全貌である。
 以上が事実であると(非常に詳細な報道であり、事実である可能性は高い)、ウクライナの政軍関係にはかなり問題があったということになろう。また、WSJも指摘するとおり、この件はドイツのウクライナ支援に影響を及ぼす可能性がある。実際、ショルツ政権は来年度のウクライナ支援予算を40億ユーロと2024年度(75億ユーロ)からほぼ半減させ、2026年度以降には凍結したロシアの資産から発生する利子収入などで賄う方針であると伝えられる。

 表向きは財政の逼迫が理由ということになっているが、そこにノルドストリーム2爆破に対する政治的報復という動機が存在している可能性は否定できまい。

日米韓安保協力は「東方におけるNATOのクローン」

 ロシア軍の機関紙『赤い星』8月23日付に、興味深い記事が掲載された。7月28日に東京で初の日米韓3カ国による防衛相会談が行われ、「安全保障協力枠組み覚書」が署名されたことについて、これを「東方におけるNATOのクローン」を作ろうとするものであると論評するものである。
『赤い星』のインタビューに答えたアジア専門家のアナトリー・コーシキンによると、この動きは中国の軍事的台頭に脅威を覚えた米国が推し進めようとしているものであり、中国や北朝鮮を軍事的に脅すことを目的としている。また、日米韓防衛相会談では拡大抑止へのコミットメントが確認されたが、このことは日韓が米国の核作戦計画に参加することを意味しているのであって、地域の緊張を煽るものである。他方、これによって日米の二国間同盟の重要性が低下することはなく、アジアにおける米国の覇権維持の役割を日本に負わせようとする傾向は今後も続くだろう。要約するとこんなところである。
 全体としてコーシキンの見立ては米国への懐疑心に彩られながらも、基本的には日米韓の安保協力が中国・北朝鮮抑止を念頭に置いたものであることを正しく理解しているとは言えよう。

【インサイト】ウクライナのクルスク侵攻と鍵を握る米国の出方

クルスク戦線の状況

 ウクライナがロシア領クルスクへの侵攻を開始してから、ほぼ3週間になります。
 この間、ウクライナ軍は占領地域をじわっと広げており、8月19日までに1250平方kmを占領したとゼレンシキー大統領は述べています(ゼレンシキー発言については後に改めて詳しく扱う)。
 ただ、このうちの1000平方kmは最初の1週間における戦果ですから、それ以降の約2週間における戦果は250平方kmに過ぎない、ということになります。倍の時間をかけて4分の1の面積しか占領できていないわけですから、進撃ペースがかなり落ちていることが窺われます。
 これはロシア側の防御がいよいよ機能し始めた証拠であると思われます。すでに多くの衛星画像分析で指摘されていますが、ロシア軍はウクライナ軍の予想進軍方向に大急ぎで陣地線を築いており、さらに徴兵も動員して防衛部隊の頭数を揃えようとしてきました。
 他方、ロシアが優勢な東部戦線からは大規模に部隊を引き抜いているという兆候は見られません。今勝てている正面は放棄せず、クルスク正面はとりあえず有り合わせの戦力でいいから穴を塞いでおけ、というのがロシア側の思惑であると考えられるでしょう。現在のところ、ロシアのこの戦略は一応機能しているように見えます。ということは、ウクライナ東部では依然、ロシアによる攻勢が続き、ウクライナ軍は非常に苦しい状態に立たされ続けているということです。

https://www.wsj.com/world/as-ukraine-invades-russia-kyivs-troops-are-in-trouble-on-the-eastern-front-8a7b1686

https://www.ft.com/content/c716482f-c032-4993-aa12-985a4828ff9d?shareType=nongift

ギャンブルとしてのクルスク侵攻

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