2度目のブラックジャック

自動ドアが開いた瞬間、ロビーにいた皆の視線がその男に注がれた。
全身黒ずくめ。顔には深い傷。
皆、口々に噂をし始めた。
あれが、ブラックジャック——————。

数時間前に、この病院には瀕死の重傷を負った少年が運び込まれていた。
母親はロビーで涙を流しながらうなだれていた。
彼女は、ブラックジャックの姿を見つけるやいなや、彼に駆け寄りすがりついた。
「お願いです、私の息子を助けてください!」

ブラックジャックは歩みを止め、足元にすがる母親を見下ろした。
「あなたは、どんなに重傷な人間でも、助けることが出来るんでしょう」
「たしかにそうだ」
「どうかお願いです、それなら、うちの息子を助けてください。重傷なんです」
「申し訳ないが、それはできない。私を待っている別の患者がいる」

「Aでしょう?その患者というのは」
「いかにも」
「あんな人間のクズではなく、私の息子を助けてください」

ロビーにいた誰もが、Aのことを知っていた。
20人以上の女を犯し、殺した、連続強姦殺人犯。
今日、この病院に、同じように瀕死の重傷で担ぎ込まれていた。

—-

「なんと言われようと、仕方がないのです。私は金を貰っている以上、どうしても彼を救わなくてはならない」

ブラックジャックがそう言うと、ロビーに座っていたほかの男が立ち上がって言った。

「人の心はないのか、このクソ野郎!」

男に同調するように周りの者たちも続いた。

「あんなクソ野郎はもう死んで当然だろうが。それより、未来ある若者の命を救ったらどうだ」

「そうよ。あんな奴、もう死なせればいいじゃないの。お金なんて関係ないでしょう」

すると、ブラックジャックはこう冷たく言い放った。

「あなたがたになんと言われようと、私は彼の命を救わなければならない。あんな彼でも、命を救って欲しいと願う人たちがいるのだ」

手術室に現れたブラックジャックを、数人の看護婦たちが出迎えた。
手術台の上には胸を刺されて血を流しているAが横たわっていた。
「手術を始める」ブラックジャックは言い、手にメスが渡された。

Aの手術が無事終わり、ブラックジャックは控え室でタバコを吸っていた。
灰が机の上に落ちた。
彼は、例の少年が亡くなったことを別の医師から聞かされていた。

ひとりの看護婦がやって来て、ここは禁煙ですよ、と言った。
ブラックジャックはしぶしぶタバコを消した。

それから、看護婦は椅子に座ってテレビの電源を入れた。
ちょうどニュースの時間だった。話題はAのことだった。
顔の整った女性のニュースキャスターが原稿を読み上げる。

「今日、Aの2度目の死刑が行われました」

ブラックジャックは、テレビをちらりと見たが、うんざりしたように目を反らした。
その様子に気づいた看護婦が、先生も大変ですわねと言った。

「この制度は被害者家族の心情を踏まえ制定されたもので、次回の死刑は3ヶ月後を予定しています・・・」

死刑囚を専門に治す医者がいる。
彼らは、ブラックジャックと呼ばれている。

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