アンリ・ミュルジェール『ボヘミアン生活の情景』第7章:パクトロス川の流れ

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それは3月19日のこと……ニネヴェ建立を目撃したラウル=ロシェット氏より年を喰ったとて、ロドルフはこの日を決して忘れることはないだろう〔フランスの考古学者ラウル=ロシェットは1845年5月16日の学会で、モースル領事ポール=エミール・ボッタによるニネヴェの跡とされる遺跡の発掘を報告した。当時56歳〕、というのも、その聖ヨセフの日こそ、われらが友人が真正の現行硬貨で総額500フランを引き出して午後3時に銀行を出た日なのだ。

ポケットに転がりこんできた大金の薄片を使ってロドルフが最初にしたのは、借金返済では全くなかった、節約を旨とし余分な出費はしないと自らに誓ったのだ。さらに、この件については固く心を決め、無駄なことを考えるよりも必要なものに集中すべしと言った。だから借入先には支払わず、久しく欲していたトルコパイプを買ったのだ。

品物を手にすると、友人マルセルの新居へ赴いた。藝術家のアトリエに入るとき、ロドルフのポケットは大祭日の村の鐘のように鳴り響いた。聞き慣れない音を耳にしたマルセルは、隣の相場師が大売りを仕掛けて儲けた打歩を数えているものと思って呟いた。

「近所の策士がまた警句を始めたな。長引くようならおいとましなければ。こんな罵りを受けていたら作業にならない。貧乏な藝術家をやめて〔アリババの〕40人の盗賊になろうかという気を起こしてしまう」友人ロドルフがクロイソス〔莫大な富を持っていたリュディア国王〕に変身したとは思いもよらないマルセルは、3年ちかく画架に掛かりっぱなしの「紅海渡渉」を再び描きはじめた。

まだ一言も発していなかったロドルフは、これから友人に試そうという実験について密かに思い巡らし、ひとりごちた。

「ふたりともたちまち笑い出すよ。ああ!楽しくなるぞ、ほら!」そして5フラン銀貨を床に落とした。

マルセルが目をあげてロドルフを見ると、『両世界評論』の記事のように真剣だった。

藝術家は大喜びで銀貨を拾うと慇懃に回収した、へぼ絵描きにも世知はあるし、よそ者に対してはとても礼儀正しかったからだ。それに、ロドルフが出かけたのは金策のためだと知っていたから、奔走して上手くいった友人を見ても、マルセルは成果に感服するにとどめ、どうやったのか訊きはしなかった。

だからマルセルは何も言わず作業に戻り、紅海の波に溺れるエジプト人を描き上げた。この殺人が完遂されたところで、ロドルフは2枚目の5フラン銀貨を落とした。そして画家の顔を眺めると、誰もが知る三色髭を生やした口で笑った。

金の鳴る音でマルセルは電撃を受けたようにはっと立ち上がって叫んだ。

「何と!二度目があるのか?」

3枚目が床を転がった、そして1枚、また1枚、とうとう銀貨が部屋で四人組の踊りを始めた。

マルセルは気が狂ったような様子を見せ、ロドルフは「ジャンヌ・ド・フランドル」〔イポリット・ビス作の悲劇、初演1845年〕初演時のフランス座の平土間席のように笑った。やにわにロドルフが両手で目一杯ポケットを引っかき回すと、銀貨が桁外れの障害物競走を始めた。パクトロス川〔リュディアを流れる砂金の採れる川〕の氾濫、ユピテルがダナエを訪ねたときの狂騒だった〔ユピテルは黄金の雨に変身してダナエの所に言い寄る〕。

マルセルは動けず、黙りこくって、目を据えていた。驚きのあまり、かつてロトの妻が好奇心の代償で変わりはてたような姿をしていた〔旧約聖書において、ソドムとゴモラが滅ぼされるときロトとその家族は神に救われるが、逃げる途中に振り返るなという命令を破ったロトの妻は塩柱にされた〕。ロドルフが最後の5フラン銀貨を床に落としたとき、画家の半身はすっかり塩と化していた。

ロドルフはずっと笑っていた。その高笑いに比べれば、サックス氏の管弦楽団〔サクソフォンのこと。発明者アドルフ・サックスに由来する〕の轟音も乳児の息吹のようだっただろう。

目が眩み、息が詰まり、昂奮で呆然として、マルセルは自分が夢を見ていると思った。憑きまとう悪夢を祓おうと血が出るほど指を噛み、あまりの痛みに叫んだ。

自分が完全に目覚めていると分かり、金を踏みつけているのを見て、悲劇役者のように声を張りあげた。

「自分の目を信じよう!」

そしてロドルフの手を掴んで続けた。

「この神秘を説明してくれ」

「説明したら神秘じゃなくなる」

「それでもだ」

「この金は汗の賜物だ」ロドルフは銀貨を集めて机に並べながら言った。そして何歩か後ろに下がり、積み重なった5フラン玉をうやうやしく眺めて思った。

「これで夢を実現できるかな?」

マルセルは机の上で震える銀貨を見つめて言った。「6000フランまでそう遠くないはずだ。考えがある。ロドルフに「紅海渡渉」を買わせよう」

突然ロドルフは芝居がかった態度になり、じつに勿体ぶった仕草と声色で画家に言った。

「聞きたまえマルセル、ぼくが君に見せた財産は卑しい策略の手柄ではない、ぼくは断じて阿漕な売文をしたのではない、裕福だが誠実なのだ。この金を気前のよい方から頂き、これを使って仕事することで立派な人間に相応しい歴とした地位を手に入れると誓ったんだ。仕事は最も尊い義務だからな」

マルセルがロドルフを遮って言った。「ならば馬こそ最も高貴な動物だな。それで!何が言いたい、どこから持ってきた言葉だ?さては常識派〔ロマン主義の行き過ぎに対する擬古典主義的な反動、とくに1843年ユゴー『城主』が失敗しポンサール『ルクレティウス』が成功したことによる文学潮流〕だな?」

ロドルフは言った。「邪魔や冷やかしはよしてくれ。もっとも、ぼくの不屈の意志の鎧には効かないがね」

「さあ、前置きは沢山だ。どうするつもりなんだ?」

「こういう心算さ。生活苦を免れ、真面目に仕事する。自作の大芝居を演じきって、きちんと世評を得る。まずはボヘミアンをやめるんだ、世間のひとと同じ格好で、黒い服を着てサロンに赴く。君もこういう筋でゆくなら同居を続けよう、でもぼくの方針に合わせてもらうからな。節約第一で暮らそう。上手くやれば3ヶ月は他のことをしないで確実に作業できる。ただ節約はしないと」

マルセルは言った。「節約というのは金持ちだけに可能な知恵だよ、わたしや君にはその根本が欠けている。もっとも、6フラン先行投資すれば卓越した経済学者ジャン=バティスト・セイ氏〔実業家でもあり古典的自由主義を採った。供給は需要を創出するというセイの法則で有名〕の著作集を買えるだろう、きっと節約術の実践法が学べる……おや、トルコパイプを持っているね?」

「ああ、25フランで買った」ロドルフが言った。

「えっ!パイプひとつに25フラン……それで節約だなんて言うのか?……」

「これも間違いなく節約のひとつだよ。毎日2スーのパイプを壊していたんだ、一年後にはとんでもない額になっていた、これに払ったのよりも……だから確かに節約なんだ」

「なるほど、もっともだ、前言撤回しよう」マルセルは言った。

そのとき近くの時計が6時を打った。

「さっさと食事を済ませよう、今晩から始めるからな。ただ夕食については考えがある。毎日ぼくたちは貴重な時間を料理に費やしている、時間は労働者の財産なんだから節約しないと。今日から外食にしよう」ロドルフが言った

「よし、上等なレストランが近くにある。ちょっと値は張るけれど、近所だからすぐ行ける、節約した時間で取り返せる」マルセルが言った。

「今日はそうしよう、でも明日からはもっと節約できる方法を目指そう……料理屋に行くんじゃなくて、料理婦を雇うんだ」ロドルフは言った。

マルセルが遮った。「いやいや、それより料理もできる使用人だ。どれほど便利になるか、ちょっと考えてみろよ。まず家事をやってもらえる、靴も磨くし筆も洗う、小間使いにもなる。藝術の心得も教え込んでみよう、内弟子になる。そうすれば、ふたり合わせて少なくとも1日6時間、作業の邪魔きわまりない家事や雑用の時間を節約できる」

「ああ!ぼくには別の考えが……ともかく夕食にしよう」ロドルフが答えた。

5分後、ふたりは近所のレストランの個室に陣取り、節約話を続けていた。

「こう思うんだ、使用人を雇う代わりに、愛人を雇ったらどうだろう?」ロドルフが大胆に切り出した。

マルセルは不安げに言った。「ふたりで愛人ひとり!けちが過ぎて高くつくぞ、節約した金でナイフを買って互いの喉を掻っ切ることになる。使用人にしてくれ、第一そのほうが現実的だ」

「それなら頭のよい子を雇おう。綴字の素養があるなら作文を教えてやろう」

「後々その子の糧にもなるからね」マルセルは15フランの料理を追加で頼んだ。「ほら、ずいぶん高い。いつもふたりで30スーだったのに」

「そうだ、でもあまり食べられなかった、夜食が必要だった。ひっくるめれば節約になっているのさ」ロドルフは言った。

「君のほうが一枚上手みたいだな、いつも正しい。今夜は作業するのか?」議論に負けた藝術家が言った。

「ぼくはしないよ。ぼくは叔父さんに会いに行くからね。真面目なひとだし、この新しい境遇を伝えたら、ためになる助言をくれるだろう。君はどうする、マルセル?」

「わたしはメディチ爺さんのところへ行って絵の修復依頼がないか尋ねてくる。そのことなんだが、わたしに5フラン渡してくれ」

「どうして?」

「ポン・デ・ザールを渡るために」〔ポン・デ・ザールは通行料のかかる橋だった〕

「ああ!それが無用な出費なんだよ、大した額でなくとも原則を逸脱している」

「確かに、わたしが間違っていた、ポン・ヌフを渡ろう……でもカブリオレ〔幌つき二輪馬車〕で行きたいな」

こうして別れたふたりはそれぞれの道を行ったが、奇妙な偶然から同じ場所に行きつき、再会することとなった。

「おや、なるほど叔父さんには会えなかったのだな?」マルセルは尋ねた。

「じゃあメディチには会えなかったのか?」ロドルフも言った。

ふたりは笑い出した。

そして家に戻った、早い時間に……翌朝の。

2日後、ロドルフとマルセルはすっかり様変わりしていた。ふたりとも上流階級の新郎のような服で、見目うるわしく、輝いて、気品よく、道で出会っても互いに誰だか分からないほどだった。

それでも節約には全力を挙げていた、けれども作業の手筈を整えるのには苦労した。ふたりは使用人を雇った。34歳の大男、スイス生まれ、知能はジョクリス〔喜劇における間抜けな召使役〕並。それに使用人になるために生まれたのではなかった。主人のひとりがそれなりに運びやすそうな荷物を託しても、バティストは怒って赤くなり、運び屋を呼んで行かせるのだった。ただバティストには幾つかの才能もあった。野兎を渡すと、必要とあらば赤ワイン煮込を作った。それに、召使というより蒸留職人として、自身の技術に多大な愛着を持ち、主人のために使うべき時間のほとんどを、新しく優れた気付薬を開発して自分の名を冠するために使っていた。クルミ酒を作るのも上手かった。だがバティストが傑出していたのは、マルセルのタバコにロドルフの原稿で火をつけて吸うという技だった。

ある日マルセルはバティストにファラオの衣装を着せてポーズを取らせようとした、「紅海渡渉」を描くためだ。水を向けられたバティストは断固として拒否し、給料を要求した。

「上等だ、今夜払ってやる」マルセルは言った。

帰ってきたロドルフに、バティストをクビにせねばと訴えた。相方も、全く何の役にも立たないと言った。

「そのとおり、あれは生きた藝術のオブジェだ」マルセルが応じた。

「皮を剥ぐべき獣だ」

「怠け者だ」

「クビにすべきだ」

「クビにしよう」

「ただ見どころがあるのも確かだ。赤ワイン煮込は美味い」

「クルミ酒もだ。クルミ酒のラファエロだ」

「そうだな、でも上手いのはそれだけ、それでは足りない。いつもあいつとの言い争いで時間が潰れる」

「仕事の邪魔だ」

「あいつのせいでサロンに出す「紅海渡渉」を完成できない。ファラオの格好を拒否する」

「あいつのおかげで頼まれた仕事が終わらない。国立図書館に必要な文書を探しに行きたがらない」

「あいつがいたら破滅だ」

「まったく、あいつを置いておくのは無理だ」

「クビにしよう……しかしそうなると金を払わねば」

「払ってやろう、それでお払い箱だ!給料を払うから金をくれ」

「えっ、金だって!でも会計係はわたしじゃない、君だ」

「まさか、君だよ。君が経理担当だ」ロドルフは言った。

「でもわたしには金がない、本当なんだ!」マルセルは叫んだ。

「もうないのか?ありえないぞ!一週間で500フランも使うなんて、しかも最大限に節約して、最低限の必需品だけ(最低限の余分だけ、と言うべきだろう)にしてきたんだぞ、ぼくたちは。会計を確かめなければ。間違いが見つかるだろう」ロドルフは言った。

「分かった、ただ金は見つからないよ。ともかく出納帳を確認しよう」

これが帳簿の中身だ、聖なる節約神の庇護の下に始まっていた。

「3月19日。収入:500フラン。支出:トルコパイプ25フラン、夕食15フラン、雑費40フラン」

読み上げるマルセルにロドルフが尋ねた。「雑費って何だ?」

「覚えているだろう、あの晩は朝帰りだった。でも薪と蝋燭の節約になった」

「それから?続けてくれ」

「3月20日。昼食1フラン50サンチーム、タバコ20サンチーム、夕食2フラン、鼻眼鏡2フラン50。おや!鼻眼鏡は君の出費だ!どこに鼻眼鏡の必要がある?視力は申し分ないのに……」マルセルが言った。

「ぼくが『イーリスの羽衣』にサロン評を書いたのを知っているだろう。鼻眼鏡なしに絵画批評はできない、正当な出費さ。それから?」

「藤の杖……」

「おい!それは君の出費だ。杖など必要ないのに」ロドルフが言った。

マルセルは答えずに続けた。「以上、20日の支出。21日は外食だ、昼、夕、夜食も」

「その日はさほど出費はなかったのか?」

「結局、ごく僅か……かろうじて30フランだ」

「しかし何に使ったんだ?」

「それ以上は分からない、ただ雑費の欄に書かれている」

ロドルフが遮った。「曖昧で危険な項目だな!」

「22日。バティストの来た日だ。給料を前金で5フラン渡した。手回しオルガンに50サンチーム、黄河に捨てられた中国人の子ども4人を信じがたい野蛮な親から買い取るために2フラン40サンチーム」

「何だって!そのちぐはぐな記述を少し説明してくれ。手回しオルガン〔orgues de barbarie〕に金をやったなら、どうして野蛮な親〔parents barbares〕を悪く言うんだ?それに中国人の子どもを買い取る必要がどこにある?中国のもので買うべきは金柑酒だけだ〔金柑のブランデー漬のことをchinoisという〕」ロドルフが言った。

マルセルは答えた。「わたしは気前よい性質なんでね。続けよう、ここまでは節約の原則から大して外れていない」

「23日、記載なし。24日、同じく。この2日間は上出来だ。25日、バティストに給料3フラン」

「しょっちゅうあいつに金を払っているな」マルセルは反省するように言った。

ロドルフも応じた。「支払いを減らそう。続けてくれ」

「3月26日、藝術的見地からして有益な雑費36フラン40サンチーム」

「有益って、いったい何を買ったんだ?ぼくは覚えていないぞ。36フラン40サンチームも何に使ったんだ?」ロドルフが言った。

「えっ!分からないのか?……パリ鳥瞰のためにノートルダムの塔に登った日じゃないか……」

「しかし塔に登るには8スーだ」

「そう、でも降りてからサン=ジェルマンで夕食にした」

「透明性を欠く記述だな」

「27日、記載なし」

「よし!それでこそ節約だ」

「28日、バティストに給料6フラン」

「ああ!もうバティストには何の借りもないはずだ。むしろ貸しがあるくらいだ……確かめないと」

「29日。おや、29日の記述がない、支出の代わりに礼儀作法についての文章の出だしが書かれている」

「30日、そうだ!夕食会を開いた。大出費、30フラン55サンチーム。31日、これが今日だ、まだ支出なし。見ろ、計算は極めて正確だ。合計しても500フランにはならない」マルセルは締めくくった。

「それなら金庫に残っているはずだ」

抽斗を開けたマルセルは言った。「見てのとおり。ない、何もない。蜘蛛しかいない」

「朝蜘蛛は悲哀〔フランスの俗信。昼蜘蛛は心配、夜蜘蛛は希望、と続く〕」ロドルフが言った。

「あれほどの金が一体どこへ消えたんだ?」空の金庫に打ちひしがれたマルセルが言った。

「もちろん!簡単なことさ、全部バティストにやってしまったんだ」ロドルフが言った。

「いや待て!今季の領収書だ!」抽斗を探って紙片を見つけたマルセルが叫んだ。

「何だと!どうしてそこに?」ロドルフが言った。

マルセルが言い足した。「それに支払済とある。家主に払ったのは君か?」

「ぼくだって、まさか!」ロドルフが答えた。

「いやはや、どういうことなんだ……」

「断じて言うが……」

「「この不思議は何だ?」」ふたりは声を揃えて『白衣の婦人』〔フランソワ=アドリアン・ボイエルデューのオペラ、1825年〕の終幕のように歌い出した。

すぐに音楽好きのバティストがやって来た。

マルセルが領収書を見せた。

バティストはぶっきらぼうに答えた。「ああ!そうです。言い忘れていました。今朝おふたりの外出中に大家が来たのです。わたしが払っておきました、また来られても困るので」

「金はどこから?」

「ああ!開いていた抽斗から取りました。そのつもりで開けておいたものと思いまして、きっと出がけに「バティスト、大家が家賃を取りに来るから払っておけ」と言うのを忘れたんだと。それで言いつけどおりにしたんです……言われなくとも」

マルセルは怒りで顔面蒼白になった。「バティスト、職務違反だ、金輪際この家にお前の居場所はない。制服を返してくれるな?」

バティストは蝋引き麻の制帽を脱ぐとマルセルに返した。

「よし、もう行ってよい……」

「給料のほうは?」

「馬鹿なことを言いやがるな?貰うべき額より貰っただろう。たった2週間で14フランも払ったんだ。それだけの金をどうした?踊り子でも囲ってるのか?」

「綱渡りの女軽業師を」ロドルフが続けた。

不遇の使用人は言った。「わたしは追い出され、頭を覆うものすらないのですか!」

「制服は持って行けよ」思わず動揺したマルセルが答えた。

そしてバティストに帽子を渡した。

ロドルフは哀れなバティストが出てゆくのを見ながら言った。「しかし、ぼくたちの財産を横領したのは、あの不幸者だからな。今日の夕食はどこにしよう?」

「明日にしよう」マルセルが答えた。

(訳:加藤一輝/近藤梓)

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