アンリ・ミュルジェール『ボヘミアン生活の情景』第11章:ボヘミアンのカフェ

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文学者でプラトン哲学者のカロリュス・バーブムシュが24歳にしてボヘミアンの一員となった経緯は、以下のとおりである。

大哲学者ギュスターヴ・コリーヌ、大画家マルセル、大音楽家ショナール、そして大詩人ロドルフ、と互いに呼びあう4人は、当時カフェ「モモス」に入り浸っており、いつも一緒にいるので四銃士と渾名されていた。実際4人は来るのも帰るのも一緒、遊ぶのも一緒、代金を踏み倒すときでさえ常に国立音楽院のオーケストラのように揃っていた。

ゆうに40人は入れそうな部屋を選んで集まっていたが、部屋にはいつも4人だけだった、普通の常連客は寄りつかなくなっていたのだ。

この巣窟に入ってしまった一見客は、たちまち猛烈な四重唱を浴び、新聞やデミタスコーヒーを味わう間もなく、藝術や感性や経済についてのとんでもない箴言にクリームをかき乱され、逃げ出す羽目になるのだ。4人の会話ときたら、給仕を若くして痴呆にさせてしまうほどだった。

けれども、あまりの勝手に耐えかねたカフェの主人が、ある晩いかめしく申立書を読み上げた。

1.ロドルフ氏は朝から食事に来て、備えつけの新聞を全部自分の部屋へ持って行ってしまう。帯封が切れていると分かると怒り出すほどだ、そのため他の常連客は世論を知る手段を奪われ、夕食どきまで政治について鯉のように盲目なままでいる。ボスケ氏らは新内閣の閣僚の名前さえほとんど知らなかった。
さらにロドルフ氏は、自分が主筆を務める『カストール』誌を購読するようカフェに強いた。主人は最初これを拒否したが、ロドルフ氏らは15分ごとに給仕を呼び、大声で「『カストール』だ!『カストール』を持ってこい!」と叫ぶので、しつこい要求に誘われて他の常連客も『カストール』を頼むようになった。そのため『カストール』を購読している、帽子についての月刊誌で、扉絵があり、「雑録」欄としてギュスターヴ・コリーヌによる哲学記事がある。

2.そのコリーヌ氏と友人のロドルフ氏は、朝10時から真夜中まで、知的労働の疲れを癒すといって盤双六〔バックギャモン〕で遊んでいた。当店には台がひとつしかないため、専有されると他の客が遊べないのだが、譲ってくれと言ってもこう返されるだけだった。
「貸出中だよ、また明日」
そのため、ボスケ氏らは初恋の話を語り合うかトランプ遊びをするしかなかった。

3.マルセル氏はカフェが公共の場所であることを忘れて勝手に画架や絵具箱など画材一式を持ち込んでいた。さらに遺憾なことに男女を問わずモデルを呼び入れた。
そのため、ボスケ氏らの集まりの雰囲気が壊された。

4.友人の例に倣って、ショナール氏もカフェに自前のピアノを持ってくると言い、自作の交響曲「藝術における青の影響」の一部を無遠慮に合唱した。さらにショナール氏は、カフェの看板灯の中に

無料教室
声楽・器楽
男女とも可
お申し込みは会計へ

と書かれた半透明の広告紙を滑り込ませた。
そのため、当店の会計は毎晩「どうやって受講できるのか」と尋ねに来る身なりに無頓着な客の対応に追われている。
さらにショナール氏は、ここでフェミー・テンチュリエールという名の、いつも帽子をかぶってこない女性と逢引している。
そのため、若いほうのボスケ氏は、以後これほど度を越した場所へは足を向けないと言明した。

5.この方々は、ほとんど注文しないどころか、それすら減らそうとしている。この店のモカにはチコリが混ざっている〔チコリの根を煎じた代用コーヒーのこと〕と分かったと称し、酒用の濾過器を持ってきて自分でコーヒーを作り、他所で安く買った砂糖を加えているが、これは当店に対する侮辱である。

6.この方々の言動に毒され、給仕のベルガミ(寵愛のしるしにそう名づけられた〔イギリス王妃キャロライン・オブ・ブランズウィックの愛人バルトロメオ・ベルガミから〕)は庶民の生まれであることを忘れ、慎みを弁えず、会計係のおかみに母や妻としての務めを忘れるよう唆す詩を送った。その乱れた文体にはロドルフ氏やその作品の有害な影響が認められた。

したがって、残念ながら、当店主はコリーヌ氏らに対し、例会の場所を他へ移していただくようお願いせねばならない」

一派のキケロともいうべきギュスターヴ・コリーヌが口を開き、カフェの店主に対して申立書が愚かで無根拠であることを演繹的に示した。曰く、この店を知性の中心地に選んだのは店にとって名誉なことであり、藝術と文学のカフェとして名声を高めていた自分や仲間たちが去ったら店は破滅するだろう、と。

「しかし、あなたがたの集まりの方々は全然注文しないので」店主は言った。

コリーヌが言葉を返した。「あなたは節制に文句を言われるが、節制こそ品行方正の証拠だ。それに、われわれがもっと消費するかは、あなたが決めることだ。つけ払いを認めてくれさえすればよいのだから」

「記録はこちらでつけて差し上げよう」マルセルが言った。

店主は聞く耳を持たず、ベルガミが妻に宛てた煽情的な手紙について説明を求めた。不倫の代書人と告発されたロドルフは、懸命に無罪を主張した。

「それに、奥さまの貞操は堅固な砦で……」そう続けた。

「ああ!妻はサン=ドニ育ちだからな」店主は自慢げに笑った。

結局、コリーヌが狡猾な弁舌を弄して相手を完全に言いくるめ、以下のような約束を交わすに至った、今後4人は自分たちで勝手にコーヒーを淹れない、店は『カストール』を無料で受け取る、フェミー・テンチュリエールは帽子をかぶる、双六盤は毎週日曜の正午から2時までボスケ氏の集まりが使う、そして何より、これ以上つけ払いを要求しない。

数日間は上手くいっていた。

クリスマスの前夜、4人は同伴者を連れてカフェに行った。

ミュゼット嬢、ロドルフの新しい恋人でシンバルのように騒々しい素敵なミミ嬢、そしてショナールの熱愛するフェミー・テンチュリエールだ。その晩、フェミー・テンチュリエールは帽子をかぶっていた。コリーヌの相方はいなかった、いつものように家にいて、4人の原稿を校正するのに忙しかった。コーヒーのあと、特別にグラスが用意され、ポンチ酒が注文された。そうした仰々しい様式に慣れていない給仕は2回も注文を訊き返した。初めてカフェに来たフェミーは、脚つきグラスで飲むのに夢中で、うっとりした様子だった。マルセルは、ミュゼットが新しい帽子をどこから手に入れたのか気になって、言い争いをしていた。ミミとロドルフは同棲したての蜜月期間で、声音を変えてひそひそ囁きあっていた。コリーヌは女性たちの間を行き来し、『詩神年鑑』〔Almanach des Muses、1765年から1833年まで発行されていた年刊の詩誌〕の一揃いから、口紅のついた古風なガラス細工を集めていた。

こうして楽しげな集まりが遊びや笑いに興じているとき、部屋の隅でひとつだけ離れたテーブルに座っている見知らぬ男が、目の前で繰り広げられる賑やかな光景を、じっと見つめていた。

その男は2週間ほど前から毎晩そんな風にやって来た。あらゆる客の中でただひとり、ボヘミアンたちの恐るべき喧騒に耐えられたのだ。どんなに下らない話の繰り返しにも動ずることなく一晩じゅう居続け、数学的な規則正しさでパイプをふかし、宝物を見張るかのように目を据え、周囲の会話すべてに耳を傾けていた。そこにいると寛いで安心できるようだった、というのは金の鎖のついた時計をポケットに入れていたのだ。ある日マルセルが会計で鉢合わせると、驚いたことに支払いのためルイ金貨を両替していた。以来4人はその男を資本家と呼ぶようになった。

素晴らしい光景を眺めていたショナールが、突然、どのグラスも空になっていると言った。

「何てことだ!今日はクリスマスイヴの宴会だぞ。われわれは皆よきキリスト教徒なんだから、奮発してご馳走としなくては」ロドルフが言った。

「確かにそうだ、並外れた注文をしよう」マルセルが言った。

「コリーヌ、ちょっとベルで給仕を呼んでくれ」ロドルフが続けた。

コリーヌは猛烈にベルを鳴らした。

「何を取ろう?」マルセルが言った。

コリーヌは腰をたいそう低くして、女性陣を指しながら言った。

「飲みものの注文と段取りを決めるのは、ご夫人がたに任せましょう」

ミュゼットが舌鼓を打ちながら言った。「わたしはシャンパンだって怖くないわ」

「正気か?シャンパンだって、そんなものはワインじゃないぞ、そもそも」マルセルが叫んだ。

「お生憎さま、わたしは好きなの、音がするもの」

ミミはロドルフに甘えた視線を投げながら言った。「わたしはボーヌのほうが好きよ。小さな籠に入ってるのが」

「頭がおかしくなったのか?」ロドルフが言った。

「いいえ、おかしくなりたいところよ。とくにボーヌのよく効くひとの上で、ね」その言葉に恋人はすっかりやられてしまった。

フェミー・テンチュリエールはふかふかの長椅子を弾ませながら言った。「わたしは完全なる愛〔パルフェ・タムール、媚薬効果があるとされる紫色のリキュール〕をいただきたいわ。胃に優しいのよ」

ショナールは鼻にかかった声で一語ずつ区切って話し、そのたびにフェミーは芯から震えた。

言い出しっぺのマルセルが言った。「ああ!ああ!10万フランでも使おうじゃないか、一回きりの話だ」

ロドルフが続いた。「それに会計係は注文が少ないと文句を言ってやがった。やつを驚かしてやらなくては」

コリーヌも言った。「そうだ、目の覚めるような宴会としよう。それに、ご夫人がたに最大限の献身を捧げなくては、愛は犠牲で成り立つ、ワインは快楽の精髄、快楽は若者の義務、女性は花、花には潤いを、そう潤いだ!給仕!給仕!」

コリーヌはベルの紐を激しく引っ張った。

給仕が北風のように素早くやって来た。

シャンパンやボーヌや様々なリキュールの注文を聞いて、給仕の顔にはあらゆる驚きの色が浮かんだ。

「おなかがぺこぺこよ、ハムをいただきましょう」ミミが言った。

「じゃあわたしはイワシとバターを」ミュゼットが追加した。

「わたしはラディッシュを、肉を少し添えて……」フェミーも続いた。

「夜食にしたいというわけですね」マルセルが言った。

「これで充分よ」女性陣は答えた。

「給仕!夜食に出せるものを持ってきたまえ」コリーヌが重々しく言った。

給仕は驚きで顔が3色になった。

そろそろと帳場に降りて、並外れた注文を店主に知らせた。

店主は冗談だと思ったが、また呼鈴が鳴ったので自ら出向き、それなりに評価しているコリーヌと話した。この店で盛大なクリスマスイヴの宴会をしたい、注文したものを持ってきてほしい、とコリーヌは説明した。

店主は何も答えず、布巾を捻りながら戻っていった。妻と15分も話し込んだが、サン=ドニで受けた自由教育〔職業教育や専門教育でない教育のこと。教養教育〕のため美術や文藝に脆い奥方は、夫に食事を用意するよう勧めた。

「実際、やつらにも何かのはずみで金が入ってくることはあるだろう」そう言うと、店主は注文されたものを全て出すよう給仕に告げた。そして昔からの常連客とピケの勝負に浸った。致命的な軽率!

10時から真夜中まで給仕はひたすら階段を昇り降りした。そのたびに注文が追加された。ミュゼットはイギリス式給仕をさせ、一口ごとに食器を換えさせた。ミミは全てのグラスから全種類のワインを飲んだ。ショナールの喉は永遠のサハラ砂漠のようだった。コリーヌは視線の十字砲火を浴びせ、ナプキンを歯でちぎり、テーブルの脚をフェミーの膝と思い込んでつまんだ。マルセルとロドルフは冷静さの鎧に足をかけたまま結着の時を待っていた、不安がないわけではなかった。

例の見知らぬ人物は、この光景を興味津々に眺めていた。ときどき微笑むように口を開け、窓が閉まるときに軋むような音を立てた。ひっそり笑っているのだ。

12時の15分前になると、会計のおかみが勘定を渡した。25フラン75サンチームにまで膨れ上がっていた。

「よし、誰が店主と直談判しに行くか籤で決めよう。大変な仕事になるぞ」マルセルが言った。

ドミノ札を一枚引いて、一番大きな目を出したら当たりということになった。

不幸にもショナールが籤に当たり、全権大使となった。名演奏家だが、策謀家としては力不足だ。帳場に来ると、ちょうど店主が常連客に負けたところだった。3回もカポ〔完封負け〕をくらうという屈辱にモモスは殺気立っており、ショナールが切り出すや否や猛烈に怒りはじめた。ショナールは優れた音楽家だが、性格は散々だった。倍返しとばかりに横柄な態度を取った。口論は激化し、店主は上の階へ行って支払うまで店から出さないと告げた。コリーヌが控えめな弁舌で割って入ろうとしたが、ずたずたのナプキンを見た店主の怒りは倍増し、保証のためといって哲学者の榛色の外套や女性たちの毛皮つき外套にまで卑しくも手を伸ばした。

店主とボヘミアンたちの間に罵倒の火花が散りはじめた。

女性陣3人は色恋や衣服について喋っていた。

見知らぬ人物が平静を破ってゆっくりと立ち上がり、まるで普通のひとのように一足二足と歩いてきた。店主に近づいて傍につくと、小声で囁いた。ロドルフとマルセルが目で追った。店主は男にこう言うと、戻っていった。

「もちろん結構です、バーブムシュさん、どうぞ話をつけてください」

バーブムシュ氏は帽子を取りに席へ戻り、頭にかぶると回れ右して3歩進み、ロドルフとマルセルのところへ来ると帽子を取ってお辞儀をし、ご夫人がたにも挨拶し、ハンカチを取り出して鼻をかみ、穏やかな声で話しはじめた。

「皆さん、失礼をお許しください。かなり前から皆さんとお知り合いになりたいと熱望していたのですが、今まで皆さんにお近づきするきっかけがありませんでした。今日のこの機に乗じてもよろしいでしょうか?」

「もちろん構いませんよ」見知らぬ人物が近づいて来るのを見ていたコリーヌが言った。

ロドルフとマルセルは何も言わずに会釈した。

ショナールは極度に慎重で、あやうく全てを台無しにしかけた。

「よろしいですか、われわれと知り合いになったからって名誉なんかないですよ、礼儀正しくされたら逆に……パイプを貸していただけますか……ともかく仲間の意見に任せますが……」そうまくし立てた。

バーブムシュは答えた。「皆さん、わたしも皆さんと同じく藝術の徒なのです。皆さんのお話を伺っていて分かりました、わたしたちの好みは同じです、皆さんの友人となって毎晩ここでお会いしたいと強く願っています……この店の主人は粗野な者ですが、わたしが少しばかり話しておきましたから、どうぞ皆さんお帰りください……またここでお会いしていただけることを願っています、ささやかな心づけをお受け取りください……」

ショナールの顔が怒りで赤くなった。

「この機に乗じるだって、受け入れられんな。勘定を払ったんだと。25フラン賭けて玉突きをするぞ、やつにはハンデをやる」

バーブムシュは申し出を受け入れ、親切にも負けた。この見事な仕儀がボヘミアンの評価を得たのだった。

翌日に会う約束をして店を出た。

「これであいつに借りはない。われわれの威厳は保たれた」ショナールはマルセルに言った。

「それにまた夜食を頼める」コリーヌがつけ足した。

(訳:加藤一輝/近藤梓)

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