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1のつぎは2じゃなくてもいい。soarの記事

ここ10年というもの、“いい人” になりたくて周りのことばかり気にしていました。でも、“いい人”になんかなれやしない。状況は好転するどころかむしろ停滞しまくりでした。

自分をディスることにも疲れ果ててしまった頃、ようやく、こんな思いが生まれます。

「自分軸で考えたほうが、誰かを幸せにできるのかも。」

そのことを、数日前のnoteに書きました。

自分軸を取り戻したい、と思えたのは良かった。

けれど、私のなかには「自分軸 VS 世間のものさし」みたいな対立構造があって、そのことが、ひっかかっていました。
対立構造があるうちは、まだまだ思考がこなれていないってことだと思います。

そんなとき、目にとまったのがWEBメディア『soar』の記事。
「大丈夫。これからもっともっと、私の思考は自由になれる。」と感じて、すごくホッとしました。

かなり長文の記事ということもあり、どこに着目するかは人それぞれのようです。Twitterの多数のシェアコメントを見ながら、この人はここかぁ、こっちの人はこっちが響いたのかぁ、そうかぁ、って思いました。

たとえば、記事タイトルのように  “ただ「好き」に没頭して生きる” ことは私には無理かもしれない。それを望まないとも思います。

記事を読んで、私がおまもりにしたいと思った言葉はこちら。2つ、引用します。引用は最小限にしたいので、興味を持っている人はぜひ記事全文を読んでみてください。

ひたすら板をたたいて傷をつけるのが楽しい、という人は、毎日ずーっとたたき続けられるようにした。

---引用元 https://soar-world.com/2019/02/28/syoubugakuen/ ライター 鈴木悠平さん の言葉より---
彼らのそんな身体感覚に注目して場をつくることを、「小数のデザイン」と呼んでいます。1の次は2。2の次は3という整数のフレームではなく、1と2の間にある無数の小数の世界。

---引用元 https://soar-world.com/2019/02/28/syoubugakuen/  インタビュイー 福森伸さん の言葉より---

そうか、1のつぎは2じゃなくてもいいんだ
いつからか「小数のデザイン」を語る世界から遠く離れていた自分に気づきました。

“世の中のものさし” には、目盛りがある。
目盛りがズレた定規は「これじゃ、測れないよ。」と、捨て置かれたり、そもそも市場に流通しなかったりする運命にあります。
世の中には計量法という基準もあるし、定規や秤が正しく機能しているかどうか測る機器もあって、それを審査認定する機関まである。ものさしは、それらに従ってつくられている。

でも、それ以外の世界もあるんだ。無数の小数の世界が。

腑に落ちたとき、私のなかにあった「自分軸 VS 世間のものさし」みたいな対立構造が、ゆっくりとほぐれていくのを感じました。

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頭にねこがいる? と思ってしまうほどセルフペースな鈍感人。ルソーとシオランと友だちになりたい。保坂和志さんの文が好き。仕事は広報支援ライター。自問自答系noteです。