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果てしなく遠かったモスバーガー

1993年4月。僕は大学デビューした。
あれを大学デビューと言わずして、何を大学デビューというのだろうか。

見るもの全てが新鮮だった。
マルイ、SOGO、紀伊国屋書店、マツキヨ、ビームス、ユナイテッドアローズ、ディスクユニオン・・・覚えなきゃいけない単語が人よりも多すぎて、勉強どころじゃなかった。初めてモスバーガーを食べた時はその旨さに驚愕した。

見る女子全てが可愛かった。
明らかに僕とは違う華やかな人生を歩んできたと思われる綺麗な女の子たち。この子たちは田んぼなんか見たことないんじゃないだろうか?本当に同い年か?そんなことを想った。そして僕とは違う言語「ヒョージュン語」を巧みにあやつる彼女たち。もうそれだけで魅力的で妖艶だった。

高校時代とは比べものにならない速度で女の子の友達が増えた。しかも僕のことを下の名前で呼んでくれた。僕以外の人たちも同じく大学一年生のはずなのに、妙に大学慣れしてて驚いた。前世でも大学生をやっていたに違いない。

つい2ヶ月ほど前までは、名字をさん付けで呼ぶことも恥ずかしがっていた僕が、女の子の下の名前をフツーに呼んでいた。そんなのは漫画やドラマの世界の出来事だと思っていたけど、都会ではそれが当たり前なんだと納得した。

女の子の恋の相談に乗ったりもした。誰ともまともに付き合ったことのない僕が何かアドバイスできるわけでもなく、ただただ話を聞いているだけだった。それでも青春をしているような気にはなっていた。

7月くらいにようやく一人の女の子とそういう仲になった。
一緒に授業を受けたりして、理想のキャンパスライフ的なモノをエンジョイした。今度はメタリカの話はせずに、好きなバンドはボンジョビだということにした。

寮で暮らしていた彼女。女子寮の門限は厳しく、時間ぴったりに鉄のゲートが警備員の手で閉められる。乗り越えようとは思わないほどの険しい壁だった。

門限が来るまでの時間、キャンパス内を散歩するのが日課だった。一緒に勉強することしかできなかった高校時代に比べて、夜の散歩が加わり成長を感じた。

高校生の頃は死ぬほど嫌だったけど、友達や先輩に冷やかされるのも嫌じゃなくなっていた。やっと「都会の女の子慣れ」した僕に突然その時が訪れた。

彼女が僕のことを避けるようになった。授業も一緒に座らなくなった。夜の散歩もしなくなった。明らかに様子がおかしいので聞いてみると、「前の彼氏が忘れられない」という痛烈な一言を食らった。

実際そうなのかもしれないけど、それは彼女の優しさ。前の彼氏が忘れられない=今の彼氏は退屈だっていう意味だろう。「いい人なんだけど・・・(刺激が足りないんだよね)」ってやつだ。

またもやわずか2週間でフラれてしまった。「オレって深みのない男なんだな」と本気で思った。実際そうだったとわかってるから、打ちひしがれた。高校の時とは違い、気持ちもかなり前のめりになっていたので辛かった。

その日はちょうどテストの最終日。これから大学生最初の夏休みを迎えるのに、絶望しかなかった。自分の存在を全否定されたような気持ちになっていた僕はキャンパスから逃げ出した。新幹線に乗り、実家に向かった。実に田舎者らしい解決方法だ。

その移動時間中ずっと同じ曲をリピートで聴いていた。アーティストに悪いので曲名は挙げないが、みじめな自分のことを歌ってもらっているような気がしたんだろう。

ダサい。ただひたすらダサい。
「彼女が愛想を尽かしたのはそういうとこダヨ」って伝えたい。

デートらしいデートは何もせず。僕らは一緒に授業を受け、キャンパス内で夜の散歩をしただけだ。野うさぎを見たら幸せになれるという言い伝えも嘘だった。

ユナイテッドアローズやビームスはおろか、マツキヨにすら一緒に行ってない。一歩もキャンパスの外に出ることなく、僕の夏はあっけなく終わった。

駅前のモスで彼女とモスチーズバーガーを食べたい。そんな些細な夢すら叶わなかった。大学は誰でもデビューさせてくれるが、モスは甘くなかった。

難攻不落だった女子寮の鉄の扉、モスバーガーの扉も僕にとっては同じだった。あのゲートを女の子を連れてくぐるには、まだ足りないモノが多すぎた。

アイキャッチの画像はダーヤマさんの素材を借りて作っています。
https://jitanda.com/

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