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しかがみさま 第一章 第六夜

第六夜 美緒

「死鏡...?」

思わず聞き返す。だが、じいちゃんはそれには明確な答えを示さない。
「ま、細かいこたぁ後で言やぁいいさ。そういや、今日は美緒も来てるぞ」
「はぁ?美緒が?」
美緒みお』その名前にふと、遠い微かな記憶を見た気がした。従兄妹の美緒。小さい頃はよく会っていたが、最近はじいちゃんと同様3年は会っていない。あぁ、あの頃はよくじいちゃん家の近くの小川に近所のチビ共も連れて行ってたっけ。
そんな事を思い出して胸に懐かしさがじんわりと沈んでいく。じいちゃんはそんな俺に気づいているのかいないのか、また言葉を次ぐ。
「そうさ。なんだかなぁ、美緒も4、5ヶ月前くれぇ前かなぁ。夢に変な鹿が出てきたってんでお前みたいにうちに来たんだ。それからちょくちょく来る様になったんだよ。」
続けられたその言葉に目を剥いた。確かに、美緒の方がじいちゃんに近いから頻繁にやってこれるんだろう。それにしても美緒も『しかがみさま』を見ていたのか。従兄妹は要らん所でも似るらしい。そんな所で似たくもないんだけど。
「えぇ、マジかよ。なんか先越された感じするわ」
そう言えば、じいちゃんはガハハと大きな歯を見せながら大口を開けて笑う。
「そんなもんで競ってもしょうがねぇだろ。比べるとしても団栗どんぐりの背比べだ。…おい、弁当はもう食ったか?さっさと俺ん家行くぞ。時間はそう長くはないからな」
最後まで残していた照り焼きチキンの一切れを口に放り込み、空っぽになった弁当箱を片付ける。元々入っていたビニール袋に弁当箱を戻し、リュックサックに詰め込んだ。
じいちゃんの愛車は純白の軽トラだ。都会風の大きな駅には似合わないような田舎臭さだが、そんな事は勿論言えず黙って軽トラに乗り込む。じいちゃんはそんな俺を横目に自慢の愛車を慈しむように軽く撫でてから運転席に乗り込んだ。豪快なじいちゃんが運転も豪快なのは誰もが予測できるだろう。エンジンをブンブン吹かして、コンクリートで整備された道をグングン進んでいく。信号で止められると舌打ちをかまして、そのまま15分くらい車に揺られた。ふと外を見ると、いつの間にか外は俺ん家の周りでもよく見るようなのどかな田園風景が広がっていた。じいちゃんは機嫌良さそうにお世辞にも上手いとは言えない鼻歌を口ずさんでいた。そこから更に30分くらい。シートベルトに頭をつけて、うとうと眠りかけた頃、ようやく軽トラは停車した。頭を振って現実に戻ってくると、車の外には何処までも続く田んぼがあった。そして、普段では遠巻きに見ることしかないような山が堂々とした出で立ちで、そこに存在していた。
「すげぇ」
それしか言えなかった。巨人かと見まごうような木々が山にしっかり根を下ろしている。
「3年ぶりのじいちゃん家はどうだ?いくらお前ん家が田舎だろうと、こんなに自然に囲まれるのは久しぶりだろう」
じいちゃんの言葉も頭に入らない。生返事を繰り返す俺にじいちゃんも飽きたのかそそくさと歩き始めた。俺も慌てて着いていく。じいちゃん家は田舎の一軒家という事もあってか中々にデカい。玄関に上がると、到底女子とは思えないドタドタという足音を立てながら、美緒が廊下の奥から走ってきた。
「お、健太じゃん。お久〜」
なんとも軽い。これが3年ぶりの感動の再会か?
「折角の再開なのに軽くね?まぁいいけど。久しぶり」
軽く掌をひらひら振って、こちらも軽く返した。
「健太…あんた焼けたよね。真っ黒じゃん」
「お前こそ。どうやったらそんな焼けるんだよ」
久々に会った彼女は、最後見た時は肩ほどまでしか無かった髪をポニーテールに纏めて、傍から見て一目で分かる程に小麦色に焼けていた。
「マジで焼けすぎだろ。今どきの女子って日焼け止め塗りたくってるもんじゃねぇの?」
美緒はまるで、分かってないなぁ、とでも言うように溜息を1つついた。
「日焼け止め塗るのって面倒臭いじゃん」
まるで男子小学生のような言い訳だ。俺だって(母さんが鬼の形相で強制するからではあるものの)塗っているというのに。
「それを頑張るのが女子だろ?」
「はぁー?健太、あんたね、イマドキそんな事言ったら差別だよ、差別!」
「何言ってんだお前」
差別では無いだろと思いつつも、それを言ってしまえばまたギャーギャー言われるんだろう。前まではこんな奴じゃ無かったのになぁ。もしかして、しかがみさまって人をも変えてしまうんだろうか。
「おうおう、お前ら、喧嘩すんなら外でやれよ。家を壊されたらたまんねぇ」
じいちゃんが呆れたように大きな溜息と共に言葉を零す。
「「はあい」」
俺と美緒は息を合わせたように気の抜けた返事をする。
だからこんな所で似たくもないんだってば。

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