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本日???「悔しがる男」

頭が痛い。
これは暑さのせいだ。

喉が渇いた。
暑さのせいだ。

蝉が腹を向けて死んでいる。
おそらくは、暑さのせいだろう。

蚊に刺されたところが痒い。
間違いなく暑さのせいだ。

道路を走る車のスピードが、いつもより速い気がする。
暑さのせいに違いない。

街ゆく人々が、体操座りで腕に顔を埋める人を無視して歩く。
これは暑さのせいじゃないかもしれない。

アクアリウムショップが閉業している。
これも多分———


「暑さのせいではないですよ。」

「なんでもかんでも暑さのせいにされては、さしもの夏も荷が重いでしょう。単純に、経営不振だったというだけですよ。電車で行けるところがここだけだったのは心中お察ししますが、そんなに気にすることはないですよ。車に乗って他へ行けば良いんですから。第一、貴方は電車が大嫌いじゃあないですか。」

そうだった。俺は電車が嫌いなんだった。

こいつの言うことは、いつも正しい。なんで制服を着ているのかはいつも分からないが。俺たちはもう、良い大人じゃないか。いつものお前なら、「これってコスプレでは? ただでさえ貴方は根暗なんだから、せめて性的嗜好ぐらいは社会に開かれたものであるべきですよ。」だのなんだの、嗜めてきそうなのに。

俺は、癖を出しても良い場所を探して歩いた。本当は、社会があらゆる癖を許容すべきだと思いつつ。

「理想論、嫌いじゃないですよ。貴方が唱えていることを除けば。」

またこれだ。こいつの辞書には応援という言葉がないのか。まさかこんなのが応援のつもりなのか?……いや、昔俺が消してしまったのかもしれないな。

ふと、気持ちいい風が吹いた。茹だるような暑さの中では、感じられるのがやっとだった。

しかし、悪くない。
これも暑さのせいか。

俺は生来の気質から、地面に目を落とす。
すると、俺の影が、大きく歪んでいることに気がついた。
頭上から声がする。

「おめでとうございます! 貴方は見事、当選されました!!」

なにに? 
視界が暗転する———



道半ば。もはや誰の声も聞こえない。どこかにあるはずだ。いや、無くては困る。

俺は真っ暗な闇の中で、初めて悔恨を感じた。





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