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嘘つきたちのおとぎ話

 過ぎしエアコミティア133合わせでの新刊だったこちらを、読了しましたので感想をぽちぽち。
 現在在庫なしになっていますが、遷移先BOOTHに書いてある通り10月に少し追加されるようなので、今のうちに入荷お知らせメールを受け取るボタンをたぷっとしておこうね。

 こちら、4つの短編が入った贅沢な短編漫画集です。
 表題作「嘘つきたちのおとぎ話」、超短編「泣き虫と盗人」、脚本・寝てる作者「或る王の夢」、そしてその王のその後のようなお話「夜に語らう」、そしてさらにオマケの4コマ漫画が入っている、ボリューミーな漫画集!

 作者のせんさんとは交流がありますが、原稿地獄の果てに、捨て忘れたゴミにコバエを発生させてしまい絶望していたことをよく覚えています。
(※普段のせんさんは、大変きちんとしていてコバエなんか絶対にわかない生活をしています。つまりそれだけ修羅場だったということ)

 以下感想。


「嘘つきたちのおとぎ話」
 名家の嫡子として生まれ、その地位に足るだけの人柄を備える青年・ルゼン。彼はあるパーティの夜、魅力的な女性と恋に落ちる。しかしルゼンには彼女には決して言えない秘密があって……。
 最初の数ページで、ルゼンがいかに息の詰まる気持ちで日々を暮らしているかがよく分かる。パーティを抜け出しバルコニーで夜空を見つめている横顔がものすごく物語っている、「こんなことしたくない!」と。
 恋のお相手・ゲルナは、天真爛漫かと思いきやまた鬱屈を抱えている。
 ふたりが心を通わせる描写がとても軽やかで、だけど決して軽んじられることなくて、短い漫画なのにそんなふうな気持ちを抱かせない。
 ルゼンの秘密が明らかになる一連の流れが、すごく、ルゼンの嫌悪や絶望や反発、それでいて思い切れない弱さや狡さをちゃんと描いてる。
 わたしはこの手のエンディングに弱いので、最終的にはブブゼラを吹きながら盆踊りを踊るババアになりましたね。

「泣き虫と盗人」
 なぜこのタイトルなんだろう、とけっこう考えた。
 ページ数は4ページと短いのに、みっちりと絶望が詰まっている。
 絶望が詰まっているけど、別に胸糞の悪い話というわけではない。きっとこの先、王子がなんとかしてくれるはず…とわたしは期待している。
 先にも述べた、なぜこのタイトルなんだろう、というのについて。
 泣き虫はたしかに登場するが、この話に盗人は出てこないはずなのだ。でもタイトルになっている。つまり、出てきている。
 それを踏まえて考えると、もしかして彼が盗んだのは……(ルパーーーーン!)
 という戯言は置いといてだな、ここで話を終わりにして絶望のまま終えてしまうのはもったいない、想像の余地のある作品なので、4ページを侮るなかれ。

「或る王の夢」
 弱小王国の王様は、今日も自ら前線に赴き、怪我をしては部下をハラハラさせている。今日も、気を引き締めて戦いに臨んでいたはずだったが、一本の矢が王を貫いて……。
 死の淵をさまよう王が見た光はたしかに希望だったのだというお話。
 自分の国を守るためなら悪魔に魂を売り渡してもかまわない。その気概が紙面からも伝わる、鬼気迫る表情が魅力の王様。
 添える程度のグロ(内臓系?)があるので一応注意だけど、表紙のイラストをクリアできればたぶん大丈夫。わたしもグロ苦手だけど大丈夫だった。
 ネームド(名前はないのでこれは正しくない)の部下ふたりがとってもかわいい。きゃぴきゃぴしててかわいい。顔もかわいい。
 途中王様の目からハイライトが消えるんだけど、それも含めて楽しんでほしい。

「夜に語らう」
 上の「或る王の夢」の続き……というかその後のお話。
 この作品について語ってしまうと或る王の盛大なネタバレになるので、ちょっと伏せる。
 わたしは、本編よりもThe Endのページの台詞3個に心奪われてしまった。こういうとりとめもない小話的な会話めちゃ好き。
 王様がこんなふうに考えていたんだなあ、っていうのが分かる、良い夜の話だ。


 オマケの4コマは、或る王関連。
 やっぱり部下たち、かわいいね。
 というか、せんさんの描く人間の顔って、なかなか男女の判別が難しく(悪い意味ではなく、おそらく本人が意図的にそうしている)、そして大人顔で描かれた人間以外はみんな赤ちゃんみたいにかわいい。
 もしかしておまえ、腕はちぎりパンなんじゃ…? って思うくらいのかわいさ。

 せんさんは、決してべらぼうに美人な絵を描くタイプではないのであるが、ある種の素朴さを残した絵が作風にかなり絶妙にマッチしている。
 たぶん、美麗な絵を描くタイプだったらかなり作風とミスマッチを起こしてうまく化学反応が起きていない気がする。
 なぜなら、登場人物たちがみんな、素朴で、愛らしく、そしてピュアなのだ。

 絵柄と作風がマッチすると、読み続けるのにストレスがない。
 漫画にも、おそらくリーダビリティというものは存在すると思っていて、それは絵がうまいへたではなく、紡ぎたい物語とそれを彩る絵がちゃんと合っているかどうかだと思う。

 というわけなので、せんさんを知っている人はもちろんのこと、知らない人はこの短編集からはじめてみたらいいのではないか…と思うくらい「取扱説明書」として有能な、濃い1冊です。

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