vocaliseと人間になんてなりたくなかった私。
廃棄するものを捨てに、ストックヤードに行ったら、アシナガバチの巣があった。もうかなり大きい。下向きに作られた傘のような巣に、たくさんの成虫が居た。美しかった。道に面していて、人通りも多く、子どもたちも走ってゆく。度々蜂が飛び交っていて、そっとしておくわけにはいかなかった。
他のスタッフにも確認してもらい、いつもお世話になっている造園業者さんに電話をする。すぐに来てくれてあっという間に巣は取られた。薬剤で成虫は死に、白く丸々と太った幼虫は蠢いていた。
壁面を触るとサラサラとして、紙のよう。飾ったら良いですよ!と造園業者さんに言われたけれど、他のスタッフは廃棄で、という意見だった。
ここでなければ、森の中なら、そのままでサインを付けるだけでもよかったのに。
巣をバケツに入れて持ってゆく。今日だけでもと、解説に使うことにした。
子どもたちの反応は様々で、都市部では滅多に見ることのない蜂の巣を興味深く観察してくれた。
こわくない?刺さない?どんな蜂がいたの?と言われたので白い蓋のされた六角形の穴から一匹、成体になりかけている個体をピンセットで取り出す。知っていたけれど、もう死んでいた。
アシナガバチの生態について、芋虫などを捕まえて幼虫に与えて育てること、刺激しなければ大丈夫なこと。それでももしぶつかったりした時に刺される恐れがあるので駆除したことを話した。
綺麗な六角形を作り、その中に一つずつ卵を産んでいた。綺麗でうつくしくて、それをどうしてわたしが壊してるのかわからなくて辛かった。
解説を終えて、仕切られた受付の中に戻る。バケツの中に力を無くした幼虫がぼたぼたと落ちた。
宮下公園を横目に交差点を渡る。
下水みたいな匂いのするビルの脇を抜けて進む
段々、渋谷っぽくない街並みになる。真上を大きく飛行機が通って行った。
すれ違えない階段を登って、ユトレヒトに着いた。外国のようなシンプルで可愛らしいドアを開ける。
目に飛び込んできた色に心奪われる。未来ちゃんの、ヨーロッパの旅は佐渡よりずっと甘い色で鮮やかだ。
そこまで大きくない部屋に、たくさんのプリント。作られていない表情をした未来ちゃん。まだ人間になる前のヒトだから、道路標識に登ったり、泣いたり、むすっとしたり、笑ったり、生きてる。彼女はきっと、アシナガバチを殺したりしないだろうと思った。人間になんてなりたくなかったと思ったら、ぐーっと泣きそうになった。あまりにも鮮やかで、夢の様だったから。
vocaliseと名付けられた写真集を買った。気づいたら後ろに小鳥さんが居て少し話した。
帰り道、雲が良く流れていた。だいぶ気持ちは浮上していた。
渋谷駅で井の頭線に乗ろうとして、少し迷った。
お神輿が、人だかりを連れて去って行った。毎日お祭りみたいな渋谷でも祭りはあるのか、と当たり前のことを思いながら電車に乗り込む。
暮れて黄色と青みがかった世界が好き。右はまだ明るく、左はもう夜の気配。綺麗。
電車の中で写真集を開く。vocalise あんまりページが多くて、全部ふくふく幸せになる缶にはいった色とりどりのドロップスみたい。栞紐が水色で爽やか。ふーっと息を吐いた。
vocaliseは歌詞のない母音だけで歌われる歌唱法のこと 言葉になる前の世界。
ーーー私は、人間になんてなりたくなかったのだ。
言葉にして気づいた。そうずっと心のどこかで思っているし、思ってきたし、それを引き摺って生きて、これからも生きていくんだろう。泣きそうになって、美しい写真たちをパタンと閉じた。
それでもお腹は空くので、最寄り駅まで我慢して、どうせならと今まで食べたことのなかったつけ麺を食べた。つけ麺記念日。
最初は昆布水を少量かけて麺と食べて麺そのものの味を確認してくださいとか、それをさらにかけてからつけ汁につけて食べてくださいなど、手順があって面白かった。茶道みたい。美味しく完食して、この後感染症にかかった娘と息子の看病を7日間もするなんて夢にも思わずに、月の下をゆらりゆらり歩いて帰った。
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