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#あなたに出会えてよかった

 夫はずっと胸の前で腕を組んでいた。
 不安で心を閉ざしているときに腕を組む。
 あのときも、

 夫は初めて会った時から、少なくとも集団の中では建前で強く自らをコントロールしている人だった。私は社会性人間と勝手に呼んでいる。腹の底では何を考えているかわからないと思われそうな人だ。
 初めて二人で食事をした日に、話しながらもずっとバリアのように腕を組んでいるし、冷やし手羽先だったかなんだか明らかにネタとしか思えないメニューを私がわざと頼んで食べてもらったとき、あ、この人は今までの私のノリで接してはいけない人なんだなとわかった。その後会うときもしばらく腕組みが続き、心を開くどころか信用してもらうまでの取っ掛かりがなくて私は焦れた。その腕をつかみたいと躍起になった。
 私はここまでお読みいただいたままのノリの音楽家である。一緒にいたらストレスしか感じなさそうな組み合わせなのに、知り合って7年、結婚して5年になる。結婚式の打ち合わせも衣装選びも腕組みの連続だった夫だけど、私が隣でげらげら笑ってるだけでいい感じに収まることもあるなと勝手に思っていた。

 私たちには、この人と結婚しなかったらこんなことは知らなかった、経験しなかったということがいくつかある。
 私は夫がいなければプロ野球は見なかった。もともとアマチュアは手広く見ていたのだが、プロ野球を見始めたのも気づいたら燕ファンになっていたのも完全に夫の影響だ。
 夫だって、私と会わなければ一生聴かずに終わったピアノ曲がたくさんあるはずだ。トゥビン、ゴドフスキ、ステンハンマル、フィビヒ、カプースチン…たまたま耳にすることはあっても、毎日実演を聴かされることはなかっただろう。よしもと新喜劇もM-1グランプリも見なかったかもしれない。

 そして、私たちの場合その最たるものは妊娠出産だと思う。

 現在2歳になる子供がまだ腹の中にいたある日、私はとても体調が悪かった。悪かったけど母親学級に行った。
 次の日も体調がとても悪かった。夫は心配して早く帰ってきてくれた。その日は夕方から歯科を予約していたので、付き添われて行った。その日の夜、ヤクルトの負け試合の中継が終わった頃合いで明らかな異変を感じ、確認してみると鮮血だった。かかりつけの産婦人科に電話すると、一旦は「出血はたまにあることなので、明日の外来に」となったが、出血が増え続けたため夜間外来にかかり、その後すぐに大きな病院への搬送が決まった。救急車を待つ間も苦しむ私の腰を大きな手でさすりお茶を差し出し、固い面持ちで救急車に同乗し(点滴がきいたのか、搬送される張本人の私はまったくどうにかなる気はしなかった)、搬送先で緊急帝王切開が決まり、がちがちの表情のまま話を聞いていた。
 そのときも夫は腕を組んでいたのをとてもよく覚えている。自分をガードするように腕を組んで、矢継ぎ早に放たれる言葉と書類の豪速球の数々を必死に打ち返していた。その姿が本当にかわいそうだった。でも自分が大変で何も言えなかった。夫も怖いのだ、泣き出したかったに違いない。ただここでも社会性人間の真価を発揮、子が生まれるのを待っている間にとても冷静な状況報告を私の父宛に送ってくれた。このメッセージは今でも私のスマートフォンに残っているが、読み返すと胸が締め付けられる。
 なお子供が手術室から出て運ばれていくときも、私の処置が終わって手術室から出るときも、外で待っていた夫にはなぜか声がかからなかったらしい。子の誕生から4時間あまり、とりあえず私の病室にたどり着いた夫は、(麻酔前後の管理のせいで)喉が渇いた〜水よこせ〜歩かないと水飲ませてもらえないってんなら今すぐ歩いてやる〜とグダグダに管を巻いて病棟の先生と看護師さんを困らせている私と対面して別の意味で言葉を失ったそうだ。(ここ私の中では笑うとこです。本人は大変だったと思うけど。)

 なおここから約一年後に私は出産時に判明した病気の手術を受けるのだが、摘出した臓物も私の代わりに見たし、手術から帰ってきたばかりの私の真っ白な顔も、麻酔からさめたばかりで気持ち悪くて吐いたところも見られた。こんなことも多分私と結婚しなかったらなかっただろう、気の毒である。結婚2年目で稽留流産もしているので、ほぼ毎年ペースで病院付き添いが発生していることになる。

 ともあれ夫は私と結婚したばかりにこんな目に遭わされたにもかかわらず、愚痴もこぼさず私のことも労わりつつ、ちゃんと言葉に出してお願いすれば期待に応えようと頑張って私たち母子を支えてもくれ、産後嘘みたいに体重が落ちなかった私にいまだにお菓子を買ってくるし、手持ちのお菓子の豊富さとザ・アクロバティック遊びで子供からも絶大な支持を得ている。苦労は増えたことと思うし申し訳なくも思うが、最近はあまり腕を組んでいるところは見ない。最後に見たのは不動産の契約の時だと思う。なんなんだかまあそんな感じで、夫が本当のところで何考えてるかはわからないけど、緊張するようなことは少ない方がいいよなあと思う。
 私からも夫に何かしてるのかもしれないけど忘れた。全然思い出せない。朝晩ごはんを用意してはいる。夫にしてもらったことは他にもたくさん思い出せる(義実家のそのまた田舎で泥酔したまま風呂に入り後処理を全部してくれたとか、義実家で酔っ払ってそのまま寝てしまったので子供の寝る支度をしてくれたとか、新婚の時住んでたマンションに酔っ払って帰って風呂場の戸を外したのを戻してくれたとか)。こんなふうに書いてもありがたみが半減しそうだが、ただただ感謝の念に堪えない。たくさんの人と分かち合う喜びや悲しみも、もちろん日々の中に存在するけれど、夫としか共有できないのは、不安の壁を解いて流れ出る、まるでシューマンの音楽のような、泣きながら笑う人生の機微だ。

 この人を、私のパートナーだと力強く宣言せずに何とする。

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ピアニスト、たまにロシア語通訳(現在育休中)。日中はミスター・不屈の魂の2歳児と格闘しており、恐らくピアノにあまり使わないであろう部位ばかり鍛えられています。一年中野球ばっかり見てる燕党。https://www.marienne.net/