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ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第138わ「回想」

(承前)

全身がシュレッダーにかけられているような苦痛。俺の肉は千切れて、骨は砕けて、何の配慮も無いまま棺桶に詰められて吸血女に運ばれているのだから無理も無かった。苦しいときは、もっと苦しかったときのことを思い出して耐えるに限る。意識を過去に飛ばす。予防接種。歯医者。こんなものじゃない。灼熱の運動会。晒し者の文化祭。そこまで遡ったあたりで確信が生まれる。俺は今、人生における最大の苦痛と戦っている。……これが最大のものであってほしい。そう願うより他ない。違うことを考えよう。両親の安否も知れない俺に残された肉親、大事な妹のことである。あれは俺の魂だった。父親でも母親でもなく、俺が一番大切だと言ってくれた妹。俺も妹が一番大切だった。それが両親に対するささやかな反発に過ぎなかったとしても。父は母を、母は父を一番に愛していた。俺も妹も、両親にとっての「一番」では無かった。二人はドラマのような大恋愛の果てに結ばれたらしい。今の俺には、それが吸血鬼の貴族どもによる台本と演出によるものだと知ってしまっているのだが。暖炉の前に座る母親の言葉がよみがえる。「いつか、あなたにも理解できる日が来るでしょう」果たして、二人は死ぬまで恋人でいられたのだろうか。俺の知ったことでは無かった。俺はいつも妹と一緒だった。そんな日々がいつまでも続くはずが無いとは理解していた。しかし、終焉は予想よりも早く訪れた。今年の春に、妹は全寮制の女子校に進学したのだ。放任主義の両親も俺と妹を引き離して暮らすべきだと思ったのだろう。俺には俺の、妹には妹の人生があるとでも言うように。妹はクラスメイトと仲良くやっているだろうか。上級生から意地悪などされていないだろうか。……もしも本当に吸血鬼になっていたとしたら。雨粒が棺桶を叩く音が聞こえてくる。今頃、どこかで雨に濡れてはいないだろうか。一体、今の俺に何が出来るのだろうか?

「着きましたよ」

(続く)

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