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ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第130わ「ξ(クスィー)」

(承前)

……俺の最も戦いたくない敵?それも、俺がよく知る者?話が見えない。吸血鬼どもの❝ゲーム❞で矢面に立つのは畢竟、吸血鬼の筈だが。

「……兄さん?」

懐かしい声が聞こえた。読み方の分からないギリシャ文字めいて俺の身体が捻じ曲げられているのも忘れて思わず飛び上がりそうになって、それは果たせず無様に地面を転がることになった。その声、その喋り方。吸血鬼どもが初回サービスとやらで一朝一夕に再現できるものではあるまい。

「やっぱり、兄さん!すごい体勢で転がっているけど、会えて良かった!」

眼球だけを動かして声の主を凝視する。俺の妹。それが吸血女の後方、およそ20メートルほどの距離に立っている。ここは危ない、早く逃げろと言いかけて、吸血女に脇腹を蹴られて妹を気遣う俺の思いは言葉にならずに暁の空に散っていった。何をしやがる。

「ごめんなさい、少々イラっとしたものでして。……ダンナも身内が絡むと頭の回転が遅くなるようですね?」

そこまで言われて違和感に気付く。妹は、どうやって此処へ辿り着いた?妹が正面、ビルの塔屋が俺の背後にある以上は階段やエレベーターを使ったのではあるまい。……まさか、ビルの屋上から屋上へと飛び移って来たのか。

「ちょっと、兄に何をするんですか!?そもそも誰なんですか貴女!?」

その通りだ。この理不尽な吸血女にガツンと何か言ってやってくれ。そう思ったのも一瞬のことだった。妹の表情には後悔の色が、対照的に吸血女の表情はと言えば、憎たらしいまでに「喜色満面」の見本のようである。

「私の名前はワンダ。今は伯爵と呼ばなくて結構。そういう貴女は何者なんですか、子爵?」

ハクシャク。それからシシャク。言うまでも無く貴族の、地位というか肩書のことだろう。それは……吸血鬼が俺の妹に擬態しているという事なのか。

「何のことです?兄さん!一体全体、この女性は何なんですか?こんな人は放っておいて早く家に帰りましょう?」

(続く)

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