見出し画像

もし、世界のナベアツが30,000以降をかぞえたら

序章

ナベアツ「29,993...29,994...」

今、ついに恐れていたことが起きようとしていた。

ナベアツ「29,995...29,996...」

ヤツが来る。来てしまう。

ナベアツ「29,997...29,998...」

ああ。嗚呼。

ナベアツ「29,999」

ああーー

ナベアツ「ーー30,000」

ついに、来てしまった。

ーーこうして、地獄の「10,000連続でアホになる」が始まってしまったのだ。

第1章   3の倍数

ナベアツ「30,098...30,099...30,100...」

かつての私はこういった。

「3の倍数と3が付く数字のときだけアホになります」と。

なんであの時、3の倍数だけにしておかなかったのか。
いや、なぜ5の倍数とかにしておかなかったのか。
いや、15の倍数。
いや、100だっていい。
100なら、ネタ持ち時間によっては1から100までを普通に数えて終わってしまうかもしれない。
それでもいい。

しかし悲しい哉。一度始めたネタは終わることがないのだ。
「3の倍数と3が付く数字」が尽きるまで。
私はアホになり続けるのだ。

ナベアツ「30,101...30,102...30,103...」



ナベアツ「30,901...30,902...30,903...」

アホになってから、どれだけ時が経っただろうか。

朦朧とする頭で考える。
最後に正気だったのは、いつだったか。

自分の視界がだんだんぼんやりとしてくる。
物体の輪郭は滲み、視界は一様なグレーになった。
自分がアホになる声だけが聞こえてくる。

アホな声だけが聞こえてくる。アホな声だけが永遠に壁に反射して不気味なエコーを奏でる。自分の声が頭の中にガンガンと響く。

ナベアツ「30,904...30,905...30,906...ーー」




いつしか私は、奇妙な空間にいた。
一面、白の世界。足元には一本の線。
線の色は漆黒だった。そしてその線はどこまでもどこまでもつづいていた。

ナベアツ「30,907...30,908...30,909...」

私はアホになりながら、その線を一歩一歩進んでいった。
妙に思考がクリアだ。
ここは、どこだろう。
私は、どこにきてしまったのだろう。

周りを見渡す。
私は気づいた。私の歩んでいる線から少し離れたところに、また線があった。
その線は黄金色に輝いていた。
私は目をこらした。

その光の中に人影があった。

それはーー私であった。

「49,907...49,908...49,909...」

彼もまた、数を数えていた。
彼はーーーまだ数回に一回しか、アホになっていなかった。
彼の目にはまだ正気の光が残っていた。


もしかすると、この地獄から救われる道があるかもしれない。
そうおもった私は、力いっぱいアホのまま叫んだ。

ナベアツ「すみません!!!」

彼は驚いたように、こちらを振り返った。

ナベアツ「あなたはどうして正気なんですか???」

彼はゆっくり数を数えながらいった。

???「私は」

???「5の倍数と5が付く数字のときだけアホになることを選んだ、ナベアツだよ」

ナベアツ(5の倍数)「もう一つの”可能性”ってやつだ」

ところどころアホになりながら、彼はいった。

私は半狂乱で叫んだ。

ナベアツ「助けてください!!」
ナベアツ「僕も5の倍数がいいんです!」

僕の叫びを聞き、彼は悲しそうな顔をしていった。

ナベアツ(5の倍数)「ダメなんだ」

ナベアツ(5の倍数)「もう、俺はダメなんだよ」

彼は、まっすぐ前を向いていった。
私は、彼の視線の先を、みた。

黄金だった道は、途中で途切れていた。

そこから先は、真っ黒な線が伸びていた。

ナベアツ(5の倍数)「49,990...49,991...49,992...(もう、俺には、時間が残されていないんだ...)」

私はいやな予感がした。

彼は言った。

ナベアツ(5の倍数)「50,000を超えたら、俺も君と同じ、アホになる」

涙を頬につたわらせ、彼は言った。


私は叫んだ。

ナベアツ「ナベアツ(5の倍数)!」

ナベアツ(5の倍数)「49,993...49,994...49,995...(いやだ...いやだ!)」

もう、私の声は、彼には聞こえていなかった。

ナベアツ(5の倍数)「49,996...49,997...49,998...(死にたくない...!)」

泣きわめきながら数を数え続ける彼。

ナベアツ(5の倍数)「49,999...(神様...!)」


ーー彼の目の光は、そこで完全に消えてしまった。


私は足をガタガタと震わせながら、うわごとのようにつぶやいていた。

ナベアツ「いやだ」

ナベアツ「いやだ」

ナベアツ「このままずっとアホのままは嫌だ...!」

ナベアツは、倍数について考え始めた。
倍数について深く考えるのは、初めてだった。

3の倍数でも5の倍数でもダメ。

そもそも「3がつく」「5がつく」としてしまったのが運の尽きだった。

もっとシンプルに。

もっとわかりやすく。

もっと、アホにならないように。

その時ナベアツはひらめいた。

偶数は、自然数の半分しかないのでは?

愚かなナベアツは、そこで決断してしまった。

2の倍数でアホになります!!!!


第2章   偶数

再び地獄が始まった。

交互にくる、正気と狂気。
味わったことがない地獄が、再び始まってしまった。

そしてその地獄は文字通り終わらなかった。

狂気に染まる思考の端っこで、ナベアツ(偶数)は考えた。

偶数は、自然数の半分しかないのでは?

これは、本当なのだろうか。


その時声が聞こえた。

???「愚かなり、ナベアツよ」

ナベアツ(偶数)「だ、、、誰だ」

狂気と正気の間でナベアツはやっとのことで声を発した。

???「我が名はユークリッド」

ナベアツ(偶数)「ユークリッド?!」

ナベアツ(偶数)「ユークリッドというと、あの『ユークリッドの互除法』の!?

ナベアツは、整数についてちょっとだけ詳しくなっていた。

ユークリッド「左様。数学者であり、天文学者でもある」

ユークリッド「いいことを教えてやろう」

ユークリッド「偶数は、無限にある

ナベアツ(偶数)は絶望した。

ユークリッド「自然数をnとしよう」

ユークリッド「自然数の中で、偶数の数はいくつあるだろうか。直感的には自然数の半分だと想うであろう。しかし偶数は2nとあらわせる。自然数 n に1対1の対応付けをすることができるので...」

ナベアツ(偶数)は絶望のあまり、ここから先を聞けなかった。

ナベアツ(偶数)は考えた。
他にないか。これを打開する他の方法はないか。


またしても、その時ナベアツ(偶数)に天啓がひらめいた。

そうだ。あの数があった。
本当に久しぶりに思い出した。進研ゼミで見たのが最後だった気がする。

数直線状に点在する、明らかに3の倍数、5の倍数より数が少ないもの。

1と自分自身以外に約数を持たない数。


ナベアツ(偶数)は勝利を確信した。

素数でアホになります!!!!


第3章   素数

ナベアツ(素数)はまたしても地獄を見ていた。

ナベアツ(素数)「36,467...36,469...36,473...」 

ナベアツ(素数)の頭はもう、完全にオーバーヒートを始めた。

計算がしんどい。

てか意外と素数が多い。

ナベアツ(素数)は素数の分布を調べるため、リーマン予想とゼータ関数を事前に勉強していた。

それによると、確かに素数分布は数が大きくなるほど「過疎化」することがわかっていた。

いつか、いつか過疎化して、悠々自適な生活をおくれるはずだ...!
そしてきっと、素数なら有限個のはず...いつか完全に枯渇するはずなんだ...!

ナベアツ(素数)はそれを信じて疑わなかった。


その時声が聞こえた。

ユークリッド「元気か」

ナベアツ(素数)は無視をした。早く、早く数えきって、素数の終わりに近く。彼はそれ以外はどうでもよかったのだ。

ユークリッド「元気そうじゃな」

ユークリッドはため息をついた。

ユークリッド「これからいいことを教えてやろう」

ナベアツ(素数)は無視をした。早く、早く終わりへ。
素数の終わりへ、1秒でも早く。



ユークリッド「ーー素数もな、無限にある」

ナベアツ(素数)は絶望した。

ユークリッド「素数が有限個しかないと仮定しよう。いわゆる背理法じゃな。その有限個の素数全体を p1,p2,⋯,pn とおくとーー」


ナベアツ(素数)はまたしても絶望のあまり、ここから先を聞けなかった。

ダメだった。
素数でもダメだった。

3でも5でもダメ。素数でもだめ。

膝から力が抜ける。
いったい何のために、こんなに勉強したんだ。
ちょっとでも正気でいたくて、
あほだと思われたくなくて、
数学を勉強して、

その結果がこのザマかよ。

馬鹿馬鹿しい。


「なにをやったって、アホはアホなんだよ。」
遠い昔、先輩芸人に言われたことを思い出す。

全身から、力がぬけていく。


ーーなにをやったって、アホはアホ

その時、ナベアツ(素数)の脳内に閃光が走った。

わかった。わかってしまった。
自分の目が爛々と輝き出すのを感じる。
足に再び力がみなぎるのを感じる。

正気と狂気を繰り返す日々で、私はずっと「邪魔なのは狂気」だと思い込んでいた。

違った。

邪魔だったのは狂気ではなかった。
本当に邪魔だったのは「正気」そのものだったんだ。

すべてを狂気に染め上げたなら、狂気の苦しみそのものも、消え去ってしまうだろう

私は覚悟を決めた。

私は、いかなる整数の時も、アホになります!!!


世界が漆黒に染まる。
前も後ろもわからない。
無限に続く狂気の中へ、私はのまれていった。

第?章   整数

正気と狂気の境がなくなった世界に、私はいた。
生きているのか。死んでいるのか。もう、誰にもわからなかった。

戻りたい。

あの、時々正気の世界に。

たまに狂気が連続して続くこともある。

でも、また正気に戻れるあの世界。


ナベアツは自分でも驚いた。


ーー私は、また3の倍数でアホになる世界へ、戻りたかった。

しかしもう、遅かった。

私はこのまま、正気と狂気の区別もつかない世界で一生を終えるんだろう。

全てを諦めた私は、虚ろな目で数字を数え続ける。

そこに終わりは、ないのだろう。


???「しょうがないのお。今回だけじゃぞ」

ふと、脳裏に聞いたことがある声が響いた気がする。

それきり、私の記憶はプツリと途絶えた。


終章   3の倍数

3の倍数と、3が付く数字のときだけアホになります」と、私はいった。

私の周りにはカメラがあった。音声マイクがあった。

目の前には観客もいた。

ーーそこは、懐かしい、本当になつかしいお笑い番組のスタジオだった。

私はアホになる。

いつものように、3の倍数と、3が付く数字のときだけアホになる。

全国のお茶の間が沸くのを足元で感じる。


ここだ。ここだった。

私が帰って来たかった場所。

私が命を削っても、帰って来たかった場所。


ここは時々正気の世界。

たまに狂気が連続して続くこともある世界。

でも、また正気に戻れるこの世界。


私は、今、無限の喜びを感じていた。


そして今日も、私は叫ぶのだ。

1, 2, サァン!!!!!!!!



おわり











この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?