運命共同体、共存の道

同居人からおそろしい話を聞いた。

なんと、我らの住処にはGが存在するらしい。

引っ越して間もない時に同居人が目撃したのだ。

上京するまでは割と寒い地域に住んでいたので、蛾やクモは外に沢山いたけれど、Gとは無縁の生活を送ってきた。

しかし、上京してから2回、ヤツを見た。

どちらも、バイト先のコンビニだ。

幼少期から見え隠れしていたお調子者の一面がメキメキとあらわれ、初対面で興味津々だったのもあり、Gをレジ袋ごしに捕えた。

ちょっとした称賛とか、せめて笑いくらい起きてくれてもいいのに、バイトの先輩とお客さんはドン引いていた。

人前でならGを素手で捕まえることもできなくもないが、誰も見ていないところで遭遇するのはただただ恐怖でしかないし、やりがいもない。

加えて、バイト先は広いし、退勤すればそれで済む話だが、家となると話は変わってくる。


誰もが家には唯一の安らぎの場所であってほしいと思うはずである。



…いやちょっと待て!ここで、逆転の発想!転換!

広い視野、第三者的視点、俯瞰!


冷静に考えたら、ヤツは私達より先に住んでいた、いわば先住民。

後から入ってきたのに、敬いの気持ちが足りていなかったのでは?

目上を敬うことを重んじ、かつて年功序列制度さえも取り入れていた日本社会において、これはかなりの失礼に値する。


失敬、失敬。自分に、まだギリ10代だから、これから学んでいこうね、と言い聞かせる。


まず、彼らとはまず種目というか、生き物としては違うカテゴリーだけれど、同じ命、尊いいのち。

彼らは今、どんな気持ちで潜んでいるのか。

我々を恐れているのか、歓迎してくれているのか。

彼らにも、養うべき家族がいるのだろうか。

人間が害とみなしたら駆除してよいものだろうか?

自然から見て、彼らと私たち人間では、私たちの方が圧倒的に浮いた存在なのでは?


熟考、熟考。


ボールディングは、

「宇宙船地球号」といった。私達はみな、地球に住む仲間であり、運命共同体なのだと。

多分、ボールディングはこういうことを言いたかったわけではないけど、まあ、よいでしょう!

そして、我々がもっとも敬うべきは、彼らの生への執着、生命力である。

万物に敬うべき点を見出す、それが私の2020の目標なので、敬おうと思う。全体、敬礼!


そういったわけで、私はどうにか彼らとの共存の道を歩んでいこうと思う。

でも、念のため。念のため、アースジェットだけ、買っておこうと思う。

用意周到、念には念を。

語るなら未来を、である。



 


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カルロスって呼ばれました!
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