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『聴けずのワカバ』(キャリコン資格取得編)-上巻

読了目安:約3時間(全文72,511文字)※400文字/分で換算

はじめに

  本作品は国家資格キャリアコンサルタントの受験がテーマのため、キャリアコンサルタントに関連のない方には「何のこっちゃ」な内容です。

 逆にいうと受験のあるあるネタが中心なので関係者は手を叩いて大喜びしてくれると思います(強くそう願います)、今後はこれまで当塾で生徒の皆さんにお伝えしてきた試験対策(ノウハウ)を小説風にまとめていくつもりです。

 ただ、私の本業はキャリアカウンセラーであって、小説家ではありませんので、文章や構成に稚拙な部分は多々あるかと思います。しかも、これからキャラ設定やセリフ、ストーリー、下手したらタイトルに至るまでいろいろ変わる可能性があるという無謀ぶり。良くいえばプロトタイプ版をまめにブラッシュアップしていくという小説の新機軸を打ち出す試金石になるでしょう(難しい言葉を並べて何とか形にしました)。大変言い訳がましいですが、どうかその辺はご配慮いただけると幸いです。

 作風としてはこういう時期でもありますので、ツライ状況の中にもクスッと笑えるような要素を盛り込んでいます(誰になんと言われようとそのつもりで書いています)。
今後は不定期更新ですが、出来る限り定期的に更新していく所存です。あとは作者のやる気にかかっておりますので、応援よろしくお願いいたします。

あらすじ

 国家資格キャリアコンサルタント試験の合格を目指す主人公(ココノエ ワカバ)が理不尽な目に遭いながら何度挫けそうになっても、たくましくひたむきに、そして様々な人たちのサポートを受け、試験に挑戦していく軌跡を描いたストーリーです。

(この小説はフィクションです。作者の実体験や生徒さんから聞いた話を元にした内容も一部ありますが、登場する人物、団体、エピソード等は原則架空のものであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません)


プロローグ「突然の出会い」

「本日はどのようなご相談でしょうか?」

 ここは都内でも老舗で合格率が高いとウワサのキャリアコンサルタント(略称:キャリコン)試験の面接対策講座を開講している勉強会。キャリコンの試験は学科と実技試験があり、私は学科試験を前回の試験で合格したものの、実技試験は今回で3回目。これまでいろんな勉強会や対策講座にも参加してみたけど、成果には全くつながらず、もう何をすれば良いのか、何にすがれば良いのか分からなくなり、流れ流れて、ここにたどり着いた(これを「キャリコン難民」という)。

 今回の生徒さんは私以外に3人。みんなどこか浮かない表情をしている。その気持ちはよく分かる。だって・・・

「もう何度言ったら分かるの!本当にセンスない!だから前回もダメだったんじゃないの!あなたキャリコン向いてないわよ!この調子だとうちの勉強会の合格率下がっちゃうじゃない。次の受験諦めてくれない!」

 私のロープレが終わった瞬間に講師から怒号が飛んだ。彼女はここの勉強会の主催者であり、この業界で長くキャリコンとして活躍しているという有名な女帝、いや女性。だからここでの彼女の発言は絶対。資格を持っていない私などが反論できる余地もない。
 でもしかしまあ、よくもここまで早口で罵詈雑言の数々を初対面の人間、しかも本来顧客であるはずの生徒に浴びせられるものだ。逆にその言葉の多さとまくし立てる頭の回転の速さにちょっと感心すらしてしまった。

 「まあまあ、ヤシロさん少し落ち着いて、彼女も悪気があったわけではないのですから」
 
 もう一人の講師が優しくフォローしてくれた(「悪気」という言葉には引っかかったけどね)。こちらはひげを蓄え、穏やかな雰囲気を醸し出している、いかにもキャリアコンサルタントという初老の紳士風の男性。

 「ココノエさん、今ヤシロさんが結構厳しいこと言ったけど・・・」

(結構厳しいってことは分かっているのね)

 「決してココノエさんをいじめようとか、ひどいことを言って落ち込ませるつもりで言ったわけじゃないんですよ」

(ひどいことを言っていたことは分かっているのね)

「いわゆる愛情ですよ、愛情。私達は生徒の皆さんに愛情を持って接している。だからこその苦言なのです。ヤシロさんも言いたくて言っているわけじゃないから」

(絶対ただ言いたかっただけでしょ)

「初めはみんな力不足なので、こんなもんです。自分だけ出来ないのだと落ち込まないでください。でもココノエさん、このままの状況だと試験には間に合わないかもしれませんね。ヤシロさんはどう思います?」

「絶対無理ね」

(食い気味に即答かよ!)

「ではご提案ですが、私どもの経験上、ココノエさんは後30回ほどロープレする必要があると思いますよ」

「えっ、30回もですか!?」

「どうしても次の試験で受かりたいですよね?」

「は、はい。できるなら・・・」

「できるなら?何、甘っちょろいこと言ってるの!」

(うわっ、流れ弾!)

「そんな覚悟もない浅はかな考えだったからずっと不合格だったのよ!」

(うわっ、理不尽極まりない流れ弾2発目!)

「まあまあ、ヤシロさんそう言わずに。ココノエさんだって悪気があるわけじゃない。だったらココノエさん、次回からはこの『試験まで通い放題プラン』にしましょうか?」

(うわっ、流行りに乗っかったサブスク商法!しかも根拠のない「悪気」2回目!)

「この子にそんなプラン勧めてもどうせ無駄でしょ!」

(うわっ、間髪入れずに割り込んできた!しかもこの子呼ばわり。本当に愛情ある?)

「どうしますか?ココノエさん。このプランは人気でね。残り1枠だから今決めないとすぐ埋まっちゃいますよ」

「そうですね・・・ちょっと考えさせてください」

「そんな大事な決断もすぐに出来ないから試験にも合格できないのよ!で、どうするの!?」

(予想通り、即決させるための強めの圧っ!)

 その後も他の生徒さんの見ている前で銃弾のような罵詈雑言の数々を浴びせられたあげく(本日2回目)、危うくサブスク講座の契約書にサインと全額入金させられそうになるのを拒み続け(最後は大和田常務ばりの土下座寸前まで)疲労困憊になりながら会場を後にした。

「あんまり記憶にないけど、最後に何かすごい捨て台詞を言われてた気がするなあ」

『◯X△□※Xっ△□※◯!!!!!!!!!!!』

「まあ、いいか。どうせちゃんと聞いてなかったし。でも今日は本当に疲れたなあ。勉強会のあり方や教わる先生についても考えさせられちゃった。有名だからとか老舗だから良いってわけじゃないんだなあ。よしっ、気持ちを切り替えるために今日の愚痴をまたヨッチャンに聴いてもらおう!」

そしてそのくたびれた足で友人のいる都内のギャラリーへ向かった。

・・・場面変わって、ここは都内にあるギャラリー。

 今週末まで若手のアーティスト10名が共同で企画したイラスト展が開催されている。紫のスーツをビシッと着こなした只者ではなさそうな雰囲気を醸し出しているひとりの男が展示された作品の前で真剣な顔をして眺めている。

「ヨツモトさん、相変わらず素晴らしい作品だ」

「ありがとうございます」

 その作品を書いた一見すると近所のコンビニでバイトでもしていそうな何かフワっとした雰囲気の女性(ヨツモト)が声をかけた男(紫スーツ)にお礼を言った。二人はどうやら顔見知りのようだ。

「特に良いと思ったのは左下にある空白の使い方だよ。とても大胆な構図のように見える。でも何故ここを広く使おうと思ったのかな」

「うーん、何でかな。感覚と言ってしまえばそれまでだけど・・・言われるまで全然気づかなかったよ」

「何だろうね?」

「うーん、・・・あっ、そういえば今思い出したけど、確かこの作品を書いた日にとってもスゴい出来事があったんだ」

「とってもスゴい出来事って?」

「それはね・・・」

「ねぇねぇ、ヨッチャン!聴いて聴いて!!」

 静かなギャラリーの中を騒がしい輩の叫び声が響き渡った。そのけたたましい声は、そうあのワカバである。

「ヨッチャン、ヨッチャン、聴いてよ~。また勉強会でヒドイこと言われちゃったよ」

「どうしたのワカバ、何があったの?」

 ワカバは堰を切ったように今日遭った理不尽な出来事を語り始めた。紫スーツ(男)との会話が途中であったにも関わらず、ワカバは15分以上も話し続けた。

「・・・というわけで最後は危うく土下座までさせられそうになったんだから。半沢かって!まさか自分がさせられる側に回るなんて夢にも思わなかったよ」

「そうなんだ、それは大変な目に遭ったね」

 涙ぐみながらワカバは「聴いてくれてありがとう!」と何度も彼女の手を握りしめてお礼を言っていた。しかし、紫スーツ(男)の我慢の限界はここまでだった。

「おい、貴様」

後ろを振り向くワカバ。

「おい、貴様だよ、貴様」

周りをキョロキョロ見渡すワカバ。

「この神聖な場所で貴様と呼ばれるようなヤツは貴様しかいないだろう」

自分を指差すワカバ。そして素に戻るワカバ。

(えっ、私なの?!このいろいろ厳しい昨今、前時代的な「貴様」っていうパワハラの代表格みたいなフレーズ使う人いるの?!いや、目の前にいるでしょ。マンガとかドラマでは見たことあるけど、まさか自分が言われる側に回るなんて夢にも思わなかったよ)

呆然としているワカバに紫スーツ(男)はさらに驚くような言葉を浴びせた。

「おい、貴様、謝れ」

 紫スーツ(男)がそう言い放つと会場に張り詰めた空気が漂った。今回のイラスト展に参加している若手のアーティストとその作品を見に来てくれているお客さんの視線が一斉にワカバと紫スーツ(男)に注がれた。

「いきなり謝れって言われても・・・どうして私が謝らないといけないんですか?」

「会場にいる皆さんに迷惑をかけたろう」

「迷惑ってなんですか?!」

ワカバは紫スーツ(男)の理不尽な応対に怒りを感じてそう言い放った。

「一人で勝手に騒いで入ってきたんだろうが」

「それが何だって言うんですか!」

「ヨツモトさんの話していた相手がもし画商だったらどうしてた?そのせっかくのチャンスを貴様のせいで不意にしていたかもしれんのだぞ!」

「いや、まさか、だってそんな格好しているから、お笑い芸人か売れないホストかと」

会場からクスクスという笑い声がうっすら聞こえる。

「くっ・・質問の答えになってねえな。ヨツモトさんだけじゃなく他のアーティストの皆さんにも同じことがいえたと想像できなかったのか?」

「そんな事言われたって私には・・・」

「関係ないってか。貴様は初めてこのイラスト展に来たから分からんだろうが、アーティストの皆さんは今回のイラスト展に並々ならぬ努力を重ねてきている。今日までみんな必死になって作品作り上げるために命を削って挑んでんだよ!だから貴様、ここにいる全員に謝れー!」

理不尽とは分かっていながらもそんな事情とは知らずに申し訳なく思うワカバ。

(でもまたこれって土下座の流れだよね。一日に2回ってある意味奇跡なんですけど)

しかし、そんな状況を見かねてヨツモトが紫スーツ(男)に声をかけた。

「あの、イチジョウさん」

「ヨツモトさん、みんなの分まで言ってやったよ」

「あの、ちょっと言いにくいんですけど、今回のイラスト展はみんな過去の作品を持ち寄って、慰労も兼ねて気軽に楽しくやろうってのがコンセプトでして・・・」

「んん、どういうこと?」

「ええとですね、簡単に言うと今回は誰ひとり命も削ってないし、来てる人たちもみんな家族とか友人なんで!」

「ええ、それはつまり」

「主旨を理解してなかったイチジョウさんの方が悪いですね」

「あっ、そう。へえ、そうなんだ。ふーん、じゃあゴメン」

紫スーツの男はワカバに軽い会釈程度の謝罪をした。

「なになにそれで謝ったつもりですかー!さっき貴様は初めてだから知らんだろうがっていってましたよね。初めてだからって!私また土下座させられるのかって思ってドキドキしたんですけど!・・・って1回もやってないわ!」

ワカバは不器用ながらも普段取らない揚げ足を取りイチジョウへ一矢報いた。

「まあ、そんなことも言ってたかな、ははは」

形勢はこれで完全に逆転したようだ。


「そういえばワカバは初めてだってよね。改めて紹介します。こちらイチジョウさん」

「はい、どうもイチジョウ リュウノスケです」

下の名前までは聞いてねえよと思いつつもワカバはペコリと軽く会釈してヨツモトに耳打ちした。

「あのさ、あの無礼な紫スーツ超怪しいんだけど、どういう関係なの?」

「お母さんの友達?知り合いだったかな」

「なんか曖昧。でもさ、何してる人?下積み中のマジシャンとか」

「そんなわけないじゃん。確かコンサルタントだったかな」

「えっ、コンサルタント?」

「そうだ、ワカバってキャリアコンサルタント目指してるよね。だったらイチジョウさんに相談してみたら」

そういうとヨツモトは再び放置されているイチジョウへ声をかけた。

「確かイチジョウさんってコンサルタントでしたよね?」

「おう、そうだけど」

ワカバは疑いの眼差しでイチジョウへ確認してみた。

「コンサルタントって、キャリアコンサルタントですか?」

「俺はコンサルだよ」

「えっ、コンサルって、キャリアコンサルタント?」

「だからコンサルだって」

「キャリアコンサルタント?!」

「何度も言わせるな。俺はコンサルだ!」

(このやり取り何度目。こんな会話にならない人いる?)

「しつこいな、俺は『企業』コンサルタントだよ」

「んん?キャリコンじゃないの?!」

「だから最初からそう言ってるだろ」

(ええー、企業コンサルって怪しさ満点の職業?捕まった人の肩書きでよく出てくるやつだよね。うわあ、この人大丈夫~?)

「俺は大丈夫なやつだ。ヤツラと一緒にするな」

(えっ、どういうこと?)

「だから大丈夫なんだって」

(どういうこと?まさか、心の声聞こえてる?)

「ああ、聞こえてるよ」

(えっ、もしかして超能力使えんのコイツ?)

「コイツっていうな。ていうか顔に出過ぎだぞ、お前」

(なんか私の得意な「心の声システム」崩壊してるんですけど)

「昔から話してる相手の顔見ると言いたいことが何となく分かっちまうんだ。よくいうだろ目は口ほどに物を言うって」

(へぇ、そうなんだ・・・って感心してる場合じゃないわ!心の声で会話してる場合じゃないわ!)

「一応、俺は中小企業診断士だ。企業コンサルタントで唯一国から認められてる資格だよ。だから捕まるようなヤツラと一緒にすんな。まあ、お前ごときは聞いたこともねえ資格だろうがよ」

「ああ、あの『足の裏の米粒』って揶揄されてる資格ね」

「そうそう『取っても食えない』っておいっ!それは知ってんのかよ。つうか一番声に出して欲しくないこと言葉にしやがったな」

何故かマニアックなこの資格だけは知っていたワカバだった。

 再び淀みそうになった空気を察して、ヨツモトが二人に声をかけた。

「そういえば、ワカバが今日参加した勉強会で随分ヒドイこと言われてたけど、キャリアコンサルタントって困ってる人の話を聞く仕事なんだよね?それなのにそんなヒドイこと言う人いるんだ」

誰もが思うであろう自然な疑問にイチジョウが答えた。

「残念だけど、一定数いるんだよ。まあ、そこまでヒドイやつはごく一部だけどな」

(お前が言うな!あんたもそのごく一部に入ってるでしょ!)

ワカバはイチジョウの死角へ移動し心の声システムを発動した。

「ん?何か言ったか?」

振り返り声をかけるイチジョウ。すかさず目をそらすワカバ。

(危ない!背中に目でもついてるの?)

「まあ、でもさーワカバ、これも何かの縁なんだからイチジョウさんに教えてもらったら」

『絶対嫌だよ!』

二人の声がキレイに揃った。

「何で俺がこんな無礼なヤツの面倒見なきゃいけないだ」

「私だってこんな無礼な人に教えを乞うなんて嫌」

『ふんっ!』

またリアクションが揃った二人を見て(現実に「ふんっ!」って言う人いるんだ)と思うヨツモトであった。

「だってさっきも言ったけど、この人キャリコンじゃないじゃん」

「その件については大丈夫ですよね?イチジョウさん」

「それは・・・とにかく俺は嫌だよ。いくらヨツモトさんのお願いでもこれだけは受けられないな」

「私だってこんな高圧的で理不尽で非常識で無礼な人に教わりたくない」

「おいおい、黙って聞いてりゃあ、どさくさに紛れていろいろ付け足しやがって」

全く噛み合わない二人を見兼ねたヨツモトは強硬手段に出た。

「イチジョウさーん!やってくれますよねー。じゃないとさっきの出来事お母さんに言っちゃいますよー」

「何っ!それは、それだけはやめてくれ。アイツにだけは弱みを握られたくない」

「じゃあ、OKってことですよね」

「くっ、土下座するより嫌だが仕方ない。そのかわりアイツには黙っといてくれよ」

「はい、ありがとうございます!ちゃんと最後までワカバの面倒みてくださいよー」

「最後まで?」

「いいですよねー。もちろん」

「まあ、仕方ない・・・分かったよ」

「良かったわねー、ワカバ」

「えっ、何か二人で勝手に決めてるけど、私は嫌よ。だって人間性以前にそもそもキャリコンじゃない人から教わることないもん」

「それならたぶん大丈夫よ」

「えっ、何で?」

「だってイチジョウさんとお母さん同じ養成講座だったんだよ」

「同じ養成講座って、まさかキャリアコンサルタントの養成講座?」

「ですよねーイチジョウさん」

「おう、まあ、そうだけどな」

「じゃあ、なんでキャリコンじゃないの?ああ、分かった。どうせ途中で受験するの諦めちゃったんでしょ」

「違うわ!・・・今ここで説明すんの面倒だから今度話す」

「なにそれ、意味分かんない!」

またひと悶着おきそうな二人にヨツモトが割って入った。

「ねえ、ワカバ、キャリアコンサルタントなりたいってずっと言ってるよね」

「うーん、そうだけど・・・」

「さっきもこれまでのやり方でいいのかなあって言ってたじゃん。もしかしたら今回の出会いで何か変わるかもしれないよ」

「うーん、でもなあ」

「イチジョウさんそんな悪い人じゃないよ。正義感が人一倍強くて空気読めない時あって、ちょっと口は悪い人だけどね」

(悪い人じゃないってだけで良い人だとは言わないのね)

「もし、また何か嫌なこと言われたら、その時はお母さんに言いつけるから、ねっ」

「ヨッチャンにそこまで迷惑かけられないよ。でも確かに変わるチャンスかもしれない。よし、分かった。しょうがないから私、アイツにお願いしてみる」

「良かったあ、ファッションセンスはちょっとアレだけど、本当に悪い人ではないから」

ワカバはようやく腹をくくってイチジョウへ頭を下げた。

「ということで若輩者ですが、これからご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします」

「おい、今までのやり取り全部聞こえてたぞ」

というわけでワカバとイチジョウの不思議な師弟関係が始まりました。
ここまで予想以上に長くなってしまいましたが、次回からようやく本編に入ります!


試験対策の前に必ず確認すべきこと

 あれから一週間、ワカバはイチジョウから教えを乞うために指定されたカフェの前まで来ていた。

「ここかな」

昔ながらのカフェというよりは喫茶店って感じがする佇まいだ。

「なんかオジサンっぽい」

ワカバは扉を開けて周囲を見渡すとスゴい剣幕でこちらを睨んでいるイチジョウを見つけた。

「おい、お前せっかく来てやったのに遅いぞ」

「えっ、でも約束の時間まであと5分ありますけど」

10分前行動は社会人の基本だろ」

(古っ!考え方古っ!もはや固定観念オバケだな)と考えを読み取られないようワカバは顔をそむけて心の声システムを発動した。

「ったく、呼び出された方が待たされるってどういうことよ」

 そんなイチジョウは30分前から来ていた。完璧主義者のイチジョウにとって遅刻は絶対に許されないことなのだ。

「んで、どうして欲しいんだ。時間もないから手短に頼むわ」

「どうしてって言われても・・・まあ、次の試験で合格できるようにして欲しいっていうか」

「っていうか何だよ。ホントにやる気あんのか」

「やる気って言われても、次が3回目だし、正直自信ない」

「そうか3回目なんだな。んで次どっちで受けるんだ」

「どっちって試験団体?今までずっとキャリ協だったから今回もそうしようかと思ってます」

「キャリ協か・・・なんで選んだ?」

「えっ、だって先輩もキャリ協だったし、通ってた学校でもそれとなく進められて・・・練習してる仲間もみんなキャリ協受けてたし」

「そうか、その件はまた後で話すとして、今までどんな練習してたんだ?」

「うーん、基本週1くらいのペースで仲間とロープレの練習していて、あとは先輩とか仲間が薦めてくれた有料の勉強会行ったりとか」

「それであんな目に遭ったわけだ」

「そ、そうだけど。でもひとりの講師はちゃんとフォローしてくれたよ!」

「これだから素人は・・・あれは典型的なアメとムチ商法だよ」

「アメとムチ、何それ」

「一人が過剰に厳しくして、もう一方が優しくフォローする。不安と恐怖を煽って、手を差し伸べる。悪質な新興宗教やマルチ商法の勧誘でもよく使われる洗脳手法の一つだよ」

「いや、だってキャリコンだよ。人の話を聴くような立場でまさかそんなことするわけない」

「だから前も言ったようにそういうヤツラは一定数いるんだって。だってお前みんなの前で土下座されそうになったんだろ。十分そんなことあるじゃねえか」

「まあ、確かにそうだけど」

「そんなヤツラだからこそ講師として絶対に前もって聞かなければならない確認を怠っている」

「何?絶対に聞くって」

「それはこれから言う3つのことだ(1)受験団体は?(2)何回目の受験か?(3)今までどんな練習していたか。まあ、これは最低限のことだがな」

「最低限・・・何ひとつ確認されなかったよ」

「そうだろうな。おそらく老舗であることにあぐらをかいて本人たちの好きなようにやってるんだろう。だから受講生を顧客だとも思っていない」

「言われてみれば・・・よく考えたら普通お客さんに土下座強要しないよね」

「目が覚めてよかったよ。(1)の受験団体の確認は原則合格したら同じ資格になるが、実技試験(論述および面接)の内容が違うからな」

「そうだよね、椅子や机の配置から口頭試問まで違うって言うしね」

「その通りだ。(2)の受験回数はなかなか受講生に聞きづらい質問ではあるが、初受験なのか複数受験なのかで関わり方が変わってくる

「確かに初受験の時は試験のこと何も分からなかったけど、2回目以降になると少し試験に慣れてきたり、プレッシャーが強くなったりするもんな」

「だな。(3)は過去や現在にどんな練習していたか、どの勉強会に参加していたかを確認することで受講生のクセや傾向、今抱えている気持ちや周囲から影響を受けたことが分かる。そして今後どのように練習していくかプログラムを組み立てやすくなる

「そうだよね・・・いい仲間に恵まれているか、キャリコン難民になっているか、真っ暗な暗闇の中をあてもなく船を漕いでいる感じがするもん」

「真っ暗な暗闇か・・・光も見えない状況でどうしたらいいか分からない。それでまた新しい道を探す。でも結局そこでも何も得られず、また彷徨い、繰り返す」

「そう!まさに今の私の気持ち・・・」

 ここまでワカバはイチジョウに言われるがままに答えていた。口は悪く、質問も雑ではあったが、イチジョウはちゃんと目的を持ち、彼なりに必死でワカバに応答していたのだ。そんなことを知ってか、知らずかワカバはこう思った。

(あれっ、わたし今ちょっとスッキリしてる?)

 その心の声を察知したイチジョウはワカバに見られないように小さくガッツポーズをした。


試験制度の前提を再確認しよう

「じゃあ、ついでに試験制度をおさらいしておくか」

 そういうとイチジョウはスーツのポケットから手帳を取り出し、図を書き始めた。

(そうか持ち物もダサいんだ・・・)ワカバは独特なデザインの手帳を見てそう思った。ちなみに今日のイチジョウの服装は上下うす紫色のスーツである。

「もちろん試験のことは分かってるよな」

「試験のことって言われても。まあ、何となくは」

「何となくか、いつも曖昧だな、お前は」

「変な手帳使ってる人に言われたくないですー」

「お前、ついに心の声やめたな」

「どうせバレちゃってるなら意味ないかなあと思って」

「開き直りやがって、まあいい。それより試験の前提条件を確認するぞ。いいかこれを見ろ」

試験前提

(うわっ、何かスゴい丁寧。まるでゴシック体で書いてあるみたい。ホント細かい性格出てるわー)

「心の声やめたんじゃないのか」

「いや、あの、スゴいキレイな字ですよねー」

「お世辞はいいから後半のこと謝れ」

「いやあ、そんなことよりこうしてみると受験料メチャメチャ高いなー」

「まずそこかい!4万円近いからな。だから受験する場合、1回で合格することが望ましいわけだ」

「私、どれだけ投資してるんだろう・・・」

「まあ、投資ならまだいいけどな。浪費にならないように頑張れよ。ははは」

「・・・それで結局何を確認するんですか!」

「参考までに聞いとくけど、お前学科はどうなんだ?」

「それは前回の試験で合格しましたけど」

「何回目だ?」

「・・・2回目です」

「そうか、じゃあお前は今まで受験団体に学科2回と実技2回受けて次が3回目だから合計107,500円も投資すんのかよ。ははは」

「・・・もう!またバカにして!」

「だってお前・・・」

「あと今更なんですけど、【お前】っていうのやめてもらえません!いつか言おうと思ってたんですけど」

「貴様よりはマシだろ」

「それは論外です!今どきお前って呼ぶ人なんて見たことないんですけど。ずっと上から目線な感じするし。ある意味パワハラですよ、パワハラ」

「ヒドイ言われようだな。じゃあ、なんて呼べばいいんだよ、お前のこと」

「早速・・・ちゃんと名字で呼んでください」

「・・・そういえば何だっけ。ギャラリーでずっと下の名前で呼ばれてたから分からねえわ」

「ココノエです!ココノエ!」

「じゃあ、ココノエ」

「じゃあって、それにまだそんなに親しくないんで【さん付け】してもらえますか!?」

「なんでだよ。弟子だろ、お前、あっ、ココノエ」

「舌の根も乾かぬうちに・・・だってヨッチャンのことはちゃんと【ヨツモトさん】って呼んでるじゃないですか。あと弟子ではない!」

「まあ、ヨツモトさんとはいろいろあるんだよ」

「いろいろって何ですか?とにかくちゃんと呼んでください。あと弟子ではありません!」

「じゃあ、どういう立場だよ、おま、いやココノエ・・・さん」

「まあ、いいでしょう。立場は先生と生徒、いや違うな。百歩譲って弟子風です」

「おいおい、だいぶ譲ったな。なんだよ弟子風って、ココノエさ・・・そもそも【さん付け】の前にココノエって言いづらいな」

「今度は名前のことバカにするんですかー!?全国のココノエさんに謝ってください!」

「いや、何かココノエって【心の声】みたいだし。よし、分かった。【親方(おやかた)】にしよう」

「えー、なんですかそれ!」

「だってココノエって何か親方っぽいだろ。それに弟子風ってのも合ってる気がするし」

「私が弟子風の立場なのに親方って呼ばれるのおかしくないですかー。それより今更だけど当たり前のように使ってる弟子風って何?!」

「まあ、いいじゃねえか。あだ名なら呼びやすいし。いや、あだ名じゃなくて愛称だ」

「どっちでもいいー!納得は全くしてませんが、お前よりはマシなんで。だったら私もイチジョウさんに愛称つけてあげますよ!」

「なんだよ。イチジョウさんでいいじゃねえか。【さん付け】だし」

「そうはいきません!そうだなあ、ダサスーツ・・・ダサ手帳・・・ダサ人間・・・」

「おいっ、お前ただディスってるだけじゃねえか!あっ、親方だったなスマン」

「そこは別に謝んなくていいんで」

「俺は年上だぞ、せめてあだ名、いや愛称つけるならもっと敬った感じにしろや」

「年上?そういえばイチジョウさんっておいくつなんですかー?」

「・・・38だよ、38。ほら俳優の綾野剛とか藤原竜也と同じ」

「狩野英孝とかサンシャイン池崎と同じですね」

「おいっ!そっち側に誘導するんじゃねえよ」

「分かりました。それでは【おっさん】にしましょう」

「おっさん?!」

「だってほら実際おっさんだし、それに一応【さん付け】じゃないですかー。ちゃんと敬ってますよ。はははは」

「お前なあ、いや親方なあ」

「じゃあこれで二人の愛称は決まりってことで。おっさん、これからもよろしくお願いします」

 二人は相手につけたあだ名、いや愛称がお互い腑に落ちていないことは承知していたが、相手につけたあだ名、いや愛称は気に入っているので、一旦受け入れることにした。


「ええっと、どこまで話したっけ」

「イチジョウさんのあだ名、いや愛称が【おっさん】になったとこまでです」

「そこじゃない、試験制度の前提だよ。改めてもう一度この図を見てくれ」

試験前提

「うーん、やっぱり受験料高いなあ」

「そのくだりはもう終わった。親方は学科を合格してるから実技のことを確認するぞ。覚えてたらでいいが、今までの実技の試験結果教えてくれるか」

「最初の試験が論述:28点、面接:55点、合計83点で不合格。前回が論述:25点、面接:53点、合計78点で不合格でした・・・」

「どっちも点数下がってんじゃねえか」

「あんなに勉強したのになあ。せめて論述でカバーできるように一生懸命勉強したのに・・・」

「カバーしようという姿勢がダメなんだけどな」

「なんで!ロープレ苦手だから論述で挽回することの何がいけないの!」

「じゃあ、聞くけど挽回できたのかよ」

「いや、できませんでしたけど・・・」

「そうだろう。学科は努力と成果が比例しやすいが、実技は論述も面接も不確定要素が多すぎる。学科は4択問題だから明確な答えがあるが、実技は記述式と面接なんだから採点者や試験官の裁量が大きく影響し、評価が異なることがあるわけだ。それが良い悪いではなく機械じゃなく人間がやってるから仕方ない。だからそれを無視して必死に勉強したところで直接成果に結びつくわけがない」

「じゃあ、どうしたらいいのよ」

「頑張るんだよ」

「何を?」

「両方だよ。論述も面接も。あとで悔やまないように、試験結果で一喜一憂しないように、【自分は試験までに精一杯努力はしたんだから、あとは採点者や試験官に任せよう】と思えるまで最善を尽くすしかない」

「そんな精神論いわれたって・・・」

「でも試験の採点内容が非公開である以上、実技に正解はないだろ」

「確かにそれはみんな言ってるけど・・・」

「とにかく今できることをやるんだ。でもやり方が間違うとマイナスの効果にしかならないがな。そうしないとこんなこともある」

イチジョウは先程書いた図の下に「足切りライン」と「評価区分」を追加して見せた。

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学科は7割以上が合格だから当然69点以下は不合格。実技は論述と面接の合計の6割以上が合格基準だが、論述の配点、面接の評価区分で4割未満の点数があった場合、不合格となる。その4割未満の評価を【所要点未満】という」

「えっ、何それ?」

「やっぱり知らんのか。たとえば面接が90点だったとする。この場合は既に6割以上だから合格かと思いきや、論述が19点だったら不合格というわけだ」

「ええと、合格で109点(150点中)なのに!」

「過去に91点だったが、不合格になった受験生に合格通知を見せてもらったことがあるから本当だ。その受験生は論述は合格基準点を超えていたが、面接の【展開】が所要点未満だった」

「かわいそう」

「このルールがある以上、どっちかでカバーしようなんて考えは捨てた方がいい。結果的にカバーできたらラッキーぐらいにな。だから論述・面接両方とも最善を尽くすんだよ」

「はい、分かりましたよー」

「まあ、分かればよろしい。それでは次は面接試験の前提条件を再確認しとくぞ。まず出題形式として15分のロールプレイと5分の口頭試問で構成されている合計20分の試験だ」

「そんなの経験者なんだから分かります」

「ではひとつ聞こう。いつもどんな心構えでロープレしてた?」

「それは、15分を何とか消化できるように・・・」

「だからうまくいかないんだろ」

「だってロープレ苦手だし、時間もスゴく長く感じるし・・・」

「早く終わらないかなって」

「そう!最初はまだいいけど、途中から質問なくなっちゃって困る」

【8分の壁】ってやつだな。折り返し地点で急に頭が真っ白になって何聞いたらいいか分からなくなる」

「まさにそう!ああ、制度改正前は10分だったから早く受ければよかったな」

「そう思うか。でも不思議なもんだよな。制度改正前は【5分の壁】って言われてたんだぜ。結局受験生の心の持ち次第なんだがな」

「そうか、でも今の私は10分でも辛いかも」

「そらそうだ。例え5分の面談だったとしても同じだよ。そもそも試験制度を理解してないんだからな」

「さすがに5分なら大丈夫・・・って自信持っては言えないけど、理解してないって何をですか」

「受験団体のホームページにある受験要項にきちんと記載してくれてるだろ」

そういうとイチジョウはスマホの画面をワカバに見せた。

「あっ!」

そこには【実際のキャリアコンサルティング場面を想定して、面談開始から最初の15分という設定で行います。】と書かれてあった。

「面談のトータル時間が記載されていないから、全体で何分の面談かは分からない。でも大事なのは試験で行われる面談はクロージングができたかどうかの評価ではなく、あくまで開始15分の面談途中の定点的な評価に過ぎないということだ」

「なんかそう言われると参加した勉強会で他の受験生が言ってた【キャリ協は時間内に何らかの成果を出さないと合格できない】ってのが違ってみえるよ」

「だからみんな一様にジョブ・カードを提案したくなる」

「それって学校でも推奨されてたよ」

「よく考えてみろ。初対面の相談相手から話し始めて15分でそんなことされたら、相談者も困惑するだろうよ」

「まあ、確かに。それより私の話もっと聴いてくれーってなる」

「そうだろう。でもそんな都市伝説が未だに根付いてるには俺は2つ理由があると思う」

「2つ?」

「ひとつは2016年の制度改正における国家資格化になる時、明確な合格基準が受験団体から出されなくて、受験生が不安になったからだ」

「そういえば先輩方から聞いたことある。あの時は本当に何をすればいいのか分からなかったって」

「当然、情報を得られない受験生は全く悪くない。でもあの時は全国のキャリコンがほぼ全員【制度改正でロープレの時間が10分から15分に増えるんだから今までと同じやり方でいいはずがない】と言っていた」

「そら、仕方ないよね。情報ないんだから」

「試験の対策講座を開講している講師や養成講座の先生までもが全員同じことを言っていてから妙な信頼感があった。だからその時の憶測が未だに定着してしまっている」

「そら通ってる講座の先生に言われちゃ、信じちゃうね」

「そうなるよな。俺が知る限り一人だけだよ。みんながどうしたらいいって不安になってる中、いち早く対策講座開いて【大丈夫。きっと今までとそんな変わんないよ。今できることやろう】と言ってたのは」

「へぇー、そんな人もいたんだ」

「その人は、当時から試験制度や勉強会のあり方に疑問があったからこそ、そう思えたんだろうが・・・・まあ、その話はおいといて、もう一つの理由も聞いとくか」

「聞いといてやるよ」

「偉そうに・・・親方の性格は何となく分かってきたからもう何とも思わねえが、とりあえずちゃんと聞いとけ!」

「ほい」

「もうひとつの理由は、厚生労働省の影響が少なからずあると思う」

「なんで厚労省が?」

「厚労省がキャリアコンサルティングの基本的な技法として紹介している【システマティックアプローチ】は知ってるか?」

「なんか学科の時に勉強したような・・・なんだっけ?」

「これを見れば思い出すか」

そういうと厚労省のサイトから関連する動画をワカバに見せた。

画像4

                       (出所:厚生労働省)

「ああ、何となく覚えてる。はい、はい、コレね」

「(分かってねえなコイツ)。つまり面談は、まず(1)相談者と関係を築き、(2)相談者とキャリコン両方の視点で問題を把握する。そのあと解決するための(3)目標設定を相談者と合意し、達成するために必要な(4)具体的な方策の実行を支援するという流れを推奨している」

「難しいけど、何となく分かる。今は想像もできないけど」

「今は想像できなくてもいい。それで話は戻すが(3)~(4)が本来【クロージング】と呼ばれている面談の最終手順なんだが、おそらくここが独り歩きしてしまって【厚労省が推奨しているんだから試験でもやるべきだ】という考えに繋がってしまったんだと思う」

「そうかー、受験生は教えてくれる人たちの言うこと聞くしかないからなー」

「受験生が錯綜した情報のせいで混乱してしまうのは仕方ない。悪いのは教える立場なのに自分の頭で何も考えず噂を鵜呑みにし、基本的な試験制度も理解していないくせに間違った情報をさも正しいと吹聴しているヤツラだろう」

「えらい悪態ついてるけど、それはさすがに言いすぎ」

「ああ、少し熱くなっちまったな。気持ちを切り替えて、じゃあ試験ではどのように面談を進めていけばいいのかこれから説明するぞ」

「うぃ」

引用・参考文献

厚生労働省「キャリアコンサルティング技法解説<若者編>」https://www.youtube.com/watch?v=kelh90R4CUE&feature=youtu.be (2020.10.7アクセス)※動画ですので音が出ます。


面談の進め方~「けラ自」って何?

「ではこれから面接試験での面談の進め方を話してくぞ。まずはこの図を見ろ」

そういうとイチジョウは手帳に不思議な文字が羅列されている図を書き、ワカバに見せた。

画像5

「なんだこれ?」

「左側の縦に伸びてる矢印が【時間軸】だ。面談が0分から始まって、終了は仮に60分としておこうか。右側は面談の15分間で進めるべく手順だが、最初の【】は何を示しているか分かるか?」

「け?って突然言われても・・・」

「面談が始まってからすぐやるだろ」

「ああ、挨拶か」

「違う」

「じゃあ、本日はどのようなご相談で・・・」

「違う!その後やるだろ」

「えー、なんだろう?【け】から始まる言葉なんて山程あるじゃん」

「キャリコンといえば、と言ってもいい代表的な言葉、いや技能か」

「け・け・け・けいちょ、傾聴だ!」

「そうだ。意外と出てこないもんだろ。あれだけ学校でも重要だと言われていたのに。普段から意識してない証拠だ」

「いたたたた・・・」

「相談者は何らかの話したいことを抱えてご来談いただいている。それを聴かずして話は進まない」

「最初から聞き流してたら、相手も本音を話してくれないよね」

「そうだ。じゃあ、次の【】は分かるか?」

「ラ・ラ・ラ・♪ラララ~さっぱり」

「ふざけてるんじゃねえよ。傾聴の先にあるものだろ」

「ラ・ラ・ラ・・・」

「次歌ったらたぶん手が出る」

「はいはい。ちゃんと考えますよー。ホントに信頼ないんだから・・・って【ラポール】じゃん!」

「そうだ。【ラポールの構築】だ。受験要項には書かれていないが、試験は【インテーク面談】のはずだからな。

「・・・インテークって何だっけ?」

「(こいつは・・・)初回面談ということだよ。お互い初めて会う面談。試験制度上、もし2回目以降の面談なら前回の面談記録がないとおかしい。それに2回目以降の継続面談はキャリコンの高い技能が問われる。まさか実務経験もない受験生がいるのにそこまで酷な設定でやるほど受験団体も無能じゃないだろう」

「最後にまた何か皮肉ったけど・・・それで何故ラポール?」

インテーク面談である以上、相談者もキャリコンを本当に信頼できる人材か見極めながら話している。その信頼を獲得するために傾聴するわけだ」

「そう考えると傾聴って大事だね」

「今更だけどな。でも本来は信頼の獲得を目的にするより、相談者の話を必死になって聴いた結果、信頼してもらえるってのが理想なんだ。やってることは同じだけど、後者の方が相談者に寄り添ってる感じがするだろ」

「確かになー。獲得を目的にされちゃうと何かキャリコンが自分のためにやってるみたいだし」

「この辺はキャリコンも人間だから難しい。でも結果的に相談者のためになればいい。それで最後の【】は何だと思う?」

「自か・・・自自自自・自から始まる言葉もたくさんあるなー」

「自は一つだけじゃない。いくつかある」

「えっ、そんな・・・ええと」

「ジ・ジ・ジ・ジ・ジ・ジ・ジ・ジ・ジ・ジ・・・・・」

「そんなタイマーみたいに言うのやめてよ!プレッシャーかけないで」

「あるだろ、自己・・・」

「あっ!【自己概念】!」

「はい正解。他には?」

「いや、今考える・・・うーん、自己・・・」

「自己りか・・・」

「ああ、【自己理解】!ヒントの出し方下手か」

「他にも【自己探索】【自己認識】とかな。つまり相談者が【内省】するってことだよ。」

 ワカバはこの時『それじゃあ【自】じゃなくて【内】じゃないの!』と思ったが、その言葉をそっと飲み込んだ。そしてイチジョウは気づかず話を続けた。

「面談の途中になって相談者が「うーん、そういえば昔に・・・」とか、黙って考え込んでることがあるだろ。それが内省だ」

「こっちが変な質問しちゃって相談者がしゃべらない時もあるけどね」

「それは技能の問題だ。でもよく考えてみろ。相談者が内省するためには本音を話してくれることが条件になる」

「話してくれないと困る」

「実際困ってるのは相談者なんだけどな。本音を話せないと表面的な事柄ばかりの情報しかないから、堂々巡りになって話が進まない

「私の時はいつもそんな感じだ」

「この相談者のプロセスを理解したうえで面談に臨まないと苦労するわけだ」

「なんか返す言葉がないよ・・・」

「まあ、そう落ち込むな。これから頑張りゃいいんだ。それではもう一度このプロセスを整理するぞ」

(1)面談が始まったら相談者の話に集中して全力で傾聴【け】する。(2)その結果、相談者から信頼に足るキャリコンだと認識してもらい、ラポールを獲得する。(3)本音を話してもらうことで相談者が自己理解、自己探索等するように内省を促す。おそらくこのあたりで15分だろう」

「そうか、そう考えるとクロージングなんて絶対ムリじゃん」

「実務でも難しいことを試験でやらせるわけがない。あと時間軸で考えても仮に60分の面談だとしたら冒頭の15分なんて全体の4分の1に過ぎないんだから、成果をあれもこれも出すなんてまず出来っこない」

「都市伝説怖っ!」

「それに試験当日は【複数ある相談者の設定×役を演じる人】の数十パターンの中からランダムにあたるんだから、当然話が全然進まない場合もある」

「私もすごい意地悪な人にあたった」

「そうか・・・残念だったな。前にも言ったように面接試験における不確定要素の多い理由がここにある。もっと言うならさっきの掛け算に加えて【試験官のタイプ】も増えるからな」

「そういえば私、試験官も感じ悪かったよ」

「・・・目も当てられないな。未だに公正さを謳いながら試験のレベルが一定に保たれてないんだから受験生は可愛そうだよ」

「そうだよね・・・(あれっ、また息を吐くように皮肉ったけど、このせいで私もいつか何かに巻き込まれちゃうんじゃないかしら・・・)」

ワカバはそんな不安を抱えながらまた言葉を飲み込んだ。


相談者のしゃべるレベルが違う

「せっかく試験の相談者役の話が出たから、しゃべる分量の違いも説明しておくか」そういうとイチジョウは手帳をめくり、新たな図を書き始めた。

「これを見てくれ。あくまで俺の私見になるが」

画像6

「今度は数字かー」

試験当日の相談者役がキャリコン役の受験生に話す分量だ

「一番上の10って?」

「これは面談が始まってからずっと喋っている相談者だ。現実にはありえないが、受験生に一言も質問させないレベルが10だ」

「それはそれでキツイね。最後までずっと頷いて相づちして終わりかー。じゃあ0は?」

「こちらも現実でも試験でもありえないが、一言も話さない相談者だな。これがレベル0

「これはMAXキツイなー。こっちから質問しても無視でしょ。怖い怖い」

「では一般的に試験ではどのレベルかというと赤い丸で囲ったレベル6だ」

「レベル6ってどんな感じ?」

一問一答型だ。例えばキャリコンから【今どんな気持ちですか?】と質問しても【辛いです】の一言しか答えない」

「そういえば試験の相談者もそんな感じだった」

「イメージとしては【人事から何の説明もなく、とりあえず行けと言われて、少し不信感を持ったまま臨んでいる面談の相談者】って感じか」

「描写が生々しすぎる・・・でもそれならキャリコンのこと疑ってかかってるから、来て早々たくさん話してくれるわけないね」

「レベル6の相談者はキャリコンの現場で割と多くいる。そもそも普通の人は自ら積極的にキャリコン受けようなんて思ってないからな」

「普通の人かー。確かに受験生同士が集まった勉強会ではみんなメチャメチャ話してる」

「ある意味、普通の人たちじゃないからな」

「私も完全に染まっちゃってるなー」

勉強会の時に受講生が演じる相談者のレベルは7~8だろう。7はさっきの質問に【辛いです。あんなことやこんなこともありましたから・・・】と自らたくさん話してくれる」

「そうだね。こっちから何も質問しなくても話が進んじゃうもんな」

「レベル8だとキャリコンが困った時に助け舟を出してくれる」

「質問がなかなか出てこなくて間が空いた時に【そういえばこんなことありましてね】なんてフォローしてくれることもあったなー」

「レベル9までいくと質問はかろうじてできるが、相談者の話す分量が多すぎてキャリコンが混乱してしまうこともある」

「そうそう、やたら早口でまくしたてる人もいたよ」

「実際、過去の試験では相談者に質問が4つしかできなかった受験生もいた

「うわあ、かわいそう。そんなんじゃ公正な評価できないね」

「だから試験の時にはできる限り公平性を担保できるように相談者の話す分量を実務でも一般的なレベル6に統一している。これで相談者役の難易度を均等にしているんだろう」

「でもさー、合格した人が【スゴい話してくれたよー】って言ってた。これってズルくない?」

「いや、ズルくはない。なぜならその受験生はレベル6の相談者を話させている。だから合格できた。あくまで理想論だが、最初レベル6の相談者が面談が進むにつれて7→8と上がっていくのが望ましい。逆に最後までレベル6のままということは、ラポールが形成されていない可能性がある」

「確かに私の時は、最初から最後までずっと同じ感じだったよ」

「ただその場合、必ずしも受験生が悪いとも言い切れない。なぜなら相談者役もしょせん人間だ。受験団体の意図を汲み取れていない、もしくは緊張や体調不良で言葉が出てこない時もあるだろう」

「でもそれって不公平だよね?受験生にはたまったもんじゃないよ」

だからこそ試験官が面談の状況を把握し、難易度を調整した評価をすべきなんだ。例えば、とても対応しづらい相談者にあたった時に【この状況でここまで出来たのなら・・・】という配慮があってもいいと思わないか」

「いや、常にそうしてくれてるんじゃないの。だってそれが試験官の役割でしょ」

「残念ながら過去の試験では全く配慮されない評価で涙を飲んだ受験生もいる。悔しかっただろうな。もし今後もその調整がなされないなら、対応しやすい相談者にあたった受験生の有利性は変わらない。つまりどの相談者役にあたるかの運・不運の試験になってしまう

「高い受験料払って、当日まで誰に当たるか分からない【神様お願い!】みたいな運任せの試験って納得できない!」

「おい、ちょっと言い過ぎだぞ」

(ええー!何か裏切られた気分・・・)

「受験団体も今までの【受験生に試験を受けさせてやっている】という姿勢を改めていかないと・・・・」

(うわあ、どさくさに紛れて思いっきり皮肉ってるよ)と思いながらまたしても言葉を飲み込んだ。どうやらワカバは少し成長したようだ。


「いま話した試験制度上の相談者の話すレベルをふまえて、練習の時に注意すべきことがある。分かるか」

「うーん、なんだろ・・・自分が相談者役の時にしゃべりすぎないとか」

「珍しく正解」

「ホントひとこと余計」

「さっき話したように受験生同士で練習する時のレベルは7~8、下手したら9って時もある。つまり逆はないってことだ」

「逆?」

「これを見てみろ」そういうと先ほど説明した図に追記して見せた。

画像7

「いいか、例えば普段から対応しやすいレベル7~8で練習していたとする。でも試験ではその下のレベル6だ。当日は緊張やプレッシャーもあるうえに、普段からあまり馴染みのない一問一答型の相談者にあたってみろ」

「そら、うまくいくはずがない・・・【あれっ、いつもより全然しゃべらない】ってなるもんね。いつもの私だ」

「でも逆に普段から試験での下限値で慣れておけば、当日ちょっとしゃべってくれるだけでグッと対応しやすくなるだろ」

「言われてみれば・・・受験生同士なら同じ試験を受ける立場だし、信頼関係が既にあって毎回やりやすいしなー」

一問一答型で慣れておかないと質問のバリエーションも増えないし、実務的な技能として身についていないから資格とった後にみんな苦労している

「そうなんだ・・・ただでさえ今苦労しているのに資格とった後も苦労したくなーい」

「世の中、そんなに甘くない。キャリコンの現場に出たら受験生同士の勉強会のようにたくさん話してくれる相談者は稀だからな」

「まだ先の話だけど、現実として受け止めとくよ」

「それでもう一つ注意点をあげておこう」

「えっ、まだあんの?」

「(こいつは・・・)いいから聞けよ。たまに資格保持者とかどこかから不確かな情報を仕入れてきた受験生が【今日はいつもより厳し目の相談者になってみました】とか余計なことすることあるだろ」

「ああ、あるある!最初何も言わずに始めて、ロープレ終わった後に【実は・・・】なんていうヤツー」

「あれは百害あって一利なしだから即刻やめたほうがいい」

「えっ、そこまで?」

「まあ、本当は前提条件にもよるんだが、それを今から説明しよう。まずそういうヤツラはレベル5以下というタイプに分類される」

「6より更に下?」

「そうだ。イメージとしては【呼ばれたから来てやってたけど、話すことなんてねえよ。早く帰りてえなってイライラしている時の相談者】って感じだな」

「うわ、レベル6より更に感じ悪っ」

「そうだな。レベル5だとひとつの質問に対して、返さない時もあるレベル4なら目も合わせず、ずっと下向いたままとか。さらにレベル3以下だと感情的になって立ち上がって怒り出すとか、相当理不尽な相談者になるな」

「そこまできたらもうパワハラじゃん。そんな相談者にあたったら絶対途中で帰りたくなるよ」

「実務ではありえるが、さすがに試験では出せないレベルだ。受験生に訴えられかねない応対だからな。つまり言い方を変えれば【試験では出ない相談者】というわけだ」

「じゃあ、練習しても意味ないじゃん!全然お互いのためになってないよ」

「だから練習の時にそんなレベルを演じる必要はないと考えている。ただ、例外もあってな」

「例外?」

「受験生同士で練習してくると同じケースが回ってきて、マンネリになってくることがあるだろ。そんな時、ロープレを始める前にお互い確認し合ってから練習の幅を広げる目的でやってみるのはアリだ」

「不意打ちじゃダメなの?」

「辞めたほうがいい。相手の体調が悪いかもしれないし、過去にそういう相談者にあたってトラウマになっている場合もあるからな」

「そうか、いろいろ考えないといけないんだな・・・」

そもそもキャリコンは常に相手に対する配慮が必要な仕事だろ。日頃から意識していないのに本番だけ急にできるなんてことはない

「いたたたた・・・・」

 またしてもイチジョウに痛いところを突かれてしまったワカバであった。


日常をトレーニング化する(1)~「聞く」と「聴く」の違い

「どうやら親方は普段キャリコンのことを意識していないようだな」

「・・・だっていつも考えてたらストレスでまいっちゃうよ」

「それが出来ないなら何のために資格を取ろうとしてるんだ?」

「何のためにって、それは・・・・」

「それは何だよ」

「いいじゃない。それより普段からなんて私には無理でーす」

「だから、前ヨツモトさんに話してたようなヒドイ目に遭うんだろ」

「ああ、講師によく覚えてない捨て台詞吐かれた時か・・・」

「そうだ。確かその時【ちゃんと聞いてなかった】って言ってたろ」

「そういえば・・・なんていうか、防衛機制ってやつ」

「いっちょ前に・・・つまり普段から人の話を聴いてないんだよ、親方は」

「いや、ちゃんと聞いてるよ」

「そう、親方のキクは門構えの【聞く】の方な。傾聴の【聴く】じゃない。聞き流すのキクだ」

「うわ、何か嫌な言い方。じゃあ一体何が違うの?同じキクじゃない」

「参考までに広辞苑では次のように掲載されている」

【聞く・聴く】耳で音・声を感じ取る。聴覚によって認識する。広く一般には「聞」を使い、注意深く耳を傾ける場合に「聴」を使う。
[広辞苑 第七版]

「親方は、相手の話に注意深く耳を傾けていない。つまり聴覚によって認識しているだけのただの【聞く】だ」

「聴覚で認識してるだけって・・・【はい論破】みたいな言い方、ハラたつなー」

「でも変えたくないか【聴く】の方に」

「そりゃあ、出来るならそうしたいよ」

「出来るなら?【なに甘っちょろいこと言って!】とも言われてたな、確か」

「思い出したくない・・・消えろ私の黒歴史」

「それより本題に戻すぞ。じゃあ、何をすればいいと思う?」

「何をってそりゃあ、相手の話に注意深く耳を傾けるんでしょ」

「まんまか!広辞苑そのまんまじゃねえか。もっと考えてみろよ」

「考えろって・・・(そんな簡単に答えられるならおっさんなんかに聞かないよ。それにしてもいつも小鳥みたいにうるさいなー。こんな感じじゃ普段からみんなに煙たがれてるんだろうなー。きっと今日だけじゃないよね、いつも感じ悪いんだろうなー・・・・って)あっ、そうか!いつも!普段から心がけるんだ」

「途中、心の声でだいぶディスってくれたようだが、その通りだ」

「言われてみれば【聴く】ことって普段まったくやってないかも」

「だから親方に提案しよう。日常をトレーニング化するんだ!」

「ん、トレーニングを日常化するんじゃなくて?」

「いや、親方の【日常】を【トレーニング化】するんだ」

「どういうこと?」

「たとえば親方の日常で人と話す機会はないか」

「うーん、会社では上司や先輩、プライベートだとヨッチャンとか」

「身近なところではそんなとこか。ではもう少し間口を広げて考えてみよう」

「間口?それ以外?、なら・・・昨日、美容室行った時に美容師さんと話したけど、ってこれもカウントされるの?」

「される。他には?たまにでもいいぞ」

「だったら先月久しぶりに高校時代の同級生と会ったなー」

「その時はどうだった?」

「どうだったって、楽しかったよ」

「どんな話してたか覚えているか?」

「えっ、うんそうだね・・・なんだっけ?酔っ払ってたし。仕事の愚痴たくさん聴いてくれたから楽しかったんだけどなー」

「美容師さんとは?」

「それは仕事の不満とかストレスとか、いつも聴いてもらってるかな・・・」

「逆だな。ヨツモトさんも含めて、逆。なんでキャリコンになろうって奴がいつも周りに【聴いて】もらってるんだ」

「そ、それは・・・」

「キャリコンだって誰かに聴いてもらい時はある。でも親方の【日常】は聴いてもらう前提なんだよ。だからいつまでたっても【聴けない】

「・・・悔しいけど、分かったよ・・・じゃあ私はどうすればいいの?」

「スイッチを入れるんだよ」

「スイッチ?」

「たとえば久しぶりに会った友人と話す時に【今ここ】ってタイミングで【聴くモード】へスイッチを入れる

「あるかな、そんなタイミング」

「あるだろ。2時間ぐらい話してたら、一度くらいは【今仕事でうまくいってなくて】とか【ちょっと嫌なことあって】とか相手が何らかのサインを出すことが」

「・・・あっ、そういえば友達【最近疲れちゃって】って言ってた気がする・・・」

「それだ。その時に【聴くモード】へスイッチを入れる。【疲れたって何があったの?】と聴ければベストだな」

「そう言われてみたら結構チャンスあったかも」

「でもひとつ気をつけることがある。最初から【聴くモード】全開で行くと【あれっ、ひょっとして何か変な勧誘始めた?】と怪しまれる」

「そういえば昔、久しぶりに会った友達から【このペンダント買うと幸せになれるよー】って言われて、引いたことあるもんな」

「だからタイミングをみてスイッチを入れるんだ。そのためには相手の話に集中せざるを得ないからな」

「それが注意深く耳を傾けるってやつね」

「まあ、会ってからずっと集中してたらさすがに疲れるからほどほどにしとけよ」

(だからそのバランスが難しいんだって!)と思いながらも、その言葉を飲み込んだワカバであった。


日常をトレーニング化する(2)~タクシーでロープレ?

「とにかく日常で会う人たちと話す機会があったら、タイミングをみて聴くモード】のスイッチを入れるんだ」

「うーん、出来るかな。毎日会う先輩とか上司って話しづらいしなー」

「別に親方が話す必要はないだろ。聴く側なんだから」

「そうか、こっちから話す必要ないもんね。それなら出来るかもしれない」

「そうだ。無理せず出来る時でいい。みんな頑張って練習しようとして家族相手に失敗しているケースも聞くからな。近親者は逆に本音を話しづらい関係性でもあるから意外と難しいんだよな」

「うん、知らない間柄の方が話しやすいってのはあるかも。家族か・・・今の私には絶対ムリだなー」

「絶対?そういえば親方の家族って・・・」

「まあ、それはいいじゃないですか。それよりちょうどいい練習相手、他にいますかね」

「そうだな、俺は疲れた時にマッサージしてもらうんだが、その時に施術している人の話を聴くことはあるな」

「普通逆だよね」

「逆だな。でもこっちが聴く姿勢でいると意外と話してくれるんだよ。やっぱり人間だからみんな何らかの悩みを抱えているようだ」

「でも何か難しそう」

「そんなことはない。親方も機会があれば一度やってみるといい。ただ、失敗・・・いや、これはあまり言いたくないが」

「失敗って何ですかー?!」

「なんだよ、嬉しそうに。しかたねえ、マッサージといっても足ツボなら施術している人と対面だから話しやすいんだが、丸いくぼみに顔入れて、うつ伏せで施術されることがあるだろ」

「他の人に下から絶対見られたくない顔になってるやつね」

「そうあの状態で何とか聴こうと試みたんだが、全然話が通じなくてな。そのあと最後まで気まずい空気が漂っていた・・・」

「まあ、やる方もやる方だけど。会話できるわけないじゃん。聴覚で認識すら出来ないよ、あははは」

「こいつ・・・やっぱり言うんじゃなかった」

「おっさんでもそんな失敗するんだね。ちょっと安心したよ」

「安心って。じゃあ、ちょうどいいから早速練習してみるか」

「えっ、練習?どこで?」

「まずは店を出るぞ」

 そういうと伝票を取り、お会計を済ませるイチジョウが喫茶店、いやカフェのマスターに頭を下げた。

「マスター、騒がしくてしてしまい本当に申し訳ない」

「いや、イチジョウさん気にしないで。どうせ他にお客さんもいないしね、ははは」

「近いうちにまた伺わせていただきます」

「ああ、いつでもどうぞ」

 そんなマスターとイチジョウのやり取りをみたワカバはこう思った。

(あれっ、何かスゴい丁寧。おっさんって意外と外面いいのかな)

「誰が外面いいって。それより行くぞ」

「行くってどこへ?ああ、それより私のコーヒー代出しますよ」

「今日はいい。それより練習だ。これから事務所に向かうぞ」

「あっ、それならご馳走様です。事務所って?」

「質問の多いやつだな。俺の事務所だよ。さあ、タクシーで移動すんぞ」

「そこでロープレの練習すんの?」

「いや、その前だ」

「前?一体どこで?」

「タクシーだよ」

「タクシー?」

「さっきから言ってるだろ。これからは日常をトレーニング化していくんだ。これから乗車する運転手さんの話を聴いてみろ」

「えええっ!だって初めて会う人だよ」

「試験も同じ条件だろ」

「試験とは違うよ」

「何が?【相手の話を聴くこと】は共通しているじゃねえか」

「そうだけど・・・自信ない」

「一度やってみろ。何かあったら俺がサポートするから」

「ええ、でも・・・」

 どこか煮え切らないワカバをよそにイチジョウは手を上げ、一台のタクシーが止まった。

「さあ、乗れ」

 押されるように後部座席に乗ったワカバとイチジョウに運転手は声をかけた。

「どこまで行きますかい?」

 見た感じはとても気さくそうな雰囲気を醸し出している年配のドライバーだ。

「森下駅の交差点のところまでお願いします」

「はい、かしこまりました!」

 年配のドライバーは元気いっぱい返答した。

「早速、やってみろ」

「心の準備が・・・」

「いいか、これも親方の日常だ。普段から【聴くモード】のスイッチを入れる準備をしておくんだ」

「はいはい、分かりましたよー」

 ようやく腹をくくったワカバは、年配のドライバーへ話しかけた。

「あのー、運転手さん、今何か悩みありますか?」

「えっ、お客さん急になんですのん」

「うおぃ!何やってんだ。さっき【全開モード】はダメだって言ったろ」

「えっ、だって質問思いつかなくて・・・」

「しょうがない。とりあえず聴いとけ」

 そういうとイチジョウはワカバの代わりに年配のドライバーへ話しかけた。

「運転手さん、うちの部下が急に変なこと言って申し訳ない」

「いやいや、何か勧誘されるんじゃないかと思ってビックリしましたけど、どうかお気になさらずに。ははは」

(部下って!勝手に・・・でもやっぱり怪しまれちゃったか)

 ワカバが反省している最中、イチジョウは言葉を続けた。

「それに近場なのに申し訳ない」

「いや、良んでさー。この時間はちょっとの距離でも乗ってくれれば有り難いもんですよ」

「そう言っていただけるとこちらも有り難いですよ」

「タクシーってのは夜間が稼ぎ時なんですけど、この時間はお客さんが少なくてねぇ。空(カラ)で走らせるよりはお客さんに乗ってもらったほうが有り難いんでさー」

「そうなんですね。でも夜間とこの時間でそんなに違うんですか?」

「違うねぇ。感覚的には3倍ぐらい違うと思うよ。最近はそこまでいかないけどね」

「そこまでいかない?」

「いやあ、不景気なのかな、ここ最近は夜のお客さんも減っちゃってね。結構苦労してますよ」

「苦労?」

「私、田舎から出てきたばかりでね。ただでさえタクシーなんて経験のない仕事だから、人一倍がんばらないといけなくて」

「頑張ってらっしゃるんですね」

「そうなんでさー。最初はどうせ運転するだけの簡単な仕事だろうなんて甘く考えてたから、後悔してまさー」

「後悔?」

「いやあ、上京する前にもっといろいろ考えて、仕事選べば良かったなーなんて・・・」

 イチジョウと年配のドライバーの何気ないやり取りにワカバはすっかり聞き入ってしまった。イチジョウは最初の軽いアイスブレイク程度の挨拶のあとは終始傾聴に徹している。これが【聴く】ことなんだとワカバは改めて気付かされた。そろそろ森下駅の交差点に着くが、年配のドライバーはずっと話し続けていた。

「・・・・私、地元では建設会社の社長だったんでさー。今ではこんなことになっちまってるけど、家族には感謝の気持ちでいっぱい・・・あっ、お客さん着きましたよ」

「たくさんお話しいただいてありがとうございます。ご家族にその思いが伝わるといいですね」

 イチジョウが精算を終えると年配のドライバーは少し照れくさそうに微笑んだ。それを見ていたワカバも何だかほっこりした気持ちになった。

「なんだよ」

「いや、別に」(少しは見直したかな)そう思うワカバだったが、到着したビルを見て、尻込みしていた。


相談者よりたくさん話してしまうキャリコン

 イチジョウとワカバは駅のすぐ近くにあるビルの前に立っていた。古びた感じで少し薄暗いエレベーターもない旧式のマンションのようだ。昭和レトロといえば聞こえはいいが、女性が一人で来るには躊躇してしまうかもしれない。

「ここだ。奥の階段から上がるぞ」

「えー、ちょっと怖いなー。なんか探偵事務所ありそう」

「いいから早く来い」

 急いで階段を駆け上がると3階にあるイチジョウの事務所に着いた。

「とりあえず入れ」

(おっ、中は結構キレイだなー。ちょっと意外)

 扉を開けると奥にホワイトボードがあり、試験会場と同じように机と椅子が向かい合わせに設置されていた。

「なんか、試験の時、思い出すなー」

「そうだろう。練習の時から試験慣れしてもらう目的で同等の環境にしてある

「へえー、いつも仲間内でやってる勉強だと大勢いてザワザワした中で雑然とした感じだったから、これなら集中できそう」

「そうか。今はほとんど使ってないがな」

「それはもったいないなー。でも初めての人は来づらいかもね」

「もともと事務所ありきで勉強会の会場としても使ってたんだ。まあ、優先順位を元に戻しただけさ」

「そうかー。外観は怖かったけど、中は結構気に入ったよ」

「仕事ではほとんど外出してて、ここは普段使っていないから今日は特別だ」

「じゃあ一応、お礼いっとくかな。ありがとー。んで、これから何すんの?」

「(こいつは・・・)ロープレを一度見ておこうと思ってな」

「ロープレ?!」

「さすがにカフェじゃ難しいと思ったから、わざわざ移動してやったんだよ」

「気を使ってくれたんだ。いいとこあるじゃん。【わざわざ】はいらないけどね」

「(こいつは・・・・)まあ、慣れてきたらカフェだろうが、ファミレスだろうが、居酒屋だろうがどこでもやるがな」

「でもなー、ロープレか。まだ心の準備が・・・」

「きっとそういうと思ったから、まずフルの15分じゃなくてショートバージョンの5分でやってみよう

「5分か・・・それなら何とかできるかも」

「そうか。じゃあ時間を測るから早速やってみるか」

「ああ、緊張してきたな・・・」

「緊張してるのか。あまり考えずいつも通りやってくれ」

「考えずに・・・いつも通り・・・どうしよう」

「まあ、そう言っても考えちまうだろうから、考えてもいいぞ」

「ええと、考えてもいいのか・・・どうしよう」

「あっ、悪ぃ悪ぃ、ちょっといろいろ言い過ぎたな」

「うん、ロープレ久しぶりだし。今までもあんまり上手くいったことないから・・・」

「そうか、上手くいったことないと思ってるのか・・・ムリはしなくていいぞ。今日はやめとくか?」

「いや、せっかくの機会だからやるよ!こんな良い環境でロープレできることもないだろうし、5分なら何とかなるかもしれない」

そんなに気負わなくてもいいから、まずは気軽にやってみろ。まあ、ダメだと思ったら途中で止めてもいいからよ

「そうだね、とりあえずやってみよう。それにムリだと思ったら止めていいなら安心だよ」

「あと相談者役の【話す分量】は応答しやすいレベル7~8にしといてやるよ」

「よし!気合い入ってきた。相談者カモン!」

「(こいつは・・・)でもいい感じだな。相談者の名前は【イチジョウ】でいい。相談者の情報は俺がアドリブで進める。では始めるぞ」

「はい、お願いします!」

 そういうとイチジョウはストップウォッチを押下した。これから5分間のロープレが始まる。そしてワカバが応答した。

「イチジョウさん、本日はどのようなご相談でしょうか?」

・・・5分経過・・・

ピピピピピピピピピピピピピピピピー。ロープレが終了しタイマーが鳴った。

「まずはお疲れさん。やってみてどうだった?」

「うーん、いつも通りできたかな。時間が5分だったから質問に困るようなこともなかったしね」

「そうか。いつも通りだったんだな」

「うん、相談者も結構しゃべってくれたからいつもより良かったかもしれない」

「そうか。いつもより良かったんだな。ということはいつもはもっと・・・」

「そうだね。ダメだね」

「そうか・・・かなり重症だな」

「じゅ、重症?」

「自分で気づいていないってことだろ」

「気づいてない?」

「親方、相当ぎこちないぞ」

「ぎこちない?」

「不自然ってことだ」

「不自然?」

「まあ、勉強会の中じゃあ、何となく成立してたんだろうが、実務では厳しいレベルだな」

「き、厳しいってどういうこと?!」

「ちょっと考えてみてくれ。【悩みを抱えて誰かに話を聴いて欲しくて、やっとの思いでここまできた相談者】でも目の前のキャリコンはまるで機械的のような応答しかしない」

「・・・なんか悲しくなるね。ボーカロイド相手に話してるみたい」

「そうだよな。そんなキャリコンに絶対本音を話すわけがない。ロボットセラピーのように最初から機械だと分かっていれば別だが、人間だと思っていたら心のないロボットだった、これはないだろ」

「でも勉強会のみんなもこんな感じだよ」

「だからキャリコンがいつまでたっても世の中に認められない。これは試験対策としての勉強会の弊害なんだが、この話は今度じっくりしよう。まずは目の前の課題いや、問題について一緒に考えるか」

「どこがいけなかったの?」

「そうだな、どれからいくかな」

「そんなたくさんあるの・・・」

「最初に言っとくが、これから話すことは親方自身が悪いわけではないという前提で聞いてくれ」

「私は悪くない?」

「そうだ。おそらく今まで関わってきたヤツラの教え方に問題があったんだろう。もちろん親方の認識力にもよるけどな」

「認識力って・・・言い方っ」

「まずひとつめ。何でそんなに話す分量が多いんだ?」

「えっ、まさか私の?」

「そうだ。やはり気づいてないのか。教わらなかったか養成講座で」

そういうとイチジョウは立ち上がり、ホワイトボードに図を書き始めた。

画像8

「これは相談者(CL)とキャリコン(CC)のお互いの発話量を示している」

「そういえば養成講座の先生も言ってたかも」

「思い出したか。キャリコンと相談者の発話量は足して10。理想はキャリコンが2~3で相談者が7~8だ」

「せっかく来てくれた相談者には、たくさん話して欲しいよね」

「この発話量は【トレードオフ】の関係だ」

「トレードオフ?」

「そうだ。面談では原則、どちらかが話している時は聞く(聴く)側にまわる。つまりどちらか一方が話している時は、相手は黙っているしかない。それがトレードオフだ」

「そうか。私が質問してるときは相手はずっと聞いてるもんね」

「質問だけじゃない。さっき親方がロープレの時に【伝え返し】をしているときも相談者の俺はずっと黙ってたろ」

「そういえば・・・」

「ここが最初の問題なんだ。親方は俺が話したことにほぼ全部そのまま伝え返しをしていた」

「でも伝え返しは大事だって」

「誰が?」

「養成講座の先生も、勉強会でもみんな言ってる」

「みんな?」

「受験生も資格とった人も」

「だから必ずやるってか」

「そうしないと合格できないって・・・」

「前にも言ったが、親方は何のためにこの資格を取ろうとしてるんだ」

「・・・それは・・・今度ちゃんと話すよ」

「そうか、試験に合格することが目的になってるんじゃねえかと思って質問したが、まあいいだろ。その話は今度聞くとして、話を戻すが【伝え返し】も手段のひとつに過ぎないって理解しろよ」

「手段のひとつ?」

「そうだ。キャリアコンサルティング技法のひとつってことだ」

「でもやらないと減点されるんじゃないの?」

「では聞こう。そもそも【伝え返し】って誰のためにやるんだ?」

「えっ、それは当然相談者のために・・・」

「でも親方が今気にしてるのは【試験がどうの、評価がどうの、みんなが言ってるから】って全部自分のことじゃねえのか」

「いや、そんなことは・・・」

「ないってか。【伝え返し】の本来の役割は、相談者に対して【しっかりお話し聴かせていただいてますが、私の認識に齟齬はありませんか?】ってお互いの認識にズレがないか、すり合わせることだろ」

「それはそうだけど・・・」

「それを来談目的から最後まで一語一句【伝え返し】されてみろ」

「すり合わせるどころか【それ今自分が言ったことだから分かりますよ。何度もしつこいですね】ってなる・・・」

「残念ながら今の親方はそうなっている。さっきのロープレの発話量の比率はおそらくキャリコン6~7で相談者が3~4で理想とは真逆だ」

「私の方が多いね。じゃあ、どうしたら・・・」

「分かるだろ。単純な話だ」

「・・・相談者の発話量を増やせばいいのよね。でも足して10だから・・・そうかキャリコンが一言もしゃべらなきゃいい!」

「うおぃ!極端だな。さすがに10対0は無理だ。でも考え方はいいぞ」

「そうか・・・まずは必要のない【伝え返し】やめてみようかな」

「すぐには出来ないかもしれないが、これでひとつ課題を克服できそうだな。本当は必要かどうかの判断が難しいんだが、それはおいおいやっていこう。では次の課題、いや問題にいくか」

そういうとイチジョウは再びホワイトボードにペンを走らせた。


着ている鎧を脱ぐ

イチジョウは次の言葉をホワイトボードに書き記した。

【要約】【いいかえ】【感情の反映】

「さっき話した相手の言葉をただ繰り返すだけの【オウム返し】的な【伝え返し】もそうだが、ロープレでよく用いられると言われているこの3つについても考えてみよう」

「【オウム返し】は余計だね」

「ではそれぞれの意味を改めて確認しとくか。まず【要約】は?」

「相手の話をまとめるってことでしょ」

「まあ、あながち間違いではないが。次【いいかえ】」

「それは相手の言葉をいいかえるってことでしょ」

「これもまあ、そのままんだが、そんな感じだ。では最後【感情の反映】」

「相手の感情を言い当てるってことでしょ」

「まあ、これも表面的だけど・・・一応、全部おさらいしとこう」

【要  約】話のエッセンス(本質的要素)を確認すること       【いいかえ】相手の用いた言葉を別の表現に置き換えること      【感情の反映】話し手が「今ここ」で感じている気持ちに焦点を当てていく技法     (出所:福原眞知子監修「マイクロカウンセリング技法」)

「そういえば学校で習ったなー」

「親方は、【伝え返し】も同様だが、言葉の意味や定義を雰囲気で捉えてるだろ」

「うわっ、何か嫌な言い方。そら学科合格してしばらく経ってるから忘れてることもあるけど・・・・」

「別に言葉の意味を正確に覚えろと言ってるわけじゃない。技能として身についていればいい。でもさっき話したように親方のロープレはどこか不自然なんだ」

「不自然って言われてもね。私は言われたことをただやってるだけで・・・」

「だからロボットみたいなんだよ。能動的に相手と向き合っていない。受動的に相手の言動に対してただ反応しているだけなんだ」

「人をペッパーくんみたいに・・・」

「ペッパーくんの方がまだ聴いてくれるかもな」

「そんなことない!」

「じゃあ、さっきのロープレを振り返ってみようか。親方が【今お話になったのは〇〇と△△ってことですね】と【要約】した後、俺なんて言った」

「・・・【まあ、それもありますけどね・・・】だったかなー」

「ではその次に親方が言った【それって会社を辞めるってことですか?】と【いいかえ】た後は?」

「・・・【別に会社を辞めようとは思ってないですね・・・】って言われた気が・・・」

「最後に親方が【それはお辛いですよね】と言った【感情の反映】の後は?」

「・・・【辛くはないんですけど・・・】って全部当たってなーい」

「そうなんだよ。残念ながら」

「振り返ってみると本当に残念だ・・・」

「どうしてそうなるか分かるか?」

「うーん、いつもこんな感じだから正直分からない・・・」

「そうか分からんか。大事だから何度も言おう。【伝え返し】も同じだが、今回あげた3つの技法も一体誰のためにやってるんだ?」

「・・・相談者だよ」

「だよな。でもそうは見えない。どうしてだが分かるか」

「力不足だからでしょ。前も講師に言われたもん」

「違う。そんな表面的なことじゃない。もっと本質的なことだ」

「何よ本質的って」

「これらの技法に限らないが、本来はキャリコンが相談者にとって効果的だと判断した場面で使うのが鉄則だ」

「まあ、そうかもしれないけど・・・」

「でも親方は、まず【使うこと有りき】で技法を使用している」

「だってそれじゃあ・・・」

「合格できないってか。結局、相談者のためではなく、自分のためにロープレしてるんだ」

「でもロープレなんて所詮練習じゃん」

「練習で出来ないことを本番でできるはずがない」

「正論だよ、そんなの」

「正論というより現実だな。ここでいう本番は試験のことでもあるが、キャリコンの現場のことでもある」

「何よ、偉そうに。キャリコンでもないくせに」

「だからそれは・・・まあ、今はいい。とにかくこれはそういうもんだと理解してもらうしかない」

「分かってるよ。私だってうまくいってないのは自覚してるから」

「最初にも言ったが、親方が決して悪いわけではない。勉強会でやたら推奨されている【経験〇〇】も含め、そもそも受験案内の受験概要に一言も書いてないことを強制すること自体、おかしいと思わないか」

「たまに、そこまで言うけど根拠あるのかなーって思うことはある」

「そうだろ。だからまず親方がやらないといけないのは、今背負っている重たい鎧を脱ぐことだな」

「鎧?」

「あれもこれもやらないと合格できない。逆にこれはやってはいけないって言われてきた根拠のない方法論すべてだよ」

「それって何も考えずにやるってこと?」

「いや、考えろ。目の前にいる相談者のことだけをな」

「出来るかな、自信ない」

「自信ないか、まあ難しいことではあるからな。でもこういう風に考えろ」

そういうとイチジョウは再びホワイトボードにペンを走らせた。​​


ロープレに正解はない?!~パラレルワールド

 イチジョウはホワイトボードに書いた図をワカバに見せた。

画像9

「何このクラゲみたいなやつは?」

「クラゲか・・・見えなくもない。が、これはロープレ時の話の展開を示している図だ」

「展開?」

「【◯】がキャリコンの応答(質問)を示し、【線】がその応答を受けた相談者の反応(回答)を表している

「どういうこと?」

「例えば最初に来談目的の確認にあたる【本日はどのようなご相談でしょうか?】と応答したとする」

「まあ、試験でも一般的な質問だね」

「だが、その質問に対して相談者がどのように応答するかは分からないだろ」

「そりゃあ、転職したいって言うかもしれないし、人間関係に問題ありって言うかもしれないしね」

「そうなんだ。この図では簡略化するために◯を3つにしているが、実際は相談者によってほぼ無限にあると考えていい」

「確かにね。試験ではある程度設定や展開が決まっているだろうけど、実務だとそうなるね」

「おう、分かってきたじゃないか。今から常に実務視点で考えるクセをつけておいた方がいい

「あざーす」

「なめてるだろ。まあ、いい。それより本題に戻すぞ。つまりロープレに限らず、実務の面談でもキャリコンの応答とそれ対する相談者の応答によって、様々な展開が発生するだろ」

「うん、そうなるね」

「それなら面談の冒頭部分に過ぎない15分で正解も不正解もないと思わないか?」

「うーん、考えてみればそのあと相談者との距離がグッと縮まって、話が急展開することもあるだろうね」

「そうなんだ。15分時点の定点的な評価で本来は正しいも間違っているもない。これを見てくれ」

画像10

「このように、たまたま相談者と相性が良くて最短距離で展開される場合もあれば」

画像11

「随分、迂回して話はあまり展開されなかったが、そのあとの時間で相談者の内省が深まり、結果的にとても有益な面談になる場合もある」

「そっか、そもそも試験は15分でクロージングする面談じゃないしね」

相談者のタイプによっても話があまり展開されない場合もある。それをキャリコンの都合で無理やり最短距離で展開するなんて、相談者にとっては不利益でしかない

「じゃあ、今までロープレ終わった後に【あれはダメ!これも間違い!】って怒られてたフィードバックは何だったんだろう・・・」

「根拠はないのさ。大体、ペーパードライバーと同じような資格保持者が多過ぎる」

「ペーパードライバーって運転免許取った後、車に乗ってない人?」

「そうだ。考えてみろ。たとえば自分が車を運転している隣で免許取ってから一度も運転していないヤツから【違う違う、そうじゃない。何で何度も間違うんだ。下手くそ!】ってドライビングテクニックにダメ出しされたら」

「ハラたつなー。じゃあ、運転変わってよ!ってなる」

「でも絶対に変わることはない。ヤツラは決してハンドルを握らない。自分は安全な場所でただ好き放題いってるだけだ

「確かにやたら怒ってくる人に限って、ロープレやってるとこ見たことない・・・」

「キャリコンの資格取ってから実務もやってないヤツが上から目線で偉そうにダメ出ししてるんだ」

「でもそういう人、割といるね・・・残念だけど」

「実務経験のないことが悪いわけじゃない。人それぞれ事情はあるからな。でも経験がないなら少しは謙虚になるべきだ。時と場合によっては受験生から学ぶこともあるはずだからな」

「そう言われると指導側に回っちゃってる人って、何か成長止まってる感じがするね・・・」

キャリコンになったのなら、少しでもいいから相手に対する配慮と敬意を示し、これから資格を取ろうとする受験生のお手本にならないとな

「そうだね。そうしないと誰もこんな資格取ろうなんて思わなくなるよ」

「おう、分かってきたじゃねえか。どこかから怒られた時は道連れだな、ははは」

(それだけは絶対に嫌!)

「ちょっと話が逸れちまったが【ロープレに正解も不正解もない】これが結論だ。つまりパラレルワールドってことだな」

「パラレルワールド?」

ひとつの質問がいろんな世界を形づくる。どれが良いとか悪いではなく、それぞれ並行した世界があるってことだ」

「へぇー、そうなんだ。ロープレはパラレルワールドってことね・・・」

「そう考えれば正解も不正解もないし、ある意味成功も失敗もない。だからあまり自分を責めずにもっと自然体でやってみろ」

「・・・うん、とりあえず頑張ってみるよ」

 とワカバは言ったが、【ロープレ=パラレルワールド】のたとえが今ひとつピンときていないことに気がついていない残念なイチジョウであった。 


相談者に何を聞いたらよいのやら~焦点の当て方

「あのさー、ロープレに正解はないってのは分かったんだけど、結局どんな質問したらいいのか分からないんだよね」

「なるほど・・・焦点の当て方が分からないんだな」

「うん、それなのかな」

「そもそもどんな質問するかの前にどこを聞いたらよいのか分からないって感じだろ」

「どこか・・・そうだね、聞くことはたくさんありそうだし」

「ありそうか・・・【ある】とは言い切らないんだな」

「まあ、断言できるほど自信ないからね!」

「って自信もって言われてもな。だから面談の全体像もつかめないんだろ」

「全体像?いつも目の前のことで精一杯だよ」

「ではこれもおさらいしとくか」

そういうとイチジョウはお得意のホワイトボードに図を書いてみせた。

画像12

「相談者にとっての焦点ってこういう風にたくさんあるものだろ」

「たとえば?」

仕事のことだったり、家庭のことだったり、人間関係のことだったり、お金のことだったり、健康のことだったり、当てるべく焦点はいくつもあるはずだ」

「そう言われてみれば確かにいっぱいあるなー」

「面談冒頭からたくさん出てくることもあれば、少しずつ出してくる相談者もいる。それはさっきも言ったが、決してキャリコンの力量だけでなく、相談者のタイプによっても違う」

「そう言ってくれるとちょっと助かるよ」

「それで相談者にまんべんなく焦点を当てていくとこうなることがあるだろ」

画像13

「当てた焦点同士が実は繋がっていた。これとこれはそういう関係性だったんだと」

「ああ、そうか。最初は仕事辞めたいって言ってても実は人間関係に問題があったり」

「とても疲れているんですよ、なんて言ってたけど実は家族とコミュニケーションが取れてなくて一人で全部抱えていたり・・・つまり当てた焦点が実は繋がっていたということが分かってくる」

「ロープレがうまく行った時はそんな感じだなー」

「そうすると線と線がどんどん繋がっていって、やがてこうなる」

画像14

「あっ、面になった!」

「そうなんだ。最初はひとつの点に過ぎなかった焦点が繋がって線になり、やがて面になる。そうすると全体像がみえてくる。相談者がこの面談で本当に話したかったことが浮かび上がってくるわけだ」

「これなら相談者と同じ景色が見られるね」

「そうなんだ。でもさすがに15分の面談でここまで共有できることはまずない」

「確かになー。そう考えると15分ってやっぱり短いんだね」

「そうだ分かってくれればいい。これは面談の終盤でクロージングする時の材料になる。では試験ではどうすればいいと思う?」

「急に来たね。うん、そうだなー。15分でクロージングなんてまず無理だし・・・せめて本当はこうしたかったんです!って言えるチャンスがあればなー、ないかなー、そんな言い訳できる機会・・・って口頭試問があるじゃん!」

「えらい遠回りしたが、正解だ。口頭試問で言えばいい。試験官から【この後の展開】を聞かれた時に【今回は相談者の状況を鑑みて、あえて無理して聴きませんでしたが、この後の時間では・・・】みたいに答えられたらベストだな」

「そんなうまく言えるかな。でもスラッと言えたらカッコいいなー」

「カッコいいか悪いかというより、これはキャリコンのポリシーにあたる部分だな。でもこういう風に考えたら、仮に相談者の気持ちだけを聴いて15分が終了したとしても【相談者のことを第一に考え、相手の気持ちを最優先する】というポリシーに基づいてやりましたって言えるだろ」

「そこまで言えたら合格してるだろうけどね・・・」

「そうかもしれないな。だから親方は・・・いや、何でもない」

「ああ、何か今ヒドイこと言おうとしましたねー。もうおっさんってホント性格悪い!」

「親方も大概だけどな。まあ、ここまでいろいろ話してきたけど、さすがに疲れたろ」

「もう頭がパンク状態でーす」

「一日で詰め込み過ぎたな。まだ序の口だけどよ」

「えー、まだあんの?」

「なんだその言い方。親方は人に教えを請う気持ちが皆無だな」

「少しぐらいはありますよー」

「まあ、いい。埒が明かないから、続きは次回にしよう」

「うん、そだねー。次はいつ?」

「明日だ」

「えー!またすぐー」

「冗談だよ。1週間後でどうだ?」

「おっさんも冗談いうんだね。うん、分かった。じゃあ1週間後に」

「それまでに今日俺に言われたことを振り返っておけよ」

「・・・はい」

「すぐ返事しろや。とにかくちゃんとやっとけよ」

「・・・・はい」

「うおぃ!すぐ返事っ!」

 ワカバは事務所を出るとショート寸前の頭のまま地下鉄に乗ることをすっかり忘れてしばらく歩き続けていた。そして帰巣本能だけで何とか自宅に着くと倒れ込み泥のようにその日は眠った。


口頭試問の対策はひとつだけ

あれから一週間・・・

ここはワカバが働いている職場。最近、異動したばかりのワカバは毎日忙しそうにバタバタしている。

「忙しいー忙しいー。定時で帰れるかな」

今日は仕事のあとイチジョウと会う約束をしている。何としても集合時間に間に合わせないとまたイチジョウに嫌味を言われてしまう。そう思ったワカバは全力で仕事に取り組んでいた。しかし、そこへ上司が声をかけた。

「ココノエ、ちょっといいか」

「は、はい、何でしょうか?」

ワカバは何となく嫌な予感はしたものの、一旦作業の手を止めた。

「今日、夕方に就活生の面接が入っているんだが、担当者のひとりが体調不良で休んでしまったらしい」

「は、はい」

「それでココノエに声がかかったんだが、お願いできるか?」

「は、はい?私ですか?!面接なんてやったことないですよ」

「メインの担当者がいるから大丈夫だ。ココノエは座ってるだけでいい」

(それじゃあ、私じゃなくてもいいじゃん!)とは言えないワカバ。

「いずれはココノエも採用の仕事するかもしれないから、この機会に経験積んでおくといい」

(急だなー。そうか担当の人、フレックスで午後出勤の予定がダメになっちゃったのか)「・・・はい、分かりました」

「頼んだぞ。それとキャリコンの勉強会の話なんだが、次はいつ来られるんだ?」

「あっ、ええと、勉強会の話はまた今度改めて。今は夕方の面接の準備しないと・・・失礼します」

「おい、ココノエ・・・」

ワカバは上司の制止を振り切ってその場を離れた。

「ふー、危ない危ない。今、他の人に教えてもらってるなんて言ったら絶対怒られる」

 ワカバは1か月前に上司の誘いで勉強会に参加していた。ただ、その時のトラウマが払拭できず、現在に至っている。だから再三の上司からの声がけに今日まで何とかごまかして気まずくなっているのだ。

「サオトメさん悪い人じゃないんだけど、何考えてるか分かんないとこあるからなー。私の苦手なデータとか分析とかやたら好きだし・・・それより面接の準備しないと!」

 そしてワカバは採用担当のところへ確認に向かった。

「あのー、夕方の面接に立ち会うことになったココノエですけど・・・・」

「ああ、ココノエさん。急な話でゴメンなさいね。私の隣で話を聞いてくれるだけでいいから」

(そうか、それなら安心。彼女は私と違って、入社以来ずっと人事部にいるベテランの先輩だから今回は胸借りちゃおう)

 自分が未経験のことに対しては、余計なプライドを持たない主義のワカバであった。

「それじゃあ、16:00から面接だから5分前になったら第3会議室に来てくれる?」

「はい、分かりました。それなら何とか間に合いそうです(それまでに仕事を片付ければ何とかなるかー)」

「終わった後、予定あるの?」

「あっ、大丈夫です。仕事ではないんで」

「そう、ではお願いね」

 だが、ワカバの見積もりは甘かった・・・そして16:00まであと15分。

「ああ、もうこんな時間!全然仕事終わらなーい。どうしよう、どうしよう」

思考が停止してしまったワカバ。ボーッとしていたら15:54になっていた。急いで会議室へ向かう。会議室の前には3人の学生が椅子に座っていた。

「失礼しましたー!」

勢いよく入場すると先輩が優しく微笑んだ。

「ギリギリセーフね」

「はい、ギリギリでした!」

 社会人のお手本になるとは思えないバタバタのワカバをこれから面接する学生にしっかり見られていたことは、あえて口にしない先輩は大人だった。そして扉がノックされた。

「どうぞお入りください」

「はい、失礼します!〇〇大学の〇〇です!」

「それではご着席ください。これから面接を始めます」

 (さすが先輩、落ち着いて対応しているなー)

「まずは弊社を志望した動機をお答えください」

「はい!私は、御社の企業理念に共感し、この業界の将来性に対して・・・・」

(うん、うん、何か懐かしいー。私の就活時代もこんな感じだったなー)

「はい、ありがとうございます。それでは自己PRをお願いいたします」

「はい!私は学生時代に〇〇部で副部長を努め、そこで培った企画力と統率力を活かし・・・」

(うん、うん、確かこの時期になると急に副部長が増えるんだよね。ありがちー)

 先輩はそのあともいくつか質問をして最後に私へ声をかけた。

「それではココノエさんから何か質問あるかしら?」

(何も考えてなかったー)「いえ、私からは大丈夫です」

「はい。それでは面接は終了です。お疲れさまでした」

(ふー、この調子ならあと二人いても何とか間に合いそう。それに思ったより楽で良かったなー)

「それでは次の方どうぞ」

「はい、失礼します!△△大学の△△です!」

「それではご着席ください。これから面接を始めます」

 (もう完全に先輩に任せちゃって大丈夫だなー)

「まずは弊社を志望した動機をお答えください」

「はい!私は、御社の企業理念に共感し、この業界の将来性に対して・・・・」

(うん、うん、何か懐かしいー。私の就活時代もこんな感じだったなーってあれ?)

「はい、ありがとうございます。それでは自己PRをお願いいたします」

「はい!私は学生時代に△△部で副部長を努め、そこで培った企画力と統率力を活かし・・・」

(うん、うん、確かこの時期になると急に副部長が・・・ってこれデジャブ?)

 それからは最初の学生とほぼ同じようなやり取りが続いていた。

「それでは最後にココノエさんから何か質問あるかしら?」

「いえ、特にありません・・・」

「はい。それでは面接は終了です。お疲れさまでした」

(あれあれ、私の記憶違いかな?何か混乱してきたぞ。ちょっと嫌な予感が・・・)

「それでは次の方どうぞ」

「はい、失礼します!◇◇大学の◇◇です!」

「それではご着席ください。これから面接を始めます」

 (まさかなー。いや、そんなはずはないよねー)

「まずは弊社を志望した動機をお答えください」

「はい!私は、御社の企業理念に共感し、この業界の将来性に対して・・・・」

(うわー!嫌な予感的中!全員揃いも揃って同じじゃん)

「はい、ありがとうございます。それでは自己PRをお願いいたします」

「はい!私は学生時代に◇◇部で副部長を努め、そこで培った企画力と統率力を活かし・・・」

(もう日本に何人、副部長いるのよ!・・・ていうかこのフレーズ流行ってるの?怖いわ、このコピペのようなやり取り)

「それでは最後にココノエさんから何か質問あるかしら?」

「いえ、特に・・・いや、ひとついいですか?」

「何かしら?」

「これまで話したことって本気で思ってます?」

 あまりに直球の質問に学生は、まるで絵に描いたような鳩が豆鉄砲を食った表情で呆然としていた。

(へえ、初めて見たけど、豆鉄砲食らうとあんな顔になるんだ)

冷静に学生の表情を観察するワカバに先輩が声をかけた。

「ココノエさん、失礼でしょ。◇◇さん大丈夫ですよ。今の質問はなかったということで。それでは面接は終了です。お疲れさまでした」

学生はトボトボと会議室を出た。さすがの先輩もワカバの突然の質問には動揺を隠せないでいた

「もう!ココノエさん、なんて質問するの・・・わはははは」

先輩はワカバを怒鳴りつけるかと思いきや、笑い始めた。

「あ、すいません。そう思っちゃったんで」

「私だって分かってるのよ。あんな表面的な回答じゃ採用は難しいってね」

「やっぱりそうですよね。採用経験のない私でもさすがに分かりました」

「これはテンプレート化の弊害ね。どこぞの就活塾で教わったのか、ネットで見聞きしたのか、とにかく全然自分の言葉になってなかったものね」

「ということは今日の学生・・・」

「残念ながらみんな不採用ね。本音を深堀しなかった私も悪いんだけど、あそこまで徹底されちゃうと採用しても現場で臨機応変な対応できないもんね、きっと」

「そうですね。最初は座ってるだけで簡単な仕事かと思って引き受けましたが、目が覚めました」

「言ってくれるじゃない。そうなのよ、結構奥深い仕事でしょ。だから楽しいし、充実もしてるのよ」

「なんか先輩カッコいいですね」

「もう!おだてても何も出ないわよ。今度ゆっくり採用について話しましょう。それよりココノエさん、このあと予定あるんじゃなかったの?」

「ああー!そうでした!すみません、失礼します!」

そういうとワカバはまたバタバタと騒がしく部屋を出て、職場へ戻った。

「・・・それにしてもあの子、よくうちの会社受かったわね」

人事部のベテランも見落とした逸材?だったのかもしれない・・・。

「ああ!仕事が終わらない。でも行かなきゃ。時間がない。どうしようどうしよう」

 慌てているワカバに上司のサオトメが声をかけた。

「ココノエ、面接どうだった?」

「ああ、サオトメさん、今ちょっと手が離せなくて・・・・いえ、とっても勉強になりました。貴重な機会をありがとうございます」

「そうか、それは良かった。それで勉強会の件なんだが今度はいつ・・・」

「今日は失礼します!」

「おい、ココノエ・・・・」

またしても声をかけた上司を振り切って、無理やり会社を出たワカバであった。

「ふー、これで何とか間に合いそう。今度は10分前行動!とか嫌味いわれないように急ぐとするかー」

 ワカバは移動中、今日の面接のことを振り返っていた。

(でも、みんなどうして気が付かないのかなー。すごい不自然だったし、会社とか面接官の意図を全然汲み取ってなかったもんなー。うーん、あっ!それより前回おっさんから言われたこと思い出さなきゃ)

 ワカバは現地に着く直前まで前回のイチジョウとのやり取りを振り返っていた。そして、ワカバがイチジョウの事務所があるビルの前に立つ。

「前は昼間だったけど、夜になると段違いに怖いなー」

ワカバはイチジョウの事務所のあるビルの前でそう思い、階段を急いで駆け上がった。3階に着いてインターホンを鳴らすとイチジョウが出迎えた。

「今日はちゃんと10分前行動だな」

(やっぱり言った!危ない危ない)

「・・・いいから、入れよ。早速、ロープレするぞ」

「はーい」

「始める前に確認しておこう。前回のこと振り返ってみてどうだった?」

「えーっと、さっき来る前にチャチャッっと・・・」

「チャチャッっと?それって振り返ってないってことだろ」

「いや、ちゃんと振り返ってみたよ。ほら、このノート見て」

ワカバなりに前回言われたことをノートにまとめていた。あの日、イチジョウに言われた試験制度のことや面談の進め方、相談者の話すレベルや分量のトレードオフ、焦点の当て方、日常をトレーニング化すること等、自分が理解できるよう簡潔に書き記してある。

「ほお、やれば出来るじゃないか」

「まあねー」

「すぐ調子に乗るけどな」

「それは余計」

「それでどうよ?」

「どうよ?うーん、頭では理解できたんだけど、実際できるかなーって不安もある」

「そうか不安なのか。でも今は無理しなくていい。時間が経てば必ず出来るようになる」

「そんなもんかなー。やっぱ今は自信ないけどね」

「自信は後からついてくる。大丈夫だ。俺を信用しろ」

(・・・確かおじいちゃんから【自分のことを信用しろという人間を信用するな】って言われたなー)

「おい、人を詐欺師みたいに言うな」

「あっ、しまった。バレてたか。いや、おっさんのことはある意味信用しているから安心していいよ」

「ある意味って・・・ずいぶん上から目線だしな。まあ、いい。今日はロープレ15分やってみようと思うが、どうだ?」

「え、うん、そうだね。うまくいくかは分からないけど、とりあえずやってみようかなー」

「試験までまだ時間はたっぷりある。今うまくいかなくても焦らずやってこう」

「そうだね。でも試験まで3か月って長いようで短いなー。とにかく頑張るか!」

「その意気だ。それに今回は口頭試問がメインだから、ロープレのことはあまり気にしなくていい」

「そうなの。じゃあ、少し気が楽だー」

「前回の最後で口頭試問にふれて、そのままだったからな。今日はロープレ終わったら、口頭試問を始めるぞ」

「うわあ、何か緊張してきたなー。ちゃんと出来るかなー」

「ロープレ始める前にひとつだけ確認しとこう」

「えっ、何?」

「今回のロープレで気をつけたいことがあればひとつ挙げてくれ」

「気をつけたい?課題ってこと?」

「そうだな。課題でも、今ちょっと気になってることでもいい」

「ひとつかー。逆に難しいね。気になることたくさんあるからなー」

「確かにたくさんあるだろうが、今は焦らずひとつずつ課題に向き合っていく」

「そうか。どうせ全部は出来ないだろうしなー。でもひとつか。何にしようかなー」

「何でもいいんだ。たとえば今一番気になってることは何だ?」

「そうだなー。15分間、最後までロープレできるかなってことかな」

「ではまず最後までロープレすることを今回の課題にしよう」

「えっ、そんなんでいいの?ハードル低すぎるんじゃ?」

「でも今一番気になってるんだろ」

「それはそうだけど・・・」

「だったらいいじゃねえか」

「だって、前回いろいろ教えてくれたじゃん。それじゃなくてもいいの?」

「いいんだよ。俺が何を教えたかは関係ない。今は親方の気持ちが最優先だ。それに課題はあくまで課題だから、途中で苦しくなったら辞めてもいいからな」

 ワカバは少し驚いていた。今までの勉強会でこんなに受験生のことを配慮してくれる講師や資格保持者がいなかったからだ。イチジョウは口は悪いし、対応も雑だが、自分のことを考えてくれていることだけは伝わってきていた。

「そこまで言われたら、もうやるしかないね。出来る限り最後まで頑張ってみるよ」

「おう、では準備はいいか。今日も前回と同じように名前はイチジョウであとは俺がアドリブで進めていくからな」

「はい、分かりました!」

そうしてワカバのロープレが始まった。

・・・15分が経過・・・

ピピピピピーーーー。ロープレ終了を知らせるタイマーが鳴った。するとイチジョウは向かいの机にそそくさと移動し、相談者役から試験官役に切り替えた。

「はい、そこまでです。それではこれから口頭試問を始めま・・・」

「は、はい!」

「・・・す。質問は全部で3つです。制限時間は5分となります。もし回答の途中に時間が経過した場合は、その時点で終了となりますので、ご注意ください。それでは最初の質問です。今回の面談で良かった点と悪かった点をあげてくださ・・・」

「はい!良かった点は、傾聴をしっかり心がけることで相談者と信頼関係が構築できたところです。出来なかった点は、面談の途中で堂々巡りになってしまい、相談者に対して的確な質問ができなかったこと。以上です」

「(・・・)はい、それでは次の質問です。今回の相談者の問題とキャリアコンサルタントが考えた問題、それぞれをお答えく・・・」

「はい!今回の相談者の問題は3つあります。1つ目は自己理解不足です。そして2つ目は仕事理解不足、最後はコミュニケーション不足の3つです。キャリアコンサルタントとしては、相談者がそのいずれに対しても具体的な行動を起こしていないと考えます。以上です」

「(・・・・?)それでは最後の質問になります。この後、面談をどのように展開していくか具体的にお答え・・・」

「はい!15分、傾聴を丁寧に行ったことで相談者と信頼関係が構築されていると思われます。この後の面談では相談者が抱えている3つの問題を解消するためにそれぞれに対して、具体的な方策を実施したいと考えております。まず自己理解不足については、ジョブカードを活用しご自身の棚卸しの支援をします。つづいて仕事理解不足については、現在の役職に対する役割や社内制度の再確認を行っていただきます。最後のコミュニケーション不足については・・・(えーっと何だっけ。そうだ!)まずは自ら率先して声がけや挨拶をする等、主体的にコミュニケーションの醸成に努めていただきます。以上です」

「(・・・・・)はい、以上で口頭試問は終了です。お疲れさ・・・」

「は、はい!ありがとうございます!」

 これでワカバのロープレと口頭試問が終了した。そしてイチジョウが声をかけた。

「はい、まずはお疲れさん」

「ふー、疲れたー」

「終わってみてどうだ?」

「いやあ、何ていうか口頭試問までフルでやったの久しぶりだったし、今日は仕事ぶっちぎって帰ってきたから、うまくやれる自信全然なかったけど、とりあえず最後まで出来てホッとしてるよ」

「珍しく饒舌だな。では最初に言ってた課題の15分やり切るってのは?」

「うん、まあ何とかクリア。今考えてみたら結構高いハードルだったかもしれない。ホント良かった」

「そうか良かったか。自分で設定していた高いハードルを乗り越えられたってことを覚えておけよ。それが今後の自信に繋がっていくからな」

「おう、そうだね。ありがとー、たまには良いこと言うじゃん。一歩ずつ着実にいくよ。それにまだ時間はあるからね」

「そうだな、ひとこと余計だが。とにかく今は焦らず親方のペースで進めていく。では忘れないうちに今終わったばかりの口頭試問の振り返りを始めようか」

「あっ、そうだった。はい、お願いします」

「珍しく恭しいな」

「うやうやしい?」

「そこはいい。では率直に思ったことを伝えるぞ」

「は、はい!」

「親方、口頭試問で話したことって本気で思ってるのか?」

「えっ?!そりゃあ、思って・・・(あれっ、この質問どこかで聞いた気が・・・いや、言った気が・・・)あっ!」

「親方なんだかスゴい不自然だったし、嫌な言い方で悪いが、おそらく受験団体や試験官の意図も全然汲み取れてないんじゃねえかと思ってな」

(!!!・・・まさかこれって今日、会社の面接で私が学生に思ったこと、そのまんまじゃん!)

これからイチジョウの多弁なフィードバックが始まる。


「最初に2つ言っておく。ひとつは、今から話す内容はあくまでも俺自身の見解にすぎず、正しいかどうかを示すものではないこと。ふたつ目は、これから伝えることが親方にとって少々耳が痛い話になるかもしれないが、決して親方自身を否定するものでないということ、この2つだ」

「は、はあ。(これから何を言うつもりだろう・・・)」

「まあ、あまり堅苦しく考えなくていい。ではまず軽いジャブ程度」

(ドキドキするなー・・・・)

「親方、口頭試問の回答、事前に用意してるだろ」

「がーん!いきなりカウンターパンチ入れてきたよ。全然ジャブじゃないじゃん!」

「ということは、そうなんだな」

「いや、だって、口頭試問うまく答えられないって相談したら、こうやって答えればいいって教わって・・・」

「誰に?」

「勉強会でキャリコンの資格持ってる人に・・・」

「やっぱりか・・・」

「やっぱりって?」

「そんなことだろうと思ったよ。親方にしては、回答がこなれ過ぎてて、着慣れてないスーツを無理やり着せられてる感じだったからな」

「・・・悔しいけど、分かっちゃうんだね」

「シンプルに不自然だったからな」

「不自然かー。だって、この回答ならどんな相談者でも大体当てはまるし、試験官だって用意してること分からないって言ってたのになー」

「おい、試験官をなめるなよ」

「別になめてないけど・・・」

「キャリコンでもない俺程度の人間ですら用意してるって分かるのに、優秀な試験官の皆さんがそんなことに気づけない訳ないだろ」

「いや、何かどさくさに紛れてまた皮肉ってない?」

「いや、普通分かるだろ。もし親方だって人事で採用の経験でもあれば、絶対分かるはずだからな」

「・・・うん、まあそうだね。さほど経験ないですけど」

「それに相手が本音を言っているのか、その場を取り繕うために他人の言葉を借りているのか。相手の話に注意深く耳を傾ければ分かるはずだ。キャリコンでなくとも【聴く】力があれば」

「ああ、聴く力か・・・前にも教わったなー」

「あと、ついでに言っとくけど、親方俺の質問聞いてなかったろ」

「いやいやいや、聞いてる聞いてる。聞かないと答えられないじゃん」

「では確認しておこうか。最初の質問覚えてるか?」

「そりゃあ、良かった点と悪かった点でしょ」

「そうだよな。では親方は何て言ったか覚えてるか?」

「そりゃあ、一語一句覚えてますよ。間違わないようにしてるからね。良かった点は・・・・、悪かった点は・・・・、でしょ?」

「違う」

「えっ、そんなわけないよ。合ってるはず」

「そりゃあ、事前に用意してるからな。でも【悪かった点】のところ、【出来なかった点】って言い換えてたぞ」

「えっ、全然覚えてない・・・」

「おそらく無意識だったんだろう。最初の質問は【良かった点と悪かった点】と言われるパターンと試験官によって【出来た点と出来なかった点】と言われるパターンがあるからな」

「うん、前回の試験では後者だったよ」

「事前に答える内容は決めてあるけど、そこだけ一瞬どっちだっけって混乱したんだろう。もし、俺の質問に集中して耳を傾けていれば、おそらく間違うことはなかったはずだ」

「でもそんな細かいとこまで試験官みてないって」

「だから試験官なめるなって」

「いや、だからなめてはいないけど・・・」

面談はそういう細かいことの積み重ねが大事なんだよ。キャリコンは、相談者のデリケートな問題を取り扱う繊細な仕事なんだ。些細なことかもしれないが、相談者のことをどれだけ考えているか、その姿勢が問われる。それなのにそんな基本的なことを優秀な試験官の皆さんが見逃すはずないだろ」

(はい、またさりげなく皮肉りましたね。私はこの人と関係ないですからー)

イチジョウのフィードバックはまだ序章に過ぎなかった。


「あと・・・最初に言っとけば良かったな。少し長くなるぞ」

「えー、まだそんなにあるのー」

「これからいくつか気になったことをあげていく。決して良いとか悪いということではないから、サラッと聞いといてくれ」

「絶対サラッといかないでしょうけどね」

「その後にどうすればよいのか対策案を提示する」

「対策するってことは結局悪いってことじゃない」

「単に知らないだけってこともあるし、意識できてないだけかもしれない。とはいっても口頭試問の対策はひとつだけなんだが、その前にまず気になる点をあげていく」

「おお、こうなったらドンとこい!」

「さっき伝えたことと一部重複するが、親方俺の話聞いてなかっただろ」

「えっえっ、これデジャブかな。さっきも全く同じこと言われたんですけど」

「で?」

「でって。ちゃんと聞いてますよー」

「じゃあ、確認しよう。口頭試問に入ってから俺一度も質問最後まで言えてないんだけど、気づいてた?」

「最後まで・・・さすがにそれはないでしょ」

「やはり無意識なんだな。確かさっきロープレやる時、録音してたろ。それ一回聞いてみよう」

 ロープレから口頭試問が終わるまでワカバは両者了解のもとICレコーダーに録音していた。それをイチジョウと一緒に確認してみると明々白々たる事実だった。

「あれっ、確かに相づちも含めて何でこんなにかぶせちゃってるんだろう」

「焦ってたからだろ」

「焦り?」

「【ああ、ロープレやっと終わったー。あっ、これから口頭試問だ!忘れないうちに早く答えないとー】ってことだろ」

「あの、私のマネやめてもらえます」

「お前もやってただろ」

「いつの話ですかー。ああ、執念深い。怖いわー」

「そんなことより違うのか?」

「残念ながらその通りですよー。悔しいけど一語一句間違ってないですよー」

「テンプレート化の弊害だな」

「テンプレート化・・・これも何か聞き覚えがあるなー・・・」

「口頭試問の最中【ああ、きっとどこぞの勉強会で教わったか、ネットで見聞きした情報を鵜吞みにしたんだろう】と思ってたよ」

「・・・これもか。うん、全く同じこと今日聞いたね。これ奇跡かな」

ワカバは会社の面接が終わった後に先輩が言っていたことを思い出し、天を見上げていたが、イチジョウからの長いフィードバックはまだまだ続くのであった。


「どうしてテンプレート化しているんだ?」

「だって、うまく言えないから事前に用意しておいた方が楽かなって・・・」

「だから逆に苦しくなってるんだろ」

「苦しいって、そりゃあメチャメチャ緊張するし、試験官のプレッシャーも半端ないけど、何とか期待に応えようと頑張ってるんじゃない」

「そうだな。頑張ってる姿勢は悪くないが、試験官はそんなことを望んじゃいない」

「そんなこと?」

「もし自分が試験官だったって考えてみたか?明らかに誰かの言葉を借り、うまく言おうとしてその場を乗り切ろうと話しているヤツと不器用ながらも必死になり、自分の言葉で何とか想いを伝えようと話しているヤツ。どっちを合格させたいと思う?」

「そう言われたら後者になるだろうけど・・・」

「そうだろ。もし俺が試験官でロープレのレベルが同じなら迷わず後者を取る。なぜならキャリアコンサルタントは相談者にあわせた臨機応変な対応が求められる流動性の高い属人的な仕事だからだ」

「でもさ、うまく言えてる方が評価高そうじゃん」

「考えてみてくれ。【うまく言えてる】と相手に思われてる時点でうまくないだろ。不自然なことに気づかれているんだから。それに本当に上手いんだったら、テンプレート化してるなんて思わせないはずだろ」

「うん、まあそうだけど・・・」

試験官だけでなく、受験団体だって実務レベルで通用する人材を輩出したいはずだ。応用の利かない人材が現場に出て、クレームでも来たら受験団体は溜まったもんじゃないだろ」

(あー、これも先輩言ってたな・・・)

「現にその影響で養成学校の受講時間を増やしているわけだしな」

「だから私が通ってた頃より時間増えたんだ」

「この話は一旦おいといて、改めて俺が考える口頭試問の対策を伝えよう」

(ここまで長かったなー。最初に結論から言ってくれれば良かったのになー)

「それは【試験官の質問に素直に答える】これだけだ」

「・・・ん、ん、えーと、それだけ?」

「それだけだ」

「散々待った挙げ句、そんなシンプルな答えなの?」

「散々って・・・少し補足すると【その場でしっかり考えてから話す】これだな」

「・・・それはつまり、試験官の質問に対して、よーく考えてから答えるってこと?」

「まんまだけど、そう」

「でもさー、質問って決まってるじゃん。だったら事前に用意したっていいでしょ?」

「誰が決まってるって言ってたんだ?」

「それは、その、勉強会とかネットとか」

「またそれか。それは今まで変わらなかったというだけだろ。いいか、次もまた同じだって誰が約束できるんだ?もしかしたら質問が増えるかもしれない、時間が短くなるかもしれない、一体それを誰が保証してくれるんだ?」

「いや、そんなこと私に言われてもさー。でも対策は必要じゃん」

過去の傾向を知ることは大事だよ。想定質問に対する回答を自分なりに試してみるのも有効だ。でもそれはあくまで練習の時であって、本番では試験官の話に集中して、しっかり考えたうえで回答すべきだろ」

「いや、でも今練習でしょ」

「本番でもやろうとしてたから言ってるんだ」

「それはそうだけど。前回の試験でも、やっちゃったからね・・・」

「それで成果が出せたのなら問題はないが、残念ながら親方にはテンプレート化の弊害が出ている。今後は試験官や受験団体の意図を汲み取ったうえで、試験に対する向き合い方を考えてみようと思うが、どうだ?」

「うん、改めて言われると今までの試験に対する向き合い方は、どこか後ろ向きで難しいことを押し付けられて辛いことばかりだったもんな・・・」

「辛かったか。よし、これからは無理しなくていい。出来る範囲で親方に合った方法を一緒に見つけていこうじゃないか」

「そう言ってくれると助かるよ。話は長いけどね」

「ひとこと余計だ」

「お互い様だけどね」

そう言って二人は笑いあい、その後もイチジョウはひとつと言っておきながら、いくつか口頭試問の対策を話し続けた。もちろんワカバは(ひとつだけじゃないじゃん!)と心の声で突っ込んでいたのだが。


「・・・ということで、ついでにもう一つ気になったところを伝えておこうか」

「もうここまで来たら何でも来い!」

グルーピング間違ってるから」

「グルーピング?って何それ?」

「2つ目の【問題点】にあたる質問と最後の【今後の展開】を確認する質問のところで3つあげたろ」

「ミッツ・・・」

「3つな」

「ああ、あれか。自己理解不足仕事理解不足コミュニケーション不足かー」

「そうだ。随分、自信持って話していたが、それが問題だと思った根拠を教えてくれ」

「根拠・・・って言われてもね」

「だろうな。だからグルーピングが間違ってるんだ」

「また振り出しに戻った。何を言ってるのか分からないなー」

「考えろ」

「うーん、相変わらず難しい問題出すよ。グルーピングでしょ。複数の問題をくくって分類するってことだよね・・・。あっ!」

「そうだ。分かったか」

「そもそも分類してない・・・・」

「残念ながらこれがテンプレート化の弊害なんだよ」

そういうとイチジョウは久しぶりにホワイトボードに書き始めた。

画像15

「矢印の向きに注目してくれ。何か気づかないか?」

「・・・あれっ?こうしてみると3つの問題点が最初にある、のかな?」

「そうなんだ。つまり親方は自分が決めた問題点ありきでそれに合致しそうな情報を無理やり結びつけているんだ」

「無理やりってのは心外だけどね・・・」

「でも口頭試問でこの3つの問題点を話すためにロープレで誘導的な質問がかなり多かった

「えっ、ロープレにも影響出てたってこと?」

「残念だがな。本来問題点は、まず右側の事象ありきで、それを結果グルーピングした内容を話すべきなんだよ」

「ん・・・ちょっと難しいなー」

「難しいか。つまり今回の相談者が抱えている事象を先に述べるべきで、例えるなら【キャリアの棚卸しが出来ていないことから自己理解不足があると考えられます】という言い方になるだろうな」

「それは具体的な感じする」

「実際、親方の回答は一見すると、もっともらしいが具体性と根拠がなかった。試験官にしてみれば【どうしてそう思ったんだろう?】と疑念を抱くはずだからな」

「疑念・・・嫌な言葉だね」

「だから結局、試験官からの質問に素直に答えるのが一番いいってことになる」

「それが出来たら苦労しないけどね・・・」

「まあ、今の話もある意味、理想論ではあるからな。あまり気にするなよ。ということで口頭試問の話は以上で終了だ」

「やっと終わったー」

「やっとって・・・それでは、一応このことにも触れておくか」

 そういうとイチジョウはまたホワイトボードに図を書き記した。


試験と実務は違う?

「まずはこの図を見てくれ」

画像16

「(またお得意の丸と矢印だなー)それより【S】と【G】って何?」

「【S】はスタート、【G】はゴールだ」

「へー、で何の始まりと終わりなの?」

「この資格を取得しようと勉強を始めたのがスタート。ゴールは何故勉強をしようと思ったのか、その目的だよ。親方にもあるだろ、この資格を取ろうとした理由が」

「ああ、そのことか。そりゃあ、もちろんありますよー」

「前にも聞いたが、今は話したくなさそうだから、あえて聞かないが受験生にはみんなそれぞれの理由・目的がある」

「学校の同級生も人それぞれだったなー。今の仕事で必要な人もいれば、自分のキャリアアップのためとか、もっと人の話を聴けるようになりたいとかね」

「そうだよな。本来この資格を取得することは、こうなるはずなんだ」

 イチジョウは前述した図に以下の通り付け加えた。

画像22

「今度は【し】?」

「資格または試験の【し】だ。つまり何が言いたいかというと、この資格を取得することは通過点に過ぎないってことだ」

「通過点?」

「そうだ。受験生はみな、自らの目的を果たすために、手段のひとつとして試験を受けて、資格を取得するはずなんだ」

「うん、そうだね。ごく当たり前なことのような気がする」

「親方のいう通り、当たり前のことなんだ。どうしてもこの国家資格が欲しいという一部の資格マニアは除くがな」

「だってみんなこの資格取るために膨大な時間とお金を使ってるからねー」

「でも使い方を間違っている」

「使い方?」

「本当ならこの図が示す通り、目標を果たすために一生懸命勉強している途中にたまたま試験があって、振り返ったら【あっ、合格してた】というのがあるべき姿だ」

「いや、それは確かにそうだけど、みんな試験に向けて頑張ってるよ」

「だから苦しいんだろ。そのためにやりたくもないことを強制されて、時には心ない言葉を浴びせられて」

「・・・まあ、ね」

 イチジョウはさらに前述した図に追記した。

画像18

「今話した【振り返ったら合格してた】ってのが一番上の矢印だ」

「下の矢印は?」

「現状だ。さっきも言ったように受験生はみな試験に合格するため・資格を取得するための学習を強いられる。【こうすれば合格できる、これをやったら合格できない】と実務とは、まるでかけ離れたやり方を強制されているんだ」

「・・・そういえば昔、資格とったばかりの人に面談してもらって、ひどい目にあったなー」

「資格取得者が悪いわけじゃない。みな被害者なんだ。今キャリコンの現場で何が起こってるかというと、試験合格後に実務では全く使えないやり方が抜けなくて、もう一度新たに勉強させられている資格保持者がたくさんいる。そうなると今まで学んだことの上積みの学習じゃなく、マイナスからのスタートってこともある」

「うわあ、それは悲惨。でも私も人のこと言えないか・・・」

「残念ながらそれは否定できないが・・・。でもこれで少しは分かったか、テンプレート化の弊害が」

「うん、まだあんま実感ないけど、何となく分かった。でもさー」

「何だよ」

試験と実務は違うってよく言うでしょ?それはどうなの」

「やはり、そうきたか。でもその答えは受験団体と関連団体各位が既に開示している」

 そういうとイチジョウは予め用意していた一枚の紙をワカバに見せた。


「これを見てくれ。今渡した紙に書かれていることは2019年1月に登録機関と養成講習実施機関が発表した共同声明文だ」

 そこには養成講習の基本姿勢についての現状と反省点、そして今後の活動方針が書かれていた。

「へー、初めて見たよ」

「だろうな。知らないキャリコンも多い。特に下線を引いた部分を呼んでみてくれ」

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「・・・資格者の適正を疑問視・・・」

「もし試験と実務が違うなら、こんなこと書くか。深い憂慮を禁じ得ないんだぞ」

「うん、これ見る限り、今まで散々言われてた【あくまで試験は試験です!実務とは違うので割り切ってください!】っていうの何だったのかと思うよ・・・」

「そうなんだ。ついでに裏側も見てくれ」

 ワカバは用紙を裏返し、下線部に目を通した。

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「あちゃー、小手先いわれてるよ・・・」

「もう一度いうが、もし試験と実務が違うなら、こんなこと書くか。習得を阻害するまで言われてるんだぞ」

「・・・私が今まで学んできたことって・・・」

「残念ながら小手先と言わざるを得ないだろうな。ちなみにその下には親方が通っていた養成機関もあるんじゃないのか」

「あっ、バッチリ載ってる・・・でも学校ではこの共同声明文のこと教えてもらってないよ」

「そうだろう。ヤツラは従来のやり方から変えられない。これを教えてしまったら、今教えてることが小手先なのか、それとも実務的なのか受講生が納得するような答えは出せないだろう」

「うん、通ってる時にこれ見せられたら、絶対質問すると思う。今教わってることって役に立ちますかって・・・」

「受験生が知らないのは仕方ないと思う。でも教える側の人間は絶対に伝えるべきだろう。でも教えていない。ヤツラの都合ってわけだ」

「そうは考えたくないけど・・・」

「少なくともここに名前が載っている以上、言い逃れできない。さすがに最近は是正されているとは思うがな」

「是正?」

「受講時間が増えただろ」

「ああ、今通ってる受講生は10時間分増えたんだよね」

「そうだ。時間が増えた分、受講料も高くなっているんだから、さすがにその差額に対する説明義務は果たしているだろう」

「そうか、この声明文は出さないにしても、こうなった背景は話してるか」

「そうだといいがな。とにかく受講生や受験生にとってこれ以上、不利益になることは辞めてもらいたいからな」

「これ以上って他にも何かあるの?」

「・・・あるが、それは今度説明する。そしてこの声明文に書いてあることは養成機関だけじゃなく一般の勉強会にも当てはまる」

「一般のって、仲間内でやってる勉強会も?」

「表側に【国家試験対策テクニックの伝授を謳う団体、個人が市
場に数多く参入し
】って書いてあったろ」

「あ、書いてある」

「団体の言葉の定義は【共同の目的を達成するために結合した、二人以上の集団(広辞苑 第七版)】を指す。つまり該当するってことだ」

「もう歩く広辞苑だね。あ、会社でも同じような人が・・・」

「何度もいうが受験生は何も悪くない。マズイのはこの共同声明文を知らない資格保持者の方だ。もしこれを知らずに従来の小手先のテクニックに偏ったやり方を強要していたら目も当てられないだろ」

「残念ながら資格とった人たちから今まで一度も聞いたことないよ・・・」

「単に知らないだけならまだいいが、もし知っているのに自分たちの都合であえて伝えていないとしたら最悪だな」

「そうなるともう確信犯じゃん」

「教える方としては、従来どおりが手間もコストも掛からず一番ラクだからな」

「そんな人に教えて欲しくない」

「だろう。受講生より自らの利得を真っ先に考え、一番大事なことに手を抜くようなヤツラは信用できない。キャリコンという仕事自体が臨機応変な対応を迫られるのに、自分に都合が悪いことは一切変えないじゃ説得力ないだろ」

「そんな人に話聴いてもらいたくない」

「だから教えてもらう人を選ぶ時は【キャリコンとしてこの人に話を聴いてもらいたい】って基準が望ましいんだけどな」

「確かに・・・(あれ、それなら私おっさん選んだかな)」

「そこは別にいいだろ。あとついでにこのコラムも見ておくといい」

 そういうとイチジョウはワカバにスマホの画面を見せた。そこにはキャリコンの大先輩が書いた試験に対する取り組み方に関する耳が痛い苦言が書かれてあった。

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(出所:「キャリアコンサルタントにとっての成長と研鑽」より抜粋)

「いたたたた・・・」

「ということで、長々説明したが、今日はここまでだな。お疲れさん。次回はまた別の話をしよう」

「は・・・い、次回ね・・・。あー、今日も疲れたなー」

 ワカバはクタクタになりながら今回は何とか地下鉄に乗ることが出来た。その車中、少しウトウトしながら今日までイチジョウに教わったことを思い出してみた。

(うーん、今になって考えてみると、おっさんって毎回実務がどうのこうのって言ってたなー。一応、試験制度とか相談者役の事実に関する話もあったけど、他のことは小手先というより、キャリコンだったらって視点でいつも話してた気がする・・・)

 イチジョウがこれまで必死になって伝えたかったことを少しだけ理解できたワカバであった。


引用・参考文献

キャリアコンサルティング協議会「キャリアコンサルタント養成講習の基本姿勢についての共同声明文」https://www.career-cc.org/news/news000340.html (2020.10.7アクセス)

キャリアコンサルティング協議会「キャリアコンサルタントにとっての成長と研鑽(2018年12月号)」https://www.career-cc.org/column/column000323.html (2020.10.7アクセス)


相づちが速くなるのはどうして?

 ワカバはここ最近の仕事の忙しさとイチジョウからの容赦ない試験対策のせいで(?)少し体調を崩していた。今日、会社は休みなのだが、どうもスッキリしない。そしてワカバは体温計に目を通した。

「熱はないのか・・・でも何かだるいなー。あんま行きたくないけど、来週からまた忙しくなりそうだし。一応、病院行っておくかな」

 健康だけが取り柄のワカバは滅多に病院には行かない。だから近所にある病院もどこにあるか知らない。そもそも何科に行けばよいのかも分からない。

「口コミランキングみたいので良さそうなところ探してみよう」

 そうして検索していると1件の良さそうな病院が見つかった。

「なになに【何だか体調がすぐれない、こんなことで病院行ってもいいのか?という時でもお気軽にご来院ください。優しいスタッフ一同お待ちしております】おお、ここいいじゃん。では準備するかなー」

 ワカバは早速、身支度をして病院へ向かった。割と近所だったのですぐに着いた。

「ここかー。今までここに病院あるなんて全然知らなかったなー」

 まだ新しいからなのか中はとてもキレイだった。初診ということで受付で何やかんや済ませて、待合室で一人じっと待つワカバ。

「結構混んでるなー。まあ、受付の人も割と優しかった気がするし、これは期待できますな」

 何やかんやで2時間ほど待ち、ようやく名前が呼ばれた。

「ココノエさーん、どうぞお入りください」

 看護師さんが優しい声で呼びかけてくれた。そして担当医の女性がパソコンの画面を見ながら話しかけてきた。

「はい、はい、今日はどうしたの?」

「いや、あの、ちょっと調子が悪くっ・・・」

「はい、はい、え?何?調子が何?!」

「いや、ちょっと体調がすぐれないとい・・・」

「はい、はい、体調悪いのね。で何!?」

「熱はないんですけど、どうにも・・・」

「はい、はい、で?!」

「で?って・・・」

「はい、はい、で!どうしたいの?」

「いや、どうしたいと言われて・・・」

「はい、はい、忙しいの分かるでしょ」

「忙しいっ・・・」

「はい、はい、待合室混んでたでしょ。早く結論言って、で!どうしたいの?!」

(どうしたいって・・・あれっ、何か口コミと全然違うなー。こんな感じ悪い先生だったかな)

「何かどこも悪くなさそうだけど、一応薬出しておくわね」

「いや、だから体調が・・・」

「はい、はい、ではお帰りください。次の方、呼んで」

 ワカバは追い出されるように診察室を出た。2時間待って何の主張もできずにたった2分で診察は終了。受付で精算を済ませ、近くの薬局で薬をもらって帰る途中にワカバはこう思った。

「この薬って何に効くんだろう・・・。しかしいくら忙しいとはいえ、あの対応はないわー。もう一回口コミ見てみるかな・・・ああ、そういうことか」

 よく見ると口コミは2年前から一切更新されていなかった。割と新しい病院だと思っていたが、おそらく2年の間に患者さんが増えて忙しくなり、担当医の対応があからさまに煩雑になったのであろう。

「もし今回の担当医と患者の設定がキャリコンと相談者の関係だったら絶対ラポール構築できないレベルだなー。私も気をつけよう。人のふり見て我が振り何とかだ」

 それから3日後、処方された薬のおかげか、すっかり元気になったワカバ。

「今日はまたおっさんのとこ行かないといけないなー。仕事早めに切り上げよう」

 そこへ上司のサオトメがワカバに声をかけた。

「ココノエ、仕事はどうだ。慣れてき・・・」

「はい、はい、慣れてきました」

「・・・おお、そうか。では勉強会の方にもそろそろ行けそ・・・」

「はい、はい、すみません。まだ仕事が残ってるんで。失礼します!」

 そそくさとワカバは席を立ちその場を離れた。

「もう、ただでさえ忙しいのに勉強会、勉強会って。サオトメさんが悪いわけじゃないんだけどなー。それより早く仕事終わらせなきゃ。あー、落ち着いたら温泉入ってのんびりしたいなー」

 ワカバは必死になって仕事に専念していたが、終わるはずもなく定時を迎えてしまった。

「ああ、もうこんな時間だ!今帰ったら明日早起きして出勤しないといけないけど、どうしよう、どうしよう」

「ココノエ、仕事は順調か。ところで来週あたり勉強会に・・・」

「はい、はい、サオトメさんすみません。今日のところは失礼します!」

 ワカバはサオトメの制止を振り切り、無理やり仕事を切り上げて、イチジョウの待つ事務所へ急いで向かった。

「ふー、今日もギリギリ10分前か。でも間に合ったからいいや。失礼します」

「おお、今日もちゃんと10分前だな。いい傾向・・・」

「はい、はい、今日もロープレはフルでやるんだよね」

「そのつもりだが、今日はどうだ、やれそう・・・」

「はい、はい、大丈夫そう」

「・・・そうか、ならやろうか。終わったら口頭試問までやるか・・・」

「はい、はい、分かってますよ。では早速やりますかー」

 イチジョウは少し気になることはありつつも、早々にロープレを始めた。ワカバは、前回までにイチジョウに言われたことの復習をきっちり済ませ、今日は最後まできっちりやり切る心持ちで臨んだ。そしてロープレから口頭試問まで無事に終わってホッとしているワカバにイチジョウがこう言い放った。

「なんか今日、口頭試問だけでなくロープレの相づちも速かったな」

 その言葉を聞いてワカバはひとり絶句していた。


「おい、どうした固まってるぞ」

「・・・あ、相づちそんなに速かった?」

「まあ、かなり」

「かなり・・・どの辺から?」

「最初からだ」

「最初って?もしかして来談目的の直後から?」

「いや、違う」

「えっ、じゃあどこから?」

「事務所に入ってきた時から」

「えっ!意味分かんない・・・」

「おそらく今は突然の出来事で頭ん中が混乱してるだろうから、相づちはいつもの親方のペースに戻っている」

「ってことは、着くなりずっと相づち速かったの?言ってよ!」

「まあ、少し気にはなってたんだが、親方すぐにでもロープレやりたそうだったからな」

「確かに・・・なんか今日はうまくできそうな気がしてたけど、まさかこんな初歩的なことで指摘されるなんて思いもしなかったよ・・・」

「初歩的か・・・親方のいう通りそういう側面もあるが、相づちは結構人によるからな」

「人による?」

「そうなんだ。いろんな受講生を見てきて思うのは相づちが速い人たちの傾向は次の2点だ」

「2点?」

「ひとつは性格。元々せっかちな気質で基本的に相手の話を最後まで聴いていない

「致命的じゃん!」

「この問題点はもうひとつのことにも共通する部分でもあるんだが、2つ目は、先読み。頭の回転が速すぎる人や経験豊富な人に多い

「なんか随分、良いように言ったね」

「頭の回転が速い人や経験が豊富な人に共通しているのは、相手の思考を先読みしてしまうことだ」

「先読みって?」

「相手がまだ少ししか話していないのに全部分かってしまう能力のことだ」

「・・・もしかしてサキサキの実の能力者?」

「違うわ!悪魔の実、食ってないだろ。そんなことより会社で仕事できる人を想像してみれば分かると思うが、そういう人たちは周囲が考えの及ばないことを先回りして対応してたりすることがあるだろ」

「ああ、人事部の先輩はいつもそんな感じだ。私がちょっとしか言ってないのにすぐに汲み取ってくれるしなー」

「業務上はとても有用な能力だが、面談の場面では障壁になることもある」

「なんで?いいじゃん、先読みの能力」

「どうして障壁になるのか理由はあるんだが、それは次に話そう。まずは親方の相づち案件に話を戻すぞ」

「案件って!」

「いいか、親方の場合・・・」

「いやー照れるなー。バレちゃったか、私が頭の回転速・・・」

「それはない!」

「即答かよ!・・・じゃあ性格かな?」

「それも違う」

「じゃあ、何なのさ」

「親方の場合、性格面はどちらかというと本来おっとりしている方だし、頭の回転は・・・ゴホン、まあ、そういうことだ」

「肝心なこと濁しやがった!」

「俺といる時は、おっとりしてるようには見えないんだが、元々の気質は温泉でのんびりするのが好きなタイプだろ」

「!!!誰から聞いたんですか!ああ、ヨッチャンからだー。プライバシーの侵害なんですけどー」

「いや、何となくだったけど、やはりそうか」

「人のこと言い当てるの辞めてもらえますかー。何かこれってちょっと個人情報がどうのこうのですよー!」

「大丈夫だ。個人情報保護法には一切抵触しないから」

「!!!で!何なんですか、私の場合は!」

「そうプリプリするな。親方の場合は、おそらく仕事のことだろ」

「仕事のこと?」

「これから言うことはあくまで想像の範囲だが、おそらく今日も仕事は忙しかった、でも定時までに切り上げないと10分前にここへは来られない、だから急いで仕事を片付けるつもりが、全然片付いていない、そして結局、明日早起きして出社することになった・・・こんなとこじゃないか!」

「!!!絶対、職場で見てましたよねー!もう個人情報・・・がどうのこうのですよー!」

「つまり仕事のことが気になって心に余裕がない。だから相手の話を最後まで聴けていなかった

 イチジョウにズバリ言われて心当たりのあるワカバであった。

「そうか・・・いろいろなことに対して早く終わらせなきゃって」

「きっと気持ちが急いでたから、それが速い相づちとなって表れたんだ。慢性的な症状ではなく、おそらく一時的なものだろう。だからあまり気にするな」

「症状って・・・でもそうか勉強になったよ。試験前もこうならないように気をつけないとなー」

「そうだ、何事も経験だ。今日が試験なわけじゃない。失敗したことでも考え方によってはプラスに変えられる

「そうだね。前向きにいくかー」

「いいぞ、その調子だ」

「・・・?!あっ、だからあの女医さん相づち速かったんだ。確かに余裕なさそうだったもんなー」

「ん、女医さんって?」

「ああ、その案件は大丈夫」

「案件って。それじゃあ、ついでにさっき言った先読みの障壁の件も話しておくか」

「はーい」


オープン・クエスチョンは難しい?

「ではこれから先読みの障壁の話をするぞ・・・いや、その前にもっと気になることがあったな」

「えっ、もっと気になること?障壁の話も気になるんですけどー」

「障壁の話は今度にしよう。明日早いんだろ。このあとは今の親方にとって優先順位の高い方にフォーカスしよう」

「優先順位?なんの」

「質問のことだ」

「質問?普通にしてるでしょ」

「普通と思ってるわけか・・・親方、今更だけどオープン・クエスチョンは知ってるよな」

「うわっ、バカにしてるー。もちろん知ってますよー。開かれた質問のことでしょ」

「そうだな。では対義語は?」

「そりゃあ、クローズド・クエスチョンでしょ」

「あってるな。そう閉ざされた質問だ」

「それが何だっていうのよ」

「親方の質問は、ほとんどクローズド・クエスチョンなんだが、気づいているか?」

「えっ!そんなわけないよ。オープン・クエスチョン意識してるもん」

「意識しているか。確かにキャリコンにとって基本的な技能だからな。だからこそ早めに気づいてもらおうと思って、優先順位を上げたんだ」

「そうかー、何かショックだな・・・」

「ショックなのか・・・。どんなところがショックなんだ?」

「そりゃあ、今までオープン・クエスチョンは口が酸っぱくなるくらい言われてたから、もう体に染み付いてるかーと思ってたのに、何だかなー」

「そうか、ところで何だかなーってのは?」

「うん、そうだねー、悔しいって感じかな。ていうか本当に悔しー。今まで何やってたんだろ・・・」

「はい、ここまで!」

「何が?そして急に何?」

「今、俺がしていた質問はオープン・クエスチョン、クローズド・クエスチョンのどちらでしょうか?」

「・・・オープン・クエスチョン?」

「そうだ、もっと自信持って答えていい。さっきの質問は、シンプルだけど、相手の応答に対して限定せず開かれた質問を意識していた」

「うーん、シンプルっていうかそのまんまって感じだったけどねー」

「そのまんまっていうのは?」

「そうだねー、何ていうんだろ。相手が言ってることをなぞってるだけというか、簡単そうっていうか・・・」

「・・・はい、そこまで!ところで今の俺の質問はどっちだ?」

「えっ、また!・・・オープン・クエスチョンです、たぶん」

「正解。一見するとオウム返しかと思うかもしれないが、【頭痛です→それは頭が痛いってことなんでしょうか】みたいな意味のない伝え返しでなく、そのあとに開かれた質問しているところが親方とは違う」

「そんなに違った?」

「残念ながら。たとえば【シンプルがそのまんま】の応答に対して、親方の場合だと【そのまんまっていうのは、相手の言葉をただなぞってるってことなんですね?】と自分の主観を入れて相手に【はい】か【いいえ】でしか答えられない閉ざされた質問になっていただろう」

「・・・今思い出すとロープレの場面でも同じようなやり取りあったなー」

「ロープレの序盤で【仕事で上司とうまくいかなくて悩んでいるんですよ】って俺が言った後に何ていったか覚えてるか?」

「・・・【うまくいかないってことはコミュニケーションがうまく取れていないってことなんですね?】って言ったような気がする・・・」

「もし今、それをオープン・クエスチョンで言うとしたら?」

「そうだね・・・【どんなことで悩んでいるんですか?】かなー」

「いいじゃないか。もしくは【いつ頃から悩まれているんですか?】とか【うまくいかないってのは?】とかな。これなら相談者もたくさん話してくれそうだろ」

「うん、そうだね。だから私、質問が長くなっちゃって相手よりしゃべり過ぎてたんだね」

「そうだ。前に話したように発話量のバランスは、キャリコン側が減れば、相対的に相談者は増えることになるからな。つまりたくさん話してもらえるってわけだ」

「シンプル大事だね」

「そのためにオープン・クエスチョンが必要なんだ。クローズド・クエスチョンが悪いわけじゃない。使う場面やタイミングがある。少なくとも信頼関係が構築されていない段階で多用すると相談者は詰問されているように感じるだろう」

「何かこっちの都合で聞いちゃってるみたいな」

「それに試験ではオープンとクローズドで逆はないからな」

「逆って?」

「必ずオープンが先ということだ。クローズドが先はありえない」

「でもさー、ざっくりし過ぎた質問だと相手に伝わらない時あるよ」

「そんな時は【失礼しました】って言えばいい」

「えー、謝んの?」

「土下座するほどの謝罪じゃない。【質問をうまく伝えられなくて失礼しました】って感じだ。あまり真剣に頭下げられても相手が恐縮するからな」

「それなら何とかなるか。考えてみれば一度相手に【はい】とか【いいえ】を言わせちゃった後に開かれた質問するのは難しいもんなー」

面談の序盤は、質問の間口を広くし、とにかく相談者が話したいことに焦点を当て進めていく。そして信頼関係が構築されたタイミングを見計らい、質問を絞り込んでいくのが理想的な展開だ

「そう考えると最初からクローズドはありえないね」

「実務では、時と場合によるけどな。相談者の話したいことが明確な時や、短時間での面談を希望する場合なんかは、インタビュー形式(またはヒアリング形式)で最初から質問を限定することもある

「そうかー、そのパターンが試験で来たら戸惑うな、きっと」

「それは大丈夫だろう。試験制度上、受験生にとって不公正になるイレギュラーな設定を入れるはずがないし、過去の試験でも出題されていないはずだからな」

「それならひとまず安心だー」

「でも油断はするなよ。本番で何が起こるか分からない不確実性の高い試験だからな」

「もうどっちなのよ!安心させたいのか、不安にさせたいのかー」

「とにかく油断するなってことだよ。今日のところはここまでだな」

「ふー、早めに切り上げてもらってよかったよ。明日はいつもより2時間も早く起きないと行けないからねー」

「2時間もか・・・あんまり無理すんなよ」

「お、おお、ありがとー」

イチジョウからの思いがけない心遣いに少し戸惑ったワカバであった。


ヨツモトの秘密

 ここ最近ずっと忙しかったワカバは、久しぶりにヨツモトに連絡し、仕事帰りに会うことになった。場所はヨツモトの指定で新橋駅のSL広場前である。その日は、スタート時間が遅いこともあり、ワカバは余裕を持って待ち合わせ場所に来られた。

「いやあ、相変わらずリーマン多いなー。探したらおっさんもいそう」

 SL広場を遠くに見ると明らかにその場にそぐわない個性的なファッションで着飾った女性がひとり立っていた。

「あー、ヨッチャンだー。ヨッチャーン!」

 ワカバは手を振り、ヨツモトに声をかけた。

「あー、ワカバ、久しぶりー。元気にしてたー」

「元気、元気ー!でもねー、聞いてよヨッチャン。おっさんがねー」

「おっさんって?」

「そう、おっさんって言うのは・・・(あっ、これじゃあ、いつもと一緒だ。私が聞いてもらっちゃってる)」

「どうしたのワカバ?」

「いや、何でもないよー。まずは移動しよっかー。どこ行くのー?」

「近くの裏路地にちょっと雰囲気のいいカフェあるんだ。そこ行こうかー」

「うん、ヨッチャンのオススメなら間違いないしね」

 少し歩くと路地裏にワカバが想像していた以上の小洒落たカフェに着いた。

(ヨッチャンらしいお店だなー。私ひとりなら絶対入れないレベル感)

「じゃあ、入ろっか」

「うん」

 ヨツモトはこの店の常連のようで店員とも親しげに話し、奥にあるこれまた小洒落た個室に案内された。

「・・・ヨッチャン、ここ結構来るの?」

「そうだねー、たまにだけど、気が向いたらひとりでもフラッとくるよ」

(さすがヨッチャン、レベル高見沢!)

 ワカバとヨツモトは夜カフェによくある小洒落たディナーに、これまた小洒落たスイーツが付いてくる、とにかく全てが小洒落ているとしかいいようがない、セットメニューを注文した。

「ホントここ小洒落てるよねー」

「そうかなー」

ワカバ苦し紛れにヨツモトへそう言った。というよりもワカバのボキャブラリーではその表現しかできないぐらい小洒落ていた。

「ところでワカバさー、さっき言ってたおっさんって何のこと?」

「もう聞いてよ、それがねー・・・(危ない、危ない。また繰り返すところだった)いやあ、新橋って噂通りおっさん多いなーってさー」

「そう?テレビの見すぎじゃない」

「そうかなー、それよりヨッチャン今日は何かいつも通りだね」

「いつも通り?」

「いやあ、ファッションもだけど、お店のチョイスとか、何かいつものヨッチャンって感じ」

「そうかなー、自分にとっては普通だから気づかなかったけど」

「だって、この前のギャラリーの時がいつもと違ってたからさー」

「ギャラリーの時?」

「あの時のヨッチャン、コンビニで働いててお客さんからいつ告白されてもおかしくないぐらい清楚な格好してたでしょ?」

「ワカバらしい独特な表現ね」

「もう!また天然って言いたいんでしょ」

「そうプリプリしないで、そこがワカバの魅力なんだから」

「魅力ねー、はいはい。でもさー、あの時は自分のことで夢中だったから気づかなかったけど、ヨッチャンがああいう服装してたの初めて見たかも」

「初めてかー、言われてみればそうだったかも。私にもいろいろあるのよ」

「いろいろかー。ふーん、それって・・・(あっ、またクローズドで聞きそうになってる。ここはまずオープンだね。【聴くモード】発動!)。いろいろって何かあったの?」

「私もさー、普段はこんな格好してるけど、意外と世間体とか気にする方だし」

「・・・世間体?」

「だってさー、あの日お母さん来るって言われてて」

「来るって言われてたんだ」

「そうだよー。しばらく会ってなかったら、まさか娘がこんな格好してるなんて知ったらショックでしょ」

「・・・ショックかー。どうしてそう思うの?」

「一緒に暮らしてる時は私もずいぶん抑圧してたから、親の前では大人しい服しか着られなかったからね」

「抑圧してたんだ・・・どうして我慢してたの?」

「父親が厳しい人でさー。私の個性的な考え方は、全部ワガママだって教育されててね。自分を表現することがまるで悪いことみたいな気がして・・・」

ヨツモトはそれから時間を忘れてワカバに話し続けた。店員も様子をみて察してくれたのか、料理を出すタイミングをずらしてくれている。そして30分以上の時間が経過していた。

「へぇー、あの作品の裏にはそんなスゴい出来事があったんだね」

「そうなんだよー」

そして、頃合いを見計らって店員が声をかけた。

「はい、どうぞ今日のセットメニューでございます」

店員が料理を持ち出すとヨツモトは少し涙ぐんでいた。

「ヨッチャン美味しそうだね!早速、食べよー」

「うん、そうだね。絶対美味しいから。それよりワカバありがとね」

「ん、なに?」

「話聴いてくれて」

「そうかなー。てへっ」

「そういえばワカバにこうやってちゃんと自分のこと話したの初めてかも」

「・・・そうかも。今考えるといつも逆の立場だったもんね」

「もしかして、これイチジョウさん効果?」

「ああ、思い出した!おっさんがねー」

「おっさん?」

「あいつのことだよ」

「・・・やっぱり」

「えっ、やっぱりって?」

「イチジョウさんの言った通りだったなって」

「言った通り?」

 イチジョウの予言した内容が気になるワカバであった。


イチジョウの秘密

「ヨッチャン、おっさん何か言ってたの?」

 ワカバが確認するとヨツモトは、ギャラリーで最初に会った日のことを話し始めた。

・・・ギャラリーでワカバが帰った後、ヨツモトにイチジョウが語りかけた。

「あいつ、本当はあんなに人にくってかかるタイプじゃないだろ」

「よく分かりましたねー。さすがイチジョウさん!」

「やっぱりか・・・だとしたらあいつとの関わり方、ちょっと考えないといけないな」

「関わり方?」

「いや、俺あまり人に教えるの得意じゃないし、あいつの性格から考えても意思の疎通うまくいかないんじゃないかって」

「気にしすぎですよー」

「親しくなればあいつもヨツモトさんみたいに素を出せるだろうが、しばらくは厳しいだろうな。うーん」

「だから考えすぎだってば。もっと気楽に、ね!」

「そうはいかないよ。ヨツモトさんからのお願いだ。曲がりなりにもあいつの足を引っ張ったんじゃ、顔向けできない」

「それはありがたいんですけど・・・ワカバはああ見えて人見知りだから、打ち解けるまで結構時間はかかりますよ」

「そうなんだよ。試験まで時間があるようで実際は短い・・・短期間であいつとの距離を縮める方法は・・・そうだ」

「何かいいアイデアでも?」

「まあ、今日会ったばかりだから確信は持てないが、あいつきっと普段は人に対して物申さないが、憎らしい相手だと割と噛み付いてくるタイプじゃないかな」

「さすが分かってらっしゃる。ホント人のことよく見てますねー」

「今まで勉強会で言われるがままだったんじゃないかと思ってな。今後もずっと受け身のスタンスだとあいつの成長には繋がらない」

「だからイチジョウサンが憎まれ役になる、ってことかな」

「仕方ない。多少強引だが、これが一番いい方法だと思う」

「そこまでしなくていいのにー」

「いいんだ。とにかく俺は最善を尽くす」

「ワカバにその気持ちが伝わるといいですね」

「いや、伝わっちまったら気を使うだろ。そういう性格だあいつは」

「なんか父親みたいですね。前から知ってました?」

「せめてそこは兄貴だろ。それにしても、なんか雰囲気は違うが、前に一度会った気がするんだがな・・・思い出せん」

「前世であってたとか」

「まさか、それはないだろ。あいつ前世はきっと人じゃないだろうし」

「うわあ、失礼!ワカバに言ってやろうっと」

「いや、まあ、前世の話はいいとして、あいつが少しでも俺に打ち解けたとしたら、たぶんこんなサインだろうな」

「サイン?」

「俺のことを【イチジョウさん】とかじゃなく、違う呼び方した時だ・・・そうだな」

「なんて言うんですか?」

「・・・・【ジジイ】」

「ワカバもさすがにそこまで無礼じゃないでしょ」

「・・・それか【おっさん】だな。あいつが俺のことこれぐらい呼べる時が来たら、少しは心を開いたっていうサインじゃないかな」

「【おっさん】言うかなー、教えてもらう人にあのワカバが」

「いや、言ってくれる関係性になるのが一番の近道だ。それは俺の仕事だがな」

「イチジョウさんなら大丈夫ですよ」

「大丈夫って」

「あまり考えなくてもイチジョウさんが素でいけば自然とワカバも噛みつきますから」

「それは褒められてるのか・・・・な」


・・・そして現在に戻る。

「そういう経緯だったわけよ。だからワカバがイチジョウさんのこと、【おっさん】って呼んでるって聞いて驚いたの」

「うーん、前世が人じゃないってのが引っかかって、話あんまり入ってこなかったけど・・・なんかおっさんの思い通りでちょっと悔しいー」

「あの人、意外と人のこと見てるからね」

「でもさー、あいつ元々失礼な奴じゃん!さすがの私も噛み付いちゃうよ」

「あれっ、知らなかった?イチジョウさんがああいう態度になる相手って、無礼な人にだけだよ」

「無礼な人にだけ?」

「うん、そう。普段のイチジョウさんは温厚で口調も紳士みたいだけどね」

「・・・そういえば」

 ワカバは思い出していた。最初に待ち合わせた喫茶店のマスターとの会話、事務所まで乗車したタクシーの運転手との会話。いずれも丁寧な語り口で驚いていたのを。

「あれって、外面がいいだけじゃなかったの?」

「知ってる人にとってはそっちが普通。でも無礼な人がいると、ああなっちゃうんだけどね」

「・・・待って、ということは私・・・」

「最初の時点では無礼な人認定ね」

「ちきしょー、おっさんめー、悔しいけど・・・もう、ちきしょーしか言葉が出ないよ。ちきしょー」

 (あの芸人以外で本当にちきしょーって言う人いるんだなー)と心の中でそっと思うヨツモトであった。

「とにかくイチジョウさんなりにワカバのこと真剣に考えてくれてたのよ」

「うーん、それは何となく分かってたけどね・・・」

「あっ、でもこれイチジョウさんから言うなって釘刺されてたんだ。ワカバが話たくさん聴いてくれたから、つい口が滑っちゃった。イチジョウさんには内緒ね」

「もちろん言わないよ。言うのも悔しいしね。でもさー、口が滑ったついでにもうひとつ」

「何?」

「おっさんさー、養成講座には通ってたけど、今はキャリコンじゃないよね。でも試験のこととか技法とか、やたら詳しいの。なんで?」

「これは別に口止めされてないけど、私も詳しくは知らない」

「そうかヨッチャンにも話してなかったんだー」

「でも前に一度聞いた時に【俺はブラックジャックだ】って言われた気がする。意味分かんないから聞き返さなかったけどね」

「ブラックジャック?あの医師免許持ってない医者のマンガ?」

「あら詳しいのね。気になるなら本人に直接聞いてみたら?」

「そうだね。喉に引っかかった小骨みたいでずっと気になってたから」


キャリコンと名乗らない訳

 ヨツモトと会ってから数日経ったある日、ワカバは仕事帰りにイチジョウの事務所へ来ていた。いつも通り、ロープレが終わり、イチジョウからのフィードバックが始まり・・・

「親方、なんか今日、いつもと違う感じだったが、何かあったか?」

「違う感じって・・・なんですかそれ」

「いや、割と自然だったなと思って」

「自然?」

「今まで親方のロープレは不自然でぎこちなかったが、今日のは驚くほど自然で実務的だった」

「実務的かー。それって成長したってことかな」

「うーん、悔しいがそうなるな」

「別に悔しがらなくていいじゃん。ほら、もっと褒めて」

「いや、褒めるほどではない。あまり調子に乗るなよ」

「うわ、急に風向き変わった」

「で、何があったんだ?」

「何がってほどじゃないけど、先日ヨッチャンと久しぶりに会って話ししたんですよー」

「またヨツモトさんに聴いてもらったのか?」

「いやいや、それがおっさんに言われた通り、【聴くモード】にスイッチ入れたんですよー」

「そうしたら?」

「今までヨッチャンが私に言ってなかったことまでたくさん話してくれて」

「そうか、たくさん話してくれたか」

「ヨッチャンも嬉しそうだったんだけど、それ以上に私も嬉しくって」

「嬉しかったんだな・・・どんなところが嬉しかったんだ」

「・・・なんだろう、ヨッチャンとはずっと仲良しだと思ってたけど、どこかで私の独りよがりかなって思ってたこともあって。でもあの日以来グッと距離が縮まった気がする。今考えるとヨッチャンの自己開示が特に嬉しかったのかなー」

「そうかヨツモトさんの自己開示が嬉しかったんだな。今回のような成功体験の積み重ねが親方を成長させていく。ホントに良かったな」

「いやもう、何かいつものおっさんらしくないじゃん」

 そういうとワカバはイチジョウからの労いの言葉に頬を緩めて喜んだ。でもそれをイチジョウに見られるのは絶対に嫌なので、突如話題をそらした。

「そういえばその時にヨッチャンから聞いたんだけど」

「何だ」

「ブラックジャックって何のこと?」

「ぶー!」

イチジョウは飲みかけのホットココアを吹き出した。

「お、おい、何故それを親方が」

「だからヨッチャンから聞いたんだよ」

「ヨツモトさんめ・・・でもそうか、それは釘を刺さなかったな」

「【それは】って何ですかー?」

「いや、こっちの話だ。とにかくブラックジャックの話は気にするな」

「気になりますよー。このままだとロープレに集中できなーい」

「いや、さっき集中してたじゃねえか」

「それって褒め言葉と受け取っていいんですかー」

「いや、褒めてはいない。マジで調子に乗るな」

「うわ、急に旗色悪くなった!」

「おお、そうだ、そうだ。思い出した。今日はKOCがあるんだった。今から帰ればまだギリギリ間に合うな」

 イチジョウは話題をそらし、帰ろうとした。

「KOC?キングオブコントの決勝はたぶん9時過ぎだと思いますから、まだ間に合いますよ」

(こ、こいつ、知ってやがる)

「知ってますよー。私も毎年楽しみに見てますからね」

(そうか、そうなのか、こいつも毎回見てるのか・・・ってまさか)

「そのまさかですよ。私もおっさんの考えてること少し分かるようになってきましたから」

「親方、お前・・・」

「ではまだ時間も少しありますから、ブラックジャックの案件だけは始末しておきましょうか。私も決勝に残った3組気になってますから」

 ついに追い詰められたイチジョウは真相を語り始めるのだった。


「お互い早く帰りたいでしょうから、端的にご説明いただけますか!」

「それは同感だ。帰りの道すがら優勝したのがどのコンビかなんて聞きたくないからな」

「トリオかもしれないですけどね」

「・・・細かいやつだ。人の揚げ足ばっか取ってると好かれないぞ」

「おっさんにだけは言われたくないですね。時間もないですから、早くブラックジャックの正体教えてください」

「引っ張るような話じゃねえが、きっと普通の人には理解できないからな」

「大丈夫です。私、普通じゃないんで」

「そうだな」

「そこは否定してくださいよ。で、なんですか?」

技能士なんだよ、俺は」

「えっ、技能士って、キャリコンの上位資格って言われてる技能士のこと?」

「そうだよ」

「えっ、でも何でじゃあキャリコンじゃないの?」

「登録してないんだよ」

「登録?何それ」

「知らなかったのか、キャリアコンサルタントは名称独占の国家資格だ。だからたとえ技能士であっても登録しない限りキャリコンとは名乗れない」

「・・・ん、どういうことかな。じゃあ、おっさんは技能士だけど、キャリアコンサルタントじゃないので、キャリアコンサルティングは出来ないってこと?」

「いや、キャリアコンサルティングは出来る」

「うーん、キャリコンじゃないけど、キャリコンは出来る???どういうこと???」

「確かにややこしいと思うから、その辺のことはジャン・一って奴がコラム書いてるから、時間のある時に見ておくといい」

「ジャン・・・どこかで聞いた気がするけど、それよりせっかく資格取ったのにどうして登録してないの?」

「必要性を感じないからだ」

「必要性って何?」

「俺が登録してもメインの仕事は前に話した企業コンサルだ。状況によってはキャリアコンサルティングを行うこともあるが、キャリアコンサルタントと名乗らなければ特に問題ないからな」

「えー、でも相談相手はキャリコンじゃないって知ったら不安になるんじゃないの?」

「残念ながらキャリコンにそこまでの認知度はない。相談者にとっては、登録の有無より実務的なスキルが優先される」

「えー、そんなことあるかなー」

「考えてみろ。もし自分がキャリアコンサルティングを受ける立場でキャリコンと名乗ってはいるが、話の聴けないやつとキャリコンではないが、しっかり話聴いてくれるやつ」

「それはズルい選択だよー」

「何がズルいんだ。そもそも実務では登録以前にキャリコンの資格がなくても、仕事でキャリアコンサルティングを行っている方々もたくさんいるんだぞ」

「えっ、そうなの?」

「もう一度いうが、キャリアコンサルタントはあくまで名称独占で社労士(社会保険労務士)や行政書士のような業務独占の資格じゃないんだ」

「業務独占っていうと、美容師さんとかお医者さんと同じだ」

「公共の入札案件とかで【キャリアコンサルタント必須】みたいな要件がない限り、業務上支障はない」

「そうか、だから資格とった人たち、みんなキャリコンの仕事ないっていうんだね・・・」

「そうなんだ。現時点では、資格があるだけで食っていくのが難しい状況だ。その話はいずれ誰かが声高に言ってくれるだろうがな」

(誰がそんなリスクのあること言うんだろ・・・)「うーん、でもそれ聞いちゃうと受験のモチベーション下がるなー」

「下がるか。でも前に話したように資格はあくまで通過点だ。その先にある自分がやりたいことを達成するための手段のひとつに過ぎないだろ」

「まあ、分かりますけどね・・・でもやっぱそれは理想論だなー」

「今度時間取って親方のやりたいこと聞くからな」

「そんな大層なことじゃないんで大丈夫・・・でもさー、おっさん養成講座には通ってたんだよね。キャリコンの試験は結局受けたの?」

「受けたよ。一応な」

「結果はどうだったの?」


「試験の結果か・・・」

「ちなみに両方受けたの?」

「学科と実試験か。両方受けたよ」

「で!?」

「どちらも合格だ」

「何回目で?!」

「初受験で」

「なになにー、ストレート合格?!スゴいじゃん、おっさん!」

「まぐれだがな」

「まぐれ?またまたー、いつものおっさんらしくないなー」

「いや、本当にそう思っている。評価もギリギリのところだったしな」

「へぇー、あんなに偉そうなのに・・・」

「おい!言葉を慎め」

「そういうところが偉そうなんだけどなー」

「俺らの時はみな運が良かったんだろう。試験期間中、仲間9人と勉強してていて8人合格したからな」

「9人のうち8人ってことは・・・えーと、おひとりは?」

「残念ながらそいつだけ、ロクでもない勉強会に行ってしまって、そこで教え込まれた変なクセが抜けなくて、その後3回受験することになった」

「・・・何か他人事じゃない」

「養成講座の通学中は、俺よりも遥かに面談スキルが高かったのにな。会社の先輩から推められた勉強会だったから断れなかったらしい」

「・・・何かそれも分かる。今の私じゃん」

「そうなることが想定されたから、俺らの勉強会では、資格保持者はあえて呼ばずに自分たちだけで切磋琢磨して練習してたんだ」

「それで8人合格したの?!」

「当初から合格した理由も分からないようなヤツラに教わることは何もないと思っていたからな」

「ひどい言い方!」

「でも合格した今はよく分かる。俺だって未だに何で合格できたのか分かってないからな。それなのに偉そうな顔して受験生にフィードバックなんてできないよ」

(お前が言うなー!偉そう大臣のくせに!)

「誰が大臣だよ。だから最初断ったろう。今だって企業コンサルの俺がキャリコンを語る資格があるのか自問自答してるくらいだ」

「へぇー、それは意外だね・・・」

 そう言いながらもワカバは、今回イチジョウが引き受けた経緯のことをヨツモトから事前に聞いておいて良かったと思った。それよりもひとつ気になることがまだ解消されていない。ワカバはイチジョウへ問いかけた。

「・・・でもさー、今は技能士なんだよね。ブラックジャックの前に何で技能士を受けようと思ったの?」

「実は、キャリコンの試験に合格した後の打ち上げでヨツモトさんの母親に言われてな」

「ヨッチャンのお母さん?ああ、そうか同じ養成講座だったのかー。なんて言われたの?」


時は合格後の打ち上げにさかのぼる・・・

「そういえばイチジョウって確か、昔企業から依頼されてキャリコンやってなかったっけ?」

「なんだよ今更」

「なんか前に授業でライフ・ライン・チャートやったじゃない。覚えてる?」

「ああ、あれか過去から現在までの人生を振り返るやつ」

「その時、一緒のグループになってイチジョウの今までのキャリアの話を聞いてたら【あれっ、こいつ養成講座に通わなくても実務経験枠で受験できんじゃん!】って思ったから」

「ん・・・どういうことだ」

「だって企業の人事部から依頼を受けてその会社の従業員の面談を定期的にやってたって言ってたから」

「・・・おい!気づいたその時言えよ!」

「だって言ったら辞めちゃうかもしれないと思って。それに何か言わないほうが面白そうだったから。はははは」

「性格悪いぞお前」


「キャリコンは合格したから結果的に良かったけど、実務経験あるなら技能士も受けられるじゃん。チャレンジする?」

「どうだろうな。今は考えてない。元々、養成講座に通うのが命題だったからな」

「命題って何?」

「俺が尊敬している恩師に言われたんだ【企業コンサルでも対話のスキルは大事だよ。イチジョウくんが良ければ初心に帰って学んでみてはどうか】ってな」

「そうなんだ。確かに対話のスキルは重要だもんね。じゃあ、実務経験で受験できることは知ってたわけね」

「そりゃあ、調べるだろ。養成講座の費用もバカにならんからな」

「なーんだ。あの時、伝えてても辞めなかったんだ」

「辞めるわけないだろう」

「じゃあさー、私の代わりに先受けといてよ」

「先?」

「私、技能士受験しようと思うんだ」

「そうなのか。どうして受けようと思ったんだ?」

「私キャリコンの試験には合格したけど、何で合格できたのかその理由も分からない今の状態で相談者の話し聴いていいのかなって思うことある」

「そうだな。俺もたまに思う」

「私の夢は、キャリアコンサルティングを誰でもいつでも受けられることが当たり前の社会になることだから」

「養成講座の自己紹介でもそう言ってたな」

「でもそれを実現するための技術も知識も経験もまだ全然足りてない」

「だからその通過点として技能士を取ろうとしてるのか」

「うん、そう。私、今は実務やってないけど、これから経験積んでく。そして3年経ったら技能士受験してみようと思う」

「不正受験しようとする心ないヤツラもいる中でえらく真っ当な挑戦だな」

「当たり前よ。そうじゃないと真摯な気持ちで相談者に向き合えないでしょ」

「まあ、お前らしいといえばらしいか(性格は悪いけどな)。じゃあ、俺が少し先に行って道を作るか」

「簡単な試験じゃないよー。実技の合格率15%ぐらいだからね」

「さすがに一度で合格しようなんて思っちゃいない。それこそお前が3年後に受験するまでには絶対取得しておく」

「はーい!よろしくねー」


・・・そして現在に戻る

「とまあ、そんなわけでキャリコン合格後すぐに技能士受験したんだ」

「へぇー、ヨッチャンのお母さんとそんな約束があったんだね」

「約束ってほどのもんじゃないが、とりあえず俺は無事技能士になったわけだ」

「ふーん、そうかー、でも試験はやっぱり難しかった?」

「キャリコンとは試験制度から全然違うからな」

「前に言ってた時間内にクロージングするやつね」

「そうだ。実務やってても苦戦する内容だった」

「苦戦?おっさんが?」

「俺も試験では試験官にも相談者役にも恵まれなかったからな」

「私の時と同じか・・・」

「あれは、実務からも相当逸脱したレベルの理不尽な応対だった」

「おっさんが言うと何かリアリティあるね・・・」

「百歩譲って俺のスキル不足があったとしてもそれを遥かに上回る高圧的で傲慢な態度でもあったから、口頭試問は落ちる覚悟でありったけの猛毒吐いて帰った」

「なんて言ったか聞きたいような、聞きたくないような・・・」

「思い出したくもない。今の試験は少し改善されているらしいが、当時は本当にひどかったからな」

「それで3年もかかったんだ」

「3年?何がだ」

「いやあ、合格するまでに」

「それはあいつの受験期限の話だろ」

「ということは・・・」

「1回で合格だ」

「1回!?おっさん、ズルいよー。技能士までストレート合格なんて」

「知らんがな。俺だって未だに信じられないよ」

「もう!私にもその力少しくれよー、おっさんよー」

「泣きそうじゃねえか、親方」

「おっさんには私の気持ちなんて分からないだろうね・・・あ、そうだ。受験した経緯は分かったけど、結局ブラックジャックって何?」


「・・・そもそもブラックジャックが何のことか分かってるのか?」

「トランプゲームのことでしょ」

「では、この話はなかったことに・・・」

「うそでーす。知ってますよー。無免許医師のマンガでしょ」

「ずいぶんとざっくりした情報だな」

「おっさんと違って世代じゃないから内容はよく分からないよ」

「俺だって現役じゃないわ!連載してたの赤ん坊の頃だからな。でも一応、どんな作品か紹介しておくか」

ブラック・ジャック|マンガ|手塚治虫 TEZUKA OSAMU

ストーリー
無免許の天才外科医ブラック・ジャックが活躍する医学ドラマです。ブラック・ジャックは、天才的な外科手術の技術を持ち、死の危機にさらされた重症の患者を、いつも奇跡的に助けます。しかしその代価として、いつも莫大な代金を請求するのです。そのため、医学界では、その存在すらも否定されています。人里離れた荒野の診療所に、自ら命を助けた助手のピノコとともに、ひっそりと暮らすブラック・ジャック。彼の元には、今日も、あらゆる医者から見放された患者たちが、最後の望みを託してやってくるのです。
                  (出所:TEZUKA PRODUCTIONS)

「ふーん、面白そうなんだけど、おっさんがキャリコンで高額請求してるってこと?」

「違うわ!ちなみに親方、キャリアコンサルタントの倫理綱領は見たことあるか?」

「・・・聞いたことはあるけど、見たことはあったような、なかったような」

「ないってことだな。学科試験では頻出されているが、原本を見てない受験生も多い。キャリコン目指すなら一度見ておくべきだ」

 そういうとイチジョウはワカバに資料を手渡した。

「ああ、これかー。前に一度見たような気がするなー」

「見てないってことだな。わずか5ページの資料だが、キャリアコンサルタントが遵守すべき行動規範を示している」

「いろいろ書いてあるなー。基本的理念に品位の保持・・・ああ、一番よく聞く守秘義務もここに載ってるなー」

キャリアコンサルタント倫理綱領

(守秘義務)
第5条 キャリアコンサルタントは、キャリアコンサルティングを通じて、職務上知り得た事実、資料、情報について守秘義務を負う。但し、身体・生命の危険が察知される場合、又は法律に定めのある場合等は、この限りではない。
2 キャリアコンサルタントは、キャリアコンサルティングの事例や研究の公表に際して、プライバシー保護に最大限留意し、相談者や関係者が特定されるなどの不利益が生じることがないように適切な措置をとらなければならない。            (出所:キャリアコンサルティング協議会)

「ちなみに守秘義務については、職業能力開発促進法にも次のように記載されている」

職業能力開発促進法

第三十条の二十七 2 キャリアコンサルタントは、その業務に関して知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならない。キャリアコンサルタントでなくなつた後においても、同様とする。(名称の使用制限)       (出所:職業能力開発促進法)

「このふたつを比べて何か気づかないか」

「そうだねー、キャリアコンサルタントとしては当然のことだよね・・・ん、でもキャリコンじゃなかったら」

「そうなんだ。これはいずれもキャリアコンサルタントが対象の制度なんだ。つまり技能士でもキャリコンになる(登録する)ことが前提ということだ」

「ということは、技能士だけなら守秘義務を守らなくても罰せられない?」

「あくまで拡大解釈にはなるが、そう捉えられても仕方ない」

「そんなの危ないじゃん!うっかり他の人にしゃべっちゃってもペナルティないんでしょ」

「まあ、実際は問題になったら内容によって刑事でも民事でも訴えられるだろうがな。そしてそれを未然に防止するための倫理綱領でもある。一応、序文には次のように書いてあるしな」

指定登録機関及び技能検定指定試験機関である協議会は、キャリアコンサルタント及びキャリアコンサルティング技能士が相談者、組織、社会の信頼を得て自らの職業倫理を高め確かなものにする拠り所として、ここに「キャリアコンサルタント倫理綱領」を制定することにしました。

「それでもよほど信用できる人にしか話せないよ。大事な悩みをうっかり漏らされちゃあ。例えるなら、まるで医師免許持ってないお医者さんから手術受けるみたいな・・・あっ」

「そういうことだ。分かってくれたか」

「なるほどー、なんか納得」

「以前は技能士会という組織があって、入会すると独自の倫理綱領で縛りがあった。今は新しく創設された他の機関が担っているが、結局俺のような組織に属さない一匹狼タイプの技能士は縛られているようで実は曖昧な存在なんだ」

「キャリコンだから性善説にたった考え方なのかな」

「それもあるだろう。しかし、あくまで私見に基づく考察だから俺の認識が間違っているかもしれないし、条文の中で見落としがあるかもしれない。それにまだキャリアコンサルタントが国家資格化されて丸5年は経っていないから、もし不備があっても今後改善されていくとは思うがな」

「でもキャリアコンサルティングを行う以上、相談者にとって不利益になることは絶対ダメだね」

「そうだ。いくらキャリコンや技能士の資格がないとしても仕事である以上、それは絶対だ」

「まあ、おっさん口だけは固そうだしね」

「だけは?!」

「ところでおっさん、ちょっと相談あるんだけど」

「なんだよ。この期に及んで」

「そろそろ他の勉強会行ってみようと思って」

「他の?」

「前から会社の先輩から誘われてるんだけど、ずっと断ってて」

「断ってたのか。でもどうして今回行ってみようと?」

「これはあまり言いたくないけど・・・・お、おっさんのおかげか、ちょっと自信ついてきて」

「ほお、自信か。それで?」

「今ならそこそこ出来る感じするから、他の勉強会も行けそうかなって」

「そこそこ・・・そうか。なら行けばいいじゃねえか」

「でも、まだ100%じゃないんだよー」

「100%ってそれは欲張りだろ」

「うーん、まあ分かってるんだけど、まだちょっと不安だから・・・」

「不安だから何だよ」

「一緒に着いて来てれないかなーって」

「おい、父兄参観かよ!」

「それでもいいから。お父さん役で」

「せめて兄貴だろ」

「お願い。いやお願いします!」

「忙しいんだよ俺は・・・それにキャリコンでもないのに行ってどうすんだよ」

「ホント見てるだけでいいから。お願い!いや、お願いいたします!」

「行くメリットないし。そこまで面倒見きれな・・・」

「あれっ、最後まで面倒みてくれるんじゃなかったっけ。じゃあいいですよー。今回のことヨッチャンに話します」

「なんでヨツモトさんに・・・あっ、親方」

「うーん、私は本意じゃないけど、たぶんヨッチャン、お母さんに言っちゃるだろうなー。私は全く望んでないけど」

「そうきたか・・・仕方ない、一度だけだぞ」

「さすが、おっさん話し分かるねー。だいぶゴネたけど」

「いつも一言余計だな」

「【いつも】が毎回余計だね」

「お互い様だ。じゃあ、日程決まったら教えとけ。仕事で行けるか分からんけどな。ああ、忙しい忙しい」

「いつもヒマそうじゃん。まあ、いいや。決まったら連絡するね」

「【いつも】が余計だ。決まった途端いつもの親方に戻ったな。さっきの謙虚な【お願いいたします】は何だったんだよ」

「あっ、急いで帰らないと楽しみにしてるKOCの決勝、間に合わなくなるよー」

「もう終わってるわ」

 ここまでで『聴けずのワカバ』本編「第1章:基礎編」(上巻)が終了です。次回から「第2章:勉強会編」が始まります。今がちょうど折り返し地点です。残りラストまで約1か月間のワカバに起こる悲喜劇をどうぞお楽しみに!


引用・参考文献(掲載順)

特定非営利活動法人 キャリアコンサルティング協議会「キャリアコンサルタント試験」https://www.career-shiken.org/(2020.10.8アクセス)

特定非営利活動法人 日本キャリア開発協会「キャリアコンサルタント試験」https://www.jcda-careerex.org/(2020.10.8アクセス)

厚生労働省「キャリアコンサルティング技法解説<若者編>」https://www.youtube.com/watch?v=kelh90R4CUE&feature=youtu.be (2020.10.8アクセス)※動画ですので音が出ます。

福原眞知子(2007)「マイクロカウンセリング技法-事例場面から学ぶ-」風間書房

TEZUKA PRODUCTIONS「ブラック・ジャック(マンガ)」https://tezukaosamu.net/jp/manga/438.html(2020.10.8アクセス)

キャリアコンサルティング協議会「キャリアコンサルタント養成講習の基本姿勢についての共同声明文」https://www.career-cc.org/news/news000340.html (2020.10.8アクセス)

キャリアコンサルティング協議会「キャリアコンサルタントにとっての成長と研鑽(2018年12月号)」https://www.career-cc.org/column/column000323.html (2020.10.8アクセス)

キャリアコンサルティング協議会「キャリアコンサルタント倫理綱領」https://www.career-cc.org/files/rinrikoryo.pdf(2020.10.8アクセス)

厚生労働省「職業能力開発促進法」https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=344AC0000000064#K(2020.10.8アクセス)

特定非営利活動法人 キャリアコンサルティング協議会「キャリアコンサルティング技能検定」https://www.career-kentei.org/(2020.10.8アクセス)

聴けずのワカバ(キャリコン資格取得編) 下巻へ続く



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