IMJものがたり 50  プリンセスプリンセスの 『M』

接待、セクレタリー、クルマというSSKを持ったまま財界活動をいそしむという「憧れの会長生活」をしている暇は私にはなかった。

 会長職は2年とか4年とか、長ければ10年やる人もいる。つまり新社長が会長になるまで続ける人が多い。しかし、私は当初からわずか3ヶ月の予定だった。

 というのも、半年後には神戸市長選挙がある。
 4月に社長から会長になり、6月の株主総会で取締役を退くまでの3ヶ月間で、新社長への引き継ぎを済ませなければならない。

 私は退任後に影響力を行使しようなんて思っていなかったし、いつまでも会社にうろうろしていると、廣田新社長もやりにくいはず。10年間、心血を注いでIMJを作ってきたのだ。隅々まで樫野イズムは浸透している。そんな私が意見すれば、社員も私と廣田のどちらを向いて仕事をすれば良いのかとか迷ってしまう。

 創業者の藤本真佐社長が私にバトンを渡したあと、見事なまでに関与せず、私のやりたいようにやらせてくれた。もちろん、困った時に相談にいけばいつでも相談に乗ってくれた。

 私もそうしようと決めていた。
 問題があれば、相談にくるだろう。そうでない限り、口出しはしない。

 そして、異例の「たった3ヶ月間だけ」の会長職はあっという間に過ぎていった。

 会長としてわがままを言ったのは、このIMJに集まってくれた大好きなメンバーとキチンとお別れ会をしたいということ。そしてその総合プロデュースをIMJの7周年パーティで大活躍したウッチーと村田くんのコンビニお願いしたいということだけ。

 そのウッチー&村田との事前打ち合わせ。
 内容はすべてお任せ。2人のセンスで楽しく思い出に残る会にしてくれたらそれでOK。

 そうすると、彼らからこんなプランを提案された。
 「みんなが樫野さんを送るためにスピーチや歌や踊りをすると思いますが、最後に樫野さんからみんなにサプライズを提供するのが面白いと思うんですよ。台本にはない形で、最後の樫野さんの締めの挨拶の後、アンサーソングを歌う。どうですか?」

  サプライズを提供する。IMJのクレドの一節。それをやってと頼まれたら断りようがない(笑)。
 「歌か・・・・まぁ、わかった。やってみるわ。で、曲は僕が選んで良いの?」
「できたら、樫野さんに歌って欲しい曲があるんです。その曲でお願いしたいんですけど」
「曲、決まってるの? 何?歌えるかどうかわからないけど」
「プリンセスプリンセスの『M』です」

「プリプリの他の曲なら知ってるけど。『M』は歌ったことがないから、歌えるかなぁ。ちょっと練習してみて返事するわ」



 そんなやりとりをし、大きな宿題を抱えてゴールデンウィークに神戸に帰省した。この帰省中に兵庫県の選挙管理委員会に行き、後援会と資金管理団体の設立届を提出。そしてごく近しい人にだけ立候補することを伝えた。

 用事を済ませ歩いていると、目に『ジャンカラ』の看板が飛び込んでくる。
「ちょっと練習しておこうかな」
そんな軽い気持ちで、『1人カラオケ』を三宮で初体験することになった。

 キチンと歌えるようになるまで、『M』を歌う。『M』ばかり何度も何度も繰り返し曲を入れる。
 メロディラインを覚える段階を経て、想いを込めて歌う感じになってきた瞬間、その歌詞が私の心に広がった。



いつも一緒にいたかった
となりで笑ってたかった
季節はまた変わるのに
心だけ立ち止まったまま

あなたのいない右側に
少しは慣れたつもりでいたのに
どうしてこんなに涙が出るの
もう叶わない想いなら
あなたを忘れる勇気だけ欲しいよ

・・・・・・・



涙があふれて、もう歌えなくなった。
 
IMJを離れるのがこんなに寂しく、みんなと別れるのがこんなに悲しいなんて。

 「1人カラオケ」で良かった。

人めをはばかることなく、私は思いっきり、肩をふるわせて泣いた。


 
 株主総会も無事に終わり、送別会は恵比寿のラ・ボエムで行われる。
 この日までのアクシデントは一件だけ。
ウッチーと村田から
「樫野さん、送別会の準備をしていたら経費がかかりすぎて、参加費だけで賄えそうもないんですよ。足が出たら樫野さんに補填してもらって良いですか?」

 いったい、何をやろうとしてるんだ?(笑)
 まぁ、参加費はなるべく安くて、多くのメンバーに参加してもらった方が嬉しいので、OKを出す。
 

 そして開宴。
 歌や踊り、スピーチが繰り広げられ、みんなと一緒に楽しんだ運動会やサバイバルゲーム、役員全員で頑張った和太鼓の映像が映し出される。


 楽しい時間はあっという間に過ぎる。
「宴たけなわでございますが」という司会者の声で、最後の挨拶をするためにステージへ。

10年間の思い出や、みんなへの感謝を延べたあと、シナリオとおりに司会者が
「実は、樫野さんからみんなへのアンサーソングを用意してあります。
それでは樫野さん、お願いします」

『M』のイントロが流れる。

歌おうとした瞬間、新たな映像が映し出される。
スクリーンには、妻や娘の写真、そしてなんと神戸の実家の母のメッセージが流れ始めた。

「孝人。長い間、ご苦労さまでした。皆さんに支えられて・・・」

なるほど、そういうことか。
アンサーソングというサプライズに重ねて、更にサプライズ映像で僕を驚かせようという演出。

さすが。
この神戸までの旅費交通費で経費の足が出たわけか(笑)。

たぶん、普段の僕なら、この時、泣いていただろう。
でも、三宮の1人カラオケボックスでもう涙は出し尽くしていた。
サプライズのサプライズで、私の涙を添えようと画策していたのかもしれないが、それには応えることができなかった。
ごめんな、ウッチー&村田くん。

 ありがとう。みんな。
 頑張るよ、神戸でも。

 最後の別れの挨拶のあと、胴上げをしてもらい、僕は次のステージである政治の世界へ向かっていった。

7月から10月にかけて怒涛の3ヶ月間。一度目の神戸市長選挙の様子に興味のある方は、拙著『無所属新人』をお読みください。
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リクルート、福岡ドーム、メディアファクトリーを経て、映画プロデューサー、ベンチャー経営者、政治家、作家に。