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『ジェントルメン』と、どっちの男性器が大きいか勝負

キャリアと共に磨きがかかるチャラさ

ガイ・リッチー新作。むせかえるほどの90年代感に、見終えて劇場を出ようとした際に「あれっ、ここはシネセゾン渋谷かな、階段を降りたら道玄坂だろうか」と錯覚してしまいました。監督デビュー作『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998)に立ち返ったかのような、ギャング同士の血なまぐさい抗争を描いた『ジェントルメン』は、実にガイ・リッチーらしいイギリスの犯罪映画です。大麻農場、ボクシングジムなど、同じモチーフが再登場するのも原点回帰を感じさせますし、映画制作をメタ的に扱うアイデアも効いています。ストーリーの構成も巧みで、とても楽しい映画になっていました。大麻取引のビジネスから引退を決めた人物(マシュー・マコノヒー)が、思わぬトラブルに巻き込まれるというあらすじです。

なぜガイ・リッチーは、映画監督としてのキャリアが長くなっても重厚にならないのか。ベテランの域に達すると、巨匠に見られたい欲求も出てきそうなものですが、彼特有の軽さ、チャラさはキャリアと共にむしろ磨きがかかっていき、『コードネーム U.N.C.L.E.』(2015)でその頂点に達します。こんなにチャラいスパイ映画があっていいのか、と驚くほかない軽薄なフィルムです。実際のところ彼の映画原則は「いい男が出てくる、危険とスリルに満ちた冒険の映画を撮りたい」「俳優にオシャレな服を着せて、カッコいい音楽をかけたい」といったシンプルさで成立するように見えます。その軽さは注目すべき個性ではないでしょうか。

男らしさの証明

『ジェントルメン』はタイトル通り男性しか出てこない映画です。女性はほとんど添え物のような役割しか果たしません。では男だけの物語において、彼らは何をしているのか。劇中のせりふにもありますが、男どもが繰り広げるのは単なる cock-off (どちらの男性器が大きいか勝負)であり、乱暴で幼稚な縄張り争いです。大麻取引に絡んだ抗争は、ティーンエイジャーの少年が隣町の不良と殴り合う行為の延長にあります。彼らはみな、他の男と競い合って「俺の男性器の方が大きい」と主張したいのです。そしてガイ・リッチーは、cock-off の幼稚さ、無益さを知りつつ、それをテーマに据えて描きたいと考えています。

イギリス人コメディアン、ロバート・ウェッブの著書『男らしさはつらいよ』(双葉社)にもあるように、イギリス文化においてマスキュリニティ(男らしさ)はとても大きな位置を占めます。彼らは無益な男らしさに取り憑かれています。大麻を売って成功するのは、金銭欲というよりも男性性の証明なのです。結果、粗暴な犯罪者たちはいい歳をして cock-off がやめられず、子どものような血まみれのけんかに没頭するのですが、ガイ・リッチーはそうした男性性に対して、くだらないとあきれつつも、どこか愛着のようなものを覚えてもいます。その粗暴さにうんざりしつつも、無意味だと切って捨てることができない。彼らは “a good old-fashioned cock-off” (古き良き男らしさ勝負)をしているのだ、とガイ・リッチーは登場人物を通じて語らせるのです。

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あきれつつも愛する

『ロック、ストック〜』と『ジェントルマン』の差異があるとすれば、年齢と共に cock-off に疲れた年長の登場人物が描かれる点ではないでしょうか。「ヤワになった」(he’s got soft)男が引退をする、というのはマスキュリニティに辟易した証拠です。男らしくあることに疲れてしまった。一方、若い男どもは、自分の男らしさを証明したくてうずうずしていますが、そんな若い世代に「もうそろそろ、いい加減にしろよ」とあきれつつ、しかし自分の男性性が脅かされるような挑発を受けると──「俺の男性器はお前のより大きい」となじられると──やはり子どもじみた暴力で cock-off を受けて立つしかないという男性性の厄介さが本作のポイントです。

このイギリス的な男性性の誇示に対する、監督の複雑な態度、すなわち「あきれつつも愛する」という矛盾が、『ジェントルメン』のトーンを決定づけています。私がこの映画に感じた90年代らしさは、あるいはこの男性性に対する二面性が原因なのかもしれません。1968年生まれのガイ・リッチーにとって、男性性とは無益だとわかっていても、かんたんに放棄できるものではないようにも見えます。劇中、ボクシングジムの指導者(コリン・ファレル)は、ジムに集う若者のやらかしたヘマを尻拭いしますが、この人物が監督に重なって見えるようにも感じました。あるいはいまのガイ・リッチーにとっての男らしさとは「若者(過去の自分)が、男性性に取り憑かれてやらかした数多くの失敗」にような位置にあるかもしれないと感じました。


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