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『風立ちぬ』から『君たちはどう生きるか』までの1ダース

 宮崎駿監督の新作『君たちはどう生きるか』が、この7月に公開される。前作『風立ちぬ』の公開が2013年7月20日だから、ぴったり10年ぶりの新作ということになる。
 そこでふと思い立って、この10年の間に公開されたアニメ映画の中から、強く印象に残った作品を選んでみた。最初は10本で考えていたのだが、どうにも上手く収まりそうもなかったので、プラス2本で1ダース。まず「ストーリーが面白い」ことを第一に、ついで「アニメーションらしいビジュアル面での冒険、音響面での挑戦をしている」ことを念頭に置きつつ、選んでみた。
 海外のコメディ作品が多くなったのは、完全に個人的な興味。本当は『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』『名探偵コナン』のような(テレビシリーズから派生した)劇場作品も入れたかったのだが、最終的にはオリジナル色が強いラインナップになってしまった。また『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のように、今後のアニメ映画制作に影響を与えるであろう技術的な挑戦を試みている作品も、残念ながら漏れてしまっている。
 とはいえ、こうして振り返ってみると、なんとなくこの10年間のアニメ映画のトレンド――他作品とは違う特色ある「絵」づくり(特に色彩面におけるチャレンジ)への志向、3DCGを使ったキャラクター表現(特にデフォルメ表現)への挑戦、そして音楽映画への傾斜――が押さえられているような気もする。

『LEGOムービー』(2014年/フィル・ロード&クリス・ミラー)

すべてがレゴでできた世界、レゴワールドを舞台にしたスラップスティックなコメディ。レゴブロックでできたキャラクターたちが、変幻自在にカチャカチャと動き回る様は、今でも十二分に刺激的。また、映画の終盤で敵役の「おしごと大臣」(ウィル・フェレルが好演)の正体が判明してから、実写パートへとなだれ込むメタ展開は、『トイ・ストーリー』のテーマを踏まえつつ、この作品を「現代のコメディ映画」へアップデートする鍵になっているように思う。監督のフィル・ロード&クリス・ミラーのコンビは、この後触れる『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズのプロデュースなど、ワーナー・アニメーションのブレーンとして大活躍。また実写映画でも『ブリグズビー・ベア』を筆頭に、ひと筋縄ではいかないコメディ(?)を手掛け続けている。70年代生まれのプロデューサー/制作者として、ジェームズ・ワンと並ぶ注目株。

『スポンジ・ボブ 海のみんなが世界を救Woo!』(2015年/ポール・ティビット)

人気キャラクター、スポンジ・ボブと仲間たちをメインに据えた劇場映画の2作目。ありとあらゆる技法を駆使して、タガが外れているとしか思えないドタバタ騒ぎが繰り広げられる。その情報量の詰め込み方はほとんどサイケデリック。「おもちゃ箱をひっくり返したような」という形容が、ここまで似合う作品はなかなかない。終盤に実写パートが入ってきて、映画がもう一段階ドライブするあたりは『LEGOムービー』に近いテイスト。『トイ・ストーリー』の公開から20年が経ち、ノウハウの蓄積とともにこなれてきた3DCGアニメーションの技術が、いよいよ次の段階に入ってきた感もある。

『ミニオンズ』(2015年/ピエール・コフィン、カイル・バルダ)

怪盗グルーのやんちゃな手下、黄色くてちっちゃい謎の生物・ミニオンたち(バナナー!)を主役に据えたスピンオフ。冒頭、ミニオンの来歴が語られるシーケンスの圧倒的なスピード感、そこから悪党大会が開かれているフロリダ(!)を経由して、1960年代のイギリスへとなだれ込み、当時のファッション・風俗・ヒット曲を次々と盛り込みながら、はちゃめちゃな展開で観客を引っ張りまわす。ぺちゃくちゃとミニオン語をまくし立てながら、跳ね回るケビン、スチュワート、ボブの3匹はどことなく『サボテン・ブラザーズ』の3人組っぽくもあり、同時にマルクス兄弟を思い出させたりもする。とにかくコメディ映画として完成度がめちゃくちゃ高い。

『君の名は。』(2016年/新海誠)

2010年代を代表する大ヒット作。それまで細やかな心情描写を得意としていた新海監督が、堂々たるストーリーテラーぶりを発揮し、一躍メジャーフィールドに躍り出た出世作になる。思春期の男女の体が入れ替わるという(大林信彦『転校生』を思わせる)導入から始まり、中盤で2人の主人公の「時間のずれ」が明かされると、物語は東日本大震災に触発されたと思しきカタストロフへとたどり着く。そのヒネリの効いた作劇がまずもって素晴らしい。面白いのは、新海監督が「音(セリフ)」からコンテを組み立てている点。監督は前作『言の葉の庭』で初めて本格的にビデオコンテ(ムービーの形でコンテを作る)を採用したが、そこでの経験をさらに発展させたのが『君の名は。』ということになるだろうか。たしかにビデオコンテは「音」による映画のテンポ(流れ)のコントロールに向いた手法だと思わされる。

『トロールズ』(2016年/マイク・ミッチェル)

もともと舞台劇だった『マンマ・ミーヤ!』の映画化(2008年)やテレビシリーズ『glee/グリー』(2009~2015年)あたりの成功をきっかけに、既存曲を使ったミュージカル、いわゆるジュークボックス・ミュージカルに注目が集まるようになる。と同時に、アニメ映画でも『アナと雪の女王』(2013年)の成功が引き金となって、音楽をフィーチャーした作品が数多く作られるようになった。その流れは今(2023年)もまだ続いている……というか、むしろメインストリームを形作っているのだが(例えばディズニー版『美女と野獣』を参照しつつ制作された細田守監督の『竜とそばかすの姫』も、そのひとつ)、そうした作品群の中で特にインパクトが大きかったのが本作。アナ・ケンドリックやジャスティン・ティンバーレイクといった「唄える役者」をメインに据え、繰り広げられるきらびやかな(スパークル!)映像世界は、ひたすらにハッピーでパワフルでポジティブ!

『夜明け告げるルーのうた』(2017年/湯浅政明)

2013年に自身のスタジオ、サイエンスSARUを設立した監督・演出家、湯浅政明は、以降、矢継ぎ早に作品を発表。劇場作品の『夜は短し恋せよ乙女』『きみと、波にのれたら』に加えて、『映像研には手を出すな!』『DEVILMAN crybaby』『SUPER SHIRO』『日本沈没2020』と4本のシリーズを手掛け、その勢いは2021年公開の『犬王』まで続く。その中からどれか1本……と考えて、この『夜明け告げるルーのうた』を選んだのだが、そういえばこれも音楽アニメだった。人魚の女の子・ルーと中学生の男の子・カイの、切ない絆をエモーショナルに描いた快作。湯浅監督は、音楽の起爆力を登場人物のエモーションの爆発と重ね合わせるのがじつに上手いのだが、加えてフラッシュアニメの手触りもじつにユニーク。その緩急に圧倒されてしまう。ブレイク前のお笑い芸人・千鳥の2人がゲスト声優として、いい仕事をしているのも隠れたポイント。

『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』(2018年/京田知己)

2005年に放送されたテレビシリーズ『交響詩篇エウレカセブン』をベースにしつつ、まったく新たな構想のもとに制作された『ハイエボリューション』3部作の2作目。とにかく、ビジュアルのコンセプトが素晴らしい。今では3DCGで制作されることが多いメカアクションを手描きで、一方でキャラクター・アニメーションを3DCGにするという転倒。だが、その転倒が作劇的な必然性とともに、観客の目の前、今ここで展開し、驚きのうちに観客はその渦中に巻き込まれていく。日本において、3DCGを使ったキャラクターアニメーションにどんな可能性があるかを提示しつつ、他の追随を許さない唯一無二のフィルムになっていると思う。

『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年/ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン)

『LEGOムービー』のフィル・ロード&クリス・ミラーが製作に回った、CGアニメ版『スパイダーマン』。さまざまなスタイルの「絵」を、あえて同じ画面内に同居させ、その違和感さえも作品の魅力として定着させてしまうという力技。とにかく「絵」という媒体(メディア)が持つインパクト、引力をとことんまで使い倒そうとする意欲に圧倒される。続編制作がすぐ決まったのも納得。

『プロメア』(2019年/今石洋之)

『スパイダーマン:スパイダーバース』と同様、徹底的に「絵」の強度に賭けることで、アニメーション表現を一段引き上げた秀作。抑圧された人々とその反抗という筋立てが、鋭敏なカラーコントロールと的確なレイアウト感覚によって、ぐいぐいと観客を惹き込んでいく。画面いっぱいに詰め込まれ、グツグツと煮えたぎる圧倒的な情報量、それを突き抜けた先に広がる、寂しく荒涼とした風景が美しい。

『ソウルフル・ワールド』(2020年/ピート・ドクター)

ピクサーを率いるピート・ドクター、彼自身の監督作から1本と思ったのだが、2015年公開の『インサイド・ヘッド』と迷って、こちらを選んだ。人間が生まれてくる前の「魂の世界」という抽象的なモチーフを、チャーミングなビジュアルに仕立てあげる手腕。またミュージシャンが自身の音楽を取り戻す「音楽映画」でもある。

『サイダーのように言葉が湧き上がる』(2021年/イシグロキョウヘイ)

俳句がラップになり、シティポップと出会って恋の魔法をかける。地方都市を舞台にした青春映画でもあり、またショッピングモールを舞台にした歴史の物語でもあり、そして「音が始まる場所」を鮮やかに切り取った音楽映画でもある。そうした重層的なモチーフを、あくまでも軽やかにまとめているのが、鈴木英人を思わせるビジュアル。そしてそれに「サイダー」のタイトルを冠してパッケージングするセンスに舌を巻く。すべてのピースが収まるべき場所に収まったような、爽やかな感動がここにはある。

『かぐや姫の物語』(2013/高畑勲)

『風立ちぬ』以降のアニメ映画、というだけでなく、たぶん世界的に見ても似たような試みをしている作品は他にない。……と言いたくなってしまう、高畑勲監督の遺作。しかしこれが最後の作品とは思えないほどに若々しく、生々しい。平安時代の素朴な物語が、21世紀の女性の「声」として響いてくる異様さ。多くのアニメ作品が「動く色面」の芸術を指向する中で、この『かぐや姫の物語』が指し示す「線」の(エ)モーションは、とてつもない強度で屹立していて、その孤高ぶりは『ANEMONE』にも近い。


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