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「モーニング」

昔から好き。
「モーニングしよ」と誘われるの大好き。

遠足ほど大げさではないけれど、モーニングに行く予定があれば早起きできる。お外でごはんをたべるだけなのにどうしてだろう?

そこには、ほんの少しの非日常感と、朝の空気が関係しているのかもしれない。朝の、ちょっと神聖な感じ。

ごはんそのものについては、そもそも、同じ料理でも誰かによそってもらうだけで少し特別なものになる。

「でかけていく」という行為も良い。

南ドイツに行ったとき、老舗の喫茶店でモーニングをした。たまごの調理法を目玉焼きにしてもらったら目玉がみっつもあって、プレート自体も大きくて、とてもひとり分とは思えない量だったけど、2時間かけてみんなでゆっくりたべたのはほんとうに楽しくてきらきらした思い出。

「モーニング」なんて名前もついていなくて、ドイツ人の友だちはどうして私があんなに喜んでいるかよくわからなかったと思う。

名前がつくと、それは急に特別なものになる。

もし私が外国人で日本語を勉強中だったら、「モーニングに行く」という表現の可愛さに悶絶してしまう気がする(私は、一部の言葉の音やニュアンスに敏感すぎるところがある)。

カフェに行くだけでも、言葉があるだけで小さなイベントのように感じられるのかもしれない。

人間は、言葉に惑わされやすいらしい(そして脳は簡単にだまされる)。

それなら、どんどん言葉を利用して自分の好きな世界を作っていけばいいのだ。

私は、言葉に惑わされながら、生きているうちに何度でもモーニングに行きたい。

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世界にちりばめられているうつくしいもの、たくさんキャッチして、描きのこしたい。

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𝓽𝓻𝓪𝓭𝓾𝓬𝓽𝓻𝓲𝓬𝓮 𝓯𝓻 ᯽ 𝓳𝓹 フランス語翻訳家. 暮らしのあれこれに好奇心. 母は書家 雙葉. フランス語レッスンはおやすみ中です. ⓣⓞⓚⓨⓞ
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