
その日のアップルパイ。
昨年末のちょっといい話。
友人が漆塗りの修行に来た時の事である。
(私がみっちり指導しているわけではなく、師匠である父がほとんど教えている。
兄弟子と言える私は放任主義でほとんどおしゃべりしているだけ。)
夕方、仕事場に行く際に私は友人をもてなすためにケーキ屋へ寄った。
とは言うものの、その日は朝も昼も食べた量が少なく、自分のお腹が空いていたのだ。
そのケーキ屋でアップルパイを購入して友人を待つ。
15時半、友人が到着するなり、「お腹は空いていますか」と質問をした。
すると友人は、「お昼ご飯を食べる時間が無かったので空いている」と答える。
それは好都合と、修行をする前にアップルパイを取り出す。
長方形で全長は20センチほどだろうか。
私はケーキを切り分ける包丁を片手に「どれくらい食べたいか」と友人に問う。
すると、あっくん(僕のこと)はどれくらい食べたいかと友人が返す。
「半分丸ごと食べたい」と包丁で半分くらいのところを指し示す。
「師匠の分はどうすんの」と聞く、よくできた妹弟子に対して私は、
「こんくらいでいいやろ」と5ミリ幅くらいにスライスして小皿に乗せる。
(師匠である父は隣の部屋で仕入れ先の人と話しているのでこの会話は聞こえていない。)
それはヒドイんじゃないかと言われるが、「源氏パイやって言うて渡したらわからんやろ」と。
そう、これは生のリンゴが入っている「生源氏パイ」であると。
そんな押し問答の末に私が出した結論は、
「師匠の分として4センチ幅くらいに切って置いておく。
残りを二人で半分こする。
それで物足りなければ、師匠の分も二人で食べる。」
という弟子らしからぬものだった。
まずは二人の分をそれぞれの皿に取り分けて食べる。
軽いサクサクのパイ生地に包まれたリンゴはしゃくしゃくとした食感が残っている。
クリーム類が入ってなくて甘さもほどよく、リンゴらしい酸味が利いているのでいくらでも食べられそうだ。
自分たちの分をぺろりと平らげた私たちは、「余裕で食えるな」と師匠の分をまた半分に切り分けて二人占めにしようとする。
それを食べている時に仕入れ先の人が話を終えてこちらの部屋に入ってきそうになり、
「隠せ隠せ!」とあわてて証拠隠滅にはしる人間的小ささであった。
これのどこが「ちょっといい話」であるのか。
この出来事の前日、私は父親に振り回されてイライラした。
そのイライラを、この「アップルパイを寄越さない」という小さな仕打ちでガス抜きしたのであった。
相手のあずかり知らぬところで小さなイライラを解消して当たり散らさないようにする。
う~ん。いい話。