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あの夏、私はゲル状になった気がした。 後編

新卒で入社した会社を2年ちょっとで辞めて自転車旅に出ようとした私。
真夏の出発を避けて涼しくなるまでの2ヶ月間を準備期間とした。

ダラダラと日々を無為に過ごしているうちに、社会とのつながりを失ったような不安感や孤独感は思いのほか大きくなっていった。

毎日家で寝転がっていると、ついには自分の存在そのものが曖昧でゲル状になったような感じがした。

なぜ当時の私はそのような気分を味わったのか。
理由は単純で、自分自身でも「社会的身分のはっきりした自分」しか知らなかったからだ。
自分の存在意義を、自分自身で完結させられるほどに構築してこれていなかったのである。

そこで私は主張したい。
日本人の多くは成人した後で一度社会から離れ、自分だけの時間、自分だけの場所、自分だけの価値観をあらためて構築すべきではないかと。

過去の自分がそうであったように、存在意義の要素の大半が社会的なものだというのは多いと思う。
そしてそれは、一度社会から離れないと気づけない種類のものなのだとも思う。

精力的に仕事をこなしてきた人が定年退職した後にどう過ごしていいかわからなかったり、初対面の人とどう接したらいいかわからなくて戸惑うというのも同じ事なのではないか。

自分を構成している要素というのも生き方やライフステージ等によって常に変動していくものである。

しかし、社会的な交流や活動とは無関係に、自分のアイデンティティを守る事の出来る経験や領域を常にどこかで確保しておくべきではないか。

テレワークによって社会的な交流が減り、その事で不安感や孤独感を感じるというニュースがきっかけで、久々に昔の気分を思い出したのであった。

結局なにが言いたかったかというと、このマガジンのタイトルである「職を捨てて旅に出よ」と言いたかったのである。

別に旅でなくてもいいのだけど、社会的な価値観とは別の領域で、自分を再構築しようと言いたかったのである。

私自身が会社を辞めて自転車旅をした後の変化についてはおいおい。

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京都で漆と木工の仕事をしている脱サラ職人。父は職人歴50年のガンコ者。絶望的な経済状況の中でおもしろおかしく生きていこうとする、希望にあふれた職人の生きざまをご覧あれ。僕はアウトドア漆器ブランド「erakko」を立上げ活動しています。https://erakko.jp/