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明の鉄筋相談 パート3

初めてのナンパは平和的な幕切れであったが、去る10月15日に出店した手作り市で思わぬ出会いがあった。

店じまいを始めようと椅子から腰を上げた夕方頃に、一人の女性がやってきた。
ブロンドヘアーをスッキリと後ろで一つに束ねたシンプルさがよく似合う、整った顔立ちのいわゆる「ロシア美人」という感じの子だった。
スタイルはいいが、まだ少しだけ残るあどけなさや服装からすると、ハタチ過ぎの大学生といった感じか。
留学生かなにかだろうか。

私の製作物をよく眺めていたので、英語で「これはこういうやつで、あれはそういうやつだよ。」と説明してみた。
わが工房に来ているフランスからのインターンシップ生は日本語が話せないので、なんとか英語でコミュニケーションをとっているうちに簡単な意思疎通ができるようになってきたのだ。

ちなみに、これからお送りするロシア風美人との会話はすべて私の意訳でお伝えする。
私の過分な妄想による解釈が混じっている可能性があるということは先に申し上げておく。

頼りない英語力でもなんとなく伝わっている感じがしたので、私の傑作の一つである”孤独も愛するエラッコさん”を指さして、「これめっちゃかわいいだろ。」と言ってみた。
すると彼女は、「イェー!イェー!」と一気に表情を崩し、子どものように弾ける笑顔で話しはじめた。
「うん!めっちゃかわいい!さっきそう思って見てたんだ!」と。

そのはしゃいでいる声のトーンが高めで、なんというか、すごく「キャピっ」としていた。
外人女性に対する私のごく個人的なイメージは、声が低く落ち着いているイメージだったので、その声がなんとなく印象に残った。

例のフランスからのインターン生もハタチ過ぎの女性だが、どちらかというと落ち着いた低めの声で話す。
私が文法も発音も破綻した伝わらない英語で話しかけると、眉根を寄せて「ァアン!?」と凄みを効かせた表情で聞き返される。

気圧される私はもう一度説明を試みるが、それでも「ァアン!?」と返され、「ネバーマインド!(なんでもない!)」と言って強制的に会話を打ち切るのが常習化している。
インターン生からしたらずいぶんとフラストレーションが溜まるやりとりだろう。

そんなことはどうでもよくて、次は彼女の方から高揚した雰囲気のまま、「次の月曜の”ナントカ市”には行くの!?」と質問をしてきた。

”ナントカ市”という部分が聞き取れなかったが、ネクストマンデーに出店の予定はなかったので、「行かない」と伝えた。
「でも上賀茂神社の手作り市には行くよ!10月27日だよ!京都でも有名なクラフトフェアだぜ!」と説明した。

そして彼女は要領を得たという様子で去っていった。
私はなんとか言葉が通じたという充足感に浸っていると、ある後悔の念が湧いてきた。

「なぜ11月にやるバーベキューに誘わなかったのだ!!!!!!」と。

そのバーベキューには、”明の鉄筋相談”の名付け親であり、私の初ナンパの敗戦を見守っていたK氏もお呼びしていたからだ。
そうすれば私はK氏に、「ワッハッハッ!見事ロシア美女のナンパに成功しましたよ!」と自慢することができたというのに。

私の後悔とはただそれだけのことであり、決してロシア風美女に心を奪われたとかそういうことではない。

ものの1~2分で垣間見ただけのかわいらしい笑顔と、キャピっとした声に、難攻不落の真田丸とまで言われた私の心が破られるわけはないのだ。
私はそんな、ぶりっ子で、あからさまで、したたかな攻撃に動じるほどちょろい男ではない。
ただ、その、なんというか、ほんの少しだけ、心にごく小さな風穴を空けられて隙間風が吹いた、と感じただけのことだ。

しかしあのような笑顔で次の出店を尋ねるとはどういうことだ!?
今度は閉店間際でなくあらためてじっくり品物を見たいということか?

はたまた、「品物も良かったし、がんばって英語で話しかけてくれるなんて、素敵な殿方ね。また会いたいわ。」などという気持ちも込められていたのだろうか。

「来る!きっと彼女は上賀茂神社に、来る!」

そう確信した私は、上賀茂神社の出店でロシア風美人との再会と、バーベキューへの誘致を決意した。

つづく

みなさまのご支援で伝統の技が未来に、いや、僕の生活に希望が生まれます。