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『正反対な君と僕』から三幕構成を考える

 友人のes(江藤)の書いた記事『”ハリウッド3幕構成”完全攻略ガイド』(以下『ガイド』)を読んで、なんとなく三幕構成のことが分かった気になっていた俺であったが、ジャンププラスの読切作品『正反対な君と僕』を読んで、「これ、見事に三幕構成じゃん!」と思ったので、実際に分析してみることにした。

 こういうことをされると作者としては「芸人が自分のネタを解説されてるみたい」で小っ恥ずかしくていたたまれない気持ちになると思うが、まあ、作品を公開すると、こういうこともされるので、そこは諦めて欲しい。

1.三幕構成の構成要素の確認

 さて、『ガイド』によると、三幕構成の構成要素と、各要素の割合は以下のようになっている。それぞれの構成要素の詳細な意味合いに関しては『ガイド』の方を参照して頂きたい。また、今回、検証を行う『正反対な君と僕』は41Pの作品であるため、各要素の割合が本作においては何ページに当たるのかをカッコの中で示している(小数点以下四捨五入)。

第1幕 「主人公がこれまで過ごしてきた世界の価値観」27%(11P)
第2幕 「第1幕の世界とは正反対の価値観」50%(21P)
第3幕 「ふたつの価値観の矛盾を解決した新しい価値観」23%(9P)

 この3つの幕(価値観)はさらに15のビートに分解され、また、esの独自分析により、この15ビートは6ブロックへと分類して理解される。

■第1ブロック ”オープニング” 9%(4P)
-オープニングイメージ
-テーマの提示
-セットアップ

■第2ブロック ”古い世界の終わり” 18%(7P)
-きっかけ
-悩みのとき
-第1ターニング・ポイント

■第3ブロック ”正反対の価値観” 23%(9P)
-サブプロット
-お楽しみ
-ミッド・ポイント

■第4ブロック ”絶体絶命” 18%(7P)
-迫りくる悪いやつら
-すべてを失って

■第5ブロック ”光射す夜明け” 9%(4P)
-心の暗闇
-第2ターニング・ポイント

■第6ブロック ”フィニッシュ” 23%(9P)
-フィナーレ
-ファイナル・イメージ


2.『正反対な君と僕』の構成を当てはめてみる

■第1ブロック ”オープニング” 9%(4P)
-オープニングイメージ
-テーマの提示
-セットアップ

(表紙は抜く)P1~P7まで。ヒロインの「たまに疲れてしまいのはなんでだろう」までを第1ブロックと解釈。ヒーローに対する恋心が描かれることで「テーマの提示」(このラブストーリーはどうなるのか?)がなされる。ヒロインとヒーローの真逆の性格が描かれることで「登場人物の特徴」が示され、「主人公の抱えている問題」も示される。この2つはどちらも「セットアップ」に含まれる要件。

第一ブロックの分量配分は9%(4P)だが、本作では7Pを使っている。実際、本作の描写的に7P程は必要なように感じられる。ラブストーリーで最初に「恋心の理由」を説得的に描くためには、このくらいの分量は必要だろう。P5の大胆にページを使った演出も効果的。

■第2ブロック ”古い世界の終わり” 18%(7P)
-きっかけ
-悩みのとき
-第1ターニング・ポイント

P8~P9。「きっかけ」は下駄箱での出会い、「ヤバい」が「悩みのとき」、ヒロインが「一緒に帰ろ?」と自発的なアクションをしたところを「第1ターニング・ポイント」と解釈。配分では7Pのところが、わずか2Pで終了している。第1ブロックが7Pと大幅超過していたが、第2ブロックがわずか2Pで短かったため、結果として第一幕23%(9P)の配分には合致している。

■第3ブロック ”正反対の価値観” 23%(9P)
-サブプロット
-お楽しみ
-ミッド・ポイント

P10 ~P17。「ドキドキして眠れないよ~!」まで。「ミッド・ポイント」の要件が「見せかけの絶好調」or「見せかけの絶不調」であるため、ヒーローと手を繋いだことで相思相愛の関係を意識して舞い上がるところまでが該当すると判断。ここは8Pなので、配分の9Pと概ね合致。

また、『ガイド』によれば「お楽しみ」ビートが作品の「フック」であるため、本作の「フック」は「ギャルが正反対の性格のメガネ男子と相思相愛」となる。実際、表紙に書かれているキャッチコピーは「見た目も中身も正反対!? 惹かれる理由はそれで十分!」であり、概ね合致していると言えよう。

■第4ブロック ”絶体絶命” 18%(7P)
-迫りくる悪いやつら
-すべてを失って

P18~24。「最悪だ」のコマまでが該当。「迫りくる悪いやつら」の要件である「主人公が不穏な気配に気付かず調子にのりまくる」という要素は本作には見当たらないが、「すべてを失って」の要件は見事に満たしている。ページ数は7Pで配分と合致。

なお、「ヒロインが遅刻する」要素に2ページを使っているが、ヒロインが遅刻する必然性はよく分からない。朝に「すべてを失って」が発生して、放課後までヒロインが悩み続けると長すぎるため、昼から登場することにして悩み時間を短縮したのだろうか?


■第5ブロック ”光射す夜明け” 9%(4P)
-心の暗闇
-第2ターニング・ポイント

P25~P28。「私、谷くんのこと好き」までが該当。4P。正確にはスタート地点は「最悪だ」の次のコマなので、4.7Pくらいを使っている。「絶好調→どん底」に落ちた時に、主人公が「何を考えるのか?」の悩みの時間が「心の暗闇」ビート。ただ、ここで谷くんから「忘れて」と言われて、さらにどん底が更新されているため、やや変則的な「心の暗闇」でもある。

ここで注目すべきは「第2ターニング・ポイント」。esの作例では「心の暗闇」で悩んだ後に、内省を通じて「次の価値観の思考」へと至っていたが(つまり、心の中でぐちゃぐちゃ考えた挙げ句に、「そんなことないんだ!」と心の中で思い至って行動に移している)、本作では「そんなことないんだ!」という心の中をあえて描かず、唐突に行動で示している。とはいえ全く描かれていないというわけではなく、P27の2コマ目以降、ヒロインがずっと黙っている描写が実質的な「そんなことないんだ!」の描写である。

これはつまり、主人公の心情的な変化を、明示的な心理描写で描く必要は必ずしもないということ。むしろ、そういった心情変化があるとしても、それを直接的な「心の中セリフ」で処理せず、演出上、いかに巧みに描くかというところに作家性が宿ると考えられる。心の中のことをベラベラ喋って解決する主人公ばかりでは読者も辟易してしまう。(※補足しておくと、esの作例も、彼が仮にもし漫画にする際には心の中でベラベラ喋らせることはなかったであろう)

■第6ブロック ”フィニッシュ” 23%(9P)
-フィナーレ
-ファイナル・イメージ

P29~P41(ラストまで)。「周りの目を気にする」「空気を読む」といったヒロインの問題点が解決され、それが(周囲の理解もあって)ハッピーエンドへと繋がる。13Pと配分よりやや多いが(そもそも配分が四捨五入の関係で1P足りてないので)、概ね合致していると言える。

3.まとめ

 初読時は「これバッチリ三幕構成じゃん!」と感じた本作であったが、丁寧に分析すると、いくつかの点で差異と気付きが見つかった。以下では、仮に作者が三幕構成を意識して本作を作ったと仮定する(違っていたらすいません)。

・第一ブロックの配分ページを大胆にはみ出している(3ページ超過)

 三幕構成を意識していたとしても、演出や説得力など必要に応じてページ数はこのくらい増やせるということ。第一ブロックでは「読者が楽しむための下地作り」をしなければならないが、本作ではヒロインの抱える問題意識(「空気を読んでしまう」)の共感性が強いため、第一ブロックの時点で下地作りを超えてエンタメ性が生まれており(ヒロインの問題意識と、彼女がヒーローに惹かれる理由が「面白い」)、ゆえに7ページまで下地作りに費やしても大丈夫という考えがあったのかもしれない。

・明確なアンチテーゼがない(テーゼ「周りの目が気になる」→アンチテーゼ「自分の思いを隠さない(弱)」→ジンテーゼ「自分の思いを隠さない(強)」)

 本作のアンチテーゼは、ヒロインがヒーローに対して自分から積極的なアクションを行った帰宅デートシーンにあると思われるが、この時の彼女の価値観は「自分の思いを隠さない」。それは第2ターニング・ポイントで強化されるものの、テーゼとアンチテーゼがジンテーゼで止揚されているとは言い難い。

 つまり、「周りの目が気になる」と「自分の思いを隠さない」が合体して「なんか良い結論になった」(ジンテーゼ)わけではなく、「自分の思いを隠さない」が強化されることでジンテーゼのポジションになっている。

「周りの目が気になる」という要素はヒロイン本人が「完全に自分のため」と言っているため、この要素を含めながら結論を「いい感じ」にするのは難しかったのかもしれない。もし作者が三幕構成を意識して作っているのだとしたら、「テーゼ+アンチテーゼ→ジンテーゼ」という公式を意図的に無視していることになる。意識した上で意図的に無視しているのだとしたら、これは学ぶべきポイントである。

・主人公の心情的な変化を、明示的な心理描写で描く必要はない(むしろ演出すべきところ)

 上記に書いたとおり。これを心の中セリフでたらたら書くと「ウェットな作品」になると思われる。漫画制作上、ここは演出をしっかり考えるべきポイントと意識するべきか。

・キャッチコピーは「テーマ」ではなく「お楽しみ」

 あと、これは気付いたこと。本作のテーマを言語化するなら「自分の思いを隠さない」になるだろうが、それはキャッチコピーとしてはふさわしくない。確かにそんなコピーが表紙に書かれた漫画なんて多くの人は読みたくならないだろう。だから、実際に本作のキャッチコピーは「見た目も中身も正反対!? 惹かれる理由はそれで十分!」であり、コピーではテーマ性に全く触れていない。

 *

 このように「完全に三幕構成じゃん!!!!」と思われた本作も、実際には何点かの守破離が行われていた。つまり、三幕構成にはこのくらいの弾力性があることが分析により確認されたわけだ(もちろん、もっと弾力性に飛んだケースもあるだろう)。三幕構成メソッドを実際に運用する上で「このくらい逸脱しても面白く作れる」という一つのケースとして本作は参照可能であろう。

 なお、念の為、付け加えておくが、本作が仮に三幕構成を意識して作られたのだとしても、その事自体は作品に対する評価にプラスもマイナスもない。ツールはツールであり、作品自体の評価には関係しない。個人的には大変楽しく読めた。

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