吉祥寺

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200419-24190286-nksports-soci

確かにこれらの発言や行動をした人がいたならば、「その人は」あまりにひどい。あまりに身勝手で言語道断です。

しかし、この記事は、「事実」を伝えているのだろうが「切り取り方」とその「並べ方」が、あまりにも恣意的。
タイトルからよく分かりますが。直接の文字としては語らず、判断は読み手に委ねる一方で、文字ではない「行間」に意図を含み上げて煽り、世論を「記者が思う方向へ」動かしている。
「今」するべきことではない、エリアや世代間の差別・攻撃や、内戦を加熱する表現。「今」するべき表現は、断じてこれではない。

また、根深さは、この「記事の内容」と、「その内容に対する反応」の2つにあると考えます。

吉祥寺だけではなく武蔵小山や高円寺など、「地元の商店街」は特性・構造上、混雑しています。
吉祥寺が人の動線や居住エリアとして、どんな街なのか?
どんなひとが多く住んでいるのかなどの定性情報と、その定量的な数値に基づく科学的考察が一切無い中で、切り取った表現をしている。現状の鬱積した世の中を煽る目的では優秀な記事。

そして、この圧倒的に考察が不足して(というか無い)記事を見て即座に同調する人は、一次情報を自ら確認することもなく、トイレットペーパーを買い占めたような、激しい思考停止に陥っているといえます。


この「記事への反応」を見て思うのは2点。

ひとつは、
皆、お金も生活も心も削って、耐えて耐えているから、ストレスの蓄積が尋常ではない。
耐えずに共生を拒むような行動をとる人がいたとしたら、それは格好の吐口で、大きな社会の斧で叩きわりたい人も多いのだろう。

もうひとつは、それに加えて、相変わらず思考停止した人が多い。
そういった人たちは、しらないうちに、ちょっと頭の良い人たちや、メディアや、政治家の、格好の餌食になる。
そして本当に頭の良い人は(学歴などではなく、賢さという意味で)、こんな状況でこそ、静かに淡々と、大きなメリットを得る行動を行っています。


日本人は、「ほしがりません、勝つまでは」と、自分不在で旗を振り、大きな思想に流され流されて飲み込まれ、幾ばくかの過ちを犯してした時から、本質的にはあまり変わって居ないのかもしれない。
この記事に容易に扇動される国の先には、さらなる局面の悪化の暁には、数十年前に実際起きていた非国民の迫害などを踏まえても、マトモな未来は描きにくい。
本当に恐ろしい。


銀座、渋谷、新宿などのオフィス街、歓楽街と、住宅街である吉祥寺を同じ土台で対比している時点で、そもそも比較が成立していないのです。
銀座、渋谷、新宿などに勤めたり会食している人たちが、吉祥寺近辺に住んでいます。

そして、人々は均一に「家の近く」に、生活必需品を買いに行っています。

愚かすぎる行動や発言をする人は、一定割合で各所に居る。
休業補償も不透明な中、制限しながら開業している店舗も、一定割合で各所に存在します。

それを、エリアの民度にまで拡大解釈して言及したり、日々のストレスによりやり玉にあげたりする事こそ、民度や品位が低いのではないだろうか。あるいは、そのような反応をしてしまう人こそ、自分の頭を持てず、流されてしまう「守るべき弱者」なのではないだろうか。そんな弱者を煽り上げて、どんな未来があるというのだろうか。

言語道断の行動や言動をする人達が近くに居る事に加えて、このように思考停止して自分の言葉を見失うほどに困窮し、二次情報や恣意的な情報に扇動され、攻撃的な反応をする人たちが居ることに、一層恐ろしさを感じます。

こんな時こそ、自分を守るためにも、共通の目的を見失わないためにも。

辛くとも感情に飲まれたり、反応的にならず、粛々と耐えて、本当の自分の言葉と、自分の意志に、より一層目を向けなければならない。

耐えましょう。自分を信じてがんばりましょう。

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吉祥寺のカフェ&アトリエ"カフェトリエ"編集長 ヤマグチタクヤのnote。”自分でやってみると、景色が変わる”場所として、場所貸しはせず、店主の想いの一歩を大切にしております。