飲食店営業への要請詳細云々が注目されてるけど

ウイルスとは?どんなものか。
認識したうえで全てを始めないとなぁ。

少量しか国内に存在しなかった時期があった。
けれど。増えた。
人の行動抑制で感染者が減り、宣言が終わる。
ウイルスは少量しか国内に存在しなくなる。
少量は存在している。
そしてまた以前と同じく人は動き回る。
広く感染しきって免疫が獲得されていないならば。
当然また増えて緊急事態になるのです。


ウイルスは、増える。


以前と同じではない動き方は、どんなものなのかな。
政府がガイドライン作っても、まーたその通りにして感染したーとか、保証はー、とか、文句言うんだから。
じゃあ。
誰が、リスクをとって実証するのか。


誰?


完全に全て駆逐する事が不可能ならば。
1:感染前の予防。
2:感染後の治療処置・罹患による免疫獲得。
しか、ないんですよね。 予防や治療ができない間含め、
要は、付き合っていくしかないんだよなぁ。 

これが前提。


命、命と、命を振りかざして、命に「直接に」「近くで」「短期的に」関わる事象のみを最上位に振りかざし、ウイルスへの持続可能な対策を新規に模索する意図的挑戦を否定する視野狭窄マフィアの声は一切無視でよろし。
あれは自主的な運動です。カラオケとか、ジョギングみたいなものです。付随してやんややんや同調する声は、カラオケへの合いの手みたいなもんです。微笑んで見守ろう。

今回のウイルスとは関係の無い個人的不満や鬱憤、ストレスのはけ口となっているような声は目もあてられないなぁ。



間接的に、そして強く強く命にかかわる事が、沢山あるんだけどな。

経済も、人の命。
経済が悪化すると、人は死ぬ。
自ら命を経つ事も多い。


経済も、人命の一つ。
日本ではなんか株で儲けたりする人が蔑まれてるけど。
お金は、悪いものではない。
良いものでもない。
ただ、命を承るものの一つである事は、確か。



ウイルスへの直接対応と並行して「持続可能な」な経済運営について、その時々の「適切な」着地を模索して、リスクを取って「チャレンジ」する。
徹底的に命を大切にしながら、持続可能な、経済の回し方の礎を創る。

適切なチャレンジする人を否定していては、巡り巡って自分が損をする。

リスクを取り、徹底した安全性の高い経済運用についての、仮説検証を行い、礎を作る。


自分のあたまで、考える。

直接今目の前に見える命の影響だけはなく、
間接的に中期的に、強く、命に影響を与える物事も同様に、加味する。

広く、見る。
先まで、見る。
自分の頭で、考える。

要請や、指示以前に。
自分のあたまで、考える。



持続可能性はすなわち。
恒常的な解決を意味する。

歴史上のその他の殺人ウイルス達が、そうであったように。


付き合っていくしかないんだよなぁ。
どんな付き合い方が、あるのかな。 命を大切にする、付き合い方を模索して、挑戦をするフェーズ。
恐怖にのまれ、不安により同調が加速し、「萎縮」しすぎる潔癖主義は、国を滅ぼす。



自分の頭で考え、自分で動き、実証する挑戦者を称賛する社会に。

他人を否定せず、あるべき挑戦や、他人を尊重する社会に。

自分で実証した背中を、他人に見せ合う社会に。

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吉祥寺のカフェ&アトリエ"カフェトリエ"編集長 ヤマグチタクヤのnote。”自分でやってみると、景色が変わる”場所として、場所貸しはせず、店主の想いの一歩を大切にしております。