元銀行員だった僕が、定年後に米粉パン屋を起業した理由

 元銀行員からパン屋起業と言うと、驚かれる。他の記事でも書いたのだが、銀行員でもパン屋でもやることはそんなに変わらない。しかし、そのことは起業してみて後から気づいたのであって、最初から準備して万全の態勢で始めたわけでもなく、ましてや清水の舞台から飛び降りるつもりで決心したわけではない。ある出来事をきっかけにして、成り行き上起業する事になったのである。

きっかけ

 銀行から出向・転籍した会社を定年退職したあと、特にやりたいことも見つからず、ハローワークで仕事を探していた。その帰りに出口でチラシを配っていた人がいて、「何の案内ですか」と自分から訊ねた。
 普段はチラシなど受け取ることはないのだけと、その時はなぜか自分から声を掛けた。
 「介護・農業・米粉パンの受講生を募集をしていて、ホームヘルパー二級の資格も取れます。無料です」と言われた。特に興味もなかったが無料という言葉に反応して受けてみますと申し込んだのがきっかけだ。

起業の選択肢

 講座は介護・農業・米粉パンの各2ヶ月毎6ヶ月の講座で、各分野の専門家が講師をして座学と実習があるのだが、日大元教授の食品経済学専門の講師が「あなた達も起業して社会貢献として田園福祉構想に参加しないか」と熱く語られるのを受けて触発され、受講生仲間5人で米粉パン屋をやることになった。
 パン屋の知識もパンを作る自信も食に関する人脈もなく、何の勝算もなかった。他の受講生の中には米粉パンに興味のある人や主婦もいたが、僕はパンには全く興味もなくシフォンケーキに至っては食べたこともなく、料理もほとんどしたこともなく、食通どころか味音痴だったにもかかわらず始めることになった。
 元銀行員という職業柄、僕が事業構想や事業計画を作り、講座終了後にディサービスを間借りしてパン屋の試し起業をした。お試し期間は一年で、お試し期間終了後に独立して開業するか、講座運営団体の組織の一部として運営していくかを決めることになった。受講生5人の生活費がすぐに捻出できるはずもなく一人二人と離れていった。お試し期限が来たが断念するという選択肢は僕にはなかった。

起業の決断

組織内起業か独立して開業するかを講座運営団体と話し合った結果、独立する事になった。お試し期間中の米粉パンや米粉シフォンが好評で何とかやれそうだという感触もあったが、何と言っても熱血講師の熱い想いに心を揺さぶられたのが大きい。熱意は人を動かし、人に化学変化をもたらす。
 私もその熱意を引き継いだおかげで、多くの方々から応援していただいた。

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