見出し画像

「聴くこと」のレッスン - 青嶋絢さん

大阪日日新聞で連載中のコラム「関西の音と人」に、大阪音楽大学大学院・音楽研究室の青嶋絢さんによる記事が11月17日付で掲載されました。

「エンヴェロープ弦楽四重奏団」のシリーズは、あまり一般的ではない方法で、それゆえにその方法について説明をすることが難しいという面もあり、宣伝らしい宣伝もなかなかできずに公演を続けています。そのため、世間の話題にもしていただきにくく、果たして無事にシリーズ完結を迎えることができるのだろうかという不安な思いと常に隣り合わせにあります。

そこに、新聞に記事を執筆していただけるというお知らせを青嶋さんからいただいたのが今月はじめの事でした。話題にしていただけるというだけでも嬉しいのですが、その2週間後に掲載された記事を読んで驚愕しました。

まず1500文字はあろうという文章量、また、書かれているひとつひとつの言葉の重さの尋常でないこと、そして、記事の内容が決してエンヴェロープのシリーズだけに向けて書かれたものではないだろうということ。音楽の公演を個人的なものとして、そして普遍的なものとしてこれから続けて行く上で、とても大事なことが書かれていると強く感じました。

自分の場所のことを取り上げていただいていることが嬉しいという気持ちと同じだけ、この青嶋さんの言葉に共鳴する思いを持っていらっしゃる方が、もしかしたら少なからずいらっしゃるのではないかと感じ、是非このnoteでご紹介をさせていただければと思いました。

今回、青嶋さんと大阪日日新聞の編集部から特別に許可をいただき、そのコラム記事の全文をここに掲載させていただきます。
皆様、ご一読をいただけますと大変嬉しく思います。

カフェ・モンタージュ 高田伸也


「聴くこと」のレッスン - 青嶋 絢

カフェ・モンタージュは京都御所のほど近くにある客席40ほどの小さな劇場である。これまで室内楽から現代音楽、演劇、伝統芸能まで、趣向を凝らしたプログラムを提供してきた。コロナ禍によって演奏会の多くがオンラインに移行した5月末、「エンヴェロープ弦楽四重奏団」と題した会員制演奏会の案内が送られてきた。コロナの状況でも観客を入れた演奏会を諦めることなく、オンラインでの視聴も可能にし、安心して音楽を聴く場所を作るための取り組みだという。
オーナーの高田伸也さんによると、この企画は1931年に英国レコード会社「EMI」の伝説的プロデューサー、ウォルター・レッグが仕掛けたレコード制作の予約会員制を参考にした。レッグは当時マイナーとされた楽曲をレコード化するため予約会員を募り、後世に残る名盤の制作を実現した。当時としては画期的であった、この企画の成功を支えたのが、遠く離れた日本からの多数の予約会員であったという。今回、企画される全17公演は、「これからの古典」をテーマにベートーヴェンの弦楽四重奏曲と異なる時代の作曲家の弦楽四重奏曲が組み合わされる。
6月下旬の初回をオンラインで試聴した。配信が始まると、拍手の音が聞こえるが、一向に会場の様子は映されない。なるほど封書(エンヴェロープ)のように、聴こえてくるのは音声だけ、中身は会場でということらしい。さらに、公表されるのは曲目だけで演奏者の名は知らされない。クラシック音楽としては異例の取り組みである。プログラムはベートーヴェン後期の傑作《大フーガ》とシベリウス《内なる声》。2曲をつなぐテーマは「声」だという。《大フーガ》は、技術的にも難曲で決して耳触(ざわ)りの易しい音楽ではないが、複雑な音響と対立するリズムの応酬は、何か切実な「叫び」のように耳に残る。コロナ禍に翻弄される戸惑いや不安の「声」、折しも米国を中心に世界中で起きていた反人種差別や民主化デモの「声」とも結びつく。対照的に2曲目では深遠な響きが「《内なる声》に耳を傾けよ」という。視覚情報がないからこそ音楽のイメージは豊かになる。
実際に初めて会場へ出向いたのは9月。エンヴェロープの聴き方に倣い、予習せずに聴いてみることにした。作品の音楽的な解釈ではなく、演奏者の身体の動きにずっと目を凝らしていた。眼前で「観る」経験は、「音楽を生み出す演奏者の身体が音楽にとってどれほど重要か」をつぶさに教えてくれる。例えば、奏者の手の動き、体躯の大きさ、他の奏者と交わすアイコンタクト、微妙なアンサンブルのコミュニケーション。演奏者の身体というメディアを通して作られた、これら「動的な情報」を私の目と耳が音楽として受け取ること、それがネットで配信され「音の情報」だけが伝えられること、この違いは聴く側にとってどのような意味があるのだろう?「会場で聴く」ことが特別となった今、身体の「ある・ない」について、改めて目を向けるべきだろう。
会場の内と外、それぞれの音楽体験は分け隔たれたものではなく、「これから」の聴き方を提示している。安心して音楽が聴ける場所とは、個として音楽に没入するためではなく、他者への想像力によってできている。コロナ禍による音楽環境の変化は、作り手だけでなく聴き手の感性も試される。
「エンヴェロープ」にはウイルスを包む被膜の意味もある。封を解くことでウイルスを無力化するように、オンラインに接続し、カフェの扉を開けて、「これからの音楽」に向き合うレッスンを重ねる、楽団の名にはそんな願いが込められているだろう。生の音楽を届けることにこだわる小さな劇場の挑戦を応援したい。

(博士後期課程3年、大阪成蹊大非常勤講師)

「大阪日日新聞 2020年11月17日付」


・・・・・・


「エンヴェロープ弦楽四重奏団」

12月には最多となる3公演の開催を予定しています。
vol.13 ヤナーチェク 第1番
vol.12 ベルク「抒情組曲」
vol.5   バルトーク 第4番




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?