見出し画像

癒月物語 first story”2匹の仔猫/瑠璃と玻璃”

……
…………。

どこまで歩いたのか
白いため息混じりの吐息が
眼前の冷たい空気と混ざる。
辺りを見渡しても視界に映るのは
薄い白霧(はくぎり)のみ。

もうすぐ、山頂だ。

まだ11月なのにも関わらず、
膝下まで降り積もった雪が
夕焼けの日差しと混ざり照らされる事で
普段よりも、更に足取りが悪い状態となっていた。

もうすぐ完全に日が落ちる。
そろそろどこかで寝床を確保しなければ………。

重い足を引きずるように
雪で湿った膝下を勢い良く持ち上げながら
背中に背負ったリュックを持ち直し
枯れ木の近くの広い場所で、足を止める。

「やれやれ……」
どっと疲れが出た。
ひとまず休憩だ。
太い幹の枯れ木を背にしながら
リュックを下ろし、
雪のない平面にどかっと腰を下ろす。

「だいぶ歩いたな……。」

10分ほどしただろうか。
ぼうっと遠目でしばらく夕焼けを眺めた後に
そういえば、と
ここに来る前に渚から貰ったピアスを
リュックのサブポケットから取り出した。
貰った……というより、
半ば無理やり受け取ったに近い。
ここに来る途中、偶然彼に会い
話の流れで
「先輩、渡すものがありますから」と
手に握らされた2つのピアス。
それぞれ別の袋に入れられており
1つは透明な小さい袋に直接。
もう1つは、
なにか文字の入ったシールで止められた
白い小さな紙袋に入っているようだった。
白いほうは、
なにか自分の身に危険が迫った時に使う
協力な御守りのようなものだから
普段はシールを剥がさないで
手元に持っておくように言われたものだった。
こっちのピアスは装着するには向かないから、と。
透明の袋の方を、左耳に付けて
白い袋の方は、大事に手元に置いといてくれ、と。
……。
渚とは
以前の職場仲間で縁があり親しかったが
何年も連絡を取ることも無ければ
なんだかんだ会う事も無かった。
だから、久しぶりに再会した時
それはもう懐かしい気持ちで
たわいも無い昔話をして、
だいぶ盛り上がる事が出来た。
渚は、前職で一緒にパートナーを組み
様々な案件・事件に至るまで
共に協力し5年ほど過ごしていたか。
渚は、俺の後輩ながら中々のエリートで
かなり頭の回転が早く、問題解決力が高かった為
パートナーを希望するやつは多かった。
でも何故か当時、
やつは俺とパートナーを組みたいと言って
それからずっと、
職を変えるまで同じチームだったな。
まぁ、何故か俺は気に入られてたから……
何故だろうな……
俺は大して成績も良い訳じゃ無かったんだが……
まぁ話のノリが合うから、そういう所で
居心地の良さでも感じた、とかそんな所だろ。
まぁ良いか。なんでも。


それにしても中々強引だったな…
まぁでも渚、あいつは昔からそうだったからなぁと
首を傾げながら
そういえば渚、
あいつは今度は職人にでもなったのか?
アクセサリーなんて洒落たものを作るなんて
そういえば昔から器用なやつだったからなぁ。

そう独り言を漏らしながら、
せっかく後輩が作ってくれたんだ
付けてやるか……と
慣れない手つきで左耳に
薄いミルクのメロンソーダのような色をした
氷の欠片のような形をしたピアスを、装着した。
ピアスというか、イヤリングというのか?
まぁ気分が変わるから良いな
たまにはこういうのも。
夕焼けを再度見つめながら
少しばかり笑みを漏らし
寝床の作業準備を始めた。


彼の名前は”凛久(りく)”
個人事業主の駆け出しフォトグラファーだ。
今回も、依頼内容の案件をこなす為に
馴染みの白天狗山に向かい、
夜明けの山頂からの風景写真を収めようと
意気込んでいた。
いや、それだけでは無い。
妹の香蘭(かぐら)の失踪事件で
体力・気力共にだいぶ憔悴しきっていた為
ほんの少し、現実から離れ
綺麗な景色が見たくて、
だから……山に登った。
そっちの方が、むしろ本音なのかもしれない。

……いかん、寝てしまってたのか
気付いたら、辺りは暗くなっていた
薄暗い夜の静けさと
白い霧が、まるで雲のように漂い
シー……ンと
ただ冷たい空気だけが肌に残る。
身体がきしむ。
変な体勢で寝てたからか?
テントもまだ作りかけで
崩れる様に、おそらく寝ていたらしい。
今は何時だ……?
気付いたら寝てたなんて
俺はよっぽど疲れてたらしい。

首すじを触りながら
バキバキ肩を慣らして、
目を覚ますようにパシパシ顔をしかめる。
……。
先程から、どこか山の様子が違う。
いや、同じではあるのだが
なにかが、違う。
いつから……?
なにも変わっていないのは目で見てわかる。
でも何だ?
……不思議な違和感に周囲をキョロキョロ
見渡すも、なにもない。
なにも無い事が再度分かるだけだった。
「気のせいか」
そう呟き、もとの座っていた場所に
戻ろうとしていた時


音が、聴こえた。


シャラン…

雪……?
いや違う。
これは……?
氷と白い雪のようなそれは
まるで温度がなく、
手のひらに乗せても消える事も無い。
そして、何故か
泡のような、なにかパチパチと弾けるような
そんな小さい音が、少しずつ響いてきた。
雪のように舞い落ちる。降り積もる。
1分もしないのに
気付いたら一面、それで地面が埋め尽くされていた
しかし、自分には直接当たらずに、
まるでふわりと避けるように
ふわふわと降り積もり、そして
次にまばたきをした瞬間
ピタリとそれは降りやんだ。

………………。
あまりの光景に息を呑んだ。
俺は夢でも見てるのか……?
頬をつねるも、痛みはある。
これは現実だ。
「なんだよ…これ……。」
凛久は、ただただ固まり、呆然としながら
手のひらに集めたそれを
床に、落とした。

今度は、線香花火が、見える。

俺は、やはり夢を見ているのかもしれない。

凛久は、頭を抱えた。

シャラン…

頭を抱えた凛久の足元には、猫がいた。

黒猫。

獣の鳴き声が聴こえる。
遠吠えのような、これも、猫なのか。

上から、聴こえる。

もう俺は驚かないぞと
深呼吸をしてから見上げた

…………。

長い毛並みの白猫が、
空中を踊るように跳ねていた。

…………。

もう一度、頬をつねった。やはり、痛かった。

足跡が残らない筈の空中に残る
泡の湯気が漂う白い足跡。
やがてそれは、
綿飴が溶けるように分解されていき、
空中に留まった後に下に落ちていく。

さっきの降ってきたものは、
これだったのか。

黒猫が俺の胸元目掛けて
飛び付いてきた。
俺は受け止めようとした。

瞬間
【バリンッ】

とても近くで、硝子が割れたような、音がした。
まるで
俺の胸元に硝子玉があったかのように。
そしてそれが、黒猫が飛び付いてきたから
粉々に割れたかのように。
なにも、俺の目には映らないのに。
痛くは無かった。
胸元を見ても、なにも、無い。
ただ、俺の中にあったなにかが、
突然消えて無くなった……気がした。
そう気付いた瞬間
強い立ちくらみがおこり
自然と後ろに倒れる感覚と
視界が、突然暗くなるような、感覚に襲われた。


…………………………ver.2へ続く。

この記事が参加している募集

暖かいご支援を頂きまして、ありがとうございます!!頂いたサポートは、クリエイター執筆活動に使わせて頂きます‪⸜(*ˊᵕˋ*)⸝‬💕✨