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アラビアの「書道」を理論化し、独自の芸術にまで高めた日本人

 偶像崇拝が禁じられたイスラム教の世界のアートは、具象的ではなく抽象的なデザインが主流となっている。その中で、重要な地位を占めているのが「書道」である。イスラム教の聖典コーランを記すことばである「アラビア文字」の書道が特に有名だ。

 書道といっても、東洋のような毛筆は使わず、竹や葦(あし)を削って作った固い筆で、インクを使って書く。

 その「アラビア書道」の大家を、日本が輩出していることを知っているだろうか。本田孝一さん(大東文化大教授)で、ロンドンの「大英博物館」、シンガポールの「アジア文明博物館」、マレーシア・クアラルンプールの「イスラム美術博物館」などにも作品が収蔵されている。

砂漠、宇宙、ピラミッドなどをモチーフにした絵画と書道を組み合わせた作品は、今や世界的にも高い評価を受けるている。

 以前、その本田さんから、彼の芸術論を教えてもらう機会があった。ちょうど本田さんが、サウジアラビアの首都リヤドで開催された国際ブックフェアーで、「アラビア書道と私の経験」、「アラビア書道の審美理論」と題した講演をアラビア語で行った後のことだった。

本田さんによると、アラビア書道の世界では、これまで、その美しさについての理論的アプローチはなかったという。イスラム教に関わるものということもあり、「神聖なものということで、(理論には)あまり触れられてこなかったのでは」という。

「アラビア語を知らない人でも美しいと感じるのはなぜか」。この疑問について、本田さんは、「水が流れる線、木々が揺れる様子、山の稜線」などの自然(の美しさ)と、書道の線が類似しているからでは、との持論を語ってくれた。

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本田さんによれば、西洋のカリグラフィーは、機械的、無機質的であるのに対し、アラビア書道の線は、人工的ではない。多くの日本人がアラビア書道にひかれるのも、「日本人が最も愛する自然」がそこにあるからでは、という。

では、なぜ、アラビアの地にそうした書道ができたのか。本田さんは、(砂漠が多い過酷な風土の中で)「自然にあこがれ、精神世界の中に自然を生み出そうとしたのでは」との見方を示す。イスラム教という宗教の発生も「生活環境の中での必然性があるのでは」という。

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本田さんはまた、イブン・ムクラというアッバース朝の時代の「書道の祖」と呼ばれる人物の言葉を紹介した。「書道は、人間の肉体的道具を通じて表現された、霊的な技術である」。その目的は、「真理の顕現」であり、日本の書道とは、根本的に違うものだというのが、本田さんの見方だ。

アラビア(イスラム)書道は、世界の芸術の中では「例外的な存在」だともいい、そのあり方は、西洋的な「個」を超越しており、「神に近づくための営み」として継承されてきたのだという。

宗教に対する感覚も異なる日本人には、少し難解な話ではある。でも、このユニークで新しい「アラビア書道芸術論」は、アラブ圏や中東地域にふだんはかかわりがない日本の人たちにも、「日本人とは何か」「自分は何か」といった自問をする際の重要な素材を提供してくれているようにも思う。


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中東(オリエント)の奥行きの深さを、文化、歴史を交えて日本に紹介していきたいと考えています。近くて、遠い、両者の関係を深める助けになるんじゃないかと思います。サークルでは、トルココーヒーなどを飲みながらのおしゃべりで、中東のカフェの雰囲気を作り出していきたいと思います。
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