見出し画像

凡人のカフェ開業 ~天才のカフェ経営を真似てはいけない~開業前1-⑧

前記事はこちら

『鳥飼 真知子』の後ろの通路は
すぐに左に曲がっていて
店内を伺うことはできない


真っ白なフロアと鉄製の扉から
どんなに突飛な内装なのかと
期待半分、警戒半分で鳥飼に案内される紗季を
壁以外は全てウッドテイストで統一された空間が出迎える

画像3

厨房に面した6名座れるカウンターも
背を伸ばせばさわれそうな高さの天井も
テーブルソファーでさえクッション部分以外は木製である
よく見ると使われている木材は微妙に違うのが見て取れた


ただ壁だけが違った

本来壁であるところは
代わりに本で埋まっていた

これだけ書くとまるで書斎のようだが
書斎は本は本棚にしまわれ背表紙しか見えないが
ここはすべて表紙を正面にして置かれているので
どちらかと言えば本屋の陳列に近い

しかも本はガラス戸の向こうに
高級感のある木製の本立てに立てかけられており
まるで本が『鎮座』しているようであった

一言で例えるなら山小屋の本屋といったところだろうか

その木と本に囲まれた空間の真ん中にある
コの字型カウンターに囲まれたオープンキッチンが
ここが飲食店であることを意思表示しているようだ


案内した鳥飼が伸ばした手の先で

『わざわざ来てくれてありがとう ようこそ KABOへ』

と文七が立ち上がった

 


ーーーーーーーーーーー

 

『良かったんですか?貸すことにして』

紗季が帰った後に
コの字型カウンター内で仕事をしながら
文七に話しかけるのは
KABOのオーナーシェフの『鹿島克己』

文七にはオープン時に出資してもらったのを機に
お店の運営にも関わってもらっている


克己 『あまり乗り気じゃないように見えましたけど』


話かけつつオーブンで焼いたエビの殻を
香味油にするためのオリーブオイルを鍋で熱している

画像1

文七 『へぇ、油に入れる前にオーブンで火いれするんだ』

克己 『あぁ、はい。エビの焦げ感の香りが欲しくて、

ちょっと試してみようかと』

文七 『あーいいね、それどこで使うの』

克己 『明日、小田切農園からトマトが届くんですけど

それとエビ油でサラダ風の前菜作れないかな、と思って。』

文七 『小田切さんのトマト濃いからね

あれなら焦げ感あっても負けないし

それ、パスタには使わないの』

克己 『パスタなら作る時フライパンで焦がした方が

香りが立つので・・・・

物足りない時に追いで使うくらいですかね』




文七は質問に答えたくない時に質問で返す癖がある

話したくないなら、それでもいいですけどね

そんな克己の想いを感じた文七が苦笑いする



『なんでそう思ったの?』


『あまり乗り気じゃないように見えた』
と言った克己の言葉に向けて文七が聞く



『そんな顔してたからそう思っただけですよ』

香味油の仕込みをしながら答える。



『そうか・・・・

そんな顔してたか・・・・』



暫く黙った後

文七は誰ともなくそう呟いた


ーーーーーーーー

・cafe064で修業したコーヒーを振舞いたい
・てらみやサロンのメンバーとイベントができるスペースが欲しい
・自分のお店を通して人と人が繋がっていける場所を作りたい


『香山さんがどんな想いでカフェをだすのか
聞かせて貰った上で物件を貸すかどうか決めたい』

この文七の問に対する紗季の答えを
まとめるとこの3つであるが
これを聞いた時に文七の表情に『何もなかった』のだ

もちろん相槌や反応はあった

ただそれは文七ほどの人なら
話している人への礼儀としてできるものだし
例え共感していなくても
相手にスムーズに話してもらうために
『共感していること』を
あえて伝えることもできるはずであった

なのに心から共感した瞬間は
紗季には感じられなかったのだ


なのでてっきり物件貸すことを断られるかと思った。


『高円寺の物件、紗季さんに預けてみようと思います』

文七の口からこの言葉を聞いた時
嬉しさより意外さが上回っていた。




なぜ貸してくれたんだろう?


窓から見える竹館の竹林を眺めながら
紗季は考えていた



ーーーーーーーーーー

少し時間を戻して

2015/6/18 Thu. pm7:07


『もう、探しているんですね』

その城平の言葉のニュアンスにあかねは違和感を感じた


もともと城平は感情を表に出す方ではないが
気づかれるようなニュアンスをわざとするタイプでもない


そして違和感を感じたのはあかねだけは無かったらしい


千夏 『もう、って・・・・マスター?』


カフェラテを出して戻ってきた凛が
カウンターの雰囲気の異変を感じて
遠まわしで見ている。

その空気の中城平は珈琲豆をミルにかけ
ドリッパーをセットし淹れ始めた。

千夏のオーダーのブラジルのドライ・オン・ツリーである

ドライ・オン・ツリーとは
コーヒーの実を木につけたまま乾燥させたものだ。

カウンターからそれを眺める千夏

20200518 コーヒードリップ

カウンターにコーヒーの香りが溢れる


『お待たせしました。ブラジルのドライ・オン・ツリーです』


淹れ終わったコーヒーを千夏の前に置いた後
静かに、しかしはっきりとした声で城平が言った。


ーーーーーーーーーーーーーーー

『だから、そんな顔してたんですか』

エビの殻をオリーブオイルの鍋にいれながら克己が言う


文七 『仕方ないだろう、まさか彼女に言うわけにはいかないし』

克己 『言っても良かったんじゃないですか、別に』

文七 『嫌だよ、なんか恥ずかしいだろ?そこまで求めるのは』

克己 『そんなもんですか』

文七 『とにかく、貸すことは決まったのだから

あとはあの物件でどうするかは彼女しだいだよ

宮畑くんの紹介だから期待しているけどね』

克己 『でもあの物件、CafeSKの人に調査してもらった時に・・・』

文七 『それも含めて、期待しているのさ


デキャンタに残った赤ワインをグラスに注ぎきりながら
そう話す文七の顔は乗り気じゃなかった面影はもうない


『悪い人だ』


克己が初めて小さく笑う


『いけないかい?』

いたずらっぽく笑い返す文七


『若者に可能性を与えるのが

俺たち年長者の仕事だよ』


続きはこちら



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?