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『グッド・プレイス』『ブルックリン・ナイン-ナイン』の仕掛人、マイケル・シュアとは一体何者か?!

「オサマ・ビンラディンの捜索は現在も続いております。専門家によりますと、彼は小さくて暗くて誰もいない場所に潜伏しているようです。
CIAは、マライア・キャリー主演の映画『グリッター』を上映している劇場を捜索しているようです」

 これは、マイケル・シュアが911直後に『サタデー・ナイト・ライブ』のニュースパロディのワンコーナー、ウィークエンド・アップデイトで書いたジョークの一つ。

 マイケル・シュアと聞いて、ピンと来る人はどれくらいいるか?

 日本でもジワジワと人気が出始めたTVシリーズ『ブルックリン・ナイン-ナイン』(2013~)、『マスター・オブ・ゼロ』(2016~)、『グッド・プレイス』(2017~)の製作も務めている。
 彼の名が一躍世に知られたのは(もちろん米国の話)エイミー・ポーラーと共に製作したTVシリーズ『パークス・アンド・レクリエーション』(Parks and Recreation)(2009~2015)であろう。
アメリカの歴代TVドラマランキングの上位に必ず入ってくるほどの人気の1作である。

なぜ、多くの人がマイケル・シュア製作のドラマにはまってしまうのだろうか。

なぜ、彼が作るキャラクターは愛されるのか。

マイケル・シュアのインタビューなどを基に彼の人となりと創作プロセスを紐解いていく。

 マイケル・シュアは、ミシガン州アナーバーに生まれる。
彼は高校時代に地元のケーブルテレビで『裸の銃を持つ男』の討論会をするという作品を無許可で作り上げ、大学時代には風刺コメディサークル「ハーバード・ランプーン」に所属する。卒業後は、『サタデー・ナイト・ライブ』(1997~2004)のライターとして、活動を始める。

一見、幸先のいいスタートのように見えるが、そうではなかった。
この頃の『サタデー・ナイト・ライブ』は、ちょうどクリス・ファーレイ、フィル・ハートマンが亡くなり、ノーム・マクドナルドがクビになるなど看板不在の状態でのスタートという状態で、彼が初日に出勤した際は他のライターは誰も出勤してこなかった。
 

 その後、ウィル・フェレルやティナ・フェイなど新たなコメディアンたちにより『サタデー・ナイト・ライブ』はなんとか持ち直す。
 だが、当のマイケルは、SNLに自分の居場所を見つけられずにいた。当時のヘッドライターのアダム・マッケイ(『俺たち』シリーズ、『マネー・ショート』、『バイス』など)がとんでもないの本数のコントを毎週作ってきて、しかもそれらがとんでもなく面白いという状況でマイケルは自信を無くしていったという。
 なんとかそれを乗り切り、6年半ライターとして、仕事をした後、SNLを卒業。結婚を機にニューヨークからロサンゼルスに移った時、同じく『サタデー・ナイト・ライブ』のライターで『ザ・シンプソンズ』、『キング・オブ・ヒル』のプロデューサー兼脚本家だったグレッグ・ダニエルズに呼ばれ、イギリスドラマ『The Office』のアメリカリメイク版『The Office』(2005~2007)のライターとして参加する。『The Office』とは、とある会社の日常をモキュメンタリーで描いた、リッキー・ジャーヴェィス主演のイギリスドラマ。アメリカ版では、主人公のスティーヴ・カレルが演じている。このアメリカ版を製作するにあたって、マイケルたちライター陣は製作のグレッグ・ダニエルズからこう言われた

「イギリス版は、コメディ作品であり芸術である。海外に売るために全12話で構成されていて、メインキャラクターたちは悲壮的で悲しい。でも僕たちは、このドラマを12話以上作らなくてはいけない(アメリカのドラマはだいたい全22話構成が一般的)。だから生き残るにはこのドラマをアメリカ向けにしなくちゃいけない」

マイケルを含めライター陣はグレッグの考えに猛反対した。

それは『The Office』本来の魅力を台無しにしかねないものだったからだ。

そして、アメリカ版『The Office』はイギリス版に比べて、登場人物を共感しやすいキャラクターになり、ストーリーもエモーショナルなものになった。
 しかし、その変更点は、イギリス版との作風の差別化が出来ただけでなく、エミー賞のコメディ作品賞の受賞までもたらした。グレッグの考えは正しかったである。

皮肉の利いた乾いたユーモアのイギリス版とは違うバカバカしくもどこか愛らしいアメリカ版の成功は、新たな作品を生み出すこととなる。そして、その後作られるマイケルの作風にも影響を与える。

アメリカ版「The Office」より。マイケル演じるモーズの登場シーンまとめ。イギリス版と違うバカバカしさがたまらない作品

 

再び、マイケルは、グレッグとタッグを組み、さらにプロデューサー兼主演として、『サタデー・ナイト・ライブ』でも一緒だったエイミー・ポーラーを迎え、『パークス・アンド・レクリエーション(Parks and Recreation)』(2009~2015)を製作する。

 架空の町、インディアナ州ポニーを舞台に公園緑地管理課の職員たちの日常を『The Office』と同じモキュメンタリースタイルで描いた作品である。
マイケルとグレッグは、実際のアメリカの公園緑地管理課を徹底的にリサーチし、どんな仕事をしていて、どんな役職があり、どんな人が働いているか、どんな事件、問題があったかを調べ上げ、それらをストーリーの中に取り入れていった。

 政府の財政破綻や公共工事の途中放棄などリアリティのあるストーリーから、終末論を信じ、年一回世界の終わり日を迎えようとしているカルト教団との交流や極悪お菓子メーカーとの対立、ポニーの精神を50年後に伝えるためのタイムカプセルに小説の「トワイライト」を入れようとする男のデモ活動など公園緑地管理課リアリティは残しながらも決して枠にとらわれない幅広いエピソード数々が展開された。

 そして、なにより、個性豊かな愛すべきキャラクターたちのアンサンブルが魅力の作品となった。同じスタイルの『The Office』に比べても、キャラクター力をより強く前面に押し出すようになった。

この作品からは、『ファウンダー』(2017)のニック・オファーマン、『マスター・オブ・ゼロ』のアジズ・アンサリや『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014)のクリス・プラットなど多くの人気スターも生み出した。

『パークス・アンド・レクリエーション』より。市民の健康のために悪徳お菓子メーカー、スイータムがファストフード店で販売している、ソーダに税金をかけようとするシーン。アメリカのファストフード店の信じられないデカさのドリンクカップの事をネタにしている。個人的に一番好きなギャグ

 

 続いて、マイケルは、『パークス・アンド・レクリエーション』と同じようにキャラクターの魅力で勝負する職場モノコメディとして、『パークス・アンド・レクリエーション』でも組んでいたダン・グーアと共にFOXチャンネルで『ブルックリン・ナイン-ナイン』(2013~)を製作する(※現在はNBCに放送局を移した)。『パークス・アンド・レクリエーション』と同じく『サタデー・ナイト・ライブ』出身者のアンディ・サンバーグを製作・主演に迎え、『LAW & ORDER』や『CSI』シリーズのようなシリアスな捜査ものとは違うコメディ刑事モノを作り上げた。

『ブルックリン・ナイン-ナイン』は、ニューヨーク市警察ブルックリン99分署での猟奇殺人や凶悪犯罪以外の犯罪と戦う刑事たちの物語。
 『The Office』や『パークス・アンド・レクリエーション』とは違い、モキュメンタリーのスタイルをやめて、よりオーソドックスなシチュエーションコメディなったこの作品は、『パークス・アンド・レクリエーション』同様高い評価を得る事となる。

 ダイ・ハードが好きでお調子者のジェイクとゲイで異常なまでの堅物の署長ホルト、真面目で上昇志向が強すぎるエイミー、身体はムキムキだが誰よりも繊細な心を持つテリー、ジェイクとグルメの事が大好きなボイル、クールで一切の感情を見せないローザ、全く仕事をしない自由な署長の秘書ジーナと個性豊かなキャラクターが繰り広げる警察の日常と時々起こる大事件を描く。『チアーズ』や『フレンズ』にあるようなアンサンブルのコメディの面白さだけでなく、人種や性別、セクシャリティの多様性が見られるのもこの作品の特徴である。

 『ブルックリン・ナイン・ナイン』より

  そして2016年にはNBCに戻り、『グッド・プレイス』を『30 Rock/サーティロック』(2006~2013)や『アンブレイカブル・キミー・シュミット』(2015~)などのデヴィッド・マイナーと『キャビン』(2011)、『オデッセイ』(2015)のドリュー・ゴダートらと共に製作する。

人違いで天国(グッド・プレイス)に来てしまった自己中女のエレノアがなんとかそこにバレずに留まろうとするために、道徳を専攻している大学教授チディと協力して、いい人間になろうというストーリーのこの作品は、現在シーズン4まで放送しており、映画評価サイト、ロッテントマトで100%をたたき出すという快挙を成し遂げている。

このドラマは、ただ死後の世界を描いたコメディ作品ではない。

マイケルは、この奇想天外なドラマのテーマをこう称している。

「人はいい人間になれるのか」

このちょっと聞いたら恥ずかしいようなまっすぐなテーマをブラックユーモアと下ネタそこに道徳と倫理を混ぜたストーリーを通して、視聴者に投げかける。楽天主義的テーマで、そこに様々な哲学的問題をぶつけていくという今までにない哲学コメディ。演出面においても毎回驚きの連続であった。

『グッド・プレイス』より。人型Siriのジャネットを殺そうとする場面。シーズン1でもっとも笑えるシーンと言っても過言ではない。

 

 ユーモラスで時にエモーショナルなこの作品は、これまでのマイケル・シュア作品に共通する作風、テーマがある。

『オプティミズム(楽観主義)は、ペシミズム(悲観主義)に打ち勝つ』

 アメリカのポストモダニズム作家、デヴィッド・フォスター・ウォレスの影響を受けているマイケルは、ストーリーやキャラクターの関係性に常にオプティミズムVSペシミズムを入れ込み、最後にはオプティミズムが勝ち、それが周りにどんどん良い影響を与えていくというストーリーになっている。

 例えば『パークス・アンド・レクリエーション』では、レズリー・ノープとロン・スワンソンの2人の関係。
 超アグレッシブで超ポジティブで誰にも優しいレズリーと感情を表に出さない超冷血な上司のロンはお互い協力し合ったり対立しあったりしながら、シーズンを重ねていくにつれ、ロンは心を開き、人間的になり優しい男になっていく。

 人嫌い、サプライズ嫌い、祝い事嫌いのロンためにレズリーが用意したバースデーパーティは、たった独りで大好物のステーキを食べながら「戦場にかける橋」と「特攻大作戦」見せてあげるシーン

 

 そして、この作品でその関係性を如実に表しているのはクリス・プラット演じる、TVドラマ史上最もバカなキャラクターと言っても過言ではないアンディとオーブリー・プラザ演じる皮肉屋のエイプリルの関係。

 究極の楽観主義のアンディ(楽観主義というよりただバカなだけかもしれないが)と究極の悲観主義のエイプリルは、まったくもって相反するキャラクターであったが、エイプリルはアンディの心の広さにひかれていき、2人は結ばれ夫婦になり、エイプリルもまたシーズンを重ねていくごとに人間として成長していく。

 まさに『オプティミズム(楽観主義)は、ペシミズム(悲観主義)に打ち勝つ』を体現した関係である。

 『ブルックリン・ナイン-ナイン』でもジェイクとホルト署長がぶつかりながらも、一つの目的を果たすために協力し合い、お互いにいい関係性になっていく。『グッド・プレイス』ではエレノアとチディの関係は、オプティミズムとペシミズムがキャラクターの中で交互に入れ替わりながら、お互いがお互い高め合っていくという構図になっている。詳しくはネタバレになるため書けないが、グッド・プレイスのエレノア達と設計者のマイケルの関係性も同じ構図である。

 決してめげないキャラクターたちの頑張り、そしてその仲間たちが一丸となって何かを達成するストーリーがマイケル・ショアの作品の最大の魅力である。

 こう書いてしまうと、なんだか少年マンガ的なチープ感じのテーマに思えてしまう。だが、そのテーマをおっぴろげにせず彼が作り上げるユニークなキャラクターたちやギャグ、丁寧なストーリー運びでそれをうまく隠しながら、多くの笑いと感動を観る者に届けてくれる。マイケル・ショアは言う。

 「みんなで円陣を組んで、手を置いて『チーム!』と叫ぶドラマのお約束シーンがダサいのはわかっている。でも、それが好きなんだ。そのキャラクターたちがこの先どうやって新しい環境をどうやって切り抜けていくかのか楽しみになるだろ?」

 このマイケル・ショアの作風がアメリカだけでなく日本の視聴者の心をもつかんだ理由だろう。かつて『となりのサインフェルド』がキャラクターは成長しない、テーマは持たないを武器に人気を博したが、マイケルはその逆をやってきた。回を重ねるごとにキャラクターは成長していき、楽天主義的テーマはより明確なものとなる。

マイケル・ショアは、今最も目が離せないクリエイターの一人である。
 暴力シーンやセンセーショナルなシーンリアルでダークなトーンがHBOやNETFLIXなどの有料系の放送媒体で人気を博し、コメディのトーンもよりシリアスであったり、リアリスティックで皮肉なユーモアの作品が多くなった。そんな中、彼は、明るく楽しい、コメディ本来の魅力を持った作品を作り続けている、今では逆に貴重な存在になり始めている。

その事を一人でも多くの人に知ってもらえたらと思う。

 マイケル・ショアの作品『ブルックリン・ナイン-ナイン』、『グッド・プレイス』はNETFLIXで配信中。

この2つをもう観てしまった人は、是非『パークス・アンド・レクリエーション』もDVDを輸入するなりで観てほしい。彼の作品が好きな人なら絶対に後悔しないはずだ。

 

 
参考資料

Parks and Recreation - Greg Daniels on Plot Ideas (Paley Center Interview)

https://www.youtube.com/watch?v=c_5Sy_wi0ys

Belever interview Michael Schur

https://www.believermag.com/issues/201511/?read=interview_schur
EMMYS Q&A: ‘Brooklyn Nine-Nine’ Co-Creator Michael Schur On Comedic Cops

http://deadline.com/2014/06/brooklyn-nine-nine-michael-schur-creator-interview-739199/

Interview: Creator Mike Schur On The Rules Of 'The Good Place' & Blowing Up The Space/Time Continuum

http://laist.com/2017/10/06/interview_creator_mike_schur_the_good_place.php

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