「相手の立場になって考える」には自分の価値観を押し付けないこと

※月刊マガジンの無料公開記事です。

接客業では「相手の立ち場を考えて」行動することが基本ですが、これを間違って理解すると大失敗につながる、ということを改めて感じることが最近ありました。

先日タクシーにのったとき、疲れていて静かに乗っていたいのに、運転手さんに四六時中話しかけられて疲労困憊。いくら話しかけてもノッてこない私に永遠と話し続ける運転手さんに正直イラッとしつつぼんやりとこんなことを考えました。

もしかしたら私を見て

「きっと1人で乗っているから、会話をしてあげたほうが楽しいに決まっている」

「なんだか疲れているっぽいから元気づけてあげよう!」と思っているかもしれない、とか?

そしてこの運転手さんは一人の空間が嫌いだったり、他人と静かな空間になるのが苦手なんだろうな、と。

根気強く話しかけてくる様子をみるかぎり「話しかけたほうが喜ぶに決まってる」と相手の立場にたって考えた結果なのかもしれない、と。


相手の立場に立つというと、

「うーん、自分だったらどうするかなぁ」とか

「自分だったらこんな風に感じるから」と考えがちです。

でも、自分が思っていること=相手が思っていることに100%合致するはずがないので、相手に届かない。「相手の立ち場に立つこと」をはき違えてしまうと完全に自分の価値観の押しつけになってしまいます。

でも実はこういう「本人は相手のためと思って頑張ったけれども労多くして功少なし」な接客になっていることって意外に多い気がしています。しかも本人は気がつかずに。

実は私もCA時代相手の立場に立つことをはき違えて大失敗したことがあります。

国際線ではVIPの方々を飛行機の出口まで、荷物等を持つのを手伝ってアテンドすることがあるのですが、外国人のVIPの方をアテンドした時のことです。

大体の日本人の方は「荷物をお持ちしますね」と伝えると「ああ、お願い」と一任されます。

ある時、外国人のVIPの方をアテンドをする際に、同じように荷物を手伝おうとすると、「さわるな!」と手をたたかれました。

その時は「え?どうして。こちらは親切でやろうとしていたのに」と混乱しました。

でも「持ってあげたら楽でしょ」という自分の価値観を、相手に無理やり押し付けたということになっていたということに後から気が付きました。

この場合、価値観の違い以外にも文化的な背景の違いも原因です。

日本では他人に荷物を預けることに対して何も抵抗を感じないことが多いですが、

外国人のなかにはお国柄的なリスクの観点から、人に安易に荷物を預けない人もいます。

仕事上そういったことも理解してアテンドしなければいけなかったのに、相手に嫌な思いをさせてしまって大失敗でした。

「相手の立ち場になって考える」という言葉の意味をただしく理解していないとただの親切の押し売りになったり、逆に嫌な思いをさせることになる。たぶんそうなるとおせっかいと言われたり、空気が読めないって思われちゃうんですよね。


相手の立場に立つなんて、そもそも無理なんです。

家族であっても、その時々で何を考えているかなんてわからない。

結局人間は自分の経験や体験からしか考えられません。

他人ならなおさらです。


では、接客であってもプライベートであってもどうすれば相手が喜ぶような「相手の立ち場にたったこと」ができるのか?

私は相手のことを最大限知って相手を理解することだと考えています。そうするれば少なからず相手の価値観にちかづくことができるからです。

飛行機の荷物の例を挙げると、国籍の違いによる文化的な背景を抜きにしたとしてもこんなことが想像できます。

「機内で過ごしているときも、潔癖な様子があったから他人に自分の物を触られるのはいやかもしれない」とか

「かばんの中にPCや貴重品が入っていそうな感じで大切にもっているから自分で責任をもって持ちたいのかも」とか

「常に自分で管理したい。女性に手伝ってもらうなんて、もってのほかと思っているかもしれない」と相手の価値観について考えることができます。


相手の表情や持ち物、態度、それまでの背景や経緯から

「どういった考え方を持っているか、

普段どういう生活をしていて、

どういう性格で、

今どういう状態なのか」などなど。


相手の価値観を知ることが、相手を喜ばせることにつながる。


そう信じていて、大事な相手であればあるほど、相手のことを知る努力をして相手の価値観を理解できるようにしています。


最後までお読みいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?