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おやすみ。

今回は、昨日なかなか寝付けなかったので、昔のことを思い出すのに時間を使いました。それから思いついたフィクションです。

良ければ一読ください。
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 感覚がひどく鈍っていた。
 ひどく暗いところに居た。
 眠ろうとしているのに、体の中で機械音が聞こえた。
 何か回転している音だった。
 心臓がモーターなら、この意識はコックピットで死を待つ操縦士だった。

「眠れないの?」と美和は言った。
「ダメかもしれない。
 心臓の鼓動が速過ぎる」とカズは言った。

 美和はカズの手を取って、自分の胸に当てた。
「ゆっくりでいいの。
 焦らないで」 
「明日は早起きなんだ。
 大事な仕事がある」
「それなら、薬を飲む?」
 彼女は半身を起こして、カズの方を向いた。
 暗闇の中で、美和の呼吸を数えた。

- 1、2、3、4...

 彼女の呼吸は人よりかなりリズムが速い。

- 8、9、10...

「薬って、君の飲んでいるやつかい?」とカズは聞いた。
「そうね。
 たまに飲むやつ。
 動悸はする?」
「動悸というか、小学生の頃に戻った気分だ。
 母親の布団に潜り込んでいたころの...」とカズは言った。

 カズは言いながら、何を自分は美和に伝えたいのかわからなかった。
 わからないが、これは非常事態だと思った。
 頭が重い、頭からの熱が体内で逃げ場を失って心臓に流れ込んでくるような気がした。

「わからない。
 わからないけど、少し怖いな」とカズは言った。
「薬を取ってくるわ」
 美和はベッド脇に移動して、暗闇の中でスリッパを探した。
 カサカサ、という音がカズの耳に届いた。

 カズは少し安心して、目を瞑った。
 ただの真っ暗闇ではない。
 美和が薬を取りに行ってくれる。

 カズの頭の中では小学生の頃の記憶が蘇った。
 母の布団の匂い、柔らかさを想像した。

「水も持ってきてくれないか?」
「えぇ、持ってくるわ」

 美和は寝室から出て行った。

 カズは間を閉じたまま、美和が薬箱を見に行って、それからキッチンまで行く様子を思い浮かべた。
 それは美和の行動とほとんど一致していた。

 彼女はまず、テレビ台の下の棚を開き、置いてある薬箱を取り出した。
 彼女は携帯電話のライトを頼りに、目的の薬を二、三個つまみ出すと、台所へ行ってコップにミネラルウォーターを並々ついだ。

 少し考えて、美和は一粒薬を飲んだ。
 それから薬を水で流し込んだ。
 美和はそのまま寝室に戻った。

「起きれる?」
 美和はそう言って、カズの額に手のひらを乗せた。
 カズは少しだけ発熱しているようだった。

「ありがとう。
 美和も飲んだのかい?」
 カズは上半身を起こして、暗闇で美和のいる方向に顔を向けた。
「私は大丈夫よ。
 今日はぐっすり寝れそうな気がするから」と美和は言った。

 カズは薬を受け取ると、2粒一気に口に放り込んだ。
 彼は水をごくごくと飲んだ。
「おいしい?」と美和は言った。
「生き返る気がするよ。
 とてもいい水だね」とカズは言った。

「じゃあ、ゆっくり呼吸をして。
 焦らずに待ちましょうね」

 カズはまるでナースみたいだな、と美和のことを思った。

 美和はスリッパを脱ぐと、ブランケットの端を引っ張って、カズの横に滑り込んだ。

「時間があるなら...」と美和は言った。
 美和はそう言いながら、カズの喉の体温を確かめた。

「時間があるなら、この前に話の続きをしよう」とカズは言った。
「そうね。
 なんの話だっけ?」
 美和はあくびをした。

 もわっとした空気が窓から流れ込んできた。
 外では誰かが歌っていた。

- る、る、る~
- 1、2、3、4...

 彼女の呼吸が徐々にゆっくりになっていくのが分かった。

- おやすみ

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