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モーニンググローリー!

その日の夕食を迷っていたから、とりあえずお土産屋台をじっくり眺めていたら時刻はもう20時半を超えていた。

タイはバンコクのローカル食堂なら、24時間営業をしているのではないかと疑うほどにいつの時間であっても開いていることが多い(実際、結構多いらしい)。だから時間なんて気にしなくてもいいのだがルアンパバーンはバンコクと違って田舎だから、この時間になればどこのローカル食堂も閉まってしまう。

となれば比較的遅くまでやっている外国人向けのレストランを利用するしかないのか……

東南アジアを旅する僕の唯一といってもいいこだわりは、かくいう綺麗なレストランを利用しないことである。

もちろんこれは、これまで利用したことがあるからのこそのこだわりなのだ。せっかく異国情緒を感じたくて旅をしているというのに、なぜキラキラした内装の店で、白人たちと共に綺麗に盛り付けられたディナーを頂かなくてはならないのか。そんなことを思いながら食事をした経験がある。

それよりも現地人と共に、少し衛生が気になるくらいの場所で、こいつら毎日こんな美味いもの食ってるのかよ、という嫉妬まみれの食事を僕はしたいのだ。

まあ本当はローカル食堂が外国人向けレストランの半額か三分の一以下の価格で美味しいものを食べられるからなんだけどね。

ともかく、この時間にローカル食堂はやっていないようだったからできるだけリーズナブルな外国人向けレストランを探しにメコン川沿いへやって来た次第だ。

夜のメコン川沿いにはたくさんのレストランが明るくライトアップされて並んでおり、どこもメコンビューを売りにして営んでいた。

この時間だから、外人たちが夜のカオサン通りみたいにどんちゃん騒ぎしているのだろうと思って畔に出てきたが、どこもかしこもシーーーーンと静まり返っている。

日中から夕方にかけて、繁華街で沢山見かけた外国人たちはどこへやら。レストランの中にも少しは見受けられるが、彼らは静かに食事を取り、暗くなったメコン川をぼーっと眺めていた。

「食べていかないか?美味しいよ」
僕と同じ歳くらいの青年が、声をかけてきた。彼の手にはラミネートされたメニューがあったので、僕はそれを見せてと言って何を作っているのか、そして値段を確認した。

メニューは英語で書かれていて、いかにも外国人向けなのだが、そこにある全てがローカル料理だった。ラインナップはガパオライスからトムヤムクンもあったし、ラープというひき肉サラダもあったから、バンコクのタイ料理屋とほぼ変わらない。

が、価格は外国人向けといっても安く、殆どローカル食堂の1.3倍くらいである。メコンビューの店でそのくらいの価格なら入る価値はあるのではないか。

「オーケー!ここでいただくよ!」
僕はそういってレストラン内というより、メコン川に面しているレストランのその区画に入る。

店内は全てがバルコニーのようなつくりであった。簡素な雨除けが天井に設置してあるだけで、厨房もバルコニーの中にあったし、屋内という概念が全く存在しないレストランだった。

名前は分からぬが、メコン川沿いでワットシェントーンのすぐ近く。

店内には若い男4人組の日本人と、白人の老夫婦が2人。BGMもない静かな店内で、お客さんがいないから好きなところに座っていいよと言われから、僕は勿論メコン川を目の前にしたカウンターに腰掛けた。

テーブルの上にあったメニューを眺めていると、今度は店頭にいたスタッフとはまた違う青年ウェイトレスが厨房からやってきた。この国の平均年齢は若いなあと痛感する。

僕はメニューを指さして空芯菜炒めと餅米カオニャオを注文した。彼は、少し待っててと言って厨房へ戻っていった。

何かの虫がギコギコと泣く声、耳をすませば微かに聞こえるサーっというメコン川が流れる音。その静寂を壊さないように心がけているのか、白人の老夫婦は小声で何かを話している。

日本人の4人の男たちもまた、その静寂と共にビアラオを飲みながら「ルアンパバーンはいい街だ」と語っている。

彼らの視界に僕は写っているはずだが、僕が異国でひとり黙っていたら日本人だとは分からないはずだ。スリランカでもカープのうちわを持っていたから日本人に「Japanese!」と声をかけられたことがあるが、それは広島カープのおかげなのである。

日本的ヒントを何も持ち合わせていないから、彼らからすれば僕が韓国人に見えていても不思議ではない。まあ海外で日本人と連むというのもせっかく海外へ一人で来たことを考えれば本末転倒なのでそれはそれでよかったのかもしれない。

真っ暗になったメコン川を眺めていると、厨房の方から「ジャー」っという炒めている音が聞こえてきた。空芯菜を強火で炒めているのだろう。音が聞こえると余計に腹が減るものである。早く出てこないものかとウキウキで待っていると、すぐに熱々の空芯菜が運ばれてきた。

にんにくがガツンと効いていて、ナンプラーが空芯菜の旨味を引き出している。唐辛子も程よい量だ。これまで空芯菜炒めは台湾、タイ、カンボジアでも食べてきたが、ここのは絶品であった。

美味すぎて泣く

あとから運ばれてきた餅米も噛めば噛むほど甘く、食欲が進む。

僕は夢中になって食事をしていたら、皿はあっという間になくなっていた。

メコン川を眺めながらゆっくり食べるつもりが、美味すぎてそんな余裕がなかった。

明日は托鉢をするために5時半に起きなくてはならないので、食後のんびりはせず、すぐに店員を呼んでお会計をしてもらった。もう日本人四人は帰ってしまったが、老夫婦はまだメコン川のせせらぎを聞きながらのんびりとしている。

お会計は注文したときの青年がやってくれた。「60です」
日本円で500円もしないくらいであった。もちろんローカル食堂の方が安いのだが、それでもこの価格でこのクオリティなのだから非常に満足である。

僕はぴったりラオスキープを手渡すと、彼は「僕が作ったフライドモーニンググローリー、どうだった?」と尋ねてきた。
「ベリーグッド!オーサム!」
僕は親指を立ててそう答えると、彼はテンキューと満面の笑顔で手のひらをくっつけてお辞儀した。

今思えば、日本のレストランでお会計のときに店員へ「美味しかったです」とか「最高でした」なんて話したことはなかった。

「ご馳走様です」というのは必ず言うようにしているが、清算後、ほぼ機械的に口にしていたのではないかと思えてきた。

「美味しい」と言われるのは料理人からすれば冥利に尽きる話で、きっと嬉しいに決まっている。そんな当たり前のコミュニケーションを母国ではできていなかったことに、このときやっと気づいた。

あ、あと空芯菜は英語でモーニンググローリー
というのか。それも知らなかったな。これから、好きな食べ物を聞かれたら「モーニンググローリーだよ」とドヤ顔で言うことにしよう。

ていうかモーニンググローリー、アットナイトに食べちゃったんですけど!午後の紅茶を午前中に飲んだみたいでなんか嫌。めっちゃ美味しかったけど。

こういった外人向けレストランでも、彼ら現地人との関わりは持てるし、こういったレストランだからこそ味わえるメコンの空気というものがそこにあった。


つづく!

「押すなよ!理論」に則って、ここでは「サポートするな!」と記述します。履き違えないでくださいね!!!!