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小話『新年を迎える - new year call -』


 リビングの時計が午後11時を報せた。その途端、落ち着かない気分になる。
 「なんなの祐紀(ゆうき)、そわそわして」
 テレビ画面と携帯の時計をしつこく見比べる自分の様子に、母親が呆れ声で言った。
 「ごめん、ちょっと部屋行ってくる」
 「なんだ、まだ結果出てないぞ。いいのか」
 「後でネットで見るから」
 大晦日の歌合戦が大好きな父親にそう返し、2階への階段を早足で上がる。
 実家で暮らしていた頃の自室は、自分が帰省した時に使えるよう、今も母親がそのままにしてくれている。整えられたベッドに横になり、携帯をまた見た。11時18分。
 待つ時間は長く感じる。待つものが、客観的にはたいしたことがなくとも、自分にとっては重要なことであればなおさら。
 彼女に、新年おめでとうの電話をしたいのだ。年が変わったらすぐに。
 自分と同じく、彼女も年末年始は実家に戻っている。この時期はちゃんと帰って家族に顔を見せようというのが、二人ともに一致した意見だった。自分は一人息子だし、彼女は年の離れた妹が、姉の帰りを楽しみに待っているという事情もある。
 もちろん会えない分、毎日のメールは欠かしていない。それも複数回。なんといっても、本当の意味で「恋人同士」になって、やっと1ヶ月半ほど。彼女とのコミュニケーションはいくらでも取りたかった。そして新しい年を迎えた時には、メールでなく自分の声で言いたいし、彼女の声を聞きたい。
 ほんの1週間前のクリスマスイブが、ずいぶん前に感じてしまう。いろいろ、他人にはおいそれと言えないことも含めて思い返しているうちに、アラームが鳴った。11時55分に合わせていたのだ。
 ……そして、0時。元旦、1月1日に携帯の表示が変わる。
 すでに起ち上げていた電話画面で、短縮に登録している彼女の番号にすぐさまかける。……聞こえてきたのは呼び出し音ではなく、話し中の音。
 友達とでも話しているのだろうか? 新年コールは、別に約束していたわけではなかったけれど──軽くない落胆を感じつつ終話ボタンを押した一瞬ののち、コール音が鳴る。表示された名前は、彼女。
 驚いて取り落としかけた携帯を、慌ててつかむ。
 「も、もしもし」
 「もしもし。今、電話だいじょうぶ?」
 「あ、うん。自分の部屋だから」
 「話し中だったけど、どこかにかけてた?」
 彼女の問いで、先ほどの状況が推測できた。どうやら同じタイミングでお互いにかけていたらしい。そうだとわかるとなんだかおかしくて、笑みがこぼれてきた。実際、声に出てしまったらしく、彼女に「どうしたの」とまた問われる。
 「ああごめん、……俺もさ、さっきそっちにかけてた」
 「えっ。じゃあ、同時だったんだね」
 一拍の後、彼女のささやくような笑い声が聞こえた。そうして二人、電話越しにしばし笑い合う。
 「あけましておめでとう、友美(ゆみ)」
 「あ、うん。あけましておめでとう」
 「今年もよろしくな」
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 彼女の丁寧な挨拶、穏やかな口調が、じんわりと全身にしみわたるように、心地よく感じた。
 きっと今年も、良い一年になる。


 2019年中になんとか、短い話(1300字ほど)が書けましたので、こちらにもアップしてみました。

 10年ほど書き続けております恋愛もの、拙作『anniversaire』シリーズ本編の隙間に位置する話で、メインカップル二人の大学生時代、電話越しに年越しを過ごすというシチュエーションです。
 本編はR-18に相当する場面が含まれるので、おおっぴらに「読んでください」と言えない代物なのですが(苦笑)、年齢的および好み的に大丈夫な方は、よろしければ下記投稿サイトの私のプロフィールページにお越しいただいて、お時間のある時にご一読くださいませ。
(「小説家になろう」は、下記ページから別名義の場所にお越しください)

エブリスタ
https://estar.jp/users/146859527

pixiv
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小説家になろう
https://mypage.syosetu.com/156566/


2020年も不定期更新になると思いますが、もしよろしければ、お付き合いいただけますと幸いです。
皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

表立った応援をしていただいた経験が少ないので、サポートしていただけたら飛び上がって喜ぶと思います(笑)。よろしければ。