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開催報告:食料システムを変えるテクノロジー・脱炭素化編

パリ協定に米国が復帰し、世界は脱炭素化に向けて力強く舵を切りました。食料セクターも例外ではなく、人口とともに増加する需要に応えながら、同時に食料システムを持続可能なものに転換することが求められています。

農林水産省では、グローバル・テクノロジー・ガバナンス・サミット(GTGS)フォローアップイベントとしてオンラインシンポジウム「食料システムを変えるテクノロジー」を開催しました。その第1部のテーマは「世界の中のニッポンの食料システムの脱炭素化に挑む」。産官学のエキスパートによる発表や議論のハイライトをご紹介します。

登壇者(敬称略)

主催者挨拶:農林水産事務次官 枝元真徹
GTGS設立会合の報告:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長 須賀千鶴
第1部「世界の中のニッポンの食料システムの脱炭素化に挑む」
農林水産省 環境政策室長 久保牧衣子
農研機構・農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域 作物影響評価・適応グループ グループ長 長谷川利拡
パナソニック株式会社 アプライアンス社 新居道子
山梨県農政部長 坂内啓二
農林水産省 環境政策室 長野暁子(モデレーター)

開催の概要はこちら(農林水産省HP)

テクノロジーによる課題解決への期待

冒頭、農林水産省の枝元事務次官は、世界人口が増加するなかで食料システムの環境負荷を軽減し、持続可能なものにすることがグローバルな課題となっていることを述べるとともに、フードテックを活用して日本の食品産業を発展させていくことの重要性を強調しました。

「フードテックを活用して環境負荷の軽減や人手不足への対策を進めるだけでなく、多様な食の需要への対応や高付加価値化等により新たな市場を創出し、我が国の食品産業の今後の発展につなげていくことが重要です。」

続いて登壇した世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの須賀センター長は、GTGSで開催された農業関連セッション「農業の転換(Transforming Agriculture)」や「フードシステムイノベーション(Food System Innovation)」で行われた議論を紹介。農業分野においてもテクノロジーによる課題解決に大きな期待が寄せられたことを報告しました。

「農業の転換」セッション要旨:データ、衛星などデータの活用に伴って農業セクターのコミュニティが拡大している。アルゴリズムによる与信判定で小規模農家でも資金が借りやすくなる、脱炭素に必要な知識を提供するデジタルツールの開発、適切な収穫時期等を判断するための精度の高い情報ツール利用など、農業とテクノロジーの関係はグローバルに大きく進化している。
「フードシステム・イノベーション」セッション要旨:テクノロジーを利用して、自然資本を適切に評価し、生産量・消費量を最適化する必要がある。サプライチェーンで無駄になっている部分を把握し、最適化するための鍵は協働にあり、その枠組みのありかたが国際的議論の焦点になっている。

みどりの食料システム戦略

農林水産省環境政策室の久保室長は、食料・農林水産業の生産力向上と持続可能性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」(案)(令和3年5月12日に策定。)を発表し、その狙いを述べました。

「化学農薬をリスク換算で50%減らす、化学肥料を30%減らす、有機農業の取組面積を25%に拡大するなどの目標は、難しく見えますが、まずはしっかりと2050年に旗印をたてて、生産力と持続可能性の二兎を追うという思いを皆が共有することが重要です。その上で、2040年に向けてしっかり開発を進め、実装を政策的に後押ししていきます。」
「2050年までに目指す姿として意欲的な目標を掲げ、本年9月の国連食料システムサミットなどの場において、アジア・モンスーン地域の持続可能な食料システムのモデルとして国際的に打ち出していきたい。」

気候変動と食料システム

農研機構の長谷川氏は、IPCC土地利用特別報告書の重要な結論の1つとして食料システム起源の温室効果ガスが全体の約3分の1を占めるとされていることを紹介。また、食料システムは環境との複雑な関係やトレードオフを認識して評価する必要があり、そのためにはデータ収集が重要であることを指摘しました。

「環境影響に関するデータの収集は多くの人の努力を必要としますが、今後データサイエンスを活用するためには、長期的に精度高くモニタリングすることが重要です。」

見える化で農業を変える

パナソニック株式会社の新居氏は、農業生産をシステムで支える企業の立場から、農家が土の見える化サービスによって栽培管理を可視化し、改善を重ねることで有機栽培を確立できるよう支援したいと述べました。

「土の状態を可視化することによって、農家の目標に応じた的確な栽培、化学肥料や農薬散布の抑制ができ、植物を良い状態にできます。循環型農業は環境にも農家の経営にもよいと考えており、私たちはその手伝いをしたい。」

脱炭素の取組から農産物のブランド化へ

山梨県農政部の坂内部長は、2019年の世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)におけるグレタさんの切実な言葉を受けて決意し、山梨県で2020年4月から4パーミル・イニシアチブ(※)による二酸化炭素低減の取組を開始したことに触れ、その取組が全国に広がっていることを紹介しました。

※ 世界の土壌の表層の炭素量を年間0.4%(=4パーミル)ずつ増加させ、人間の経済活動によって増加する二酸化炭素を実質ゼロにしようという国際的な取組

「山梨県の特徴を生かし、果樹園における草生栽培、剪定枝のバイオ炭投入などを推進しています。また、4パーミル・イニシアチブ推進全国協議会を今年2月に立ち上げました。全国で情報共有し、切磋琢磨しながら取組を進めていきます。」
「やまなし4パーミル・ブランド制度を創設し(5月に創設。)、環境意識の高い消費者に山梨県の果物やワインを選んでもらい、消費の拡大、生産者の所得向上につなげていきます。」

持続可能な食料システム実現のために皆で取り組む

ディスカッションでは、農業者が新技術を導入するために低コスト化が重要であること、農業生産の成果を共有し、データを蓄積して取組を可視化できること、政策的な観点も考慮して技術を評価する更なる研究が必要であること等の意見が出されました。最後にモデレーターの長野氏が、関係者皆で脱炭素に取り組んでいくことの重要性を強調し、第1部を締めくくりました。

おわりに

持続可能性の課題に真正面から取り組む登壇者の方々の言葉は、私たちが未来を見据えて今何をすべきかの示唆に富んでいました。まず行動すること、そして、思いを同じくする仲間を増やしながら取組の輪を広げていくこと、環境に良い取組みが付加価値を生むような持続的な仕組みをつくることなどです。

今年は国連フードシステムズ・サミット開催の年です。様々な場所で、食料のあるべき姿や未来への道筋について真剣な議論が交わされます。「食料消費の持続可能性」や「環境に調和した農林水産業の推進」がテーマに上げられており、脱炭素を巡る議論が加速されることに、期待が高まります。

執筆
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター
フェロー 樋口道弘

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