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#4 回復

 ”人が心に深い傷を負ってしまった時、言えることが二つある。悪いことといいことだ。悪いこととは、傷がすっかり癒えることはないということ。いいことは、悲しみ苦しんでいる時だけが失った人と再会できる唯一の機会なのだということだ。だから苦しむことや悲しむことを恐れたり誤りだと考える必要はない。ただつらい重荷を抱えながら前へ進む力がやがて湧き上がってくることを忘れなければいい。”

『ウィンド・リバー』(2017年アメリカ 脚本・監督:テイラー・シェリダン)

 人が泳ぎを覚えるための近道は、手足を動かし水を切って進む「泳ぎ方」よりも、「浮き方」、つまり人は沈まずに「浮く」ものであることをなによりもまず体験することだという。浮く体験による安全と安心の確認が水泳の上達を早める。同じように、子どもが補助輪を外した自転車に乗れるようになるコツは、足をペダルに素早く載せこぐことよりも、補助輪の代わりが足であり両足で体と自転車を支えれば「倒れない」ことを覚え慣れてゆくことである。やがて体は水に浮き、自転車上でバランスを探す余裕が生まれてゆく。

 人の心にも似たようなバランスと回復の力があると言われている。精神的な耐久力や復元力、強靭さといった力が私たちには本来備わっていて、そうした力を取り戻し駆使することによって、いま置かれている厳しい精神状況を徐々に脱し、これからの生活や生き方に自信と可能性を見出すことができる、といったものだ。その実現に向けたさまざまな本人の取り組みや周囲のかかわりが提案あるいは模索されるようになってきている。レジリエンス、リカバリー、ストレングス、あるいはエンパワメントといった言葉なり概念が最近は一般にも知られ、言及される機会も増えてきているようだ。

 ただ、何かしら特別感なり専門性を感じさせるこうした横文字は、しばしばそれで何かを端的に言い得た感のある言葉として、あるいはそれによってよって、より精緻な概念規定が行われているかのような説得力が無意識に付与されてしまう感がなくもない。
 専門家あるいは援助側に立つ者は、往々にして目新しい理論や知見、旬な発想や技法に目が向きやすく、またその可能性を過大に見積もり人や問題に対処しがちである。そこから推測、演繹された道筋に安易に沿って人や症状を理解し、説明や指導、治療しようとする誘惑やリスクが常にあることに自覚的でなければならない。私も自戒も込め常に痛感している。
 考えてみれば、「レジリエンス」といった実体が存在するわけでも、そうした精神機能の普遍的科学性が十全に実証されたわけでもない。それは可能性ある仮説的概念に過ぎないとも言える。当然備わっていると仮定しながらどの人にも関わていくことには、よほど慎重にならなければならない。

 たとえば#3 沈黙でも触れたように、人の耐える力や回復力では太刀打ちできないほどの桁違いの心理的ストレス状況を体験してきた人も世の中には存在する。だからそれぞれの沈黙に込められた『口に出せないわけがある』ことに繊細に関わり、その人の心に何が起きているのかを根気よく見定める必要がある。

 冒頭引用した文章は、私がたまたま見たある映画の中で演者が発した台詞セリフ(正確な一言一句ではない)だ。喪失体験への深い洞察に基づく重い言葉だとは思う。けれども、もしこれを大切な人を失い、深い悲しみと自責の念に苦しんでいるただ中の人に対する言葉掛けなり助言としてはどうだろうか?とも考える。たしかに結論なりゴールはそうなのかもしれない。しかし今それを語られても受け入れがたく、できないことを説得されているようにも感じられるのではないか。心の傷をさらに深くするものでしかないかもしれない。
 回復は、まわりから言われ納得させられ「成る」ものではない。正解から逆算し「治す」のではなく、その人なりにさまざま揺らぎながら辿たどる「治っていく」プロセスの先にある「悟り」の実感が、こうした言葉の表現となるのだろうと思う。

 すべて人は複雑で特別だ。科学的知見や理論に基づき誰にも共通して普遍的に対処できる部分は当然ある。そこは外してはならないが、同時に精神的な苦悩とは、そうした一般的でないそれぞれの特殊事情にこそ本質が潜んでいるという視点も軽視されるべきではない。目に見える障害や症状は、人を人として理解するための情報のひとつにすぎない。背景にあるそれぞれが生きてきた「歴史」や「文化」もまた理解される必要があるのだ。

 支援者は、できるだけ寄り添いたいと細かくたずねようとする。しかし、それは手術のメスのようなもので、支援的に働くこともあるが、同時にその人を脅かす侵襲性をもったものになる。そのことを忘れずにいたい。その人はその人なりの回復力(レジリエンス)と回復の道筋があり、それを見守る事も大切なことだ。見守られていること自体がその人の回復力を強めるのだ。

(青木省三『ぼくらの中の「トラウマ」-いたみを癒すということ』筑摩書房、2019)

 


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