ことばのゆくえ、こころと社会のあいだ#2
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ことばのゆくえ、こころと社会のあいだ#2

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回避

”私は有名になる欲求に一度も屈したことがない。
自分の仕事の価値を認めてほしくなかったわけではないが、
父が私のすることすべてに反対したため、
成功を避けることへの欲望が私のなかのどこかで潜んでいた。” 

(ソール・ライター『ソールライターのすべて』2017年 青幻社)

 「自尊心」「自己肯定感」という言葉が随分と一般に知られ、日常でも使われるようになったと感じます。人格の健全な発達であったり社会生活のさまざまな場面や課題への対処と適応、円滑な対人関係の構築上重要な概念であるとの認識が浸透しつつあるのでしょう。逆を言えば、どこか精神的あるいは社会機能遂行上に何らかの問題を抱えている人のなかには、それらが不足あるいは欠如している場合が少なくないと考えられています。

 一般に私たちは、周囲からめられたり優しくされたり、いい人だ好ましい人だなどと評価されれば嬉しさを感じるものです。また、自分が積み重ねてきた努力が実を結び、たとえささいなことでもいくばくかの成功や勝利を収めたり人から称賛を受けたりすれば、それなりの達成感や幸福感も味わうでしょう。多少気恥ずかしくこそばゆさは感じるでしょうし、思いもよらなかったことだと驚き謙遜したりすることもあるかもしれません。けれどもやはり内心そうした経験は密かな喜びや幸せをもたらすには違いありません。そうしたポジティブな成功の体験が、次なる人生のよりよき発展への起爆剤や強力なモチベーションになり得るからです。

 その一方、一般にはなかなか理解しがたいことかもしれませんが、められることや期待されること、愛され優しくされることといった周囲からの肯定的なかかわりやメッセージに対して、居心地の悪さを超えて、言いようのない不安や緊張、苦痛を感じ、そうした状況に恐怖すら覚え避け、さもなくば抵抗や反発を示す人たちもいます。それは恥ずかしがりであるとか内向的なといった性格傾向についての通俗的理解とは別次元の、不可解にすら見える行動パターンです。

 そうした背景には本人の過去において、周囲とのポジティブなかかわりとは真逆のネガティブな、しばしば過酷で逆境的な体験や環境のなか生きてこざるを得なかったそれぞれの艱難辛苦かんなんしんくの生活史が見え隠れすることが少なくありません。
 健全な心身の成長と発達に欠かせない根本的な精神基盤である安心や安全の感覚の決定的不足あるいは欠如という、本人にはいかんともしがたい悲劇は、優しさやポジティブな評価・期待、あたたかなめ言葉や良好な人間関係への誘いなどを本人が素直に受け止めることを邪魔し、それらを未知なる不安と怖れの世界に変えてしまいます。
 なぜなら本人にとってみればそれは、つねに自己を否定され続けてきたような受け止め方しか知らない人生で突然、「あなたは大丈夫」とのひと言で、命綱もセーフティネットもないまま綱渡りや空中ブランコの曲芸をやるよう背中を押されるようなものだからです。愛されることはなかば恐怖であり、自分のままでいることは罪悪であり、すなわち希望は苦しみでしかない。それでいて評価や期待を裏切ることは本人にとって絶対に許されないことなのです。

 ただ、それほどの自尊心や自己肯定感の欠如は、厳密な意味や定義におけるトラウマやPTSD、ひきこもりといった臨床的概念のケースに限られるのでは、といった考えは必ずしも正しいとは言えません。常識の範囲内と考えられがちなごく普通の家庭環境において日常的に繰り返される養育やしつけにひそむ不適切な言葉・感情・態度の体験蓄積が、しばしば想像を超える心の傷ないしはケガとなり、その影響は生涯にも及ぶリスクをはらんでいます。大人の普通や常識が、ときに子に対し十分すぎるほどの加虐性をもった驚愕と失望、脅威と恐怖をもたらします。
 偉大な写真家ソール・ライターの人生がどうであったのか詳細について知ることはできませんが、逆境が精神と才能の開花をもたらしたかろうじて幸運なケースだったのかもしれません。

”なぜ私は自分を幸せにしようとしないのだろう?” 

 涙をこらえながらそう自分を表現したある人の言葉が忘れられません。その言葉は今も私を慄然りつぜんとさせます。

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安心、安全のこころ(こころの道草だより)


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メンタルケアとカウンセリング専門相談室C²-Wave六本木けやき坂のアカウントです。仕事現場や日常出会う人々の発する言葉にどう向き合っていくか日々模索しています。https://www.c2-wave.net/ ブログ:https://c2waveblog.exblog.jp/