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屋上遊園地

これは今から60年ほど前、私が小学1年生の時のお話です。

昭和39年の9月末か10月のはじめのある日の事。
学校から帰った私は、すぐに近所の空き地へ遊びに行ったのですが、なぜかその日は、いつも遊んでいる子どもたちが、誰も来ていませんでした。
しばらく待ってみましたが、誰も出てくる気配がないので、どうしようかと考えた私は、ふとデパートの屋上遊園地に行ってみようと思い立ちました。

大きな遊園地も全国で数えるほどしかなかった時代、デパートの屋上に設けられた小さな遊園地は、当時の私たち子どもにとって、現在のテーナパークに匹敵するほどの存在でした。

幸いそのころ、私の家は市内の中心部にあったので、家の前の商店街をまっすぐ10分ほど歩くだけで、デパートへは容易に行くことができました。
商店街のひとつ横の道を行けば、デパートとほぼ同じ位置に通っている小学校があったので、私にとってけっして遠い距離ではありませんでした。

私は、横断歩道はおろか車線の区分すらなかった家の前の県道を渡り、南北に長い商店街のアーケードの下を、三分の二ほど北へ行ったところにある、市内で唯一のT百貨店へと向かいました。
幼い頃から両親に何度も連れて行ってもらっていましたが、一人で遊びに行くのはその日がはじめてでした。

商店街にいくつかあった映画館の看板やポスターを見たりしながら、デパートに着いたのは午後4時前頃だったと思います。
親といっしょの時は、いつもエスカレータを使っていたのですが、その日は、まだ一人では一度も乗ったことがないエレベーターに挑戦してみようと思いました。

しかし当時は、デパートのエレベーターには、各階の案内をしながらボタン操作をするエレベーターガールという女性がいた時代です。
小学一年生の自分が一人で乗って、迷子と間違えられたらどうしようなどと思いながら、私は少し緊張しつつエレベーターに乗ったのでした。

ところが、エレベーターには私一人だったにもかかわらず、きれいなエレベーターガールのお姉さんは特に何を言うでもなく、やさしい笑顔で迎えてくれたのです。
そして、私が何も言わないうちに最上階のボタンを押して、笑顔のままじっと私を見ているのでした。
そんなお姉さんの態度に、不思議さと少しの気恥ずかしさを感じながら、無言のまま伏し目がちに立っていると、やがてエレベーターは最上階に到着しました。

そこから階段を登ると、いよいよ目の前に屋上遊園地が広がります。
その頃のT百貨店の屋上遊園地は、小さな観覧車とジェットコースター風のモノレールを中心に、多くの電動遊具やイベント用のステージのほか、小鳥専門のペットショップもあり、休日には多くの親子連れで賑わっていました。

しかし、その日は平日の夕方ということもあってか、屋上遊園地は閑散とした雰囲気で、人影はまばらでした。
しかもその人影は、文字通りぼんやりとした黒い影で、姿形もあやふやな影がふらふらと漂うように行き来していたように憶えています。

また、ペットショップには、いつものインコやカナリアなどといった小鳥ではなく、みたこともないような羽根の色をした鳥たちが奇妙な声を上げていたのでした。

けれどその日の私は、そんな普段とは違う辺(あた)りの様子はまったく眼中になく、ひたすら目の前の遊具に心を奪われていたのです。
といっても一日のお小遣いが10円や20円だった小学生の身には、とても遊具で遊ぶお金はありません。
動かないコイン遊具に乗って、気分だけ味わうのが関の山でした。

そうやって車や動物の形をしたコイン遊具にまたがって遊んでいると、屋上遊園地の中を楽しげに歩いている一人の女の子がいることに気がつきました。
女の子はあやふやな影などではなく、はっきりとした実体をもって存在しているようでした。

しばらくぼーっとその女の子を眺めていると、向こうも私に気がついたのか、小走りにこちらにやって来たのです。
白い丸襟のブラウスに紺色のボックスひだの吊りスカート姿で、長い三つ編みをお下げ髪にしたその子の顔には見覚えがありました。

〈マナベケイコちゃん…〉
幼稚園の卒園と同時に、よその街に引っ越して行った、私と仲がよかった女の子だったのです。
「ケイコちゃん、帰ってきたん?」
そう尋ねる私にコクリとうなずいて、彼女は隣のダンボのコイン遊具にまたがりました。
するとお金も入れていないのに遊具はひとりでに動き出したのです。

目を丸くしている私にケイコちゃんは
「今日はとくべつな日なんよ。動けって思うたら、お金を入れんでも、どれでもみんな動くんよ」と言うのでした。
その言葉に半信半疑で、私が〈動け、動け〉と念じると、私の乗っていた遊具もゴトゴトと前後に動きはじめたのです。

それからは二人で屋上遊園地にある遊具で次々に遊び、モノレールにも乗りました。
そして、真っ赤な夕焼け空をバックに、黒いシルエットを見せていた観覧車に二人で乗っているときに、遠くから夕方5時を知らせる県庁の「家路」の間延びしたメロディが聞こえてきて、私はハッと我に返りました。

〈うわぁ、もう5時じゃ。はよう帰らんとおばあちゃんに叱られるわ〉
そう思った私は観覧車をおりると
「5時になったから帰るな。また一緒に遊ぼうな」と言い残して急いで階段をかけ下りたのでした。
最後に振り向いた時、ちらりと見えたケイコちゃんの顔はとても淋しそうだったのを覚えています。

デパートを出て家に帰りついた頃には、秋の日はとっぷりと暮れており、共働きの両親にかわって私の面倒を見てくれていた祖母から、たっぷりと叱られたことは言うまでもありません。

その後も何度か屋上遊園地に行きましたが、ケイコちゃんが言った「とくべつな日」には二度と出会うことはありませんでした。
やがて私は市の郊外へと引っ越し、屋上遊園地もいつしかなくなってしまいました。

「とくべつな日」とは何だったのか?
そして、なぜ引っ越ししていったはずのケイコちゃんが居たのか?。
それらの答えも、引越し後の彼女の消息もわからないまま、この夢のような体験は私の心に今もなお残り続けているのです。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
テーマ回「遊園地(TP)に纏わる不思議怖い話」
2024.9.21

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