テンテンコ_ALL-YOU-NEED-IS-CAT_猫こそはすべて_

テンテンコ「Animal’s Pre-Human」が好き

テンテンコ「Animal’s Pre-Human」という曲にハマっている。2018年12月5日にリリースされたテンテンコのCD『ALL YOU NEED IS CAT~猫こそはすべて』の最後に入っている曲だ。このCDは“猫”にまつわる楽曲を集めた6曲入りカバー・アルバムだが、「Animal’s Pre-Human」だけ例外でオリジナル曲である。ただし参加しているのがバンド「neco眠る」なので、猫つながりではある。作詞はテンテンコとBIOMAN(neco眠るメンバー)、作曲と編曲はneco眠る。ジャケット画はますむらひろし。描き下ろしではなく昔の作品からイラストを再利用したようだ。

以上、基本情報終わり。以下は個人的な感想しか書いてない。

ハマったきっかけはCD屋店内でたまたま流れていたのを聴いたことで、イントロから歌い出しまでの数十秒でもう耳がそれしか受け付けなくなった。最初に思ったのは「1980年代に出たテクノ歌謡の知られざる名盤の再発CDを流してるのだろう」ということ。それが手に取り裏を見ると2018年に出た新譜だったので虚を突かれ、アーティスト名に「テンテンコ」と書いてあるのを見て驚かされた。「今こんなにいい曲やってるの!」という驚きである。自分の中に残っているイメージは2014年のシングル「Good Bye, Good Girl.」止まりで、80年代調の音楽に自分はとくに興味がなかったのでその後は追っていなかった。

くりかえすが、80年代に出たわけでもないのに80年代調にアレンジされた音楽には自分は基本興味がない。それは「Animal’s Pre-Human」が80年代調に聴こえることと矛盾しない。「Animal’s~」に自分が感じた良さは、80年代調だからではなく、イントロから歌までの流れがもうこれしかないという無駄のない構成に聴こえ、その説得力が80年代調にすることで強化されており、必然性が感じられたからだ。……と思う。別に最初に聴いたときにそんなふうに考えたわけではなく、ふり返って冷静に文章に直そうとすると、そういう書き方になってしまう。

世の中の80年代調の曲のほとんどは、80年代調に聴こえること自体が目的で、楽曲に対する最適解を考える行為としてのアレンジではない。そういう曲は大方「今度の曲は80年代イメージでいきましょう」と会議で決まったのだろう。楽曲はそのような「売り方」や「コンセプト」のせいで、日々殺されている。

もちろんわからない。テンテンコとBIOMANが「80年代テクノ歌謡みたいにいきましょう」と決めてから作った可能性もある。しかし、そうだとしても、その安易な意図を飛び越えた完成度にこの曲はたどり着いている。そうとしか聴こえない。こういう曲ばかりなら80年代調も悪くないのになと思う。(※と、書いた後、あまりに気になって先日行われたリリースイベントに行って本人に聞いてみたら、とくに具体的なオーダーはせずに、依頼して返ってきたのがこの曲だった、とのことだった)

テンテンコとBIOMANの組み合わせはこの曲が最初ではなく、2017年にネット上で公開された「たんぽぽ便り」という曲が初だそうだ。そちらはBIOMAN側からテンテンコを誘ったもので、今回の「Animal's~」は逆にテンテンコ側から声をかけたという。作品を聴く限り、非常にいい組み合わせだ。

「Animal’s~」を聴いて最初に連想したのは、アニメ「まんが日本昔ばなし」エンディング曲「にんげんっていいな」(作詞:山口あかり/作曲:小林亜星)だった。バックのシンセの音色もそうだし、歌詞も意識したように思えた。「にんげんっていいな」を単純に読めば、人間の暮らしを羨ましく思う動物の気持ちを書いた歌詞である。人間が羨ましがられることに疑問を持っていない近代の感性だ。それに対して「Animal’s~」は、人間を羨ましく思わない猫の視点から描かれた歌詞で、人間を上位に置かないところが脱近代的である。

ますむらひろしの猫をジャケットにした意図もなんとなくわかる。この歌詞の世界観はますむらひろしの漫画に出てくる猫の態度に近いのだ。頻出する語尾の「だな」は、大らかで脳天気なムードと、すべてを見通しているような印象を同時に表現する語尾で、それが漫画にそのまま出てくるわけではないが、聴いていて漫画の猫の存在を感じる。「アタゴオル」が再びアニメ化された際はこの曲をエンディングに採用してほしい。

付け加えておくと、『ALL YOU NEED IS CAT』1曲目「ねこの森には帰れない」のオリジナル・アーティストは谷山浩子で、谷山はますむらひろしの漫画『アタゴオルは猫の森』を取り上げたコンサート「幻想図書館vol.3」を2005年に開催しており(DVD化済)、そうした連想からますむらの猫を選んだのかもしれない、という予想もできる。

歌のメロディも好きだ。歌はAメロが少しオリエンタルで懐かしいものに聴こえて、耳馴染みがいい。ペンタトニックスケールで始まったせいだが、ずっと続くわけではなくて、最初の4小節が終わるとすぐそうではなくなる。あくまで掴みに使ったところが、予定調和を避けたように聴こえる。このペンタトニックとそうでないスケールとの往復がこの曲のメロディの基本のようで、その配分が聴いていて気持ちいい。ペンタトニックは昔の民謡や童謡によく使われているので、それらをよく歌ったり聴いたりした人がこの音階を聴くと、現代の曲でも民謡・童謡を連想しやすい。この曲に自分が懐かしさを覚えるのもそのせいだろう。

Bメロを挟んで、サビの「愛があるゆえ人間」のメロディがAメロとほとんど同じ、「A’」のような存在であるのは、一般的なJ-POPの構成「A→B→サビ」と違った、昔のオールディーズの構成「A→B→A」的で、曲の構成自体がこの曲のノスタルジーなムードを高めるのに一役買っている。

シンセのフレーズで80年代調を感じる理由を少し探した。歌詞でいうと、「フリフリ」の後ろの「フリ」、「ヘラヘラ」の後ろの「ヘラ」、のタイミングで鳴っているシンセが、歌メロとハモっているところなどは、いかにもそれっぽい。「他人事でどうでもいいんだな」の最後に鳴っているキラキラしたシンセの音が、「人間って」の箇所にはみ出して鳴っているところも同じくそれっぽい。他に、やや派手に上下するシンセのギミック的な使い方、ベタに鳴っているアナログシンセ風の単音などが80年代調だ。とは言いつつ思い出したのは1976年の細野晴臣「Exotica Lullaby」だったのだけれども。

他に好きなのはリズム。とくにドラム。なかなか2拍目にスネアが入らないところなど、とても気に入っている。世の中の多くの楽曲は2拍目と4拍目にスネアを打つことに疑問を持っていない。全体として淡々としておらず、少しドタバタとした印象を与えるところがいい。モタつくリズムは2000年代以降の流行りといえるが、キラキラしたシンセの音色とこのモタつきの相性がいい。

しいていえばエンディングには違和感がある。ドラムだけになって、「アァ」「エ?」みたいな声がくり返されながら終わるところ。曲の最後の最後にこれまで出てこなかった展開が出てくる曲はいくつか思い当たるが、この曲の終わり方はなかなか妙である。でも「これまであったものが急になくなる」そっけなさが、少し物足りなく感じさせて、もう一度頭から聴き直すか、という気にさせるのだった。

なんて素敵な曲だろう。いつだって聴いていたい。


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