どちらの姓を使うか。

 昨今、ネットを駆使すればわからないことはほとんどない。その中で、「結婚を決めたカップルがどちらの姓を使うか話し合う方法」が見つからないことに慄いている。

 そもそも「どちらの姓を使うか」の話し合い自体が、結婚準備に含まれていない。住む場所、どのような働き方をするか、はあっても、どちらの姓にする? というのはそもそも議題に上がるものでさえない、というのが「普通」なのだ。

 もちろん、結婚関連のサービスを提供する側は「結婚準備」を「幸せの絶頂」として扱い浮かれたテンションでサービスの購入を促したいから、センシティブな姓の問題を持ち出したくないのはわかる。

 しかしそれにしても、そういった利害から離れたフラットな情報さえも見つからず、見つかっても相談SNS・掲示板の個人のやり取りくらいしかないという現実が、正直恐ろしい。


 私は自分の姓を使い続けたいと思っている、一般的に姓を変更させられる側の人間だ。現在の彼氏には、「どちらの姓を選ぶか、どちらが育休を取るかは、男性も同じように向き合うものだ」と付き合うときに伝えているつもりではある。絶対に自分の姓でなければ嫌だ! というわけではない。けれど、当事者意識をもって向き合ってもらえることを求めている。

 心強いのが会社の後輩の女の子が、「姓は相談の上、男性側に変えた。代わりに自分たちの家を建てるときは私の実家の近くに建てる、ということにした」というような、納得のできる折り合いをつけていた点だ。とても賢明で建設的な子だと思うし、男性側(こちらも同じ会社で、私と同じ部署の後輩)も柔軟だと思う(余談だが、今、彼女は子どもを産み育休中で、ここでも創造的な方法でワンオペ育児を回避している。この夫婦はすでに新居を建設中であるが二人で住んでいない。平日はそれぞれ実家に帰る。彼女は実家で育児。週末、夫が彼女と子を実家まで迎えに行き、週末は夫の実家で夫婦、子、義理の両親で過ごす。聞いたときにはその発想力に感嘆した)。

 こんな例を聞いていたから、私の希望も、「折り合いをつける努力を二人でできること」になった。それは彼女のように、姓は譲る・住まいは譲って、だったり、あるいは相手の姓を自分の名前と組み合わせた結果の字画がよりよい方にする、とか、それぞれが大事にするものによって無限の折り合いのつけ方があると思う。「結納金」により「もらい受ける」という儀式に沿って、金銭によって折り合う方法もあるだろう。


 婿養子になってほしいということではないが姓を女性側に変えたらそう思われる、だから抵抗がある、という意見が調べている中にあった。けれど、だったら、どうしても姓を譲れないから変わりにこれを譲る、というトレードオフを考えてほしい。

 相手にこちらが納得できるトレードオフの案を出させるのは負荷が大きいと思ったので、どんな例があるのか調べてみようとして、行きついたのが冒頭だった。いたわりあい譲り合うためのいろいろな視点・価値観の指標について、先人の知恵を探しても、見つけることがまったくできなかった。現代においても必要とされていない。あるいは、人間的にかなり優れた一握りの人間しか手に入らない贅沢なもの、そんな印象を受けた。


 「どうしても折り合いがつかなければ事実婚も視野に入れている」ということも伝えている。本当は、ゼロから契約書を作り弁護士を立てて証書とするような、そんな面倒なプロセスは踏みたくない。けれど、選択肢としては残さざるを得ないと思っている。けれど、事実婚を検討事項に乗せただけで婚約破棄になったという事例も出てきた。もちろん、そんな相手であれば破談になって長期的に見れば幸いだったといえる。けれど、「お金がないから結婚できない」「相手がいないから結婚できない」だけでなく、「自分のあり方を選択する自由が担保されないから結婚できない」というファクターが確かに存在する。だからこそ、多数の訴訟も起きている。

 「お金がない」に対しては、一部の自治体で収入の少ないカップルに対する給付金が支給され始めた。「相手がいない」には自治体が(効果のほどは不明とはいえ)婚活への参入を始めた。そういうポーズだけは取っている。けれど、本質的なところ、「なぜお金がないのか」(若者世代の金銭負担の妥当性、可処分所得への分析)や、「なぜ相手とマッチングできないのか」(多様性、出会い方の変化、「リベラルな考えを受け入れられない人と結婚するくらいならひとりでいい」という考え方など)へのアプローチはまったく見えない。当然、在り方の多様性を担保する選択的夫婦別姓も、これだけ訴訟が起こされても無視が決め込まれている。

 子どもを増やしたいと口で言うのであれば、こんな風に破綻する人を減らしてほしい。早く選択的夫婦別姓が可能になることを、心から切実に祈っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?