ジグソーパズルの欠片のように①

すべてのことを終えて、フローリングにへたりこむ。

久しぶりの汗をかいて、この部屋ってこんなに広かったかなって、
途方に暮れる。

後は、ほらあのふたつ並んだ椅子を梱包してもらえばすむだけ。

すむだけっていいながら、やわらかい木調のダイニングチェアを
まるでじぶんの部屋の椅子じゃないみたいに見てる。

あの日、家具屋さんで海さんとふたりで椅子を選んだ。

椅子はそれぞれ好きなの選ぼうよってことになって、そのフロア
からスタートして、終わり時間だけ決めて、ふたりべつべつに
選んだのだ。

時々、その家具屋さんのフロアで海さんとすれ違ったら、きれいな
店員さんに何かお探しですか? って問われてすっごく嬉しそうに
しながらも、今関わらないでオーラ全開で、すっとその人の側から
いなくなった。

遠くで目があったから、笑った。

不器用っていうか社交がなってないっていうか。
そういう嘘のつけないところが、みんなに愛されてるんだけど。

それで、しばらくしてからスタート地点の盗難防止用のゲートのある
出入り口付近に時間通りにゆくと、海さんはすっきりした顔でそこに
立っていた。

「で?」
「決まった?」
「うん、決まった」

俺のは、こっちにあるんだって言った。

その方向はフロアを入って二列目のまんなかへんで確かにわたしが
好きなのもここらへんって思って、海さんが指差した椅子を見たら、
それわたしのって叫んでた。

椅子の背のカーブが楕円みたいになっている。ウッドの色もすきだった。

「波もそれなの?」
「だってそれわたしのだけど」って勝ち誇ったみたいに笑ってみる。
「へぇ~。そういうことってあるんだ」ってふたりでおなじ椅子を2脚
買った。

画像1

あれから6年経った。

でもよくみると、海さんの座っていた椅子とわたしの椅子、そのふたつは
まったく同じじゃないことがわかる。座っていた時間なのかなになのか。

海さんは椅子の前には机を置かないでただ座って、コーヒーを飲む。

時にはそこに座ってサッカーを見る。サッカーじゃないよフットボール
だよって言いなおされながら。

そこに腰掛けていたふたりのすがたが目に浮かんでくるような気がする。

椅子の座面のへこみかたが、微妙にちがう。

ふたりの椅子って決めていたから、わたしは海さんの椅子に座らなかったし、頑なに。

たぶん海さんもわたしの椅子に座らなかったんだと思う。一度だけ、写真を撮ってあったって思い出した。

引っ越しの段ボールにマジックで<リビング>って書かれた箱を開ける。

ゆびで探って、ぷちぷちに包まれた写真のフレームを探り当てる。

あった。これこれ。あの日の写した椅子が今と同じ椅子が写っている。

日付は<2015年9月24日>になっている。ちょっと忘れられない心に
刺さってきそうな大切な日だった。

誰もいないのに、そこに写っている時間は、まぎれもなくふたりの時間で。

海さんにこんなの撮ったって見せたら、いいねって言ってくれた。

なんだかんだいっても海さんっていつもどこかで、すっぽりと受け止めて
くれる人だったと思う。

写真を見せた後、こんなの読んだよって新聞の切り抜きをみせてくれた。そう海さんは紙の新聞が大好きで。スマホのほうが簡単に読めるよゴミも出ないしっていったのに、ずっと新聞だった。それをあの椅子に座って、ときどきばりってページをめくるとき音を立てて読んでいた。

「時間っていうものが、過去現在未来という一直線の流れじゃなく、混ざり合ったり集まったりしてるように感じることがあるんです。って記事を読んだばっかりだったから、波の写真みてシンクロした感じ。いまぞわっときたよ」

そう呟いた後しずかになったなって思ったら、静かに寝息が聞こえてきた。
海さんが、ぞわっときたよって言った言葉の意味をかみしめてみる。
時間と空間がどこかゆらいでいる感覚をもたらす不安と安堵。

海さんのなかで、ちょっと昔も、すごい昔もゆれているのかなって。
 
今その写真をふたたび見ている。

いないのにいる。だれもそこにはいないのに。

その椅子に座りながら交わされたたくさんの会話や凪のような時間を
想っては、ゆめのように途方に暮れていた。
 
あしたは引っ越しのお兄さんたちがやってくる。

がらんどうな部屋ってどうしたらいいかわからなくなるって思ってたら、
不意にチャイムが鳴った。一度だけじゃなくて二度鳴った。

誰? なにごと? って思ってインターフォンを取ったら、すごい
見知った人達の声が聞こえた。

「こんちわ。柴田達です」

<柴田達>。

つまり海さんの飲み仲間だった人達だった。

海さんがいつも遅くなって帰ってくる時、

今日柴田達につかまっちゃってっていうから、いつのまにか柴田さんと
安藤さんと田中さんと花田さんは、<柴田達>っていう、ユニットに
なっていた。

ドアを開けるとみんながちょっと酔ってるのかなって顔で笑って
立っていた。

ダメだよそんな笑顔で海さんのいないこの部屋の前に立たないで
って想いながら、ちょっと涙を喉の奥で堪えていた。

「波ちゃん。久しぶりだね。引っ越し手伝おうかなって思ってたら」

って柴田さんが、そう言いつつ部屋を見渡して、こんなにすっきり
しちゃったんだ。へぇ~って言いながらも、柴田さんの視線は、海
さんがいつも座っていたあたりに視線を注いでいるらしかった。

🧩   🧩   🧩   🧩   🧩   🧩   🧩

あしたで完結します。

これは☟のエッセイをショートショートにリライトしたものです。


椅子ふたつ 振り子が揺れる ゆきつもどりつ
春の夜の ひとりびとりの 雨打つ窓に


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