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映画『パターソン』、ありふれたものの名前たちが輝く時。

名前は時間だと思う。

そして名前の向こう側にはそこに

人を感じる。

この映画を見終わったあとわたしは

そんな言葉が浮かんでいた。

ニュージャージー州のパターソン。

街と同じ名前を持つパターソンは

路線バスの運転手。

恋人のローラとブルドッグ犬の

マーヴィーと共に暮らすその一週間が

描かれていた。

本作品は、ただ過ぎ去っていくのを眺める映画である。例えば、忘れ去られた小さな街で機械式ゴンドラのように移動する公共バスの車窓から見える景色のように。

監督・ジムジャームッシュの言葉より。


ジムジャームッシュは、そんなふうにてらって

いるけれど。

たった一週間を描いた恋人同士のふたりの一週間は

とても豊饒な時間が流れていた。

主人公のパターソンは詩人。

詩で生きている、生業にしているということ

ではなくて。

詩を生きていた

かつて詩を生業としている方と

お話しした時それは職業の種類では

なくて。

その生き方なんだと感じたことが、

あったけれど。

まさにジムジャームッシュ監督の

『パターソン』をみているとそのことを

実感していた。



最初のシーンでは、マッチが登場する。

いまはなきブックマッチという懐かしい

あの形。


我が家にはたくさんのマッチがある。
つねに手元に置いてある。
目下のお気に入りはオハイオ印の
ブルーチップ

パターソンが白いノートに記した最初に登場するマッチへの手紙のような詩。

彼はこうやって、彼の日常を飾る

なにげない物への愛を示すかのように

詩に託す。

詩を書かない人と書く人の差はこういう

ところにある。

じぶんをとりまくものを愛でていたい。

パターソンの場合はこのマッチへの愛だった。

マッチには名前があり、パターソンの文字で

ブルーマッチと綴られるとき、それは単なる

マッチではなくて。

パターソンという街に住む、パターソンが愛して

いる特別のマッチになるのだ。

日常は繰り返される。

いやというほど繰り返される。

パターソンの職業は街の路線バスの

運転手なので、その暮らしが日々

規則正しく続いていく。

朝も必ず6時30分までには

起きて、ローラは寝かせたまま

じぶんはちいさなカップに入っている

シリアルを食べる。

仕事中は運転席から、客席の会話を耳にして

すこし口角をあげて微笑みながら

やさしい運転をする。

彼にとってはその会話すべてが詩のはじまり

なのだと思う。

恋人のローラの目下の目標はじぶんの

カップケーキをばりばり売ること。

そしてなによりも熱望しているのは

パターソンの詩を売ることだった。

どこにも発表することなく、白いページに

心に触れたことをしるしてゆくだけ。

それがもどかしいローラはしきりに

その詩を世に知らしめたいと思っている。

そのことにそれほど乗り気ではないパターソンは

それでも嫌な顔はしない。

このことに関しては、ブルドッグ犬の

マーヴィーがある種の活躍をする。

かなりやらかしてしまうのだけど。

物語の終わり近くですべての詩が失われる。

その詩が失われることは、あらたな

出会いの始まりでもあった。

パターソンは呆然としながらも

「ただのことばだよ」という。

とある場所で出会う日本人の詩人。

彼の鞄の中にはパターソンの詩集が

入っていた。

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズという

パターソンも愛読している詩だった。

同じ町に住むアレン・ギンズバーグのことが

ふたりの会話の中に登場して

同じ詩人たちを好きなふたりの奇跡のような

出会いが日常の中に紛れ込んだように

描かれていた。

信じられないぐらいの出会いは

そのさなかにいるときはあたりまえすぎる

ぐらいに気づかないものなのかもしれない。

そして詩人の日本人から思いがけない

贈り物をパターソンは受け取る。

詩人の手にはあたらしいノートが手渡された。

真っ白いノートだった。

パターソンが詩をなくしたことを

知っていたかのように贈られるノート。

ラストちかくのシーン。

白紙のページに広がる可能性もあるという

台詞のように。

最後パターソンが書いた詩が紹介される。

その一行
古い歌がある
僕の祖父がよく
歌っていた
君は魚になりたいのか?
その同じ歌は同じ質問を繰り返す

ここでリフレインされる

その一行という詩。

パターソンはつぶやく。

彼の眼にひきつけられたのは

君は魚になりたいのか?

この一行だけだったと。

わたしはこの問いかけの魚のところに

詩人という言葉をあてはめて読んでいた。

パターソンは詩人になりたいのではなくて

もっともっと詩を生きていこうと思ったの

ではないかと。


いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊