ひよっこ

実家に、95歳のおじいちゃんがいる。
私はおじいちゃんが嫌いじゃない。
年寄り特有の「めんどくさい」部分もあるが、基本的に許せる。
でも、年を取るにつれ、少しずつ距離を置くようになった。
嫌いになったわけではない。

おじいちゃんはいろんな人から疎まれている。
息子である父や伯父さん、その配偶者、弟や親戚、近所・・・
昔からけっこう無茶苦茶だったらしい。
実の母親が「こんなやつとは生活できん!」と家を出て行ったとか。
車検の切れた車に乗っていて捕まったときは「車屋が手続きしてくれなかった」とか。
おばあちゃんが危篤のときは「遊びに行く便があるのに!生きるか死ぬかはっきりせえ!」と怒鳴ったとか。  
自分から「救急車呼んでくれ!」と騒いで病院に運ばれたのに、翌日に遊ぶ予定があり無理やり家に戻ってきたり。
伯母さんに「2度とこの家の敷居をまたぐな!」と追い返したとか。
お母さんに「薬飲んで死ね!」と言ったとか。

無茶苦茶でひどい。信じられない。

でも、(この接続詞が正しいのかはわからないが)
おじいちゃんは大変な幼少期を過ごしたらしい。
9歳の時に、仕事中の事故で父を亡くした。
そこから、母と祖母、姉と弟を養うために必死に働いたとか。
「土地があれがなんとかなる」と、お金を土地にしていたらしい。
必死に働いた分と同じ熱量で、女も好きだったらしい。
時代劇やドラマでしか見たり聞いたことがないようなことしていたと、大叔父から聞いたことがある。
おじいちゃんには妻が何人いたのか、父と伯父は母親が別とか、父と伯父と伯母以外にも何人か子供がいたはずとか、30歳になって初めて知ることもあった。

おじいちゃんは僕ら3兄弟の中でも、特に僕にいろいろ話してくれた。
自分の小さい頃のこと、家業のこと、父や伯父のこと、僕らへの期待など。
正直、話の中に事実は何もないかもしれない。
でも、おじいちゃんの話の中で印象に残っているものがある。
それは、食事について。

母屋で毎晩家族全員で食事をしていたのが、ある日を境に離れで私たち家族は夕食をとり、母屋では祖父一人で食べるようになっていた。
「いつもあっちの家で夜ご飯だけど、今日はこっちなの?」
久々に実家で食べる夕食で疑問に思い母に尋ねた。
「少し前からこっちで食べてるし、これからずっとこうなるよ」と話した。

聞くところによると、先述した「薬飲んで死ね」と言われ、母の我慢のは限界を迎えた。
父に「私は何回も泣かされたけど、死ねと言われる筋合いはない。もう一切話したくない」と宣言。
それ以降は父が間に入っていたが、それも限界に。
食事を作ってテーブルに置き、内線電話で「めし」と父が伝えて終わり。
父が不在の日は実家に住む弟、弟もいないときは母がしぶしぶ。
私が実家にいるときは、私が電話することもあるが「さすがにかわいそうというか…」と思い、おじいちゃんの部屋にいって「ご飯できてるよ」と伝えるようにしていた。
めったに会えないので、食事中の話し相手になっていた。
そのときに
「夕食というのは、家族揃って会話をしながら食べるもの。今日あったおのおのの話をする、それが家族の食事。それが、この家ときたら…」といった。

おじいちゃんの言うことは共感できる。
おじいちゃんはもしかしたら寂しいのかもしれない。

そしてそのあとは必ず
「この家は、あの嫁のせいで崩壊した」
「お前の親父も洗脳されとる」
など、家族や身内の批判が始まる。

「好かんことを本人に言いよんとちがう?」と聞くと
「わしは何もいうとらん!ずっと我慢しとる!」らしいが、
毎回何かしら言うて、怒らせて、揉め事になってる。

気の毒に思うし、自業自得だとも思う。
父と母と弟とおじいちゃんだけの、孤立しかけている実家。
それを繋いでいるのは、長期休みのときに帰省してくる兄一家。
孫、ひ孫は離れかけている家族を、そっと、ゆっくり引き戻してくれる。

先日、結婚式の招待状を夫婦でおじいちゃんに渡した。
すごく喜んでくれた。
でも「もう死ぬかもしれない。はよ死んだ方がいいのはわかっているけど、お前や弟の結婚を見送るまでは死ねない」と言った。
大丈夫、それだけ背筋がピンと伸びでいたら。
会話の所々に弱気な発言を入れるおじいちゃん。きっと、ポーズ。
「この人(妻)のおじいちゃん、100歳で死んだよ。だからおじいちゃんも100歳までは生きてね」と棒読みでいうと、おじいちゃんの様子が変わった。
「ほおか!!」
そういって、伸びている背筋がさらに伸びた。
そして「そりゃ、わしも100歳目指さないかん。生きる希望が持てた。95歳やまだまだひよっこやの!がんばらないかん!!」
といって、招待状を持って自分の部屋に戻って行った。

おじいちゃん、95歳。
人前や孫の前では、杖をついて歩く。
しかし、元の場所へ帰るときは、その杖を忘れて帰る。
ちなみにおじいちゃんの部屋は2階。
毎日何度も階段を上り下りしている。

昨日おじいちゃんから招待状の返事がきた。
普通に文字が書けていた。
しかも、ふるえてなくて、まあまあきれいな字だった。

おじいちゃん。
弱ったり、死ぬという姿が1ミリもイメージできません。
これからも、ずっと元気でいてください。
4月の結婚式もよろしくね。
ひ孫を見せれるように、私も頑張るね。
家を建てるときは、おじちゃんの土地を使わせてね。

最近、実家のなかで誰よりも一番ご飯を食べるおじいちゃんへ。

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